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第2章 伯爵家の野望

1.


 7月2日。この時期に早くも熱帯夜。やはり何かおかしい。暑さが苦手な理佐にとってはそうでも思わないとやってられないし、思ったからといって涼しくなるわけでもないところが腹立たしく、そこで現実の暑さに対する愚痴でも言わないとやってられないし、だからといって――

「「理佐ちゃん、さっきから何をぶつぶつ言うてんのん?」」

 双子と隼人に見つめられていたことに気づき、理佐は赤面すると空咳をして澄ました。

 支部の第1会議室には、フロント、サポートを問わず全員が集められていた。それぞれに固まって話すことといえば、この現状を作りだした支部長からの招集メールのこと。

「なんやろうね、一体。全員集合! って」

 と美紀が腕組みをして考え込む。

「この間の助っ人のご褒美とか」

 隼人が夜食代わりにポテチをバリバリ食べながらの希望的観測に、真紀の目が光った。

「隼人君、君はもうもろたやんかご褒美。女子の生着替え。忘れたとは言わさへんで」

「あんな事故をご褒美って言われてもなぁ」

 理佐は隼人をにらむ。

「それはあの子たちにちょっと失礼なんじゃないの?」

 隼人がポテチをつまむのをやめて反論してきた。

「でも、ごっつぁんですって言ったら『このエロ猿!』って今度こそかち割るんだろ? 俺の頭」

「そうね」

「速っ! 即決かいな」と美紀が笑う。

 そのまま雑談に興じる理佐たちから少し離れて座っている優菜を、理佐は見やった。携帯を見つめる彼女の眼はどことなく潤んでいるように見えるのだが、

(どっちなんだろうな? あれ)

 最近ほとんど会えていないという彼氏のことか、あるいは今日この時もやっぱり来ていないるいのことか。

 理佐としては、先日真紀と美紀にああは言ったものの、やはりるいがいなくなるのは嫌だ。優菜に連れられてきた彼女がボランティアに加入してからの2年間、諍いがなかったわけではないが楽しくやってきたのだ。なにより大事な戦友である。

 あの日以来、るいとお昼ご飯を食べることが少し減った。食べる機会があっても、無難な話に終始してしまう自分が歯がゆい。優菜は、あの日の後も説得に失敗して、その後はつとめて素知らぬ振りをしている。だからこそ。

(ままならないものだわ)

 理佐が心の中で嘆息したとき会議室の扉が開いて、支部長と、その後に続いて女性が1人入室してきた。

 女性は40代後半だろうか、後ろで素っ気なく黒いゴムで縛ってある波打つ髪は、やや白髪交じり。年齢相応にしわが見られる顔は厳しい表情で彩られている。緊張か、それとも、何か良くない情報を持ってきたのだろうか。

「みんな……るいちゃん以外はいるわね」

 女性とともに上座に着席した支部長の言葉が理佐の胸をちくりと刺す。だが次に起こったことは、その胸の痛みを吹き飛ばすに十分なものだった。

 支部長が話し出そうとしたのを丁寧に遮って、傍らの女性が立ち上がった。

「初めまして。いや、変身前の姿としては、だな」

 変身前?

「私はミラー。バルディオール・ミラーだった者だ」

 第1会議室内に、驚きが静かに広がった。


2.


 鴻池――ミラーの本名らしい――は公園で理佐たちによって倒された後、収容された病院で会長に会い、"伯爵"を裏切るよう説得されたのだという。一日考えた結果、身の安全と生活の保障を条件に裏切ることにしたのだそうだ。

「まず、"伯爵"の目論見から話そう。いろいろ質問があるだろうが、最後にまとめてということで」

 "伯爵"の目的は2つ。

 まず、会長が持っている白い"愚者の石"を奪い、なおかつ会長の身柄を拘束すること。それにより執り行う儀式に際して会長の身を生贄として捧げることで、"伯爵"とその一族は不老不死の身体を手に入れるのだという。

