第一章 第1話 その頃、ボクたちは (CHARACTERS)
主人公・東大路虹都の所属する部隊のキャラクター紹介です。
主人公・虹都とヒロインの西條あおいに加えて、あおいを慕う北雲千茶の紹介です。
ほかに、主人公を慕う男の娘キャラ・灰音も少しだけ顔出しします。
ストーリー上も出血大サービスを見せる女子剣道部主将にして文学少女、千茶に注目ください。
朝の三年三組の教室で女子生徒とテキトーにキャッキャウフフな会話をしたいなら、西條あおいと北雲千茶の武闘派コンビは避けるべきだとボクは思う。
ふつうの女子との会話で得られるような、ささやかな幸福感とか高揚感なんて欠片も感じさせないのは、どう言うことだろうね。
今朝、西條あおいのボクへの詰問から始まった会話は、ざっとこんな感じだった。
「ねぇー、こーちゃんってさ、全っ然、首輪に対して戦意を感じないんですけど」
「だから、首輪の奪い合いをするだけじゃ根本的な解決しないんだって、あおいも納得してなかったっけ? 同級生で闘うなんてありえないし、こんな闘いに加わったら制度をつくった政治家たちの思うツボだよ」
「でも、何もしなかったら、アタシらの負けじゃない?」
「いや、方法はあるよ。ルールにも、システムにも、首輪にも、これといったミスらしいミスは無いんだけど、……人間に頼る部分に付け入るべきスキがあるんだ」
「こーちゃん、マジなの? スキってなに? ちゃっちゃと言いなさいよ」
にゅっと突き出された好奇心たっぷりのあおいの頭を、ボクはどうどうと闘牛士のようにして抑える。
「スキは理解ってるんだけど、どうやって攻略するのかが問題でさ……正直、今のところ攻めあぐねてると言うか、考えあぐねていると言うか……」
こう言う話の中でも「スキ」を「好き」と脳内変換して、「攻め」を「タチ」と超変換しながらマッハ二十の豪速球でツッコむ、普段は物静かな腐女子、北雲千茶がボクたちを戦慄迷宮へと突き落とす。
「東大路君、好きなら好きでムッツリと力押しするのがキミのキャラじゃない? あおいはね、押し倒すよりも引き倒されるぐらいがちょうど良いのよ」
「いや、北雲さん、それってボクのキャラ把握、たぶん間違ってるし、それにムッツリとってなんなの? あと好きなんて……」
本当に、どこの世界で使われている連用修飾語なのか、さっぱりだし、ボクはあおいが好きなんて考えたことも無い。
「ふん、まぁ何を言っても鉄板展開になるんだけど。まず、東大路君がグイグイ押して、あおいが後退りするでしょう、そのとき、壁ドンを恐れたあおいが不意にバランスを崩して後ろに倒れそうになるのっ。そこを倒れまいと咄嗟に東大路君に抱きついて、けっきょく、二人で一緒に床に倒れるの。こんな感じねっ」
隠れ文学少女、女子剣道部主将の北雲千茶の情感溢れる白熱の演技が痛々しい。いや、正直なところ恥ずかしい。
千茶のこうした素養はハードクインロマンスから官能小説まで千を下らない腐な蔵書から熟成されたものらしい。
千茶の自宅で蔵書を前にカミングアウトされてドン引きしたあおいに、オススメ絶品の三冊が布教用に渡されたことを、ボクは知らされている。
「でっ、東大路君とあおいの重ならない思いと重なる身体、そこでっ、こっ交錯する不純な異物のやわらかでしなやかな感触に東大路君は劣情をもよおして……はぁっ、ふぅ」
不純な異物が何を指し、その感触が果たして何なのか、まったく周囲をさしおいて腐臭だけが突き抜ける。
顔が紅潮し始めた北雲千茶の異変を、あおいが察知して千茶の手を取って暴走を鎮めようと画策する。
「ち、千茶、ち、ちょっと御手洗に行こうか」
「あおいっ、ここから少しずつ盛り上がっていくんだから……ふぅっ、はぁ」
「千茶、鼻息荒いよ。続きはまたメールでくれればイイからさっ」
「いやぁっ、あおいの意地悪っ、バカッ、放してよぉー」
あおいは、粗雑に文学少女の右腕をぐいっと掴むと、やおらトイレに向かって重戦車のように力強く肉塊を引き摺っていった。
助けられたのか、晒されたのか、二人が御手洗に向かった後の居心地の悪い教室で、ボクが一人取り残される。
間違いなく、晒されているのを否応なく感じさせられる。
クラス中の耳目を集めておいて、事態の収拾を図ることなく退場した千茶を恨むフシはあるものの、腐女子とはいえ、女子は女子だ。
ボク的信条からすると護るべき対象である。
その千茶をディスってボクだけ良い子にしているわけにはいかないので、どうしようもなく恥ずかしいながら、ここは耐えるしか無い。
「おはよう、虹都。ちょっと災難だったね、まったく千茶ちゃんらしいけど。ところで、今日の選択科目でさ……」
ボクのことを名前で話しかけてくれたのは、茶髪に透き通ったソプラノ声が今日も爽やかな南郷灰音だ。
灰音の笑顔に、少し胸のあたりがドキドキするのは気のせいなのだろうか。
戦友であり、ダボッとした制服の着こなしと、華奢な身体つきは非常に女の子らしいのだが、中身は間違いなく日本男子だ。
これに頭脳明晰な女子学級委員長の中押冴朱が加わると、ボクの戦友が揃って市立常山中学校第十八部隊となる。
ボクは、常中第十八部隊所属、東大路虹都。
この春、中学3年生になったばかりだ。
こよなくハードボイルドを愛するごくごくふつうの外見の男子中学生。
わざとらしい感情表現や、勧善懲悪の予定調和をなぜか過剰に嫌悪する、ごくふつうの十五歳。
そう、多感だが口数の少ない、少し難しい、取り扱い注意のお年ごろだ。
なんでも理解っているつもりでも、なにも知らなくて、ちゃんと反応してるつもりでも、きちんと伝わってなくて、なんだか自分で自分がもどかしくなるような、そんな折に、たまたま、ボクは映画の中でハードボイルドに遭遇した。
男はすべてを理解して、哀しくても涙を見せず、怒っても声を荒らげず、物静かに「そうか……」とだけ言っている。
感情表現の苦手なボクにはピッタリのハマり役だ。
それに、行動原理も共感できる。ひとことで言えば不言実行だ。
静かな物腰の裏には人一倍の悲憤と怒気を孕み、強固な信念のもと、冷静に為すべきことを為す。
もちろん、手段は選ばない。
女性に優しく、社会悪には敢然と立ち向かう。
まぁ、顔貌がハンフリー・ボガードに似てれば最高だけど、あおいに言わせれば、しかめっ面より笑顔の方がマシと言われる完璧モンゴロイド顔。
父親が柔道四段のガチムチ体型なのに対して、ボクの背格好は痩せ型で身長が百六十五センチ、ニックネームも黒剣とか灰色狼とかではなく、単に虹都か、こーちゃんと呼ばれている。
これは、幼馴染の粗暴な同級生、西條あおいの犯罪的陰謀の所業だ。
まぁ、心の広いハードボイルドなボクは、黙って見逃しているわけで、それが定着してしまうのも仕方がないといえば仕方がない状況だ。
しかし、十五歳になったボクは、部隊を作って自分たちの健康保険や年金を、他の十五歳の子から勝ち取らなくてはならなくなっていた。
この状況をハードボイルドと言わずして何と言うのだろう。クロスアウト方式によるデスゲーム、日本政府の取った制度の概要は次のようなものだった。