第一章 第4話 ルール説明、カラータグ、体育館にて (DAY 0)
デスゲームではお約束のルール説明回です。
デスゲームでは珍しいチーム戦になります。
そのルールを京美さんがしっかり?優しく解説してくれます。
いきなり、死人は出しませんが、血は出ます。たっぷりと、はい。
「それでは、交戦規定について簡単に解説します。解説が終わったら、早速、向こうに用意してある首輪を首に通してもらって、今日は解散です」
京美さんの指し示す方向には、先ほどメディカルチェックをしていた白衣の集団が、三列ほど椅子を向かい合わせにセッティングして待ち構えるように座っている。
どうやら、今日、この場で本気で首輪を装着させる気らしい。
少し体育館がざわついたが、よく通る京美さんのキンキンした例のアニメ声のせいで生徒たちの会話は強制終了させられる。
「首輪はあとのお楽しみですよ。それではまず、ルール説明ですっ」
いや、誰も楽しみでざわついたワケじゃないし。
てか、風呂にはいる時ぐらい外せるのかな、首輪。
「それでは、第一章、総則……は、みんなでルールを守って首輪を取りあいましょうってだけだから、割愛するわね」
あっという間に六分の一終了。京美さん、仕事早いな。
「次、第二章、交戦当事者だけど、今年の常山中学校の交戦当事者はここにいる九十六人ね。いまのところ、例外規定の適用者は聞いてないけど、もし病気とかで来年参加希望の人はあそこの医師団に相談してね。あと……」
少し間にためを作って、京美さんは禁止事項の説明をする。
「……首輪の取り合いに第三者の介入は認めません。恐いお兄さんや傭兵さんを呼ぼうと思ってる人は注意してね」
ほう、なるほど、その手がありました。
しかし、色男、金と力は無かりけりと言う通り、ボクが頼れるものは血筋と人脈しかない。
しかし、中東で死の商人とつながるアラビア訛りのある英語を話す親戚の伯父さん(氏名不詳)とは、最近、連絡が取れない。
まあ……そもそもそんな脳内設定な伯父さんはどこにもいない。万一、いたとしても反則なら、どうしようもない。
閑話休題、気を取り直して、続きに目を通す。
「大人の交戦でも第三者介入は結構問題になるんだけど、第五章にある交戦裁判所に持ち込まれたら結審まで少なくとも二ヶ月は時間がかかるから、時期によっては致命的なタイムロスよ。あと、交戦監視員の私の査定にも響くから面倒事はナシでお願いね。あ、巻き込まれた時は相談してね。ちゃんと話、つけてあげるから」
なんなの、査定に響くって? ボクは軽く毒づいてみる。交戦監視員にも上下関係があるということだろうか。
テキストの方には、第二章の三に『交戦非当事者の関与と効果』という記述がある。なんだか難しい問題がありそうなので、持っていた赤ペンで番号に丸を打つ。家で父さんに訊いてみよう。
そうする間にもテキパキと仕事を進める京美さん。
「次は注意して聞いて。第三章は、新しく出来た部分よ。大人がやってる交戦とは違う部分だから集中して聞いてね」
京美さんの言う第三章チーム、というのはボクたちの第三制限世代年齢特有の規定、団体戦のルールだ。大人たちは個人戦なので、取ったり取られたりを個人でやるので、ある意味分かりやすい。
確かに、チームで取り合うってなると組み合わせによって有利不利が出そうだ。
協調性よりハードボイルド。他の追随を許さない個人プレーが似合うボクにとってはやりにくいかも、と少し不安になってくる。
「チームって聞いて何だろう? って思うかも知れないけど、原則は簡単よ」
京美さんは猫型ロボットが未来のひみつ道具で大活躍するアニメを使って説明する。
「チームの中では、お前の首輪は俺のもの、俺の首輪も俺のものってことなの。一言で言うとジャイアニズムですね」
「「「はぁ……?」」」
……体育館全体が煙に包まれたようになる。京美さん、暴走してますよ。