 もう1つの目的は、日本を侵略して支配下に置くこと。もちろん表立って侵略することはできないため、配下のバルディオールを使って秘密裏に行われている。

「奴らは1,000年前、エンゲランドに対して行った侵略の成功体験が忘れられないのさ。その後現地の支配権を握った余所人に裏切られて、自立されてしまったことなどすっかり忘れて」

 現在日本国内に潜伏しているバルディオールは17名。それぞれがほぼ単独行動をとりつつ、エンデュミオールと戦いながらあるものを探している。

「あるもの?」

 まだ質問の時間ではないことを忘れてつい口にしてしまった優菜を咎めることなく、鴻池は答えた。

「地脈にアクセスできる孔だ。それを利用することでバルディオールの力をより高め、日本制圧を容易なものにする。そう"伯爵"の側近、ガントレットから説明された」

「そうだったの……」

 鴻池の傍で、支部長が顎に指を置いて考え込むそぶりを見せる。

「――なるほど、私たちのときもそうだったのね。特定の地域だけにバルディオールが現れていたのを、ずっと不思議に思っていたの。それの出所を探っていたのね」

「そうだ」と鴻池は短く受け、説明を付け加えた。

「孔の出現する位置はこの国の古文書で大まかにわかっているからな。あとは詳細な場所と、その内のどこが地脈のエネルギーを多量に利用できるところかを探っている。そういう状況だ。では、説明を続けるぞ」

 鴻池はペットボトルのお茶を少し飲むと、説明を再開した。

 地脈の孔で有望なものが見つかった時点で、"伯爵"家の本隊がやってくる。彼らは孔を確保し、日本人の内応者を使って、あくまで水面下で日本の支配体制を確立する。並行して『あおぞら』の会長を捜索・拘束するミッションも行われるだろう。

「……以上が概略だ。何か質問はあるか……とその前に――」

 鴻池が会議室内の面々を見回した。

「黒いエンデュミオールはどこにいる?」

 沈黙。そして理佐が抑えようとするより早く、隼人が手を挙げた。

「……ボケはいい。私は漫才をしたくて質問したわけじゃない」

「あの……」

 支部長が憮然とした表情の鴻池に事情を説明すると、一転愕然の表情に変わってつぶやいた。

「そうか……どおりで探っても見つからないわけだ。まさか男だったとはな……」

 その言葉にサポートスタッフの永田が反応した。

「探ったってどういうことですか?」

「ここの構成員とかを調べた、ということだ」

 鴻池はあくまで無表情に答えた。

「フレイムの報告で、ここがお前たちのアジトだということは分かっている」

 やっぱり、報告が行われていた。理佐は唇を噛んでうつむいた。わたしのせいで……

 隼人が理佐のうつむき顔をのぞき込んで、

「理佐ちゃんのせいじゃないから。そんな顔するなよ」

 と言ってくれた。ありがとう、とだけ言って、理佐はまた前を見る。

「フレイムも男だったやないですか。そこから実は相手もとは思わへんかったんですか?」

 真紀の問いに、鴻池は顔をしかめた。

「それを言われるとつらいな。確かにそうなんだが、やっぱり変身者は女だっていう先入観があってね」

 今度は隼人が顔をしかめた。そうよね、先日もそれで一騒動あったもんね。理佐が心の中で彼に同情していると、真紀と美紀がおしゃべりを始めた。

「ふーん、てことは伯爵とやらも女の人なんやろか?」

「女伯爵か、なんかかっこええな」

 双子の会話に鴻池が苦笑して割り込んだ。

「楽しい想像を否定するのは心苦しいが、伯爵は男性だ。かなり老齢のな。変身しているところは見たことないな」

「いくつくらいなんですか?」

 と尋ねたのはサポートチーフの横田。鴻池はしばらく記憶を探るように考え込んでから答えた。

「見た目は50代っぽいんだが、たしか……200歳近いはず」

 ……え?

