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第8章 天邪鬼はカーチス・ルメイの夢を見るか?

1.


 7月12日、日曜日。カラッカラに晴れた夏空の下、るいは缶ビールを開けるとぐいと一口。ぷはー。

「ぷはー、じゃねぇ。朝からこれで何本目だよ」

 と隼人が横からツッコむと、るいはにっと笑ってまた一口。

「まったく……」

 そう愚痴りながら隼人の手にも缶ビールが握られている。

 夏の容赦ない日差しが人にも、屋台にも、展示物にも容赦なく照りつけ熱くする。それは滑走路のコンクリートさえも例外ではなく、継ぎ目に充填されたアスファルトが熱で柔らかくなるのも時間の問題だろう。

 ここは神奈川県にある在日アメリゴ海軍空母航空隊のホームベース、薄着基地。でもって今日は一日がかりの航空祭。隼人はいつぞやできなかった『どんな酒でも好きなだけ』を実行するのと併せて、るいを誘ってやってきたというわけだ。

 基地のゲートをくぐって歩くこと5分ほど、ハンガーの前に屋台が並ぶ一角へとやってきた2人だったが、るいが真っ先に『ビール発見!』と叫び突撃開始。で、屋台を物色しながらみるみるうちに空き缶を量産しても勢いは止まらず、ついに先のセリフに行きつくわけなんだが。

「隼人君は、デートでお酒飲む女の子、嫌い?」

 上目づかいで尋ねるの禁止。そう言って額に軽くチョップをして、隼人は笑った。

「嫌いじゃないけど、今のスピードチャージを見るとちょっと、な」

 むぅ、とおでこを押さえて不満げなるいが話題を変えてきた。

「ところで隼人君?」

 とまた問いかけてくる。みんながたむろして飲み食いしている辺りに腰を落ち着けながら、ちょっと躊躇いがちに。

「……るいがミリオタだって、いつから錯覚してた?」

「いや錯覚じゃないだろ」

 隼人も腰を下ろしながら説明した。

 気付いたそもそものきっかけは、スキル名が軍事関連一色だったこと。トライアド、アトランティックウォール、フォッグ・オブ・ウォー、ゴーマー・パイル……ゴーマー・パイルってなんだっけ?

「"微笑みデブ"の英語名っていうか、本来のあだ名というか、だね」

 体にジェルを巻いた姿がデブい→でも"フル・アクア・ジャケット"がどうも語呂が悪い→だからって現場で"微笑みデブ!"って叫ぶのは嫌すぎる→じゃあ"ゴーマー・パイル"で、という流れらしい。

「あとほら、俺の部屋にみんなで来た時、雑誌をチラチラ見てたからさ。今年の航空ショーを特集したやつ」

 そう隼人が言うと、るいは照れくさそうにまた一口。ま、そういうわけでお誘いしてみた次第である。

「えへへ、やっぱばれてたんだ。『隼人君、サポートスタッフのコールサインをNATOフォネティックコードだって知ってた』って横田さんが話してるの聞いてさ、もしかして同志かなくらいは思ってたんだけど」

 女の子の同志は、やっぱりというべきか中々いないらしい。ネットでコミュニティくらいあると思うけど、それはそれで付き合いが面倒そうだから嫌、とこの天邪鬼はおっしゃる。

「それにしてもみんな、いろいろ考えて名前付けてるんだな」

 理佐は英語とフランク語のちゃんぽんだが、この間一緒に戦った北東京支部の氷雪系の先輩は、日本語の古語で統一していた。美紀は『凝りだしたらきりがないから』と英語オンリー。

「ん? 優菜ちゃんはなんでフランク語縛りなんだ?」

「ああ、あの子あれでも帰国子女だから」

 とちょっとひどい物言いにつられて思わず笑ってしまった。小学生の時にフランクにいたらしい。

「優菜の部屋でアルバム見せてもらったんだけどさ、今よりもぽちゃぽちゃしててかわいかったよ」

「それは興味深い。なるほどそれで……」

 隼人がひとりごちると、るいに鋭い痛みをわき腹に見舞われた。

「いま、すんごくやらしい顔してた。なに思い出したの? ねえ?」

 なぜかるいにジト目で見られて困っていると、救いの主は意外なところから現れ、いや漂ってきた。

 整備兵と思しきアメリゴ人のにーちゃんたちが、隼人たちの座っているところからほど近いブースで、バーベキューコンロを使ってスペアリブを焼き始めていたのだ。肉の焼けるあの音とともに、肉とそれを漬け込んだソースの焦げるにおいが渾然一体となって煙と化し、こちらだけでなくそのブースの四方に流れている。

