第5章 ゲイジュツ襲来
1.
7月6日。西東京支部の控え室では、優菜と美紀がタブレットをのぞき込んでキャイキャイやっていた。美紀が画面を指差して言う。
「な、これなんか優菜ちゃんやったら似合うて」
「いや、もうちょっとスカート丈の長い方がいいんだけど」
と優菜が言い、ページをめくっている。どうやらネットショップを見ているようだ。
「優菜ちゃんって、あんまり脚出さないんやね。なんで?」
美紀の問いに優菜が画面を見ながら答えている。
「ん? いや、あたし脚太いからさ……あ、これいいな」
「そんなに太くないやん。むしろ健康的なサイズやと思うけどな。こっちのほうが――」
「だから、なんでこんなに露出度の高いのばっかりチョイスするんだよ!」
美紀のチョイスは優菜のお気に召さないらしい。理佐はゼミの課題を途中でやめて、優菜たちのほうへ加わりに行った。
「どれどれ。……普通じゃん。夏だし、このくらいはじけてるほうがいいんじゃないの?」
だが優菜は理佐のチョイスもノーサンキューのご様子。
「理佐、お前知ってて言ってるだろ。あんまり肌を出すのも好きじゃないんだってば! 誰かに見せるわけじゃないんだからさ」
「えー彼氏にも見せてへんの?」と美紀が声を上げる。
「もしかして、昔のお公家さんみたいに、睦み事するときも服着たままとか」
何言ってんのと慌てる優菜。赤面の親友を放置して売り出し品を物色していた理佐は、ある服に目を止めた。
「あ、これいいな。バーゲン除外品かぁ。うーん」
「……理佐ちゃんは露出好きやね。この間もかわいいキャミ着てたしな」
気付いて瞬時に飛びのくと、美紀が笑った。
「なにビクついてんねんな。素面やで、うち。やらへんよ。ねーやんもおらんし」
そのねーやんはバイト。その後彼氏のところに行くらしく、今日は来ないとのこと。ちょっと安堵して、話を戻した。
「夏らしい恰好をしてるだけよ。冬はちゃんと着込むし」
その発言に、優菜がちゃちゃを入れてきた。
「嘘つけ、めちゃくちゃ薄着じゃねぇか、冬も」
こいつ、真冬でもコートとかセーター着ないんだぜ。優菜が言うと、まさに雪女やねと美紀が笑った。
「まあ、あんまり派手な格好もできないけどね、次のミスが決まるまでは。それ以前にイタい格好はしないけど」
美紀がポンと手を打った。
「そういえば募集出てたね、ミス・キャンパス」
言って、美紀は優菜を見やる。
「どう? 優菜ちゃん。出えへん?」
「なんでそこであたしなんだよ」
即答した優菜が切り返す。
「お前とねーやんが出ろよ。かわいい双子のミス・キャンパス。いい案だろ?」
先代ミスの推薦とかないのかと聞かれた理佐は、首を振ると付け足した。もちろんこの双子の容貌に否と言っているわけではなく、それ以前の問題がある。
「あれ、かわいいだけじゃエントリーできないわよ。身長165センチ以上じゃないと」
ショボンとする美紀。
「うう、こんなところでプリチーな身長があだになるとは……」
優菜も残念そうにうなった。でもその眼は笑ってる。
「2人足せば300センチ超えるのにな」
「ああ、いいんじゃない?」
理佐は事もなげに言った。
「どちらかが肩に乗って腕担当、もう片方は脚担当で」
「うちらは手長足長ちゃうで!」
美紀ががなったその時、出動の連絡が入った。
「あの人の予想通り――」と言いかけた美紀を優菜が制す。
(あの人のことは会話禁止、だろ?)
あれから念のため業者に依頼して盗聴機や隠しカメラの類がないか、全20ヶ所の支部で捜索が行われた。結果は2つの支部で盗聴機、3つの支部で隠しカメラが発見され、その支部はちょっとしたパニックになったと伝わってきている。
この西東京支部には幸い発見されなかった。フレイムが理佐に贈ったペンダントに仕込んだ盗聴機頼みだったということなのだろうが、もちろん完璧に根絶できるわけじゃないと業者にも言われている。だから、裏切った鴻池のことは支部の建物の中では会話禁止と通達が出ていた。
「ま、何が来ようと戦って退けるだけだわ」
と理佐の言葉に3人で頷き、それぞれ変身。現場に向かうべく屋上への階段へ向かった。
2.