 こちらの疑問顔を察したのだろう、鴻池が解説してくれた。

 "伯爵"の一族は長命なことで知られていて、長いものは400歳近くまで生きるらしいこと。そして、その正体は――

「有翼人だ。本人たちは天使とうそぶいてるがな。実態は鳥人間、要するに人外の類だな」

「……鴻池さんは、見たことあるんですか? その……正体というか」

 予想と現実をはるかに超えた情報に室内がざわめく中、問いかける隼人に一瞬鴻池は鋭い視線を放ったが、すぐに元の無表情に戻って答えた。

「ある。2年前だったかな。あの一族の端くれとフレイムが揉めたことがあってな。奴の挑発に怒り狂った端くれが変身したのさ」

 なんの鳥とも言い難いけど、どちらかといえば猛禽類かな。全身に羽毛が生え、顔は完全に鳥のそれで、服の背中を突き破って翼が生えてきて。鴻池はそこまで言って肩をすくめた。

「正直度肝を剥かれたよ。噂には聞いていたんだがな。でも奴は、フレイムは冷静だった。変身した端くれをさらにさらに挑発した挙句に相手のほうから手を出させて、焼き鳥にしちまった。これがな、顔かたちは鳥なのに、焼け焦げる肉の匂いはヒトとおんなじなのさ。しばらく鼻から臭いが消えなくて閉口したよ」

 フレイムが日本に派遣されたのは、そのトラブルが原因だと思う。奴は一族でないにもかかわらず、伯爵の側近として重用されていたからな。やっかんでる奴は多かった。

 鴻池はそこまで言うと、目を瞑った。

 早死にするだろうとは思っていたがな。そうつぶやいて。


3.


 質疑応答は続く。

「根本的な質問なんですけど」と前置きしたのは優菜。

「どうして毎日出てこないんですか? どーみても手を抜いてるとしか思えないんですけど」

 鴻池は苦笑い。

「手を抜いているわけではないさ。黒水晶は――」

 と言いながら彼女の手が上着のポケットをまさぐり、しばらくして引っ込んだ。持っていたときの癖がまだ抜けないようだ。

「測ったわけじゃないが、白水晶より力が強いようだ。今回は不覚を取ってしまったけどな」

 そのかわり、黒水晶の力を使うだけ徐々に弱まっていき、使えなくなるときが来るのだという。日が経つごとにまたパワーは戻っていくのだが、戻る度合は人により違うようだとのこと。

「てことは、俺たちがフレイムを倒した時は――」

「ああ、拠り所を潰した次の日だった。フレイムは北東京支部の迎撃をしてたはずだから……」

 隼人と優菜が顔を見合わせて頷く。4人がかりとはいえフレイムをあそこで倒せたということは、前日の迎撃でかなり力を使ってしまっていたということなんだろう。

「「隼人君を抹殺するだけのつもりやったろうしね、あの時は」」

 その時は倉庫の陰から見物していたミキマキの推測に、隼人は黙って頷いた。

「今後の展開は、どうなると予測してますか?」

 と横田が鴻池に問いかけた。鴻池は考え込む仕草をしながら、

「おそらくお前たちを、特に黒いやつを潰しにほかの地区からまたバルディオールが転進してくるだろうな。黒水晶を破壊されるのを、伯爵とその取り巻きはひどく恐れている。これ以上数を減らされるのはかなわない。そんなぼやきを小耳に挟んだんだ。人づてだけどな」

 永田が手を挙げた。

「どうしてでしょうね? うちみたいに、会長がどっから持ってくるんだっていうくらい供給すればいいのに」

 永田の意見に同意する声が何人かから出て、鴻池を驚かせたようだ。

「あの会長は、そんなに大量に白水晶を持ってるのか? それでうじゃうじゃと湧いてくるのか……」

 湧いてない湧いてない、と一同手を振って否定。

「和美ちゃんも結局もらえなかったしね、白水晶……」

 という永田の弁を受けて、鴻池が言った。

「そのカズミとやらは、能力がなかったからだろう? 伯爵側も随時バルディオールの補充をしているとは思うがな。……いやそれでは破壊されるのを恐れるのと矛盾するか……」

