臆病者の小唄
『異常なし』の報告があがってこなければ、現場経験のある指揮官はまず真っ先に見張りの人員が殺されたか連れ去られたかを疑う。
連絡がないままでは、本当に何もなかったのか、異常があって連絡できないかが判別できないため、わざわざひと手間をかけて定時報告させているのだ。その重要性は現場の兵にも言い聞かせてあり、すっぽかす事はまずない。
「夜十二時過ぎてから、奴ら仕掛けたな」
葵は見張りをおいていた民家数件にも確認の人員を向かわせる。まもなく、彼らから最初の報告が入った。
「三名、リビングルームで発見。首が胴体から切断されています」
「わかった。戻ってきていいぞ」
その後も部下から次々と報告があがってくる。予想はしていたが、やはり見張りに送った人員は全員この世からすでに去っていた。
「一尉、有園三佐が到着されました」
背後から声がかかる。葵が目をやると、血走った目をした有園がたたずんでいた。かろうじてスーツ姿にはなれたようだが、化粧や爪までやる時間はなかったらしく、ぶつぶつとシミが出だした肌を人目にさらしていた。
「一体どうなっているの」
「三佐、十二時過ぎに報告を受けられましたよね。現場からの定時報告が途切れていると」
「な、何よ。異常があればそう言ってくるでしょう。あなたは、現場の人間はそんなに出来の悪い連中だとでも思っているのかしら」
「とんでもない。彼らは勤勉かつ優秀な人員でした。あなたの頭の中に、『死んで報告できない』という選択肢がなかったのは残念ですね」
葵がぶっきらぼうに吐き捨てる。有園の顔から血の気が引いた。
「彼らは全員死亡が確認されました。こちらとしては抗議声明を出し、強行突入も辞さない姿勢で臨む予定です」
「人質はどうなったの」
「鈴華は無事です」
「立塚はっ」
葵は無言で壁のテレビを指さす。緊急ニュースは終わる気配なく延々と流れ続け、さっきのヘリからの中継画像も複数局でずっと流され続けていた。
蒼白になりながら画面を見ていた有園だったが、校庭に落ちている物体が生徒や訪問客の死体だと葵が解説すると、とうとう目をそらしてしまった。
「三佐。画面を見てください」
「む、無理よ」
「見てください」
葵は有園の後ろに立ち、逃げようとした彼女の行く手をふさいだ。さらに逃げ道を探し、葵の横を抜けようとしたが、今度は鬼の形相になった霧島がでんと構えている。
「も、もう限界。あんな悪夢みたいな光景はあれで十分よ」
「悪夢?」
葵はあまりの言いぐさに、怒りを通り越してあきれてしまった。まだこの状況を受け入れようとしない、有園の往生際の悪さに心底腹が立った。
「いいかげんにして」
有園に向かって非難の声があがる。しかし、その声を発したのは葵でも霧島でもなかった。
「悪夢? なに子供みたいなことを言ってるの」
鬼を通り越して般若の形相になった舟木校長が、今にも胸ぐらをつかめそうなところまで有園に接近している。
二人の年代は同じくらいだろう。しかし、有薗は軍人、舟木校長は一般人だ。通常なら、発言するのすらためらうほどの威圧感がそこには存在する。しかし、今日の舟木はそんなことをすっかり忘れてしまったように、傲然と腕組みしながら有園を見つめている。
その様子を横で見ていた葵は思った。きっと、何も知らない人間が見れば舟木の方を三佐だと思うに違いない。
「現実よ。見張りの方が全員首をかっきられて死んだのも、何の罪もない生徒や文化祭を見に来ただけの一般客が焼かれて食われて死んだのも全部。……私の娘も、あそこにいるわ」
舟木がまくしたてが、有園は、いやいやをする子供のように首を左右に振った。理解できないのか、理解したくないのか。葵には、それはわからない。
「立塚の校舎内の様子は全くの謎よ。生存者がいるかもしれない。今は無事な鈴華も、これから何か起きないなんて保証はないの。あんたがそこでみっともなく泣いてるのにつきあう暇なんてこっちにはもう一秒もないのよ! わかったらさっさと現実を受け入れなさい、指示をとばしなさい!」
そこまで一気に言い放ち、舟木が荒い息を吐く。
「偉そうに。じゃあ貴方がやれば?」
有園が床を見ながらそう吐き捨てる。舟木が手近な机にあった珈琲を手に取り、有園に投げつけた。
「その権限があればとっくにやってるわよ!」
「じゃあ、あげるわ。元々私はこんなもの、ほしくもなんともないし、向いてもないんだから」
追いつめられたネズミのように、かちかちと歯を震わせながら有園は言う。そして、目の前にある舟木の体を突き飛ばし、わき目もふらずに廊下へ飛び出していった。




