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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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義には義で答えよ

「礼を言われる筋合いはないと思うが」


 あおいはぽかんと相手の目を見つめる。まっすぐ見つめられるのに慣れていないので、妙に頭のてっぺんがこそばゆい。


「いえ、なんといったらいいのかな」


 相手もどうもこういう話をし慣れていないらしく、尻の座りが悪そうだ。大の大人と中学生が、もぞもぞとお互い言いたいことも言わすに黙りこくっているのが妙におかしかったのか、隼人はやとが笑いだした。


「君は頭がいいくせに、時々妙に鈍いな。その調子だといろいろつかみ損ねるから気をつけなさい」


 隼人は葵に向かってぐいと進み出る。さっきから気になっていたが、この男は妙に人との距離が近いので対応に困る。


「君は立派にやったんだよ。みんながそれを認めた。隊長、言いたいことがあるならはっきり言うがいいさ」


 隼人の言葉が信じられず、葵はまじまじとごつい隊長たちの横顔をみつめた。皆ちょっと顔を赤くしてそっぽを向いたが、否定するものは一人もいなかった。


 自分は立派だったろうか、と葵は胸の中で問いかける。別に、普段と変わったことはなにひとつない。自分がやりたいようにやった。投げられた荷物を他人のところに放り投げなかったのも、単に自分が嫌いなだけでそれ以上の理由などなにもない。


「別に変わったことをした覚えはない。通常業務だ」

「その通常業務をする人間がいないのさ」


 隼人はそう言うと、またくくくと笑った。葵はもう隼人の相手をする気力もなく、背を向けて隊員たちに呼びかける。


「各班長からすでに通達を受けていると思うが、これから鈴華すずかあるいは立塚たちつか、いずれかの学校に進入し人質の救出にあたることになる」


 自分の声質が悪く、いまいち遠くまで聞こえないのが腹立たしい。仕方ないので横から差し出されたマイクを受け取って先を続ける。


「幸い鈴華はカメラの通信機能のおかげで人質の配置・敵の配置を確認できる。それに対し立塚にはこの機能がなく、敵の配置は不明瞭だ。明らかに、立塚に突入する隊は高いリスクを背負うことになる」


 ここでいったん言葉を切り、ぐるりと首を回す。たっぷり三十秒ほど時間をあけ、指示が浸透したことを確認してからまた口を開いた。


「そこで、皆に聞きたい。これを聞いてもなお、立塚に配備を希望するものはいるか」


 葵は正直、返ってくる反応にはあまり期待していなかった。各々に家族や大事な人はあるだろう。そういう対象がいなかったとしても、自分の命は誰だってかわいい。


 どうせみんな手を挙げたがらないだろうから、結局各隊の経験と適正を見極めた上でこっちから指示を下すことになると思っていた。


 しかし、葵の予想は見事に裏切られた。目の前に、急に花が咲いたようにざあっと黒い手袋をした手が上がってきたのだ。迷いなく、整然と。


「俺の目が急に悪くなったかな」


 葵はマイクを持ちながら目をこすった。その仕草を見逃さず、横に立っていた隼人がぼそっと言う。


「すぐ皮肉に逃げるのは君の悪い癖だね」

「……」

「君は責務を果たした。隊員たちはそれを認めて、自分の命を預ける決断をした。君も隊長なら、言うべき言葉はそんな皮肉ではないと思うがね」


 葵は目線だけ青年に向けた。


「君は昔から、周りから遠巻きにされることが多かったらしいからこういうことには不慣れなのはしかたないと思うけどね。先輩からの忠告だ。好意は素直に受け取りたまえ。

茶化してしまえば自分は傷つかないが、それじゃだめだ。勇気がいるが、謙遜はしまいなさい。そうしないと、決してここより上へは行けないよ」


 隼人はじっと葵を見つめる。一滴の水をこぼして、指でついとなぞった時のような横長の目が見えた。


「好意から逃げるな。言うべきことは、ほかにあるはずだよ。彼らが待っている」


 隼人がばんと葵の背中を叩いた。葵はひとつ呼吸して、一度おろしたマイクを再び胸のところまで持ち上げる。


「みんな、すまん。ありがとう。俺は――」


 言いかけて、葵は言葉を切った。違う、言うべきはきっとこの言葉ではない。


「俺たちは最後まで戦うぞ。一人でも多く、人質を連れて帰ろう」


 葵がそう言うと、広い演習場が歓声で揺れた。隼人がにっこり笑いながら拍手をしているのが見える。


「俺が当初想定していた通りの編成でいく。一から七、十四から十六班は立塚。残りの八から十三は鈴華に展開する。展開後は砲兵を最優先で守り、壁が崩れた後に順次突入開始とする」


 葵は淡々と指示をとばし、一気に情報を伝えた。一通り話し終わり、壇上から降りて大きく息をつく。冷笑されるのが当たり前、期待されながら話すことに慣れていない葵にとってはどっと疲れる瞬間だった。


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