火星温泉遥かなり
「ん、私かね。私は元・火星の大統領だ」
しまった、と後悔した。
ここは某県山中にある「火星温泉」。昼夜問わず空に火星がある時のみ湯が湧き出るという不思議な温泉である。ものめずらしさにこのゴールデンウイークに訪れ、夜の露天風呂に漬かってみたわけだ。今は、知らない筋肉質の男性から差し出されたちょこを受けた直後だったりする。お礼ついでにどこから来たか聞いたのが間違いだった。
「そ、そうですか」
これ以上かかわりたくないのでちょこを戻し適当に返した。
「私は、ここから眺める火星が一番、好きだ」
男は湯に浮かべた桶からちょこを取り上げきゅっと酒をあおってから、夜空を見上げた。ひときわ明るい赤い星が南中している。
「そうですなぁ。見上げれば故郷、というのが男気に響く」
言ったのは私ではない。突然知らない男がざばざばと湯に漬かったまま近寄ってきたのだ。厚い胸板が水面に見え隠れする。
「ん? 俺は火星の戦士だが」
聞いてねぇよ。
「私は火星のギタリストだ」
うわわ、今度は胸毛の濃いのがやって来た。
「わたくしは火星の郵便配達人ですが」
「ミーは火星のメン・イン・ブラック」
「拙者は火星の忍びの里の者」
「某は火星の七人の侍」
「ぼ〜く〜は火星のQ太〜郎〜」
ざばざば、ざばざば。筋肉自慢みたいなのばかりが四方から寄ってきた。そればかりかまだまだ寄ってくる。一体どこから湧いて出た。
「ところで、キミは火星の何かね」
元大統領が話を振ってくる。
「い、いや……。私はカセイはカセイでも仮性の方で」
聞かれてごにょごにょとごまかす。一番の秘密を話したのだ。もう許して欲しい。
するとッ!
「わはははは、恥ずかしがる事はない。もちろん私もだ」
周りを二重三重に取り囲む元大統領やら戦士やら忍びやら正体不明のクリーチャーだとかはざばばと一斉に立ち上がり胸を張り、腰を突き出した。そろいもそろって、両手はウエスト。
それ、いや、それらは天を望むがごとくそそりかえるッ!
空高く火星が赤かったのが、最期に目に焼きついた。
おしまい
ふらっと、瀨川です。
知人の企画した「第2回茶林杯1000字小説コンテスト」に出展したバカSFです。2009年の旧作品。松潮本零字名義でした。
我ながら楽しそうに書いてるなぁ、とか。
今は……どうかな?
楽しく書かないとね。