悲劇の日
この日、全国的に晴れ模様だった。梅雨明けであり涼しい風がまだ吹いている。潤いもあって、清々しいものであった。
その中、この瞬間に赤子がこの世へと誕生した。その母の名は、寿 春香『はるか』。彼女は赤子に自身の顔を見せた。
暫くしてからその夫、寿 廻飛『かいと』が来た。華麗な顔つきとスタイルをしていた。妻は少し痩せ細っていたものの、笑顔を彼に見せた。
「この子の名前…綺麗で静かな…女の子。静かで綺麗な静麗『さら』ちゃん…」
「寿…静麗…良い名前かも知れないな…」
彼は彼女が赤子に付けた名に関心を持った。寝顔も麗しく、静かに眠っている。まさに、今の彼女と同じ感じであった。
そんな赤子の手に触れ、毎日彼女を見ていた。彼らはその顔を見て静麗を守ろうと心に留めた。その頃はまだ普通の家族で居れた。
半月後、廻飛は仕事に戻った。毎朝静麗の顔を見てから出かけた。彼の職業は地方公務員だった。安定の給料と休日を貰えている。裕福というより中の上程度である。
机上に大量の資料を置いている近くに居るのが彼である。彼は自分の資料をいつも机上に置いたままにしている。
「…何ですか?お子さんの事でお悩みですか?」
彼女は春翼 谷芽『はるつば やめ』。彼の自慢の部下である。
「ああ…春翼さんか…実は最近ストーカーに追われているんだよ。」
「ああ…それは大変ですね。近頃増加してきているらしいですし、私も被害を受けましたし…」
「貴方もですか…」
共に溜息を吐いた。
「ま、いつも通り頑張ってみればいいんじゃないですか?」
そう言い彼女は去った。何か不自然だった。今までこんなになったことは無かったはずの彼女なのに、まず顔色が悪い。そして最近無駄に俺に近寄って来る。一体何が目的なんだ。もう愛妻と子を持っている自分だというのに。
廻飛は怪しく思った。
仕事もいつの間にか終わり、月も見えてきた。帰り道も長い。しかし、妻が待っているのだから…夫として待たせてはならない。急ぎ、自宅へと向かう。
家に着けば妻達が遊んでいる様子が窓から見えていた。静麗もちゃんといたのでひとまず安心した。最近のニュースは聞かざるを得ないものだ。特に子の居る家にとっては生と死の境目にもなり得る。
(ふぅ………!?)
一体何が起きたのか。背後に今誰か居たような感じがして、気色悪かった。廻飛は鍵を開け、瞬く間に家へと入り、鍵をかけた。
「………あいつが…」
黒フードを被っている様。彼は廻飛を追っていた。しかし、鍵を閉められると流石に手段は無い。おまけにこんなに暗くなれば警察も回り始めるだろう。そう感じ取ったのか、彼は家から離れていった。
それから三ヶ月後、この時までストーカーに何回か追われた。目的も動機も分からないままとうとう4月の下旬となった。そこで上司からのある誘いが来た。
「廻飛君、明日社員の連れで花見にでも行かねぇか?今日こそはきちんと、なぁ?」
呑気に花見する暇も無い。コミュニケーションも大切だが、その間に妻子が殺されるなんて思いたくもないが、させたくもない。
「断らせねぇぞ!廻飛君の癖によぉ。」
「すみませんが、お断りします!」
上司の腕を軽く寄せ、急ぎ足で帰ろうとした。
しかし、今日もまた違和感を感じた。今まで皆勤賞だった春翼さんが居なかった。
「………!!!」
今頃気づけなかった自分に後悔していた。心配して今日も急いで帰った。更に彼はいつもよりも速く、焦っていた。心臓が鳴り出している。
意識が遠のいていく内に、いつの間にか家の前に立っていた。声は無い。恐る恐る鍵を開け、扉を開く。すると突然、静麗が床で泣いていた。しかし、一人の大人が彼女を拾い上げた。
「………一体………何をしたって言うんだ……?」
廻飛は尋ねた。彼女が不満気になっていたことを見抜いていた。
「……春翼さん…!」
春翼は不敵な笑みを浮かべ、唇を動かし始めた。
「お帰りなさい。廻飛。」
「春香はどうしたのですか?それより、なぜ家に入れたのです?」
「窓を叩き割ってやりました。指紋を消すように貴方の妻の手袋を奪って。」
話すにつれ、廻飛は手汗を握った。
「奥でも見てみれば?」
途端に彼女の口調も砕けた。その事も気にせず彼はリビングへと走った。
その時、彼の目の前は真っ白になった。春香の死体を見つけたのだ。
「嘘だろ…春翼さんはこんな事…」
いつの間にか彼女は逃げていた。そこに残ったのは彼と春香、そこに静麗の姿は無かった。誘拐と殺人、目を疑うのは当然である。愛妻も子も部下に奪われたのだから。そして、後に警察が駆けて来た。
「…昨日、公務員の夫、寿 廻飛容疑者が殺人の疑いで現場逮捕されました。容疑者はその罪に対して、
『違う。殺したのは自分ではない。』
と否定しました。これに関して、近隣の方々は…
『あんなに良い人だっ…』」
途端にテレビが消された。闇夜の中、隣に居た静麗は眠っている。
「…ふん。」
