幕間劇 週末のフレッサ― (DAY 3.5)
幕間劇ということで、戯曲形式で物語を綴りました。
しかし、本編のピースも埋められてますので休憩ではありません。
単場、完全第三者視点、かつ、地の文無しです。
なお、ハシラの部分とモノローグ部分はナレーションであてます。
小説形式とは違った読み味になりますが、幕間劇、よろしくお願いします。
登場人物
東大路 虹都 ◯ 十五歳(中学三年生・主人公)
西條 あおい ◯ 十四歳(中学三年生・女主人公)
「虹」……虹都
「あ」……あおい
協力/常山中学校三年三組・喫茶店「フレッサ―」
◎春の夕日射す場末の喫茶店「フレッサ―」
波乱の新学期が始まってから最初の週末を迎えている。
日曜日は5時閉店ということもあり、店はガランとしていて誰もいない。
静かな店内のいつもの奥席に、中学三年生の男女が向い合って座っている。
幼なじみということもあって、その二人のやりとりには全く遠慮というものがない。
机の上には真新しいルールブックが置かれているが、開かれた形跡はない。
(シーン 1)
あ 「いい、こーちゃん。来週から闘うんだからね。闘うからには、しっかりルールを頭に叩きこんでよ」
虹 「……わ、分かったよ。でも、あおいのヤル気は半端ないよね。ボクは守備隊長でいいかな……」
あ 「守備隊長ってなによ。こーちゃん、この闘いは首輪を奪らないと勝てないの。守るだけじゃダメなの、分かる?」
虹 「う、うん、九時から五時まで学校にいれば、首輪は守れるけれど、攻める機会がなくなっちゃうってことだよね」
あ 「そう、そして、首輪を奪れないまま一年が終わると、分の悪いロシアンルーレットの刑に処されるのよ」
虹 「分の悪いロシアンルーレット、要するに抽籤になるってことだよね。……まったく、言い方が粗暴なんだよなぁ」
と、虹都は天井の方を見てあきれる。
あ 「なによ、少しでも首輪争奪戦っていうのに、こーちゃんが感情移入できるように雰囲気出してあげてるのに……粗暴って非道いわねっ」
と、あおいは椅子から立ち上がって抗議する。虹都はまあまあと、コトを荒立てないよう両手であおいを制する、また、攻撃から身を防ぐような仕草をする。
虹 「わ、わ、悪かった。真面目にルールを勉強しますから、お赦しくださいっ、あおい様っ」
あ 「もう、馬鹿にしてっ。誰のためにわざわざ休みの日に付き合ってあげてると思っているのよ」
あおいが食いつかんばかりの勢いで襲いかかる姿勢なのに対して、虹都は机に這いつくばるようにして言う。
虹 「いや、馬鹿になんかしてない。断じて尊敬してます。ぜひ、愚かなボクのために、あおい様の知識の一端をお分け下さいっ」
あ 「……最初っからそう言いなさいよ。こーちゃんなんか、アタシがいないと三秒で殺られちゃうんだから」
何か、自分がスライム以下の存在と言われたような気がして、気が滅入る仕草をする虹都。
しかし、スライムもいずれはスライムキングになるのだと、自らに言い聞かせ気合を入れなおす虹都。
虹 「よし、ルールの勉強頑張るぞいっ」
と言う、ちょっと微妙なセリフに引き気味のあおい。冷たい視線で虹都をジト目で責めるように見る。
虹 「そ、それで、ルールの復習って今さらだけど、どうするの?」
と言われたあおいは目を閉じて、ため息を付き、やおら腰を落として言う。
あ 「そうね、ルールには原則と例外の二つがあるの。これを知ってるのと知らないのとじゃ、同じ刀でも短刀と大太刀ぐらいの違いがあるわ」
と言うあおいのセリフに、今度は虹都が引き気味になる。
そんなもの引き合いに出されても理解できないといった風に、天を仰いで、こちらもおもむろに腰を座面に落とす。
虹 「えーっと、ルールの原則って、体育館で京美さんが言ってたことでいいよね。ルールブックにも載ってるとおりだし」
