第二章 第1話 開戦前夜のシミュレーション (DAY 1)
いよいよ開戦ですが、主人公たちは闘うことに疑問を持ち、情報収集を始めます。
この第二章では、主人公のタグ争奪戦に対する考え方が大きく変わるとともに、過激な交戦監視員の京美深姫の本当の目的が明らかになります。
その中で最初の第1話は、主人公が必勝法を考えつつ、最後に京美深姫のある情報を得ることになります。
「そもそも、どうやったら確実に勝てるんだろう」
首輪争奪戦で勝てないから、クロスアウト方式に難癖つけてるなんて、間違っても思われたくない。
例の登校日から、新学期までボクは、ボクなりに色々と調べていたが、常に頭の隅にあるのがこの疑問だった。
妄想半分で、非公式戦での勝ちパターンなんていうのをあげるとすると、こんな感じだろう。
ある男子中学生が、朝の陵日中学校の校門前で、可憐な女子中学生からラブレターをもらう。
陵日中学校は言わずと知れた男子校だ。彼女がほしいと言っても、物理的に無理な中、わざわざ飛んで火にいる彼女さん登場となれば大抵舞い上がる。
『お話したいことがあります。今日の昼休みに常山中の校門前で待ってます。 常山中三年三組 南郷 灰音』
ふだんであれば、これで、百人中九十九人までの男子中学生は誘き出されることうけ合いだ。
まぁ、女子を先頭にたてるのは気が進まないので、あおいに頼むとするとこんな感じになる。
『話がある。手短に済ませたいので昼休みに常山中の校門前まで来い。 常山中三年三組 西條 あおい』
かなり、プライドを傷つけられながら男子中学生が現れるのを待つが、これでは来なさそうだ。
やむを得ないので、中押冴朱に代書を頼み、西條あおいが渡すのがギリギリと言う線かも知れない。
『ぜひあなたとお話がしたいので、今日の昼休みに常山中の校門前で待っています。 常山中三年三組 中押 冴朱』
これなら、どうにかスケベ心を隠しながら陵日中男子生徒が快く引っかかってくれそうだ。
あとは、昼休みにノコノコ現れたターゲットを、ボクかあおいが狩れば勝利だ。
公式戦を仕掛けるなら、北雲千茶がピッタリだろう。なんと言っても、女子剣道部の主将が同じ部隊にいて、これを利用しない手はない。
そのうえまさか、腐なる文学少女がまさか武闘派、剣の使い手とは思うまい。
適当な陵日中学校のチームを引っ掛けて戦約の話をするタイミングで、北雲千茶に腐の呪文を唱えて、『青春の汗』を滾らせたところで、こう持ちかけるのだ。
「私が剣道で御相手します。きょう午後、常山中学校武道場にて相見えましょう」
まさか、致死量に近い出血をしながら男子相手に剣道真剣勝負を申し込んでくるヤツが強いはずがない。
そこをチームリーダー同士で京美深姫のところまで戦約書を持っていってサインする。
首輪はボクのを差し出してもいい。北雲千茶で負けるなら仕方ない。しかし、ここまで持ち込めば、最強男子が来ても八割以上、ふつうなら、九割強の勝率は見込めるだろう。
いや待て、意外に警戒されると容易に勝負を受けてもらえないかもしれない。
やはり、申し込まれた勝負を受けると言うのは、考えてみれば相手の得意種目で闘うことになるから、なかなか難しいに違いない。
しかし、そうすると公式戦で受けてもらいやすい種目ってなんだろう。
もしも、交戦監視委員会推薦の種目があるとすれば、あの日もらったルールブックに例として書いてあったチキン・ゲームになるんだろう。
三十分にセットしたタイマーの時間表示部分を隠して、ゲーム開始と同時にカウントダウンをスタートさせる。あとは、タイマーが鳴る前に、どちらが遅くまでタイマーのストップボタンを押すのを我慢できるかを競うという、まさにチキンゲームだ。
タイマーが鳴ったら負け、そして、相手チームより早くタイマーのストップボタンを押しても負け。
究極の戦術として、相手がストップボタンを押すまで、こちらもボタンを押さないという古典的な戦術があるが、往々にして両方とも時間制限超過して負けになるのがオチだ。
まさか、こんな成り行き任せのゲームに首輪を賭ける奴が居るのかといえば、まず、いない。部隊内でも、あおいがこういうに違いない。
「こーちゃんが責任取るって言うならやってあげる」
それだけは、避けたいので公式戦の適当な種目を考えてみるが、いざとなるとなにも良案が思い浮かばない。
スポーツ種目は、スペシャリストに圧倒的に有利になるので、間違いなく警戒される。
