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第三章 第4話 底抜けの罠(DAY 5)

「パパが倉庫番?」


「虹都、ぜーったいに言っちゃダメよ。パパ、ああ見えてプライド高いんだから」


 翌朝、昨日のことをママから聞いたボクは驚いた。でも、うわ言のように首輪タグられると言っていたことと何の関係があるのか、よく分からない。


 ママの言うところによると、昨晩、パパが目覚めたのは深夜十二時を回ってからのことだったらしい。

 夕方、何も食べてなかったので簡単に食事をすませて、パパはリビングのソファに座って一息ついて、そして、また寝たらしい。


 パパの話によると、昏倒の原因は過労のようだ。その日は交戦中なのに、慣れない倉庫作業を一日やらされていたらしい。

 なんとなく、首輪タグられると言っていたパパの言葉と倉庫番の仕事を重ねながら、大人の世界の闘いの歪さにボクは得も言えぬ嫌悪感を感じていた。

 パパは、朝も早いらしく、いつもより一時間も早く家を出て行っていたらしい。


 そして、ボクはいつもどおり、とはいかず、制服の繕いを終えたママにこっぴどく叱られていた。

 そのうえ、生傷をジロジロ見られて医者に行く寸前まで段取りされたところを、こっそり抜けだしてどうにか登校にこぎつける。

 登校途中も何度もスマホが鳴るが、自宅の番号なのでマナーモードにしておく。

 一時的着信拒否を、どうしてマナーモードというのか、ボクには全く理解できないのだが、そういうコトになっている。首を傾げながら通学路を急ぐ。

 結局、ボクは学校には始業の予鈴直前に滑り込んだ。


 こうして、交戦五日目の火曜日の朝が始まった。


 四時限目の授業をどうにかやり過ごすと昼休みになる。今日は二時限目から体育と選択授業で教室が離れていた灰音はいねと久しぶりに会話をする。

 やっぱり、学校に来るのはこういう報酬系がしっかりしてないと、登校拒否に陥ってしまいそうだ。

虹都こうと、早く食べないと情報教室に十二時半集合じゃなかったっけ?」

「え、何かあるの?」

「あ、虹都こうとって朝、ギリギリだったから聞いてないんだ。今日の作戦の話」

 一体いつ決まったの。あと、十二時半って十分で食事を済ませて支度するの? ボク、何か飛行石の謎でも追いかけていたっけ?


 全く理解できない状況の中で、最後の『作戦』という単語が引っかかる。

「一体、何の……」

 そう思って、机に出していたスマホの着信履歴を見ると、家からの着信に混じって、あおいからの着信も入っている。

 朝の着信拒否状況を想い出しながら、ボクは、この作戦に関して何となく拒否権を失っているような気になってしまう。


 電話というのは一方的に連絡される分、非常に乱暴な通信手段だ。

 しかし、応答しなかった場合の非が、一方的に着信者に寄せられている気がするのは、不思議だけど否定しづらいものがある。

「自宅、自宅、あおい、自宅、あおい、自宅、あおい……凄い数の着信だね。やっぱり朝、急いでたらスマホ出れないよねぇ。僕もあおいさんに言ったんだけど、すごい剣幕で電話しててさ……」

 灰音の話を聞きながら、気もそぞろに昼食を終えて、情報教室に向かう。


 灰音はいねと一緒に情報教室に入ると、中には、あおいと千茶ちさ中押なかおさんともう一人、身元不詳の女子がいる。

 身長は百四十センチと小柄で頭一つ沈んでいる。しかし、沈んでいる分、アホ毛が伸びていて、十センチほどは身長を稼いでいるんじゃないかと思えるほどだ。

 襟章を見ると、ピンバッジは緑色で、どうやら二年生のようだ。それにしても、百六十センチほどある千茶ちさ、それより低くて平均的な、あおいや中押なかおさんと比べて、ちょっと身長が足りなさすぎる感は否めない。