海岸沿いの国道。その脇に建っているオートレストランは8年ほど前に廃業している。そこにオーガの出現が確認された。防犯カメラにより発見した警察が動いて周辺地域を封鎖している。
ルージュたちが封鎖線をくぐって現場に到着した時、そこには既にあり合わせの資材でバリケードらしき障害物が築かれていた。放置自動車と思しき錆々のまで使われていて、なにげに本格的だ。
「うわあ、けったいなオブジェになっとるがな」
「センスは皆無だけどな」
ルージュたちに少し遅れて現場に到着早々軽口を叩きながら周りを見回したイエローと、それに応じたルージュに向かっていきなり飛んできたのは、大きなコンクリート片だった。
間一髪で避けた2人に、さらに罵声が浴びせられる。
「センスゼロとはなんだ!」
緑髪のバルディオールが眼を怒らせて現れた。オーガを2体従えて。
「ふん、芸術を理解しない凡人にはそうとしか見えないかもしれんがな――」
講釈をたれようとしたバルディオールにブランシュが氷槍で突きかかる。
「オブジェが作りたいなら他所でやりなさいよ! 黒水晶も捨てて!」
「断る!」
とバルディオールがオブジェから引っこ抜いたのは、オートレストランを閉鎖するのに使われていたと思しき鎖。質量操作系の力で軽々と振り回し、先に付いた――これはバルディオールの後付だろうか――コンクリ片を飛ばしてくる。
「ライトニング!」
イエローのスキルが発動し、電撃の塊がバルディオールに襲い掛かるが、自らの身をも軽くした相手に軽くかわされてしまう。オーガの1体に攻撃をお見舞いしたルージュが、バルディオールに向かってスキル発動!
「フラン・サーペント!」
背後からのルージュの攻撃に、バルディオールが鎖を振り回して炎蛇をなぎ払おうとしたが、逆に炎蛇に鎖に絡みつかれてしまった。そのままするすると鎖伝いに這い寄って来る炎蛇に、躊躇なく鎖を捨てたバルディオールはオブジェに使用していた放置自転車を両手を使ってぶん回す。
「わあ! チェッキー・ジャンかよ!」
一番身近にいたルージュが狙われて、ブランシュのほうへ逃げる。
「ちょっと、なんでこっち来るのよ!」
「当たり前だろ! あたしは武器ないの!」
仕方なしに前に進み出たブランシュが槍を突き込むと、なんとバルディオールはフレームの股の部分で氷槍をガキッと絡めてしまった。
「!! この、離せ!」
とブランシュがもがく。離すまじと抑え込みにかかったバルディオールがにたりと笑った時、
「ライトニング・アロー!」
オーガのしつこい攻撃をなんとかいなして反撃を叩き込んだイエロー。その放った高速の雷矢がバルディオールめがけて飛ぶ。バルディオールがとっさに持ち上げた自転車にそれは命中! 軽い爆発音とともにフレームが爆ぜ、自転車は半ばから折れてしまった。
はずみで氷槍が外れるアクシデントに舌打ちして、バルディオールは後ろに跳び退るとバッと地に身を投げた。その上を、光の帯が轟音を上げて通り過ぎる。光の帯はバルディオールの後ろにいたオーガに命中し、オーガは四散した。
「ブラック!」
「悪ぃ、遅くなった!」
黒いエンデュミオールが、元は店舗だった廃墟の陰から走り出す。
『イエローは反時計回りに回り込んで、敵を囲い込んで。ブラックとブランシュは、イエローが駐車場の縁に到達した時点でバルディオールに攻撃開始。ルージュは援護よ』
アルファ――支部長からの指示は、残念ながら不発に終わった。バルディオールがくるりと身を翻すと、脱兎のごとく駆け出したのだ。
ちょうど半包囲が完成する直前の隙を突かれた形になって。慌てたブラックがインフィニティ・ブレイドで追い打ちをかけようとするも間に合わない。自らの質量を軽くしたのだろうか、まさに疾風のごとき速さで国道方面へ逃走したバルディオールは、すぐに姿が見えなくなった。
