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第7章 理佐の坂道

1.


 理佐は浮かれていた。一緒に昼ご飯を食べている隼人たちが気味悪がって箸を止めちゃうくらい。

「「うん、悪い。キミが」」

「ふふん、なんとでも言いなさい。ていうか、同音異義語使ってさりげにけなさないでよ」

「んで、なんでそんなに上機嫌なんだ?」

 と隼人が聞いてきたのはまさに渡りに船。彼に知ってもらいたい。理佐はすうっと息を吸い込むと、始めた。

「ついに戻ってきてくださったのよ、満瑠みちるさまと千夏ちなつさま! ああ、日本で1年ぶりのコンサートだもの、関東圏の会場全制覇だけで我慢しなけりゃならないなんて苦痛だわ、拷問だわ、迫害だわ! あ、満瑠さまと千夏さまはね、満瑠さまがヴァイオリニストで、千夏さまがピアニストなの! もう、お二人ともすっごい美人で! もちろん、実力も折り紙付きよ! でね、満瑠さまは海原財閥のお嬢様なの。千夏さまは音楽一家のご出身で――」

「ストップ! ストップ!」

「なによ、隼人君。あと14分くらいあるわよ?」

 隼人がため息交じりに首を振るのを見て、理佐は鼻白んだ。まだほんのさわりの部分なのに。

「なんか久しぶりだな、その……ミチなんとかさんの話、理佐から聞くの」

「み ち る さ ま !」

 優菜は本当に無礼だ。確か以前に話した時も名前間違えてたわ。

「「ふーん、そうなんや。で、なんで関東圏だけで我慢なん? 漢ならバーンと全国制覇行ったらんかい!」」

 双子のユニゾンでの煽りも今日は気にならない。

 理佐は説明した。ファンクラブでの取り決めにより、日本ツアーに帯同できる会員は決まっていること、理佐は前々回に帯同したため次回がいよいよ自分の番であること。

「……あー、そういや2年くらい前にぷっつり消息が途絶えたことがあったな、お前」

 優菜の言葉に隼人が驚いた顔で、

「優菜ちゃんたちにも告げずにツアーに行っちゃったのか?」

「んなわけないじゃない! ちゃんとメールもしたし、支部長にも言っといたわよ。優菜が大げさに言ってるだけ!」

 と説明してようやく隼人に納得してもらった理佐であった。

「そういや、あの頃はゆるかったなぁ。ボランティアも週1くらいのペースだったし」

 優菜が懐かしそうに遠くを眺めはじめた。そうなん? と双子に聞かれて、自分も思い出しつつ答える。

「そうね、向こうにあんまりやる気がなさそうだったわ。あの人の話だと、例のアレを探すほうに重点を置いていたって話だし」

「今の人もやる気なさげだけどな」

 と言う隼人に理佐たちはうなずく。『あおぞら』他支部へ照会したところによると、あの緑のバルディオールは名乗りをアルテと言い、以前活動していた仙台支部の管轄でも各所に積み上げたオブジェを使って戦っていたようだ。そして形勢不利と見るやマッハで遁走するのも変わらず。

 そして鴻池情報によると、アルテとやら、本当にやる気がないらしい。フランクで留学中に伯爵にスカウトされた動機も『この力でオブジェ作りが捗るわ』らしく、秘密の会合では他のバルディオールからの非難もどこ吹く風。言いわけ用に地脈の孔を探索するほかは適当に遊んで、いや、芸術的才能の発露に勤しんでいるようだ。

「あっちもいろいろいるんだな」と隼人が腕組みしてうなる。

「「そんなんで、粛清されへんのかいな?」」

 とミキマキも隼人のまねをしてうなってる。

「ま、お気楽極楽なやつはどこにでもいるってことね。うちだってるいがそんな感じ――」

 言いかけて、理佐は気まずげに押し黙った。

「さ、そろそろ行こうか」

 隼人のさりげない誘導にみんな救われた顔で立ち上がった。今日は午後からくるみのお見舞いだ。


2.