と言う虹都と、あおいは視線を合わせると、少し恥ずかしげに目を逸らす。
あ 「ま、まあそうね。原則は、首輪を奪れば勝ちってことと、そのなかで暴力を振るったり、犯罪沙汰を起こしてはダメってことね。それぐらいなら分かるでしょう?」
虹 「うん、それで、ルールの例外って何なの」
あ 「そうよ、重要なのは例外のほうよ。ちゃんと頭に入れなさいよねっ」
と言って、あおいは、虹都ににじり寄る。そして合わせるように、虹都もあおいとの距離を縮める。
虹 「お、おぅっ」
あ 「まず、典型的な例外、いくわよっ……。犯罪はバレなければ犯罪ではないの」
虹 「犯罪はバレなければ……えっ、ちょっと待てあおい、犯罪はすぐにバレるだろう」
あ 「そう思ってしまうのが凡人の凡人たる所以だよ、哀しいねぇ、虹都クン」
と言って、得意気に指を立てて、いかにも、小賢しそうに言うあおい。
それを間近で聞きながらも少し胡乱げになる虹都。
虹 「だいたい、ルールブックに犯罪行為は厳禁って書いてあるし、京美さんは説明しなかったけど、犯罪なんてことになったら交戦裁判所ってトコロで裁判にかけられるんじゃないの?」
と言って、いかにも呆れた風に身体を椅子に投げ出す。
あ 「あのね、こーちゃん、有罪率って聞いたことある?」
と言うあおいの質問に答えようと、虹都は、改めて身を乗り出す。
虹 「……有罪率って、その、有罪になる率ってことだよね」
あ 「半分正解」
虹 「よっしゃぁっ……て、どうして半分なんだよ」
虹都、いわゆる、ノリツッコミを見せるがあおいは華麗にスルー。
あ 「だって、有罪率って言葉が出るときには決まって『異常に高い』とか、『九十九パーセントを超える』とか、そんな形容詞がつくの」
と言って、あおいは改めて背筋を伸ばして向き直る。
虹 「それって、犯罪に手を染めると必ず有罪になるってことじゃない?」
と、虹都の視線はあおいの顔を追う。
あ 「ブーっ。残念ながら、そうじゃないわ。日本の司法警察が有罪率九十九パーセント以上を誇る優秀さを発揮してるのは、実は、負ける裁判を絶対にしないからなの」
虹 「えーっと、と言うことは勝てそうになかったら、裁判にしないってこと?」
あ 「そう、不起訴処分とか起訴猶予とか言って裁判になる前に、無罪にしちゃうの。これには検察官が人手不足だから勝てそうな裁判しかしないって言うもっともらしい理屈と、裁判所と行政の癒着っていう陰謀論みたいな見方の二つがあるけど、でも、アタシたちにとっての真実は一つだけよ」
と、あおいと虹都は額を寄せて真面目な顔で話す。
虹 「……つまり」
あ 「そう」
虹 「……その」
と、ここまで来て、あおいは、少し虹都の様子がおかしいと気づく。
あ 「ひょっとして、こーちゃん……」
虹 「えぇと……」
あ 「まさか、分かってないの?」
虹 「……ボクたちにとっては、起きた犯罪が裁判にならなければいいってこと、だよね? 裁判になったら勝ち目がないけど、ならなければギリギリセーフ、みたいな感じ?」
と言う虹都はこれまで聞いたことを適当に組み替えて話しているだけだ。
あおいは少し失望しているような素振りで、明後日の方向に向かってつぶやく。
あ 「どうして疑問形で言うのよ。男らしく言い切っちゃえばいいのに……」
と、あおいは少しあきれながらため息をつくと、前髪を弄りながら両肘を机について説明をする。
あ 「あのさぁ、こーちゃん、裁判にするかどうかって決めてるのは検察官なの」
虹 「分かった、あおいの狙いは検察官かぁっ」
と、虹都、ややオーバーアクションで喜ぶ。
あおいは間を開けてつぶやく。
あ 「こーちゃんってさ……『あーっ、ダメだ、こいつ、なんとかしなきゃあっ』て心配しなきゃならないくらい、どうしようもなく馬鹿ね」