 嗅ぎつけて目を輝かせたのは、うちの天邪鬼とて例外ではなかった。

「きゃー! 隼人君! こーゆーときのローテは、

 ビール→スペアリブ→ビール→ビール→スペアリブ

 で最初に戻る、だよね!」

「まてこらボクサー」

 隼人は心底から呆れた。ヘビーローテーションにもほどがあるぞ。

「カロリー摂りすぎだろ、それ。大丈夫なのか?」

 るいは、とん、と胸を叩いた。

「大丈夫、るいは試合に出るわけじゃないし。それにカロリーなんてボランティアで一汗かけば、あっという間に――」

 るいが、しまったという顔。隼人はにっと笑うと、ビールとスペアリブの調達に出かけた。空では輸送機がデモフライトの真っ最中。ランプドアから次々と落下傘が開いて落ちていく。



 スペアリブを2人で1ダースがっついて、ビールも(るいだけ)しこたま飲んだ午後。

 天からの烈日と滑走路からの照り返しで、顎の下までくまなく焼けるなこりゃ。隼人が日陰への退避を提案するも、るいにすげなく却下された。直下でデモフライトの轟音を浴びに来たのに、なんで離れなきゃいけないの? とおっしゃる彼女からご依頼入りました――

「隼人君、日焼け止め塗って? るいに」

「るいちゃん、こういうときは長袖を着てくるもんじゃないのか?」

 実際隼人はベースボールキャップに薄手の長袖Tシャツ、カーキの綿パン、足はちゃんと靴下にスニーカー。もちろんるいも麦わら帽子は被っているのだが、これなんていう服なんだ? 肩紐さえない腕と鎖骨剥き出しのぴっちりした服にショートパンツで、細めながらお肉が付くところには付いている彼女にはぴったりの格好なんだけど。

「だってぇ、せっかくのデートなんだもん。おめかししたいじゃない」

 はいこれ。日焼け止めのボトルを渡された隼人は、素直にるいの背中に塗ってやった。

 はぁ……と艶っぽいため息をついたるいが振り返って、

「ほんとに隼人君って女の敵だね!」

「意味がわからねぇよ」

「普通そういうことしてって言われたら、んふ……ドキドキするもんだと思うんだな、男の子って。それを平然とヌリヌリしてさ、ん……塗るのも上手だし」

 なんだか吐息混じりに小刻みにくねくねするるいの言葉を聞いて、隼人は反論した。

「いや、こんなの上手いもヘタもないだろ」

「それが違うんだな」とるいはまた吐息を吐いて、

「カレシ――もうモトカレか、あいつに肌荒れ防止のローション塗ってって頼んだら、背中にボトルから直接ベチャッ、ゴシゴシ、なんだよ? るいはモノじゃないっちゅうの。まああいつは論外としても――」

「ちょっと待て」と隼人はるいの言葉を遮った。

「るいちゃん、別れたの?」

「うん! ついさっき」

「それはそれはご愁傷様――さっき?!」

 るいは満面の笑み。いいのかおい。

「さっきさ、パイロットの人とハグハグしてる写真、隼人君にこれで撮ってもらったじゃん? それをメールに添付して」

 と自分のスマホを見せながらるいは笑う。男に送ったと思しきメールの文面は、

『ウェーイ! 今夜飲みに連れて行ってもらうんだ。いいでしょ?』

「で、『お前みたいな尻軽とはこれで終わりだ!』だって!」

「をい」

 隼人のツッコミにきょとんとする天邪鬼様。

「なに? るい、嘘はついてないよ? 隼人君、このあと飲みに連れて行ってくれるんだよね?」

 あっけらかーんと笑うるい。彼氏、付き合ってる間はさぞかし翻弄されたんだろうな……

「というわけでぇ、隼人君? 脚にも日焼け止め、お願いね?」

「いやいやいやいや」

 天邪鬼から女王様へのジョブチェンジだけは阻止した隼人であった。

 その後、アクロバットチームのフライトをきゃーきゃー言いながら観ては飲み、屋台で航空隊のグッズを買っては飲み、締めに買った缶ビールを飲み干して。売り場のアメリゴ兵に