 結局鴻池にも確たる情報がないためこの話はそれきりとなり、次に手を挙げたのは美紀。

「あの……やっぱり、お姉さんのことで、隼人君を恨んではるんですか? 今でも」

 おずおずと聞く美紀と、顔がこわばる隼人と、両方を見て。鴻池は傲然と答えた。

「ああ。できれば今すぐ絞め殺したいくらいだ」

 そう言って静かに立ち上がった鴻池の眼が、興味深そうに細まる。優菜、理佐、美紀が立ち上がり、鴻池につられて立った隼人を守るように彼を囲んだからだ。

 理佐としては一番に動いたつもりだったのに、彼女よりも速く、すっと隼人の前に入った美紀の素早さと平然とした表情に驚きを隠せない。

(美紀ちゃん、あなた、何者なの?)

 鴻池にとっては、別のことも興味深かったようだ。

「双子の片割れ。なんにもしないから、ベルトを締め直せ」

 美紀と逆方向。隼人から離れた真紀が、鴻池と隼人のちょうど中間で迎え撃てる位置に動いていた。即席の鞭なのだろう、ズボンのベルトを抜き、バックルを下にしてだらんと下げ持っている。

「真紀ちゃん、ズボンずり落ちないの?」という永田の指摘に、

「「きゃー! 隼人君のエッチ!」」と双子がユニゾンしてしゃがみこみ、

「うん、なぜ俺」と隼人がツッコミを入れて、場がようやく収まった。

「……正直なことを言えば、黒いやつの身柄引き渡しを裏切りの条件の1つに出した」

 だが、と椅子に座りなおした鴻池は続けた。

「会長に即拒否された。そりゃあもう、えらい怒りようでな。かわいい顔を真っ赤にして、こっちが逆に絞め殺されそうな勢いだった」

 ま、納得はできてないが、我慢するさ。放り出されて伯爵の手の者に狩られるのもごめんだしな。鴻池はそう結んだ。

「会長に会ったんですか? びっくりしませんでした?」

 と問うたのは優菜。皆がうんうんとうなずくが、鴻池が乗ってこない。

「? 何に驚くんだ?」

「何って」と理佐は思わず指摘した。

「あのブラッディ・オレンジに染めた髪の毛ですよ。ファンキーだと思いませんでした?」

 それでもなお、鴻池は理解できなかったようだった。理佐がなおも言葉を継ごうとしたが、

「はい、時間なので、ここまでにしましょう」

 支部長に遮られてしまった。時間の制限なんてあったっけ? いぶかしむ理佐たちを尻目に、支部長は鴻池を急き立てて会議室を出て行った。


4.