かと言って、トランプやウノ、将棋、チェスといったテーブルゲームなら受けてもらいやすいというのも間違いだ。そんな提案が出た段階で警戒されるに違いない。
「やっぱり、卑怯なように見えるけど、非公式戦でおびき寄せてザックリしかないよなぁ」
ボソリと呟いて、そのあとで、考えこむ。そんなに簡単なものだろうかと。
まず、九時から五時までという時間制限があるおかげで、登下校時間中に襲うことが出来ない。
さらに、犯罪に抵触する行為は禁止ということで、登校中にターゲットとなる生徒を拘束したり、足止めすることが出来ない。
そのうえ、他校の生徒が校舎内に立ち入ることが建造物不法侵入に当たるということで、校舎の中に入られると手も足も出ない。
下校も五時を過ぎて校舎から出てこられると、もはや、タイムオーバーで闘う余地すら無い。
意外にハードなルールにぐうの音も出ない。
「普通に闘ったら勝てないのか?」
「だから、クロスアウト方式自体を否定するのか……格好悪い」
ボクは悶々としながら、何にも余り手がつかないまま、新学期までの数日間を過ごしていた。
明日から新学期という日の夜。晩御飯を食べ終わって、ふつうならボクが無愛想に二階の勉強部屋に向かうところだが、ボクは少しパパに訊いておきたいことがあった。
「パパはいいよね、強そうに見えるから誰も襲ってこないんじゃない?」
「なんだ、首輪のことか。そう言えば明日から新学期だったな。虹都もいよいよ戦闘開始だな」
「ボクたち中学生は学校の中にいれば安全だから、朝の九時から夕方五時まで学校に引きこもっていれば最悪、首輪を奪られることはないから多少、有利だよね」
「確かに、学校が安全地帯で九時から五時まで出てこないって言うのは、負けないためにはいい作戦だ。だけど、絶対に勝てない最悪の作戦でもあるなぁ。五時を過ぎれば安全であると同時に攻撃のチャンスも失ってるということだろう」
やっぱり、みんな考えることは同じか、と思いながら、パパに首輪争奪戦のことも訊いておく。
「パパは、この首輪争奪戦ってシステムは間違ってるとは思わないの?」
「うーん、そうだな、ずいぶん昔の議論になるけど、この争奪戦を導入するときに議論された、目的の相当性と手段の妥当性が問われる問題だな」
「争奪戦の目的の正当性? 手段の妥当性?」
「そう、両方とも政策を評価する時に使われる言葉なんだけどね。まず、争奪戦導入の目的だけど、これは今の保険制度が支えられる限界の人数が決まっているから、その人数を制限しようということで、これはしかたがないことだと思う。全員は救えないんだ。だから、目的としては間違ってない。問題は、手段としての争奪戦が妥当かということだろうね」
パパは、ボクの顔を覗きこんで、納得しているかを確かめるが、ボクは納得してないので視線を合わせないようにする。
そうしたやりとりを終えて、パパが話を続ける。
「だけど、これも、制度を本当に必要とする人が首輪を奪り合うことで、社会的に首輪を必要としない人を選別しているのだとしたら、単なる抽選よりも好ましいに違いない。抽選だと心の中では要らないと思っている人にも当選の機会を与えてしまうからね」
なぜか、パパの言葉をすっと消化できずにいて、いつまでも耳の中から頭のなかに入ってこない。思わずボクはパパに尋ねる。
「それじゃあ、ボクたちだけ十五歳のときに首輪争奪戦をしなくちゃいけないのは正当なの? 妥当なの?」
うーん、と唸ってからパパは言う。
「虹都の年齢は異常なほど人口が多い、そのまま既存の社会保障プログラムで受け入れると将来いろいろ致命的な問題がある……と、ここまでは事実。それじゃあどうするのか、問題があるから受け入れる数を、受け入れ可能な数まで減らす、目的は社会保障プログラムの安定した運営というんだから正当性はあるんじゃないかな」
「それじゃあ、そこでボクたちにクロスアウト方式を適用するのは妥当なの?」
「そうだね、今のパパたちの年代は昔からこの人口の歪みのおかげで、重い社会保障負担をしながら、十分な保証が受けられないことが多かったんだ。年金も保険も払うだけ損と言われ続けたものだ。だから、虹都たちの年代の一定数を受け入れないようにするのは、ある意味、全員で不幸にならないために考えられた解の一つだ。虹都がイヤなら、首輪を返上するのもひとつの方法かもしれない」
「そんな、返上したらもう二度と戻れないし……なんだって、わざわざ受験の年にしなくても……」
パパにそんなことを言っても仕方ないのは分かっていた。けれど、誰かに言っておかないとボク自身の気持ちの整理がつかなかった。