「よく聞いてね。一チーム五人でチーム戦を闘うんだけど、チームの誰が首輪をゲットしてもチーム全員が勝利になるってことだから、お前の奪った首輪は俺のものっていうことね。いいかな」
今度は、空気を読んだ京美さん。
こちらの様子をうかがって、話を続ける。
「そして、こんどは逆にチームの誰かが首輪を取られたら、取られた人だけが戦線離脱、つまり、俺の首輪は俺だけのものっていうこと。もし、チームに一人でも欠員が出たら、私のところに来てね、ちゃんと他のチームであぶれ……余って……えーと、斡旋をしますから、大丈夫ですよ」
なるほど、団体戦と聞いていたけど、メリットは分け合うけど、デメリットは本人責任になるのか。ボクの内に秘めたハードボイルドが安堵の吐息を漏らす。
それにしてもジャイアニズムって、いまの説明に必要だったのかなぁとボクは思う。
まぁ、いいけど。
ただ聞いていて京美さんの言語中枢が機能不全を起こしながら、本音に近い部分をぼろぼろ漏らしていてマジで怖い。
確かにチームに欠員が出て補充するとなると、ロクな面子が来そうにない。
小学校の頃の体育の組分けや修学旅行の班分けで予行演習済みだから想像に難くない。
逆に、今回のゲームって有能過ぎて余るヒトって、FA権行使みたいに自ら抜けることができるのかな。
そもそも、部隊がフルメンバーなら、仲間にしたくてもできないか。
何にせよ、最初に作られたチームで勝つのが一番良いに違いない。
負けなければ、欠員が生じることもなく、あまってしまう心配も要らないわけだ。
「皆さーん、それと、この勝負は勝ち抜けだから、時間が経つにつれて交戦当事者の人数が減ってきます。なので、一学期の間はチームの欠員の補充は校内のチーム同士で私がやりますけど、二学期からは他の中学校の子とチームを組むことになるかもしれないから、嫌だったら速戦即決! でヨロシクね。で、以上で第三章終わりっ」
なんだか、京美さん、早く仕事を終わらせる気マンマンだ。
「それじゃあ、いよいよルール説明のキモ、第四章、交戦と勝利条件、いきますよ」
京美さんは慣れた手つきで自分の首輪を片手で外すと、それを右手の人差し指でくるくる回しながら言う。
「それでは、明後日から、皆さんには首輪の取り合いを行って頂きます。といっても、私や先生のような大人が普段、身につけているような首輪ではなく、こっちのシリコンラバー製の特別仕様のコンバットバージョンを使います」
京美さんがドヤ顔で取り出したそれは、グレーというよりほぼ黒に近い色で、鈍い光沢の輪っかだった。輪の太さは厚みが二ミリ程度、幅が二センチ弱、長さが五十センチ余りあって調整が効くようだ。
「この首輪は一度付けると交戦終了まで外せません。あと、故意に覆って隠すとセンサーが作動するハイテクメカが入ってます。その時には、八十ホン以上の警笛音が鳴って、ペナルティも記録されちゃいますから注意してください」
「「「ええぇえーっ」」」
一度つけると外せないことに不満と不安の声が上がる。あと、なんだよそのハイテクメカって、いかにも説明しましたっぽいフレーズ。できれば詳細な技術情報を開示してもらえないでしょうか。
一同、憤懣やるかたない中、よく見ると、輪っかの一部に長さ五センチほどの少し幅が太くなっている部分、おそらく、センサーがあってそこだけ厚みが八ミリ程度になっているようだ。
「大丈夫、かぶれたりアレルギーが出る場合には、別素材のバージョンも用意してあるから」
「あの、風呂とかで外すのはアリですか?」
「はい、質問はあとあと……って言いたいところだけど、重要なことなので言いますね」
京美さんは少し間を持たせていった。
「みなさーん、この輪っか外すと、即負けになるわよ。もし、この首輪が切れたときは交戦当事者、つまり、キミたちが首輪を取られた時と判定されてセンサーの中で記録しちゃうの。だから、事故とかで切れたりしたらすぐに私に連絡してね。二十四時間以内ならナント実費だけで交換できます。それ以上かかった例は、第一、第二制限世代の交戦でも滅多に聞かないから、多分、救済するにしても手間になるわ」