 目鼻立ちは整っていて、縮尺が間違っているところを除くと至ってふつうの……女子小学生だ。


「こーちゃん、灰音はいね君、十二時半を二十秒、回ってるわよ。時は金なり、学成りがたし、一寸の光陰軽んずべからずって言うでしょう」

 あおいは、昨日の落ち込んだ様子ステータスから見事に立ち直って、いつもどおりの覇気あふれる口調に戻っている。しかし、しゃべっている内容が複雑骨折していて痛々しい。

「あおいさん、ごめん。僕が虹都こうとに伝えるのが遅くて」

「まぁそんなことは、どうでもいいわ。朝の作戦会議ミーティングの通り、陵日りょうじつ中の生徒を誘き出してアタシたちの闘いに終止符を打つわよ」


 朝の作戦会議ミーティングに出席していないボクも巻き込んで、既に作戦は実行フェーズにあるらしい。

作戦要領説明オペレーション・ブリーフィングの前に紹介しておくわね。女子剣道部副部長の四方木よもぎみどりさんよ。千茶ちさの後輩で今回の作戦オペレーションのオトリ役を引き受けてくれるわ。そしてこっちを紹介しておくと、いま来たこちらが灰音はいね君で、こっちが虹都こうとよ」

 何か、ボクが微妙に粗略に扱われた気がしないでもないが、灰音はいねが可愛い笑顔でヨモギに会釈をするので、ボクもぎこちない会釈をする。


「ハイネにコウトね。ヨモギは千茶ちさ先輩の一つ後輩なのさっ。ヨモギって呼んで下さい。よろしくっ」

 なかなか、体育会系にしては珍しい言葉遣いをするので、少々、弄りたくなるのを抑えながら、ボクはあおいに訊く。

「で、今日は何をするの?」

「今日はねりに練った作戦オペレーションよ。コードネーム、倒熊作戦ベアベイティング! 千茶ちさ、ブリーフィングをお願いね」

 なんだか、格好良いのか悪いのか、コードネームまで付いている。果てさて、どこまで練りに練られているんだろうか。この時点で、かなり、ボクは疑っていた。


 すぐ、となりで千茶ちさがノーパソを開いて住宅地図を映し出す。

 地図には陵日りょうじつ学園の正門から、住宅街の空き地までの道がハイライトで示されていて、それに従って千茶ちさが改まった態度で説明をする。

「では、説明します。今日の作戦目的は陵日りょうじつ中吹奏楽部の三年生の首輪タグ獲得ゲットです。今日、もう間もなくですが、陵日りょうじつ学園の中庭で昼休みに新入生歓迎演奏会を催す予定と言うのが冴朱さやか情報として入っています。総勢五十名を超える陵日りょうじつ中の吹奏楽部ですけど、三年生男子に限ると二人しかいません。そして、今日の標的はスバリこの二人。特に片方の部長さんはプライドが高くて怒りっぽい人とのプロファイルデータが冴朱さやか情報として入っています」


 なんだか、可哀想なプロファイリングをされている部長氏が気の毒だが、こういう人こそ、いわゆる孔明の罠に落ちて下さる貴重な人物だ。

 しかし、中押なかおさんの情報が妙に細かいのは気のせいだろうか。

 ボクの他愛ない胸騒ぎを背に、千茶ちさは淡々とブリーフィングを進めていく。


「こちらの武器メイン・ウェポンは、スモークキャンドルっていうパーティグッズになります。この赤の先端を折ると景気のいい爆竹音と大量の煙が上がるの。洋モノだから加減を知らないのが珠に瑕です。このスモークキャンドルをヨモギが陵日りょうじつ学園の正門前で使用すると同時に作戦開始オペレーション・スタートです。それでは、まず、ヨモギ!」


「はい、千茶ちさ先輩っ」

「ヨモギは、正門前の、この辺り、中庭の見通せる場所でニセ首輪タグを見せながらスモークキャンドルを使って敵を引きつけて。二本あるから、盛大に使って頂戴。もし、先生が引っかかったり、誰も出てこなかったら作戦は中止。そのときは、学校に戻ってきて。もし、生徒が引っかかったら、ここの資材置き場になっている場所まで敵をおびき出すの。もし、途中で捕まりそうになったらニセ首輪タグを外せば、命までは奪られないでしょう」