こういうとき、ハードボイルドになりきれない自分に嫌気が差す。
その日、パパは思いの外、よく聴いてくれたし、首輪争奪戦についてもいろいろ教えてくれた。
そして、最後にボクは今日一番訊きたかったことを尋ねた。
「パパ、この争奪戦を止める方法ってあるの?」
「うーん、そう言えば第二制限世代の制度が始まって少したった頃、総理大臣に脅迫状が届けられた事件があった時に争奪戦が一時、取り止めになったことがあったな」
「え、本当に?」
「しかも、無関係の人質を取っていて、社会保障システムサーバ記録の全消去まで迫ったんだ」
「それでどうなったの?」
「それが、どういう訳か急に犯人の身元が割れて、犯行グループは一網打尽、その中にいた四十五歳の交戦当事者は保険記録を抹消されたんだったかな。……身元が割れた理由は、この首輪に盗聴機能が付いていたかららしいと言うのがもっぱらの噂だよ」
「え? この首輪ってそんな機能があるの?」
「専門家の中には技術的には可能という人はいるけど、常時監視するほど交戦監視委員会もヒマじゃない、と言うのが定説になっている」
「それもそうだね。もし、その話が本当だったら、いますぐにでもここに交戦監視員が飛んでてもおかしくないからね」
ボクは、パパとの会話に満足すると、そのまま二階の勉強部屋に上がって最後の脅迫犯グループの犯行についてネットで検索することにした。
タブレットから検索すると、今から三年前の当時のニュースのヘッドラインがヒットする。
「社会保障権争奪戦に冷水、犯行グループが突然の停戦要求」
「総理大臣に停戦要求声明、社会保障権争奪戦反対派の仕業か?」
総理大臣に停戦を要求するなんて、格好良い。ちょっと、やってみたい気がしてきた。
「警察庁長官令嬢が人質に、争奪戦の即時停止を求め映像公開」
「犯行グループが人質への危害を予告、事態は重大局面へ」
ヤバイよ、冗談じゃなく社会犯罪になってるし……しかも、人質って若い女の人じゃないか?
もう少しスマートなのかと思ってたけど、何かギトギト系のテロリストになってるよ……格好悪い。
「総理、未明の緊急記者会見で争奪戦の無期限停戦を宣言」
「社会保障闘争よりも人命を優先、犯行グループは事態を歓迎」
なるほど、人命がかかれば、闘いは止まるのか。仮に人質がボクだったら止まるのかな?
卑怯だけど、西條あおいだったらどうだろう。警察庁長官の令嬢を用意するのは無理だからなあ。
などと思いながら、ニュース記事サイトを閉じて、まとめ系サイトに飛んで要領よく情報を掻い摘んでみる。
争奪戦を一日半停戦させた英雄の名前は、鷹飼牙賀太(四十五)、職業無職。
意外なことに単独犯。そして、警察庁長官の娘は当時の精麗女学院に通うKFさん。
驚いたことに、どう見ても、このロリ顔で巨乳のイニシャルKFさんは日本に一人しかいないあの甲高いアニメ声のお姉さんそっくりだ。
しかし、こんな事件に巻き込まれていながら、どうして交戦監視員なんかになっちゃったんだろうね、京美深姫さん。なんとなく、風変わりな感じはしていたけど、警察庁長官令嬢だったって言うのは意外な感じがする。
一夜あけると、始業式。いよいよ、朝九時開戦と思うと身が引き締まる思いがする。
妙な緊張感に捕らわれながら、見慣れた景色の中、登校する途中で聞き慣れた声がする。
「おはよう、こーちゃん」
「なんだ、あおいか」
あと四十分で開戦というので、神妙な面持ちでいたのが、一気に脱力する。
「ところで、あおいって、鷹飼事件って知ってる?」
「うーん、なんだっけ? なんか聞いたことあるかも」
「警察庁長官令嬢を人質にとって、首輪争奪戦を止めた三年前の事件」
「あー、そうそう、まだ小学生の時じゃない、懐いなぁって……ひょっとして、こーちゃん、その鷹飼事件と同じコトしようってんじゃないでしょうね」
「違う、全然そんなんじゃなくて、その時に人質にされた警察庁長官令嬢っていうのがコノ方でさ」
ボクは、昨日見たサイトの少し不鮮明な人質画像をスマホに映してみせる。
「えぇぇぇ~、何よあの女。警察庁長官令嬢だったの? ソレってセレブってヤツじゃない。どうして交戦監視員になって、アタシたちの争奪戦を見に来てるのよ。遊び半分だったら狩るわよっ、きょう京……み。ふぐぐぐ……」
あおいがかなり反体制なことを粗暴に喋りだしたので、思わず口をふさぐ。
「あおい、この首輪は盗聴機能も付いてるハイテクメカらしい。余りしゃべり過ぎると死ぬことになるぞ」