 先日皆で来た時とは違い、くるみの病室はほどよく冷房が効いていて、そのことに心から安堵の吐息をついた理佐であった。

 隼人とミキマキが、部屋の温度とはかけ離れた生暖かい目で理佐を見てくる。

「理佐ちゃん、ほんとに暑いの苦手なんだな」

「そこであえてシャキッとしてみせへんのかいな」

「そこが、"残念系"って言われる所以なんやね」

 3連打でくさされてはいるが、少なくとも隼人の口調に悪意がないことに安心して、理佐はなごみから供された冷たい麦茶を一口すすった。

「くるみちゃんの調子はどうなん?」と美紀がなごみに問いかけると、

「んー、だいぶ良くなってきてるみたいですよ。もうちょっとしたら一時帰宅くらいはできるようになるって、お医者様が言ってました」

 なごみの説明に交じる喜色に、皆でホッとする。

 くるみにもそれが伝わるのだろう、その細い顔は日に焼けていないせいもあって理佐には白く見えるが、先日来た時と違ってよくしゃべり、よく笑っている。

 そのくるみが、奇妙な仕草をしているのに理佐は気付いた。こちらをちらり。ちらり。

 最初は理佐のほうを見ているのだと思ったのだが、違う。見られていたのは隣の優菜だった。

「あの、くるみちゃん? あたしの胸に何か付いてるかな?」

 優菜の戸惑う声も届かないのか、くるみは優菜の胸のあたりを見ている。もはや凝視へと変わったそれを止めたと思ったら、今度はうつむくくるみ。その視線の先には、胸に置かれた自分の白く小さな手。いや、違うわね。あれは――

「くるみ。無駄な比較しないの」

 姉の無情な宣告に、無言の涙目な妹。ぷうと頬をふくらますその仕草は歳相応のかわいさだ。

「「大丈夫やで、くるみちゃん! キミにはこのちっぱい団が付いてるさかい」」

 いつの間にかベッドの左右に回り込んだミキマキがくるみの肩に手を添えたが、くるみのしょんぼりに歯止めがかからない。ふつーはかからないけどね。

「ま、まああれね、一日も早く病気を治して、栄養たっぷり取って――」

 理佐のフォローに、くるみが顔を上げた。

「そんなこと、わかってます! お姉さんみたいな言い方止めてください!」

 くるみの急変に理佐は愕然とした。わたし、そんなつもりじゃ――

「理佐ちゃんは別に普通の事言っただけだろ。なにカリカリしてんだ?」

 隼人が慌てた様子でフォローを入れてくれたが、くるみが乗ってこない。

「言い方が冷たかったです。心がこもってなかった」「――おい!」

 あんまりなくるみの言い草に隼人の腰が浮きかけたが。

「「ごめんな、くるみちゃん。あのねーやんな、雪女やねん」」

「ひゃあ! 耳元でステレオで囁かないでくださいよぉ!」

 ミキマキがくるみの肩に取り付いて、その薄い耳たぶに吸い付かんばかりの近さで囁いていた。初めびっくりし、そのあとくすぐったさに身をすくめるくるみ。その顔は真っ赤だ。

「「はぁ、ええわぁこのうぶな反応。そっちの擦れたねーやんたちとは大違いやで」」

「お前ら、いたいけな高校生に手ぇ出すなよ」

 と優菜が呆れながらも笑って、

「くるみちゃん、まだ17なんだしさ、焦ること全然ないと思うよ? お姉ちゃんはいい身体してんだからさ。これからこれから」

 隼人のほうをちらりと見ながら胸に手を置く優菜。理佐はその仕草に、なぜかいらつきを感じた。なんだか最近、優菜の雰囲気が変わった気がする。こういう話題って、苦手だったはずなのに。

 ふと見ると、くるみの機嫌は持ち直したようで、ミキマキがなにやら吹き込む耳元を手で押さえつつもくすくす笑ってる。お前らほんといい加減にしろ、と双子の片割れにツッコミを入れる優菜も楽しそう。

 なによ、隼人君まで眼を細めて。理佐の心に苦く、黒いものが溜まる。それを掃き出そうと理佐が口を開きかけたとき、彼女は見た。いや、見られていた。

「――――」

 なごみが何か低くつぶやきながら、理佐を見つめていた。その唇がどんな言葉を紡いでいるのか理佐には聞き取れない。なごみの眼は、

(なに? なんなの?)