「 You are Great... 」

 って呆れ半分で言わしめたるいに引っぱられて、我が街・浅間市に帰ってきた隼人。疲れた。

 夜の部はるいお馴染みの『粋酔』。るいさん、日本酒にスイッチしました。

「どこに入ってくんだ? 今日飲んだ液体は」

 隼人の心底からの疑問に、天邪鬼がまともに答えるはずもなく。

「うふふ、もてもて兄やんの隼人君がよーく知ってるところに滲みてくんだよ?」

「俺は彼女の内臓までのぞいたことないよ」

「そーじゃなくてぇ」

 ようやく酔眼になった対面の女の子を見ながら隼人はお茶を飲む。さすがについていけない。この後のこともあるし、隼人はへべれけになるわけにはいかない。

「隼人君、今更なんだけど、さ」

 ふと気付くと、るいがお酒の注がれた桝をテーブルに置いたまま、隼人を見つめてきていた。

 来たか。隼人が居住まいを正す。が、しばらく無言だったるいがふっと微笑むと、

「今日、塾講師じゃないの?」

 かわされたか。とその時、携帯がメールを受信した。

「うちの塾は夏休みに入ると、2週間毎日特別講習なんだよ。だから夏休み前は逆に1週間お休み」

 へぇ、とうなずいたるいが枡酒をこくりと飲んでにやりと笑った。

「メール、理佐から?」

 隼人が確認するとビンゴだった。今日はこれで4通目。最近多いな、と独り言をるいが聞きつけて笑われた。

「大変だねぇ、隼人君」

 理佐、ヤキモチ焼きだから。そういって飲み干した枡を高らかと掲げ、お代わりプリーズ。

「付き合うなら優菜のほうがいいと思うけどなぁ」

「なんで?」

 るいの説明によると、優菜はあれで以外にも(とまた失礼な物言い)尽くすタイプらしい。

「まあ、そこを利用されて"都合のいい女"扱いされたりしてることもあったりしてさ、このあいだ男に振られたときも――」

 と言いかけて、やや慌て気味に手を振って続きを話すのを止めてしまった。

「あ、いや、別に理佐がだめって言ってるわけじゃないんだよ? 不器用だけど一生懸命でさ、るいなんかよりずっと女の子っぽいし。背が高いから躊躇されるけど、隼人君なら大丈夫だし」

 刺身を肴にお酒を味わいながら、ほんと楽しそうに親友2人の癖やエピソードを語るるい。そのことを隼人が指摘すると、彼女は不意に押し黙ってしまった。何も言わず見つめると、何を慌てたのか話をそらそうとする。

「ねぇねぇ、美紀ちゃんはどう? なんかこう、会話の端々にヤンチャなご親戚の影がちらつくけどぉ、本人はいたって健気でまじめないい子じゃん?」

 隼人はチキン南蛮に伸ばしかけた箸を置いて答えた。こういう時に曖昧な顔をすると、話が巡り巡って後々祟ることを知っているから。

「美紀ちゃんに好かれてることはわかってるよ。この間君らに教えてもらったしな。でも、俺に付き合う気が今のところないんだ」

 そして隼人はるいに打ち明けた。この2年余り、時々買物や遊びに行かないかと誘われているのを、やんわりとではあるが断っていること。

「みんなで、っていうときは行ってるけどね。真紀ちゃんも『いいかげんに諦めなはれ』みたいなことを美紀ちゃんに言ってるみたいなんだけど」

「でも、腕に抱きつかれるのは嫌じゃないんだ」

 自分の指摘に詰まって反論できない隼人を見て笑ったるいが、少し身を乗り出してきた。

「じゃあ、るいは?」

 沈黙。のち脛蹴り。

「なんでそこで黙るかなぁ? こんなに女の子を酔わせといて、なーんにもなしなのぉ?」

 痛打された脛をさすりながら、そこをあえて含み笑いでこらえて30分。店を出た隼人は携帯をちらりと見た。よし。

「じゃあ、そろそろ行こっか」

 言いながら、るいの腕を取る。自然にしだれかかってくるるいの体温と吐息を腕に感じながら、隼人はタクシーを捜した。


2.