虹 「えっ、でも、検察官さえ見逃せば不起訴で無罪って言ったのはあおいだろぅ」
あ 「えぇ、言ったわよ、けど、検察官なんて狙って倒せるようなものじゃないわ。結局、検察官に起訴できない、勝ち目がないって思わせないとダメなのよ」
虹 「で、具体的には?」
あ 「まずは、自供があるかどうか、だけどこればかりはどうしようもないわ。事実、首輪は奪られているんだから。そうすると、奪られましたって言うでしょうね。でも、いつどこで誰にどうやって奪られたのか、この供述を曖昧にさせてしまえばいいのよ」
虹 「えっ、そんなこと出来るの!」
と、虹都は、やや冷めたリアクションで驚く。
あ 「当たり前よ、こーちゃん。ちなみにさ、供述ってどうやって作られるか知ってる?」
虹 「それは、被害者のヒトが警察に行って、被害届を出すときに話した内容の記録、じゃないかな?」
あ 「そう、奪られたっていう記憶を被害者が警察で話す、これが供述の作られ方なの。だから供述を崩すためには、奪られたっていう記憶を曖昧にさせるか、警察で話すときの被害者の喉笛を掻っ切るか……、まあ、どちらかというと、アタシ的には、記憶を潰しておいた方がいいと思うんだけど……」
と言うあおいに、虹都は少し引く。
そして、顔を手で覆いながら言う。
虹 「あーっ、ダメだ、こいつ、なんとかしなきゃ」
あ 「……こーちゃん、声に出して言わないでよ。無性に腹が立つわ」
虹 「だ、だってさ、暴力、犯罪行為は禁止だって……」
と、あおいは、息を整えてから改めて顔を上げて虹都に言う。
あ 「ドラマとかで、犯行現場を見られたから殺すっていうの、よくあるじゃない? でも、アタシ的には、見られたから殺すっていうのは行き過ぎって思うのよ。だって、それって短絡的だし、すべて殺さないと解決しないなんて頭が悪すぎるわ。そもそも、犯行現場を見たなんて思わせなければいいのよ」
虹 「……で、でも、どうやって?」
あ 「そうね、犯行現場を犯行現場と思わせない心理トリックを使うの。そのためにはそうね、隣にもっと魅力的なものを置いてカモフラージュしたり、とにかく、別のことに夢中にさせればいいのよ。こーちゃんも、もちろん、そう思うわよね?」
虹 「ああ、でも具体的にどんな……」
あ 「どうもこうも無いわ。こーちゃんだったら経験あるでしょう、何がなんだか分からないうちに無くなってた、とか言うこと。それってね、別のことに夢中になっているときに起きるの。例えば、メール打つのに夢中でご飯食べ忘れたり、恋人を探すのに夢中で、つい、裸足で雪の街に走りだしたり、他にも、寂しくて家に帰るのに夢中で何十キロも離れた場所から帰ってきたり、ねっ。だから、相手を夢中にさせる状況を作るのが重要なのよ」
虹 「……あの、最後のたとえって、もう人間じゃないよね。うん。でも、別のことに夢中になってる人から奪るっていうのは、いい考えだと思うよ」
と、虹都は顔を上げて、あおいの方を向いて同意の意を示す。
あおいは、自説を肯定されたことでノリノリになって、身を乗り出して虹都に訊く。
あ 「そうそう、それで、こーちゃんに聞きたいんだけど、中学三年生男子がかならず夢中になるものって何かある。できれば、即効性があって、そうね、持続性もあったほうがいいわ」
虹 「うぅん、そう言われてもすぐには……」
と、考えこむ虹都。
その顔を覗き込むあおい。
視線を外して逃げる虹都、それを追うあおい。
虹 「……んっ」
あ 「なにか、ひらめいた?」
虹 「いや、ジロジロ見られると考えにくいから、できれば、あっち向いてて欲しいかなって」
あ 「何それ、もう……」
と、少し不機嫌にそっぽを向くあおい。
それを見る虹都。
虹 (そうだよな、あおいですら意外と可愛く見えるんだから、中押さんや千茶や灰音ならもっとそう思うんじゃないかな)