 ヨモギの首を見ると、丁寧にボール紙を加工して誂えたニセ首輪タグが付いている。近くで見るとアラが見えるが、ちょっと離れると本物のように見えるのが不思議だ。

「ヨモギ、了解っなのさ。まぁ、捕まるなんてことはないから任せておいて!」


「あと、資材置き場まで敵を引きつけたら私たち正面アタッカーが敵を引き継ぐから、資材置き場からは急いで身を隠して撤収する準備をしてね。そのとき、帰り道に敵があふれているんだったら、全員、得意の合気道で薙ぎ払っちゃって頂戴っ」

「モチのロンなのさ。言われなくても、ヨモギはそれがしたいのだよっ」


 え? この子、合気道が得意なのに、女子剣道部なの。それに、全員薙ぎ払うなんて巨神兵じゃあるまいし、ねぇ。

 あと、ヨモギって、千茶ちさにロコツに懷き過ぎだし、ちょっと、調子に乗ってるノリも度しがたい。

 なにか縮尺だけでなく、いろいろ間違っていそうで困惑させられてしまう。


「そうしたら、次は灰音はいね君」

「はい、千茶ちささん」

「あら、可愛い声だわ、灰音はいね君!」

「はい、千茶ちささん」

 なんだか、二人いい感じで向かい合っていますが、何か生まれるのかな。


灰音はいね君っ!」

「あの、千茶ちささん?」

「どうしたの? 灰音はいね君」

「あの……僕の役目は何か教えて欲しいんだけど?」

灰音はいね君はサイドアタッカーよ」

「サイドアタッカーって……?」

 ちょっと当惑する灰音はいねが可愛いのだが、それを置いて千茶ちさが説明を続ける。


「そう、今回の誘き出しで、敵の数が思ったよりも多い場合、資材置き場に陵日りょうじつ中の生徒を行かせないために、あえて正門前の通りでもう一つキャンドルスモークを使って、敵を分散誘導するの」

「えっ、それって危険な役割じゃないの?」

「大丈夫よ、灰音はいね君。ここのポイントは、うちの学校の正門から十五メートルの距離だから、引きつけるだけ引きつけたら、校門に逃げ込んで。灰音はいね君は無理しなくていいから」

「うん、それならできそうだね。分かったよ、千茶ちささん、ありがとう」


 要するにヨモギに思ったより敵が集まりすぎた場合、オトリのオトリとして灰音はいねが敵の一部を誘導して、資材置き場に行く敵の数を減らすってわけか。

 しかし、これだけのことを伝えるのに長くないですか、千茶ちささん。あと、一方的に千茶ちさが盛り上がっているようなのだが、昨日の特急列車で何かあったんですか? ボクの中で疑惑は深まるばかりで留まるところを知らない。


 しかし、ボクの疑惑を取り残して、いよいよ、話は決戦場の資材置き場での配置に移る。

「それでは、まず、資材置き場で敵を待ち受ける正面アタッカーは、あおいと私ね。でも、ここまで正面アタッカーが強力だと敵に逃げられるおそれがあるから、敵が資材置き場に入ってきたら、入り口を封鎖する役目を虹都こうと君と冴朱さやかさん、二人でお願いします。もともと資材置き場にはフェンスが立ててあったのをズラしているだけだから、それをもとに戻してもらえれば、結構な障害物になります。問題は資材置き場を塞いだあと、校門までの帰り道を確保してもらいたいの」


 間髪をいれず、中押なかおさんが質問する。

「帰り道を確保というと、どういうことかしら?」

「学校前の正門通から資材置き場までの一本道に敵が充満するような状況を避けないといけないの。おそらく、ヨモギが処理してくれることだし、そんなことにはならないだろうから念のためなんだけど」

「分かったわ。まあ、そう言う状況になったら、灰音はいね君に電話して京見きょうみさんに来てもらいましょう。灰音はいね君、もしも、万一の時のために電話したとき、首輪タグ狩りが出たと言って、京美きょうみさんと一緒に来てもらえないかしら。京美きょうみさんって対人戦闘が得意なようだから、こういうときこそ頼りになるわ」