 市北部にある公園で、グリーンたち4人はバルディオール・アルテと戦っていた。

 公園の木々に紛れて、高速移動を繰り返すアルテ。そこかしこに置いてあるゴミ――彼女にとってはオブジェ――を投げつけては移動をする戦法にきりきり舞い。致命傷ではないものの、皆既にいくつか被弾している。

『もう少しだけ待って。奴の移動範囲を絞り込むから』

 支部長からの指示を待つこと5分。ようやく大体の範囲を教えてもらったグリーンたちは散開してアルテを取り囲もうとするが、

「無駄無駄ぁ!」

 アルテの足は止まらず止められず、飛んでくるゴミを避けるのが精一杯。

『奴は必ずオブジェで得物を補給するわ。その時に攻撃よ!』

 支部長の指示でグリーンがアルテを追尾して、残りの3人で敵が止まった瞬間を狙い撃つ作戦に切り替える。しばらくのち、チャンスが来た。ルージュがスキルを発動!

「フラン・フレシュ!」

 炎矢がオブジェの一つに向かったアルテの後ろ姿に向かって飛ぶ。アルテはオブジェの山から車のバンパーを引っ掴むと、後方に振り回した。バンパーは炎矢と激突!

「あちちち! ありゃ溶けちゃった」

 炎矢は勢いを減ぜられ、バルディオールのコスチュームを多少焦がしただけ。その結果として手元に溶け残った樹脂製のバンパーを見つめたアルテだったが、次の瞬間それを右に向かって投げつけた。足の止まったアルテに接近していたグリーンが、手に持つ角材でバンパーを払いのけて突進!

「うらうらうらぁ!」

「お前、勝手にあたしのオブジェを崩したなぁ!」

 手前勝手に怒りだしたアルテがまたも高速移動で向かった先は、近くにあった遊歩道脇に立つ金属製の案内板。

「おりゃ!」

「わあ! 根元から折りよった!」とイエローが呆れて叫ぶ。

「あんた、それ直すのにいくらすると思っとんねん!」

 グリーンも眼を向いてがなる。

「せやで! ねーやんが弁償するのにどんだけバイトに励まなあかんかったか――」

「イエロー! 余計なことは言わんでええねん!」

 角材と案内看板。奇妙な得物のチャンバラが始まった。

「えーと……取りあえず、助太刀ね」

 双子のやり取りにいささか気勢を削がれたが、ブランシュが氷槍で参戦。しばらく2対1のやり取りが続いた。

「くそ、あたしらどーすりゃいいんだ?」

「取りあえず、見てるしかないんちゃう?」

 ルージュとイエローのやり取りに、本部から指示が飛ぶ。

『グリーンとブランシュが押されてるわ! すぐスキルを発動できるように準備していて!』

 アルテのスキルに任せたぶん回しはすさまじい速さで、しかもやけに隙がない。ブランシュがそのない隙を突いて軽い手傷を何カ所か負わせたが、

「がっ!」

 もう半歩詰めて手ごたえを確かなものにしよう。ブランシュの意地は報われず、横殴りに案内板の直撃を食らい、吹き飛ばされてしまった。

「ライトニング!」

 素早くイエローがスキルを発動! 電撃が緑のバルディオールめがけて飛ぶ! が。

「ふん!」

 突進してきたグリーンを相変わらずのスイングでたたらを踏ませたアルテは、電撃に向かって案内板を投げつけ、その勢いに任せてあさっての方向に消えた。

 電撃とぶつかった案内板が激しく火花を散らす。その光に思わず目を覆ったエンデュミオールたちはアルテを見失い、そしてまたオブジェの投げつけ攻撃にさらされることととなった。

 あせるグリーン。ブラックは所用とやらでまだ来ない。こうなったらなんとかアルテを見つけて、また自分が追いかけっこを、と考えていた矢先、通信機越しに聞こえた支部長の声は、別の、旧知の仲間の名を呼んでいた。

『アクア』と。



「やっぱりね」

 封鎖線の前でタクシーを降りて、ここまで組んできた隼人の腕から離れたるいは憮然とした表情になった。その顔に語りかける。

「動き回る敵に広範囲で攻撃できるスキル持ってるのは、るいちゃん、きみだけなんだよ。みんな、きみが必要なんだ」

 ひどい人だね。るいにそう詰られても隼人は怯まない。

「キミの真似をしようか? 嘘は言ってないぜ、俺」

 サポートスタッフに見つめられる中、るいは顔をほころばせた。ポーチから白水晶を取り出しながら、そのままくるりとターンして、麦わら帽子を隼人に投げる。

「変身!」

 額に掲げた白水晶から大量の水が迸り、るいの身体を取り巻く。いや、取り巻くだけに終わらず、ついにるいを球状体に閉じ込めた水を彼女は気合一声で四散させる。周りに飛び散り雲霧散消するかに見えた水は、予想に反してまたるいのもとへと戻って彼女の、エンデュミオール・アクアの体表でコスチュームと化した。

 ふう、とさっきの気合いに合わぬため息を一つ。アクアは少しだけうつむいたが、顔を上げた時にはふっきれたのか、笑顔。

(いやあれ、やっぱり酔っ払ってるんじゃないのか?)