京美さんはぐるりと周囲を見渡しながら言う。
「あーそれと、タグが汚れたとか、シミが付いたから交換とかはナシね。交換の立会って、交戦監視員の時間の無駄遣いになっちゃうから……そもそも、これって電池交換なしで五年は持つように設計されてる完全防水、メンテナンスフリーのメイド・イン・ジャパンのスグレモノよ。というわけで交戦終了まで大事に使ってね」
なんだか、折角の優れたテクノロジーが無駄遣いされてる気がしてならないんですが。
「あ、そうだ。この中で首輪の要らない子は今、言ってね。首輪を装着して部隊分けのあとで言われると四人の部隊ができて調整が面倒になるから」
その声に呼応するように、一人の男子が手を挙げる。
手を上げたのは別のクラスの三友皇帝というキラキラネームの持ち主で、この地域では有名な総合病院の一人息子だ。
確かに、病院の跡取り息子にとって社会保障をかけて受験の年にサバイバルを闘う必要性は薄く、老後を年金に頼らなくて良いぐらいの蓄えはありそうだ。
「もう、いないのかしら?」
皇帝の後に続く勇者はおらず、三友は装着予定だった自分の首輪の処分を見届けると体育館の後ろの渡り廊下から出て行った。
「もっと景気良く、じゃんじゃん出ないのかしらねえ。タグ神。でも一人だけっていうことは常山中学校の交戦当事者は残り九十五人になるから、ちょうど五で割り切れるわね」
なぜかゴキゲンな京美さんは、班分表にチェックを入れたあと、ルール説明を始める。
「それでは、第四章、交戦と勝利条件のところを開いてください」
改めて、京美さんによる解説が始まる。
「一項の定義に書いてあるように、闘い方は公式戦とそれ以外です。どちらも不法行為は禁止よ。二項に書いてあるとおりね。もしも法に触れるようなことをして首輪をゲットした場合には、通常の犯罪と同様に罪を償ってもらうわよ。あと首輪の交戦権の停止や首輪自体の即時無効回収のペナルティもあるから注意してね」
一息、ついて、京美さんは重要そうなことを言う。
「ただし、いざ首輪を奪ろうとすると多少のもみ合いにはなってしまうので、その場合は交戦監視員の判断になるけれど、多少、関節を捻ったり、カスリ傷を負わせたりって程度なら、犯罪にはならないから安心していいわよ」
いや、多少って、関節技って少しでも痛いでしょう。ダメでしょう。
そうか、京美さんは女だからプロレスごっことかしないんだろうなぁ。
こどもが遊びでかけても破壊的な威力を発揮する関節技は、無効にしてもらいたいものだ。
「あとで、首輪を付けるときに、首輪切鋏も一緒に渡します。強制というわけではないんだけど、首輪切鋏で切った場合には首輪の方に切断記録として首輪切鋏のID番号が残されます。あとから、相手に事故で首輪が外れてたとか言わせないためにも、首輪の切断は首輪切鋏がオススメよ」
良い子たちは話は聞いてるが、返事はない。
徐々に緊張感が高まってきているのか、場が静かに、ひどく落ち着いているように見える。
「次の三項は重要よ。交戦時間だけど、原則として学校のある日の午前九時から午後五時まで。要するに交戦監視員がいない間の交戦は認められないの。だから、九時前ぎりぎりとか、五時ちょっと過ぎとか、首輪を無駄に切らないためにも交戦は時間に余裕を持つことが重要よ。ついでに四項もみてね。同一校内での首輪の取り合いは禁止。つまり、学校内では、公式戦以外の交戦は一学期の間はないわ。だから一学期の内にこんなツマンナイ交戦を終わらせるのなら、放課後に他校と公式戦をするか、校外に首輪を狩りに行くか、どちらかを選びなさい」
京美さん、やたらと早く終わるように仕向けている気がしてならない。
交戦監視員って公務員だっけ?