「うん、分かったよ冴朱さやかさん。そういうことなら任せておいてよ」


 そうして、みんながブリーフィングで役割を確認したあと、ボクは改めて問いかけるようにして言う。

「あのさ、正面アタッカーをあおいと千茶ちさの女子二人に押し付けるのは良くないと思うんだ」

 やはり来たか的な空気が場を包んでいき、そして、ブリーフィングで解説した千茶ちさがみんなを代表するかのようにして言う。

虹都こうと君は、女子二人って言うけど戦闘力でいったら、並みの男子には負けないわよ。それに、昨日は、私、アクシデントで戦力にならなかったしね」


 アクシデントでしたっけ……とも思いもしたが、今はツッコんでいる場合じゃない。

「それなら、資材置き場の入り口を封鎖したあと、ボクも闘うよ」

「こーちゃんには、帰り道の確保っていう任務があるのよ。非公式戦は首輪タグって交戦監視員に認めさせるまでが勝負なのよ。昨日も言ったとおり、成果を上げる部隊チームは、分業と協業なんだから」

「そうね、勝手に闘われると、私が一人にされてしまうわ」


 ここで、中押なかおさんまで加わって、女子三人から総攻撃を食らうと如何ともしがたい。

 しかし、輝かしい首輪タグ争奪戦初勝利のときに戦場整理役と言われるのもオトコとして情けない。さらに敵との戦闘を女子に任せていたとなるとボクの気持ちも晴れない。


「だいたい、こーちゃん、まだキズ治ってないんだから、今日のところはアタシたちに任せなさいよ」

 ニコッと微笑みながら、あおいは言っているが、昨日の負傷のうち今も痛むのは頸椎の捻挫ぐらいで、あとはシャワーにかからなければ大丈夫な切創ばかりだ。

「キズなんて、もう関係ないよ。全然闘えるさ」


「そうすると、正面アタッカー希望が三人いて、一人が控えにならなきゃいけないなら、くじ引きで決めちゃったら」

冴朱さやか、要らないこと言わないでよ。こーちゃんは帰り道の確保でいいじゃない」

「でも、本人が納得しないのなら……はい、くじ引きでいいでしょう」

 中押なかおさんはティッシュペーパーを紙縒りのようにして、三本のくじを作ってあおいの前に差し出す。


「引くの? 引かないの?」

「ひ、引かないなんて言ってないじゃないっ、そもそもくじなんて……」

「それじゃあ、虹都こうと君から、どうぞ」

 くじを引くと、ボクとあおいの紙縒りの先が白、千茶ちさが黒という結果になった。

 千茶ちさがヨモギに抱きつかれて泡を食っている間に、千茶ちさの異議申立てがないまま、くじ引きは成立した。


 十二時四十五分、陵日りょうじつ学園のキャンパスに吹奏楽の音色が響くと同時にキャンドルスモークの|華々しい破裂音が鳴り響き、煙が上がる。さらに、もう一度それが繰り返される。