春翼はそんな彼女の身体を持ち上げ、ちゃんと横にして寝かせた。
「…廻飛さん、貴方が悪いのですよ。」
そしてその数ヶ月後、彼女は妊娠した。とても嬉しかった。静麗も彼女に近づいた。しかし、彼女は静麗を打った。泣きそうになったら大声で黙らせた。そんな日々が続いた。
その日々が過ぎ、子が出産された。男の子だった。春翼は前々からその名を決めていた。殊『こと』という名にするつもりである。静麗は彼を遠くから見てはしゃいでいた。この頃、もう少しで3歳の誕生日になる。しかし、彼女が彼の顔を見たのはその時だけであった。
数日後、静麗の誕生日の一つ前まで、殊の顔を見ることは無かった。いや、見せてくれなかった。見ようとする度に殴られた。自分を汚れ者のように見ながら虐待を繰り返していた。なぜ見せてくれないのか。そこに疑問を持った。聞いてもまた殴られる。家からも出られない。閉塞感漂う雰囲気だった。
そして、とうとう静麗の誕生日の前夜となった。静麗は決心した。殊の奪取と家出を行おうとした。殊はいつも春翼から離れている。だからいけるかもしれないと察した。
殊を持っている様子を彼女は見ていたので、赤子の持ち方は見様見真似だが、大切に持つことはできる。殊は床に寝転んでいた。静麗はこっそりと殊を抱き、部屋から出た。アパートだったので、玄関までの距離は近い。そこに辿り着いたが、ドアノブが高い位置にあり、今の背じゃとても届かなかった。
「うっ…うううう…」
背伸びしても届かない。跳んでも届かない。それでも静麗は諦めなかった。その結果、ドアノブに手が届いた。
「やった!」
その刹那、何か刃物が彼女の右の頬を横切った。驚きのあまり落ちた。振り返ると春翼の姿があった。
「静麗…あれほど言ったよね…悪いことはしないでねって。」
「だって、春翼さんだって…」
そう言ったら刃物を喉に突きつけられた。そして、春翼は彼女の頬を切りつけた。
「嫌なら嫌で出て行けよ。そっちの方が嫌かも知れないからな…」
静麗はショックのあまり、動けなかった。
「…仕方ないな。」
春翼は静麗を運び、外へと出た。
外は小雨だった。アパートの裏へと放り込んだ。春翼は無視して戻っていった。静麗はその時何も言えず何も聞こえず、そして何も感じられなかった。
時刻は丁度、零時を過ぎたところであった。夢物語も一瞬で潰えた。そんな事を思ったこと事態、間違っていたのだ。そう思った。
朝なのか、昼なのか、それとももう夜になってしまったのか。時間感覚も鈍ってきそうだ。そして、自力で起きた。そもそもそこは室内であった。その様子を二人が見ていた。
「「おわあああぁぁ!!」」
二人は慌てて離れた。白髪に赤い眼を持った少年と灰色の髪を持った少年であった。
「やっと起きたようだな。お主は此処に召されたのだよ。良く思いな。」
図体の大きい魔人の姿があった。怖く、息も荒くなってきた。
「ってオイ!しっかりしろ!」
白髪の少年が魔法をかけた。
「…はぁ!」
静麗の緊張をほぐした。
「やはり、自己紹介ぐらいしとかんとな…儂はガルカイフ。魔王だ。そして白い方はジェド。灰色の方はゲルニオ。」
「白い方って呼ぶな!」
その途端に、静麗はガルカイフ魔王に対して尋ねてみた。
「殊は!?」
「コト?知るかそんな奴。」
やはり誰にも分からない。一体どこに居るのか。自分は一体、なぜこんな所に居るか。
「まず、お主に名を付け変えないとな。『シルバ』にでもしようか。」
「また、適当につけやがる。」
ゲルニオが拗ねた。その間、静麗は目の前が真っ暗になった。
そんな生活を続けた。初めての経験だった。ただ、殊に出会うことはなかった。なぜならば、此処はあの世界とは違う世界だからだ。もう二度と殊の顔を見れない。
そんな日だけしか無いと感じた。そんな日を1年分過ごした。彼女はもう限界だった。そして、ガルカイフ魔王の所に行こうした。廊下を歩いていたときに、ガルカイフ魔王を見つけた。一人を連れて。シルバは確かめた。その顔つきは、とても可愛らしいものだった。
「…捨てられていたコト君とやらを、拾って来たぞ…シルバ。」
シルバは少しだけ、近寄った。そして、彼の頬を触れた。
「…静麗ね…」
「殊!…いや、私はシルバ。静麗ではないよ。貴方の姉だから。コト君…じゃあ…」
そしてシルバは去った。ガルカイフ魔王は彼女に対して文句を言った。
「…今まで散々コト、コトばかりだったのに。シルバは何を…」
「シルバ姉さん…」
ただ二人は立ち尽くすばかりだった。
この度は、『ごまちゃんクエスト!番外編』をご覧いただき、誠に感謝しております。先程も似たような事を申し上げましたがこの物語は、本編に繋がっております。これで『ごまちゃんクエスト!』の世界を僅かでも面白くさせたいと考えました。
本編は2日後から再開する予定です。では、本編を楽しみにお待ちください。では!(⌒▽⌒)