「ぶふぁー、バカ虹都っ、口はいいけど鼻まで押さえたら、まじで死ぬでしょっ。軽く殺そうとしないでよ、もぅー」
「ごめん、あおい」
どこからどこまでが口で、どこからどこまでが鼻なのか、夢中で分からなかった、とは言えない。
……あと、ナチュラルに殺そうとまでは思ってません。
「まぁ、心配してくれるのは良いんだけどさ」
あおいがあまり気に留めていないのを奇貨として、ボクは素朴な疑問を尋ねてみる。
「そうだ、あおいは、争奪戦のことは考えた? どうやれば勝てるとか、公式戦ではこの種目がいいとか?」
「そんなの簡単じゃない。首輪を奪れば勝ちよ」
「だから、どうやって、てところ」
「そんなもん、敵を転がして、首輪をタグ切狭でちょん切ってしまえばいいじゃない」
ダメだ、会話にならない……と思った時だった。
「でも、どうやって九時過ぎまで敵を転がしておくかが問題なのよ。いろいろ考えたんだけど、顎先にアッパーカットを入れるのが一番良さそうなんだけど、やっぱ犯罪かな?」
やっぱりダメだとボクは思った。
「典型的な傷害罪、かな。もし、首輪の収集のためとなれば強盗致傷という重罪だ」
「そうかぁ、何か面倒臭いわね。こーちゃん、この手のパズルみたいな話、好きだよね」
「いや、好きじゃないけど、一応考えてみたんだ……」
モノは試しと春休みにシミュレーションしたラブレターつり出し作戦を、あおいに説明する。
「うーん、ダメでしょ。見るからに怪しいよ」
「そうね、ラブレター持っていった時点で拉致られるんじゃない? 話したいことがあるなら、ここで聞こうかってね」
あおいの横からちょこんと顔を出して、一段高いところから声を掛けるのは北雲千茶だ。
ちなみに、北雲千茶によると、常山中剣道部は、隣の陵日中学とは剣道部同士の交流があって、女子ゆえに男子との公式試合はないものの、かなりの強豪として名を馳せているらしい。
「試合で千茶とやろうって男子は、多分、選択授業でしか剣道をしたことのない素人ね。まあ、素振りも怪しい素人が、剣道種目の公式戦を申し込まれた時点で、拒否られるのは目に見えてるわ」
「そうね、私の剣道の腕がお役に立てないのは残念だけど、逆に申し込まれたら、相手はかなりの強豪ってことよね」
「え、そんなヤツいるの?」
「県大会レベルになれば私みたいなのはゴロゴロいるわよ」
「なんだ、こちらが得意にしている種目ではほぼ勝負できないってことだよな」
これは、かなり絶望的だ。しかし、あおいは、楽天的に言う。
「だから、ルールブックにもあったじゃない。公式戦の想定がっ」
「なに? ルールブックにそんなこと書いてあったの?」
ひょっとして、チキン・ゲームとか言うんじゃないだろうか、と思うが早いかあおいが言う。
「チキン・レースよ、憶えてない? バイクを二台用意して崖っぷちまで走るやつ」
「え? バイクで崖っぷちまで走るってどういうこと? 命がけなの?」
「もちろん、ドライバーは名誉のために命を賭けるの。臆病者と呼ばれないためにね。ちなみに、崖っぷち直前にゴールラインが引いてあって、そこを先に通り過ぎたら勝ちね。ドライバーはそのラインを過ぎたらバイクから飛び降りるの。ドライバーが死んだら、負けになるから」
もはや、完全に別のゲームとして成立してしまったチキンレースを、修正しようなんて殊勝なことは思わない。とりあえず、重要なことはただ一つだ。訊いておこう。
「ところで、負けた場合の首輪はどうするんだ。ドライバー役は置いといて」
「そうね、さすがに勝てそうな気がしないから、こーちゃんが責任取って言うならやってもいいわ」
可愛く笑ったあおいの言葉は、いわゆる想定の範囲内の回答だ。
あとは、あおいと千茶が、架空のチキンレースのドライバーについて熱く語りだしていた。
朝の体育館で、始業式前の恒例、クラス発表が貼りだされている。
しかし、三年生は部隊別にクラス分けが言い渡されていたので、特に感慨はない。
ボクは三組のみんなが集まっているあたりで第十三から第十九までの各部隊のメンバーから情報収集していた。
そうしたときだった。
体育館に交戦監視員の京見深姫さんが駆け込んできて声高らかに告げる。
「みんな、常山中第十六部隊が、今年度初めての首輪争奪戦勝者に輝きました。はい、拍手っ」
体育館の時計の針は九時を少し回っていた。
しかし、それに誰も意を払わないまま第十六部隊の笑顔を探しながら、三年生のみならず、全校生徒が呆気にとられたように暫く拍手を続けていた。