 吹奏楽の演奏は直ちに止められる。


 ボクはあおいと千茶ちさ中押なかおさんと一緒にちょうどバスケットコートぐらいの広さの資材置き場でこれを聞いていた。

「始まったわね」

 あおいが張り詰めた緊張の中、言葉を発し、それをボクが受け止める。

「上手くいくといいね」

 あまり気の利いたことの言えないボクだったが、あおいはコクリと首肯くとスカートのプリーツが気になるのか、叩くようにして整えている。


 そうしている内に、今度は違う方向でまたキャンドルスモークの音がする。

 時間が開いた二回目の音がしたのを聞いて、灰音はいねが鳴らしたものだと思ったときには、ボクたちの目の前にとんでもない状況が浮かび上がってきた。

「何アレ?」

 あおいが絶句したようにして言葉を漏らす。

「……大漁だね」

 もはや、見たままを言うしか無かった。見る限り、ヨモギの後ろにはガタイの良さそうな首輪タグを付けた三年生が十人ほどはいるだろうか。


 資材置き場の入り口近くの茂みの影から、中押なかおさんが声を上げる。

「どうするの、あおいっ。今からフェンスで塞ぐの?」

 中押なかおさんが千茶ちさと必死の形相でフェンスに取り付いているうちにジリジリと時間が経過していく。

 走ってくる誰の目にも中押なかおさんと千茶ちさの影が見えているような、そんな間合いで、あおいが断を下す。

「いいわ、半分だけ閉めて、あとは予定通り千茶ちさたちと一緒に帰り道の確保をお願いっ」


 目を眇めるまでもなく、ちびっ子のヨモギの後ろに続いて十数人の体育会系男子が体操着で追いすがってきている。どう見ても吹奏楽部ではない。

「どうしてあんなに湧いて出たんだ?」

「分かんないわよ。何かの手違いね」


 そして、ボクは言っても仕方のない、くだらない質問をしてしまう。

「どうするんだ、あおい」

「さあ、分かんない。出たとこ勝負になっちゃったわね。こーちゃん、ごめんね」

「ごめんで済んだら警察いらないって言っても、警察は民事不介入とか言ってたっけ」

「大丈夫、アタシ何とかするから。あんたもコレ持って、ヨモギが来たら鳴らすわよ」

「わわっ、あおい、どこから出してるんだよ」


 あおいがスカートの裾を開けて、太ももに巻きつけていたキャンドルスモークをボクに渡す。そして、何を思ったのか資材置き場の鋼矢板がガッチリ積まれたテッペンに上がって敵の到着を待つ。

「こーちゃんも上がってきて、本番開始イッツ・ショータイムよ」


 いや、そんな余裕無いです……とも言えず、井桁状に二メートルは積まれている鋼矢板の上を踏む。

「壮観だね」

 ボクはそう言ったものの、気分は武田騎馬隊を迎え撃つ長篠の織田軍の足軽に同じで、迫力に負けると後ろに弾き飛ばされそうだ。


「あおい先輩っ、ヨモギ、連れてきましたぁっ」

 いや、連れて来過ぎだろう。資材置き場は人一人がやっと通れるぐらいまで入り口が狭められており、小柄なヨモギはスルリと入ってきたが、あとのメンツは半身になりながら入って来る。

「ヨモギちゃん、もういいわ。首輪タグを外して!」


 首輪タグを引き千切るように外すと、先頭の男子生徒が驚いたようにしている。それでも、勢い余って全員が資材置き場の中へ入ってくる。


 パパパッパーン、パーンパパッパーン!


 近くで聞くと耐えられないほどの音圧。そして、容赦無い煙が円筒形のキャンドルスモークの先からもうもうと上がる。

陵日りょうじつ中の諸君、お疲れさま。今の娘はオトリよ。本当の敵はここにいるわっ」

 煙の噴き出ている筒を下に投げると、集まった陵日りょうじつ中の生徒が浮足立つ。

 中央の結構、ガタイの良い生徒が中心メンバーと見えて、周りに指示をしているようだ。組織的で、どうも、単に居合わせただけの面子ではないような雰囲気を漂わせている。


「なにやってんのよ、あんたも投げなさい」

 確かに、多勢に無勢と言いながら、ムダにボクが何もしないのは間違っている。

 下に目をやると、ヨモギは入り口近くの茂みにいた千茶ちさに声をかけられ、帰路の確保に向かうべく、目立たないよう身を隠すことに成功したようだ。

 陵日りょうじつ中の生徒でそちらに気を向けているような素振りは全く見えない。


 ボクは安堵しながらも、息を整えて声を張る。

陵日りょうじつ中の諸君、ご苦労だったな。本当の敵は向こうだ!」

 ド派手な爆音にビクつきながらも、どうにかキャンドルスモークを投げつける。

「こーちゃんっ、敵をこっちに引きつけなさいよ。敵は向こうだなんて、馬鹿ねっ」

 ああ、そうだった。つい、目をやった先に千茶ちさがいたものだから、口をついて出てしまったのだ。


 でも、こちらで全部引き受けるわけにも行かないし、どうする気だ? あおい。




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