闘うなら早いほうが良いのかなと思いかけた時、京美さんは話し始める。
「四項をもう少し解説すると、二学期からは交戦当事者が減るからチームメンバーの補充も校外から入ってくる。そして、混合チームは常山中学チームと公式戦に限って対戦ができる。つまり、放課後にかぎらず公式戦は昼休みでも、学校が認めれば授業中でも可能になるの。その上、三学期からは私達、交戦監視員が自ら交流戦を組むよう指導することになるわ」
京美さんは一息つくと、尋ねるように話しかけてきた。
「ここにいる皆んなはふつうの中学三年生よね。特に接近戦の訓練を受けているわけでもないでしょう。そして、交戦についての知識も乏しい。そうした人間が一番陥りがちなのが、長期戦による精神の消耗よ。高校受験も近づいてくる、自分の首輪は護らなくちゃいけない、そして、早く他人の首輪を奪らなければならない。ところが、焦りから無理をすると、勉強が手に付かない、自分の首輪の護りに隙が生まれる、他人の首輪を狙うことも覚束なくなる」
皆んな静かに京美さんの演説に聴き入っている。
普段の授業もこれぐらい刺激的で楽しかったら良かったのに、とボクは少し思う。
「結論から言うと、時間の経過とともに戦いは不利になります。たとえて言うと一学期は交戦の権利がある時期。しかし、二学期からは交戦は義務になる。そして、三学期の交戦は苦役以外の何物でもないわ。見ず知らずのチームに入ってバラバラに闘って、自分は負けてないのにチームは落伍者を出して離合集散を繰り返す。結果、負けないヤツは最後までチームを転々とする羽目になる。言っておきますけど、受験組は高校受験の日も九時五時で交戦日です。もし、そんな日に首輪を巻いていたら受験どころじゃないわよっ」
体育館に入った新中学三年生は、改めてリアルに名簿抹消制度の日常に放り込まれたような、そう、言ってみればハンマーで頭をブッ叩かれたような衝撃を受けていた。
そんな状況を眇めるような目つきで一人ひとりを睨みつける京美さん。雰囲気的に軍曹殿の風格をまとっている。
「よーしっ、みんな、いい目つきになってきた所で、五項の公式戦について説明します。公式戦はチームで戦うものであればなんでもいい。何の種目で、いつ、誰が、戦うかをチームリーダーが戦約として紙に書いて私のところに持ってくる。そして、もう一方のチームリーダーが私の目の前でサインをすれば、交戦布告手続きは完了よ」
京美さんは解説書から視線を外して生徒のほうを見やって言う。
「交戦種目は何ですか、とでも聞きたげな顔付きですけど、答えはありません。法に触れさえしなければ何でもありです。じゃんけんであろうが、軍人将棋であろうが、クイズマジカルアカデミーであろうが、勝敗が明確であって、一時間以内に決着がつくもの。それが条件です。戦約は私が確認して、勝敗も私が判断します。そして、決着がついたら私が首輪を処理します」
そして、京美さんはシレッと言う。
「だから、負けた時のために誰の首輪を切ればいいのかは、戦約に予め書くことになってるので、公式戦を申し込むときにチーム内でちゃんと決めておいてね。公式戦のルールは以上よ、質問はあるかしら」
一人の女子が手を上げて名前を名乗って質問をする。
「負けた時の首輪を差し出す人を公式戦の中で決めるのはダメでしょうか。たとえば、じゃんけん勝ち抜き戦の最初の敗者とか個人成績の一番悪かった人とか」
「残念ながら、四章五項のなお書きに戦約書で敗退者の予め記載しろって書いてあるので、戦約を持ってくる前にチーム内で話し合って決めておいてください」