 隼人の心配をよそに両手をYの字に高々と差し上げたアクアの額、白水晶が輝きを増してスキル発動!

「そぉれ、カーペット・ボミング!」

 アクアの上半身から戦場の空に向かって黒雲が大量に放たれる。その黒雲から、大量の雨、いや違う、巨大な雨粒が降り注いだ。それも超高速で。雨粒は地上にある全てのものに分け隔てなくぶち当たり、砕かれた遊歩道脇のベンチや、樹の枝の破片が飛び散っている。そのさまは、爆撃とはいささかオーバーな表現ながら、聞こえてくる悲痛な声も相まって凄絶な光景だ。

「あははははは――「じゃねぇ!」

 哄笑するアクアの後頭部を、彼女に遅れて変身したブラックは軽くどついて戦場を指さす。

「味方まで思いっきり食らってるじゃん!」

 確かにアルテにはけっこうなダメージを与えたようで、足が完全に止まっているのがブラックのいる場所からでも見てとれる。だが、エンデュミオールたちまで頭や肩を押さえてうずくまっているではないか。

「えー、しようがないじゃーん。絨毯爆撃なんだしぃ」

「前線でそんな戦術使わないだろ、普通!」

 もーしょうがないな、と酔っ払いは後頭部をさすりながら本部に話しかけた。

「アルファ、敵の行動範囲を教えて下さい」

 応答したアルファ――支部長からの指示をふんふんと確認すると、アクアは胸の前で両手を組み、祈りのポーズをとった。額の白水晶が輝きを増す。

「……ふん! 何をしても無駄無駄ぁ!」

 アルテが叫び、ルージュの炎球やブランシュの氷球をかわしながらまた高速移動と投擲を開始した。

(こちらのダメージを見て、逃げずに勝負に出てきたのか? ならば)

 ブラックが前に出ようとするのを、アクアに祈りのポーズのまま肩をこつんとぶつけて止められた。

「いいから、ここはアクアとブランシュに任せて」

 ブランシュ? ブラックの物問い顔にくすりと笑って、アクアはスキルを発動した。

「フォッグ・オブ・ウォー 特濃!」

 なんだよ"とくのう"って?

 ブラックの疑問を置き去りにして、アクアの前に突き出された両手から滔々と白い霧が戦場へと流れ出す。結構な速さで、しかもやけに濃い。ああ、だから特濃なのか。

『なるほど……こちらアルファ、エンデュミオールは総員アクアとブラックのほうへ移動よ! 急いで!』

 アルファからの指示に戸惑いながらも、ブランシュたちが飛んでくるゴミをかわしながらこちらに走ってきた。これもアクアの仕掛けなのか、かなたの戦場一帯のみが、濃霧なんてもんじゃないくらい視界不良。白い闇からアルテの哄笑が聞こえる。

「バカかお前ら! ケホケホッ、探照灯の位置で、ケホ、お前らの居場所なんて丸見え――」

「ブランシュ――」

 アクアがまだ霧を出しながら、自分の横まで来ていたブランシュに告げる。

「あの霧に向かって、ゼロスクリーム撃って。早く」

 戸惑いながらもブランシュがゼロ・スクリームを発動して白球を彼方の霧に放った時、それは起こった。

 濃霧が一瞬、まるで時が止まったかのように停止。そして次の瞬間、濃霧は細かい氷へと姿を変えて地面へと崩れ落ちた。地面で苦悶の金切声を上げてのた打ち回るバルディオール・アルテの上に。

 グリーンが珍しく震えながらつぶやく。

「あー、もしかして、眼とかお肌とか凍っちゃったんじゃ……」

 ピンポーン。あっけらかんとした正答音はアクアの口から紡がれたもの。

「さ、ルージュ。温めてあげて。うふふふふふふ」

「お前なぁ……」

 酒の入った親友の悪乗りに顔をしかめながら、ルージュは胸の前で両手をクロスさせてスキルを発動する。

「フラン・フレシュ!」

 ルージュの左腕に形成された炎の弓から放たれた炎矢は真っ直ぐアルテへと飛び、その身体を貫いた。びくんと緑のバルディオールの身体が跳ね、すぐにまた地に伏して動かなくなる。致命傷を負ったことにより彼女の身体を黒い光が包み、傷の治癒と引き換えに変身は強制解除。

 仙台と西東京、2つの支部を翻弄したバルディオールは倒された。 


3.