「……すげー逃げ足だな、おい」
スキルを発動することすら忘れ、ルージュは感心して彼方の闇を見つめた。
「はぁ、どうも調子狂うわね。ああもあっさり逃げられると」
とブランシュが首を重そうに振る。
『お疲れさん。撤収よ。国道脇に車が止めてあるから』
「アルファ。それなんですけど」
イエローは何か言いたいことがあるようだ。
「うちら、身バレはともかく、『あおぞら』の人間だってことはバレてるんですよね? あれに乗って帰るのは、まずいんちゃいますか?」
イエローがなにを言いたいのかわからないルージュ。他の2人もきょとんとした顔をしている。そんなルージュたちにもいらだつことなく、イエローは言った。
「車に乗って帰るところを、車ごと襲われて潰されたら――」
あ、そうか。ルージュたちは腑に落ちた。
『あおぞら』の車は何の変哲もないただの乗用車。バルディオールの襲撃を受ければひとたまりもないだろう。まして質量操作系の敵なら。ブランシュが感心したようにイエローを見た。
「何かを放り投げて文字通りぺちゃんこにできるわけね。わたしたちをまとめて」
結局エンデュミオールたちはここで解散し、自力で自宅まで帰ることになった。ばらばらになることにいささか不安があったが、幸い敵は本気で――というのも変な表現だが――逃げたようで、サポートスタッフも含めて皆無事に自宅に帰り着くことができた。
そのことを告げる支部長からのメールにて、対策を話し合う会議を近日中に開催する旨追伸があった。気が付いたことや思いついたことをその場で発表し合っていこうとのこと。
『了解』と返信して、優菜はしばらく携帯を見つめたまま動かなかったが、何かを振り切るようにため息をつくと、風呂に入るために立ち上がった。
3.
深夜の西東京支部。支部長は今日初出現したバルディオールの特徴をメールに書きこむと、各支部宛に送った。過去にどこかの支部で対峙した相手ならば、傾向と対策が得られるかもしれない。
ため息を一つ。鴻池の予想どおり、バルディオールが現れた。やはり狙いはエンデュミオール・ブラックなのか。それにしては逃げ足が速かったが、釣りかもしれない。
(そういえば、瑞穂も速かったわね、逃げ足だけは)
支部長は、今はもう『あおぞら』にいないかつての仲間のことを思い出す。質量操作系のエンデュミオールだった瑞穂は、一度瀕死の重傷を負って入院してからはめっきり逃げ腰になって、戦力にならなかった。今のるいのように。
(気分が乗らない、か。るいちゃんらしいと言えばそうかもね)
ままならないものだわ。支部長はまたため息をつく。
隼人、真紀、美紀と3人が立て続けに加入してくれて、人数的には他の支部と遜色なくなった。いや、光線系という強力な、いや、バランスブレーカーともいえる戦力が加入したことで、総合的な戦力は他の支部を上回った――というほどでもないか。隼人はバイトで不在か、今夜のように遅れてくることが多いのだから。
そんなところに、るいの離脱。本当に彼女は辞めるのか。未だに脱退届を書きに来ないが、わざわざ確認して藪蛇になっても困るし。
そろそろ帰ろう。そう思いシャットダウンしようとしたパソコンが、メールの到着を告げた。差出人は――
「長谷川さん?」
どうやら気分は持ち直したらしい。彼女からのメールはかつてのハイテンションな言動をほうふつとさせるものだった。
それにしても、いいご身分だわ。ジャーマニア行ってフランクを周遊して、これからエゲリス行きの飛行機に乗りまーす! だって。
伯爵の侵略騒ぎが落ち着いたら、家族でどこかに行こうかな。支部長は未来をささやかな慰めにしながら、部屋の電気を落とした。