「あ、はい……」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、次の質問の手が上がる。
「種目はなんでも良いということですが、美男子コンテストとか、筋肉美を競うようなものでも良いのでしょうか」
えらく、張り切って質問した割には、内容が薄いよな、北雲千茶。
「いいですよ。筋肉美でも、健康美でも、ただし、勝敗を決めるのは私よ。それでも良ければ戦約に書くのは自由です」
「え、いいんですか。それでは、深姫さんの好みの筋肉とかは聞いてもいいですか」
「そうね、腹直筋も気になるけど、やっぱり、脚ね。特に陸上を走ってる時の大腿直筋と縫工筋の張りは臀部よりも見応えがあるわ」
何ですか、その筋肉トーク。誰も追随できませんよ。
「キ、キターッ、も、腿内側の縫工筋ーっ。太ももの付け根に通じる男根へのロマンチック街道……ぐふっ、ぐふっ、ぐふふふぅーん」
「せ、先生、北雲さん、いつもの鼻血が出てます」
「いいのよ、あおい。鼻血は『青春の汗』よ。それよりも脚というなら腓腹筋とヒラメ筋のコンビネーションについて、え、ぐふふふふふふ、ぶっぶふぇ、じ、持病の鼻血がぁ」
おい、大丈夫か。早速、自爆して制服を血塗れにして倒れるヤツなんてバトル・ロワイヤルでもいなかったぞ。
それに持病の鼻血って何だよ、早く治しとけよ、その青春の汗の過剰分泌はさ。
「次は誰?」
「……あの、引き分けがある場合はどうなるんでしょう」
「時間内に再試合してもらって決着を付けてもらうわ。じゃんけんで一時間アイコなら、私が判定で決めます」
「解説書には、両チームの合意で没収試合になると書いてますけど」
「前の方からちゃんと読みなさい。『やむを得ない理由により勝敗が決しない場合』と書いてあるでしょう。一時間以内に決着のつく勝負を前提にすれば、やむを得ない理由なんて発生しっこないの。それに、私が勝敗判定しちゃうと、勝った方は取り下げに応じないから大丈夫よ。はい次!」
何、その流れ作業っぷり。さっきの千茶はさておき、ボクの義心が疼き始めそうだ。
「はい」
澄んだ声が、体育館に響き渡る。中押さんがボクの心の声を聞きつけたのか論戦に参加するようだ。
「二章三項にある交戦非当事者が交戦当事者を支援するのは無効だと書いてありますけど、公式戦の戦約で、たとえば交戦当事者の両親同士での腕相撲勝負をすると、それは無効になりますか?」
「腕相撲かぁ、四十路のねぇ」
つまらなさそうな声を紡ぎだして、京美さんの視線は宙を泳ぐ。
ひょっとして、まだ続けるんですか、筋肉談義。
アレって、話について行ってる生徒は約一名で、その貴重な一名も、今は血だまりの中で絶頂に達し、心ここにあらずの状態だ。
「私は、どちらかと言うと大相撲が好きなんだけど……あ、そうじゃなくて、問題はご両親が出てくるってところね。それなら問題ないわよ。二章二項の三にも、ルールに規定することを除き、って書いてあるから、公式戦の場合は二章三項の適用はありません。私がジャッジして大丈夫なら、親御さんの腕相撲でも指相撲でも戦約は有効です」
「そうですか」
中押さんが座ると、一通り質問は終わったようで、次に京美さんは非公式戦について話し始める。
「非公式戦については、法に触れない限り何でもありよ。いえ、多少なら法に触れても大丈夫、程度に考えておいたほうが、あなたたちの場合には安全かも知れないわね。とにかく、合法であれ非合法であれ、王道であれ卑怯であれ、首輪を先に切ったもの勝ちっていうのが非公式戦のルールなの」