 倒れたアルテをサポートスタッフが担架に乗せ、車へと運ぶ。先日のミラーと同じく彼女は浅間会病院へ軟禁込みの入院となるだろう。

 そのアルテが倒れていた場所から黒水晶を回収したルージュが、アクアのほうに近づいてきた。

「遅くなってごめんね。ちょっと今日はラブラブチュッチュの日だったからぁ」

 アクアの物言いに、ほかのエンデュミオールたちも寄ってきて怪訝な顔をする。

「なんだそりゃ? お前そういえば今日どこ行ってたんだ?」

 我が意を得たり。ルージュの問いを、待ってましたとばかりにニッコリしたアクアは、黒水晶を処理するためルージュに近づいたブラックの左腕に抱きついた。

「きょう一日ねー、ブラックとデェトしてたんだよー!」

「あの、アクア、腕に抱きつかれるのはちょっと――おいそこ! 槍召喚すんな!」

 ぎりぎりぎり、とブランシュの手の中でデキタテホヤホヤの氷槍が悲鳴を上げる。

「メールの返事全然返してくれないと思ったら……あなたって人は……!」

 とブランシュは歯噛みまでしだした。

「ついにアクアにまで……ッ!」ルージュの目つきがヤバイ。

「ブラック、なんでなん? なんでなん?」プルプル潤み眼イエロー。

「で、どこ行ってきたん? 何してきたん?」

 いつもながら、グリーンは楽しそう。アクアはくすくす笑いながらはぐらかした。グリーンならきっと乗ってくれるはずと思いながら。

「んふふ、アメリゴだよねブラック?」

「ほほぅ」

 乗ってきた乗ってきた!

「アメリゴて、海岸沿いの国道にあるラブホやんか! ほほ~ぅ」

「違う違う違う違う!」

 とブラックが否定するところまで想定内。アクアはそれを打ち消す。というか火を煽る。

「海……そーだねー海だねーブラック?」

「あ お る な !」って言われてもねぇ。

「ねーやんねーやん、ラブホで一日過ごせるもんなん?」

「ん? そらいけるやろ。2人とも体力には自身ありそやし」

 行ってないからそんなとこ、と言いながらブラックも眼が笑ってる。さ、ちゃんと確認はしないとね。アクアはブラックの腕からスッと手を放した。

「じゃ、アクアはこれで。みんながんばってね」

 とたんに顔色が変わるみんな。いい人たちだな。アクアはしんみりしそうになるのをこらえて彼女たちに背を向ける。

「アクア、いや、るい。どうしても辞めるのか?」

 ルージュの声が湿ってる。ここが潮と、アクアはルージュにではなくブラックに話しかけた。あえて正面から、上目遣いで。

「ブラック、ううん、隼人君が、俺のために一緒に戦ってくれって言うなら、辞めないでおこうかな」

「俺のために戦ってほしいんだ、るいちゃん」

 バキッ!

 アクアはブラックの顎に右フックをお見舞いした。

「なんでそこで即、真顔で言えちゃうかなぁ」

 さ、帰ろ。あえて仏頂面したアクアは踵を返すと仲間に呼びかけた。みんなの顔に笑顔が戻るのを喜ぶ自分がいる。

「イエロー、今度プチ家出して、隼人君に言うてもらったらええんちゃう?」

「え~、あんなオウム返し、うち嫌や」

「アクア、ちゃんと説明しなさいよ!」

「なあ、マジでどこ行ってたんだ? なあってば!」

 5人に戻って姦しくなったところで、アクアは思い出した。またくるりと振り返って、ダウンから立ち直れないブラックに告げる。

「20分前までのるいのときめきを無碍にした償い、今度またしてもらうからね?」

 説明説明と騒ぐ4人を引き連れてサポートスタッフのところへ戻りながら、アクアは笑った。やっぱりまだここにいられるんだ。その嬉しさを噛み締めながら。

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