あ 「ちゃんと考えてるの? さっきからジロジロこっちの方見てるようだけど」
虹 「何となく、思いついたんだけどさ」
あ 「え、何々、早く言いなさいよっ」
と、一転して、にじり寄るあおい。
一方、近くまで寄られてビビる虹都。
虹 「即効性と、持続性があってさ、こう、男子中学生が自然に持ってる欲求を刺激するって言うことでいいんだよね……」
あ 「そうよっ」
と、あおいは満面の笑みで虹都に更に寄る。
虹 「ボクたち思春期の男子中学生が夢中になるもので、即効性があって、持続性があって、しかも、ボクたち部隊が用意できるものでいいんだよね」
あ 「うんうんっ……て、こーちゃん。アンタ、ひょっとしてトンデモナイこと言うんじゃないでしょうね」
と、あおいは、何かに気づいたようなジト目で虹都を観る。
虹 「いや、そんなこと……ないよ」
と言って、虹都は視線を明らかに泳がせる。
あおいは肘で小突くようにして虹都に迫る。
あ 「そんなこと、あるでしょ」
虹 「……無いよ」
あ 「考えたでしょ」
虹 「……考えはした」
と、虹都は視線を戻すとあおいが近くに目に入り、反射的にドキドキする。
あおいは、逆に深く考えてため息をつく。
あ 「うーん、でもちょっとは考える必要があるかもしれないわね。首輪の奪り合いをしてるんだもんね、アタシたち」
虹 「えっ、そんなにマジに考えなくていいよ、思いつきなんだし」
あ 「そりゃあ、考えるわよ。ア、アタシだって、お、女なんだし」
虹 「そ、そうなんだ……オトコとは違うんだ」
あ 「それに、こーちゃんは、どうなのよ。アタシがもし、その、良いって言ったら」
虹 「そ、そうだね……どうかな」
と、虹都の視線がまた泳ぎだそうとするが、あおいは、机を挟んでシナを作って虹都のほうに寄りかかる。
恥ずかしそうに、ただ、小声ではっきりと言う。
あ 「……どうかなじゃないわよ。イヤだったら、イヤって言ってよ。アタシ、そう言うはっきりしないこーちゃんって大っ嫌い」
虹 「わ、分かった。どうってことないよ。全然良いと思う」
と、虹都はあおいの方を向いて悪びれる素振りもなく言ってのける。
あ 「えっ、こーちゃんって、アタシが、どこの誰か分かんないようなオトコを相手に何をされようと、全然どうでもいいって言うの?」
虹 「……ええっ、あおいがっ? 何をされるの?」
と、お互い顔を見合わせて、きまりの悪い風に、場の盛り上がった緊迫感を打ち消す。
あ 「ちょっと待って。こーちゃんの最初の考えって何だったのよ?」
虹 「いや、今くらいの時間帯ってさ、男子だからか知らないけど、お腹が空くんだ。だから、いい匂いのする、フレッサーの地雷スイーツで被害者をおびき寄せて、ガッツリと食いついた瞬間、あおいが後ろから蹴りを入れるっていうのはどうだろう……と思ったんだけど」
あ 「……ふぅん、蹴りってこんな感じかしら」
と、あおいは、二人の間のテーブルを横に倒して虹都の逃げ道をふさぎ、蹴り足を高く振り上げる。
蹴りに備える姿勢を取る虹都だが視線は、粗暴に振られる蹴り足の根本に注がれる。
虹 「あおいっ、見えてるぞ」
あ 「なにを、見切った風に言ってるのよっ。この唐変木」
脚を振り降ろすあおい。一瞬、早く身をのけぞらせて避ける虹都。
虹 「うわっ、縞パン……だ」
と、動きが止まり、脊髄反射的に前かがみになる虹都。
そこを蹴りあげるあおい。
虹 「グハァッ」
あ 「一言多い。あと、外に落ちてる地雷飯に引っかかるヤツなんていないでしょ、馬鹿っ」
虹 「……」
と、虹都は倒れて、もがくように動こうとするが果たせず、気絶する。
あおいは悠然と虹都を見降ろし、そして、近くの椅子に腰掛ける。
(場、暗転)
(シーン 了)