京美さんは、腕を前に組んで話を続ける。京美さんの豊かな胸がタプンと揺れる。
「非公式戦は第一、第二制限世代ではふつうの交戦なので、交戦のコツや必勝法みたいなモノがネット上で公開されていたりするんだけど、そうした情報は知識として持っておくだけで十分よ。中途半端な知識と技量で非公式戦に勝とうなんて、そんな御目出度いカモは首輪狩りの餌食にされるだけよ」
交戦ネタと呼ばれるものはネット上にゴロゴロ転がっている。
「首輪争奪戦クロスアウト必勝法を教えます」と言ったバナー広告もよく目にする。
当然、それを先回りした「何もしなくても首輪がアナタの元へ」、「首輪一本から迅速丁寧」などの違法スレスレの広告まである。
ネットで人気があるのは体験談的な「私はこうして首輪を手に入れた」と言うものだ。
たとえば、ひたすら頭を下げて首輪をもらおうとする困ったオジサンに、土下座をさせている後ろからざっくりと首輪を奪うオバサンなんかは、ボクが見ててもユーモラスでヤラセなのかと疑ってしまう。
ほかにも、親切心から荷物を両手に抱えるほど持たされた挙げ句に真正面から首輪を奪われるオバサンなど、タグの争奪を再現ドラマで放送するネット番組は再生回数が異常に高かったりする。
倫理的に間違ってる気がしないでもないが、ちょっと、やってみようかなという気がしないでもない。
ただ、京美さんは、成功しそうでも首輪狩りの餌食になるからするなと警告してくれている。
この首輪狩りと言うのはスラングで、非公式戦に特化した交戦当事者で、取得した首輪を非合法ルートで捌いて資金化する集団のことを言っている。
先ほどの首輪切鋏が開発されたのは、こうした首輪狩り対策もあるのだ。
しかし、いつも首輪切鋏を持ち歩くのは難しく、ふつうに身近にある刃物を使って首輪を切り取ることも認められていて、なかなか首輪狩り撲滅の道は遠い。
第三制限年齢世代は今年が初戦だが、御多分にもれず首輪狩りの出現が予想されている。
しかし、時間制限が夕方五時までと厳しいことや、脱落者の数が比較的、少ないことから、出現しても限定的という見方が大勢を占めている。ただし、油断はできない。
「とりあえず、非公式戦なんて考えずに、自分の得意分野を活かした公式戦で勝つのが王道よ。それと、万が一、首輪狩りが出た時の対策はただ一つ。走って逃げる、よ。そして、安全が確保できたら私のとこまで電話すること。首輪狩りの現行犯逮捕は、一番、査定で評価が……じゃなくて、その公正な交戦を汚す行為として許されないの。いいわね、必ず、私の所まで通報するのよ」
うん、なんとなく京美さんが考えてることがよくわかった気がする。
そして、最後に京美さんは抽選の話で説明会を締め括った。
「非公式戦になった場合には、勝った方からは間違いなく報告があるけど、負けた方もちゃんと報告しないと、戦力補充に時間がかかっちゃうから、ショックかもしれないけど報告に来ること。あと、最後まで勝敗が決まらない場合は、来年の三月三十一日に抽選で勝敗が決まっちゃうから注意してね。しかも、この抽選のクリア確率はいろんな調整がかかって、六分の五よりも分が悪くなるわ。最後まで戦って損する籤を引くよりも、速戦即決、気持よく頑張ってね」
京美さんは、あまり重要では無さそうな「五章 交戦裁判所」と「六章 雑則」を、断りもせず割愛して踵を返すと、首輪を嵌めるべく待機している白衣の集団の方へ歩いて行った。