 面白げに、にもかかわらずなんの意志も浮かんでいない瞳。まるで微笑んでいる人形のような。

 どれほどそれに見とれていただろうか。ふっとなごみの瞳に光が戻って数瞬の後、すーっと眼が細まり、いつものなごみの眼に戻った。

「理佐ちゃん? 理佐ちゃん?」

 横に座る隼人に肩を叩かれて、ようやく理佐は我に返った。みんながわたしを見ている。理佐が気まずげにうつむくには十分な理由だった。

「「理佐ちゃん、調子悪いん? 顔色悪いで?」」

 双子の気遣いに首を振るのが精一杯で、理佐はまたお茶をすすった。が、なんだろう。お茶さえなにか違う味に感じる。

「あの、理佐さん、ごめんなさい。言い過ぎました」

 くるみの謝罪に笑い顔を作って答えた理佐。だがさっき心に溜まった黒いわだかまりを口に出せぬまま、お見舞いの時間は終了となった。


3.


 帰り道。皆と別れて家路に着いた理佐のもとに、支部からメールが届いた。今回のバルディオールに対応する災害名は"ゴミ山"。バレたら激怒されそうな永田らしいネーミングだが、そのアルテに引導を渡すべく、支部長が作戦を立案して送ってきた。

 市北部にある森林公園に、どうもアルテが作ったと思しきオブジェ、もとい"ゴミ山"が発見された。今回はそこにこちらから先に出向いて、ゴミ山を破壊する。それで誘き出されてくれば良し、来なければ別の場所のゴミ山を破壊する。

 作戦決行は数日後。了解と返信してまた上り坂を歩き出した理佐だったが、しばらくすると後ろから彼女の名をを呼ぶ声がする。まさか声がかかるとは思っていなかった彼女が驚いて振り向くと、隼人だった。

「あー、ごめん。びっくりした?」

 理佐の表情を見ての言葉だろう、隼人の気遣いに笑って打ち消しながら、何とはなしに動悸が早くなるのを自覚する。隼人が、彼がわざわざ追いかけてきてくれたのだから。

「隼人君、バイトじゃないの?」

「ああ、今日の現場、まだちょっと時間があるから」

 今日は警備のバイトと言っていたな。大きな手提げかばんの中身は制服だろうか。この暑いのに、わたしがやったら倒れるな。などと理佐が考えていると、隼人が切り出してきた。

「あのさ、昼に言ってたコンサートって、まだチケットあるのかな? もしよかったら一緒に行きたい――」

 照れ気味に頭を掻く隼人に皆まで言わせることなく、理佐は彼の間近に急接近した。

「いや、あの、ちょっと――」

「いつ? いつなら空いてる? 隼人君」

 いそいそとスマホを取り出してスケジュールソフトを起動して。

 さあ来い、いいえ、いらっしゃい隼人君。わたしと一緒に、妙なる調べの世界へ。そしてその先へ――

 3分後。

「なんで――」

 理佐は震えていた。

「なんで8月末の横浜公演しか予定が合わないの? ていうか、『圭の家に泊り』ってどういうこと?!」

 理佐がのぞき込んだ隼人の携帯。映し出された8月末のスケジュールには2泊3日で、横浜に住んでいる隼人の幼馴染の1人、圭の家に泊まりに行くことになっていた。

「その1週間、ボランティアお休みだろ、俺。で、このあいだ圭と電話してた時に、『じゃあこっちで千早と3人で遊ぼう』て話になってさ」

「だからって、なんで圭ちゃん家に泊まるの?」

「千早の家ならいいのか?」

「いいわけないじゃない! 女の子の家に、なんで泊まるの?」

 理佐の言葉に隼人は一瞬きょとんとしたあと、簡潔な答えを返してきた。

「圭とは別に何もないし。あと、ホテルに泊まる金がもったいないから」

「ぐぅ……」

 お金のことを言われると、うなるしかない理佐。だからって。

「大丈夫。ほんとに圭とは何もないから」

 その言葉を信じて。信じるしかなくて。理佐はチケットを並びの席に変えるべくチケット購入サイトにアクセスした。

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