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あやかし殺しの三千院家  作者: 刀綱一實
籠中の獅子たち
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正直に勝る宝なし

「まず最初に、大きな誤解を解いておきましょう。要求はひとつしかなかったのです。すなわち、我々が速やかに、なんの手落ちもなく対応した食料と医薬品の提供しか」

「……一尉いちい。それではあなたは、こう主張されるのですね? 妖怪側は、最初はなかった要求を、人質を殺した後になってから追加で出してきたと」

「その通りです」


 あおいはわざと両手を広げて、オーバーにうなずく。前かがみになった記者が、さらに質問を投げかけてきた。


「目的は、やはり」

「こちらの結束を乱すためでしょうね。ただでさえ、最近は勝ち戦の報道ばかりで、軍部が故意に情報操作をしていると疑惑の声があがっているところだった。そこにとどめの一撃があれば、どうなるか」


 今まで侮蔑ぶべつの表情を浮かべていた記者たちの顔つきが、葵の一言を聞いて引き締まってきた。


「数で圧倒的有利を誇る庶民の心が軍から離れれば、確実に士気は下がります。今のところ、奴ら手をうって喜んだでしょうね」

「確かに、我々の世界でそういうイメージ操作はしばしば行われてきました。しかし、妖怪がそこまでの作戦をたてられますかね」


 葵は苦笑いした。内戦初期、妖怪たちはまだ大きなまとまりがなく、力任せに攻めてきていたものだ。前線に出た経験のない人間の中には、その時のイメージを頭に残しているものがまだ少なくない。


「妖怪たちの戦い方も、ここ数十年でがらりと変わりました。特に、天逆毎あまのざこという神にも近いくらいの妖怪が首領の座についてからの戦術の変わりようはいちじるしい。

もう彼らを野卑やひな獣と見なすのは間違いです。人間と同じくらい、時にはそれ以上に戦術を理解している手強い存在だと知るべきだ」


「では、昔ほど軍部の優位は圧倒的ではないと?」

「その通りです。前の戦の終盤であれだけ人間側が一方的に勝てたのは、ひとえにデバイスという彼らが全く知らない要素を持ち込めたからにすぎないのです。事実、今回の開戦以降、妖怪にいいように引き回されて連戦連敗の部隊も実際に存在します」


 葵の発言を受けて、今まで惚けたように椅子に全体重を預けていた司令官たちががばとはね起きた。それ以上しゃべるなと身振りで伝えてくるが、葵は相手の意図が全くわからない振りをした。その間にも記者たちから複数、手があがる。


「そのような情報はいずれのメディアでも報道されていませんね。なぜだと思いますか」

「そりゃどっかの誰かさんが上で蛇口を閉めてるからに決まってるでしょう。私ではありませんが」


 葵は『どっかの誰かさん』のところで、わざとらしく横を見ながら話し続ける。


「一尉はなぜ、それを口にされるのですか」

「間違った情報を流すことは最善の結果を生みません。現に、今こうして敵に利用されてしまっていますからね。しっかり情報を公開して、国民の信頼を得ていれば今回の事件も最初から起こらなかったかもしれない」


 記者がさらに質問を続ける。だんだん議題は責任問題からそれ、軍の情報開示の必要性の話が多くなってきたとき、一人の男が憤怒の表情を浮かべて立ち上がった。


「待ってください、みなさんそれで納得しちゃうんですか?」


 大楠おおくすが憤然と腕を組み、葵を見据えている。


「証拠はあるんですか。向こうから複数条件の提示はなかったという裏付けは」

「あります」

「ほらやっぱりな……え、ある?」


 完全に舞い上がっていたであろう大楠は、天高く上ったところで急に梯子を外されたように、情けない顔をした。おおかた葵が話をそらし始めたのをみて、これはつっこまれると困る話なのだと思ったのだろう。


 誰かがそう思ってくれれば、しめたものと思って話していた葵は内心笑いが止まらなかった。よりにもよって、一番おもしろそうな相手が餌に食いついてきた。


「これをどうぞ」


 葵が差し出したのは、複数枚のディスクだった。


「この事件が発生してからの、対策本部内のすべての情報がここに詰まっています。監視カメラの画像データ、職員の音声や電話の声の録音データ、すべてのメールの送受信記録。

いずれも穴があくまで調べていただいて結構。新たな要求などなかったことが、よくおわかりいただけると思いますよ。これはコピーですから、みなさんにお配りしましょう」


「そ、そんなものいくらだって編集できる。実際、うちに送られてきたビデオテープには全く違う映像が」

「編集は無理です。この情報はすべて外部のデータベースに直送されていて、データを書き換えれば必ず日付と日時が記録されるよう設定してある。しかも本部の人間はその存在を全く知りませんからね。ほら、ここにいるお偉いさんですらお互い顔見合わせてるくらいですから」


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