 その後、特にすることもなくなった皆で飲みに行くことになって、ここはいつもの居酒屋2階。

「なんか、ちょっと気が抜けちゃったな」

 そう最初に発言したのは、意外にも横田だった。

「思ってたよりも普通の人だったし、ミラーの人が」

 と言って冷酒をきゅっとあおる。横田さん、またすぐ寝ちゃうんじゃないかしら。理佐の心配をよそに、会話は進んでいく。

「話の内容は衝撃でしたけどね。鳥人間の侵略! なんか大昔のB級ホラーみたい」

「あたしらも結構非現実的なことやってるけど、世界は広いねぇ」

 サポートスタッフの会話に、大ジョッキ片手の真紀が加わる。

「しばらく鳥人間は来ないんじゃないですか? えーと地脈の孔とやらも見つかってないんやし」

「いやでも」

 とちゃちゃを入れたのは永田。早くも大ジョッキを飲み干しながら、

「あたしら、というか隼人君が黒水晶を壊し続けてたら、慌てて飛んでくるんじゃない? 鳥だけに」

 けらけらと笑う永田たち。なんかペース速いな。巻き込まれないようにしないと、と理佐は思いながら刺身に箸を伸ばす。

「実際、そうなるかもね。支部長のところに、何件か、よその支部から依頼が来てる、みたいだし」

 横田が、もうろれつが回らなくなりつつある舌でオフレコ情報らしきものを暴露。それを聞いた優菜が隼人を横目で見た。

「よかったな、隼人」

「何がだよ」と隼人は箸を休めて、横に座る優菜を見やる。

「諸国漫遊黒水晶破壊の旅ができそうじゃん?」

「バカ言え」

 隼人は渋い顔をする。

「どこにそんなヒマと金があるんだよ」

「「なるほどなるほど、んで各地で黒水晶を破壊して『きゃー隼人くーんかっこいいー!』ってよりどりみどりつまみ食いの旅になるわけやね」」

 ミキマキは楽しそう。美紀ちゃん、あなたそれでいいの? 理佐には理解できない。

「よかったな、隼人」と優菜の眼はジト目に変わった。

「全然よくねぇよ。つか、なんだよその目」

 と隼人が言って、優菜の腕を肘で軽く小突いた。

「べ つ に」と小突き返す優菜。

「何やってんのよ2人で!」

 思わず口に出してしまい、みんなの視線を集めてしまった理佐は気まずさを隠そうと、ビールのジョッキを我知らずあおってしまった。

「優菜ちゃん――」

 永田は楽しそうに優菜の肩に手を置く。

「理佐ちゃんに嫉妬されてるよ? 『わたしの隼人君といちゃいちゃしないで!』って」

 してないしてない、と否定する隼人と優菜のきれいに揃った仕草がまたむかつく理佐。

 そして。

「「りーさーちゃーん」」

 遅かった。

 すっかり2人に気を取られて、別の2人、ミキマキに備えるのをすっかり忘れていた理佐は、また不覚にも背後にぺったり張り付かれてしまった。

「「こぉいうピンチの時はやね、ドカーンと一発路線転換やでぇ!」」

 理佐の耳に、ステレオで囁く双子。キャミソールを着てきたため、剥き出しの肩を双子の熱っぽい手になでなでされてこそばゆいのだが、我慢しないとまたこのエロ双子は図に乗ってくるだろう。ああうざい。

 現下、優菜は怯え、隼人は微妙な顔で唐揚げをパクつき、サポートスタッフはあっけにとられている。つまり誰も理佐を助けようとしてくれないわけで。

「隼人君! 何とかしてよ!」

「ミキマキちゃん、路線転換って何?」

 隼人君、それ全然助ける気ないよね? 理佐はにらんだが、以外にも効果が現れた。ミキマキが理佐の耳元から離れ、隼人に向かってしゃべり始めたからだ。

「「クールビューティーの反対やがな。反対」」

「反対って?」

 と永田が焼き鳥の串を片手に首をかしげる。その言葉を待っていたかのように、

「「お色気路線、ゴー!!」」

 気付いて手を持ってきたときにはもう遅かった。キャミソールの紐を両方とも肩から外してずり降ろされたのだ。咄嗟に押さえたが間に合わず、胸の谷間と黒いブラが露出するハメになった理佐は、真っ赤になりながら机に突っ伏して隠す羽目になった。

「ぶふぉあぁぁぁっ!!」

「おーい、伊藤君、大丈夫?」

 この間入ったサポートスタッフの伊藤が鼻血を出してほかのスタッフに介抱されている。永田は爆笑、横田は爆睡。永田の影に避難完了の優菜はちらちらと隼人を見ている。

 隼人君、何が言いたいの?

「興味深い」

 いいかげんにしろと空ジョッキを隼人に投げつけて、理佐は開き直った。

「もっとましな表現しなさいよ! 文学部のくせに!」

 ずり下ろされたキャミソールはそのままにして立ち上がり、腕組みをして隼人をにらみつける。

 いや俺史学科だしと言い訳した隼人が、おずおずと切り出した。

「黒も似合うね、と言いたいところだけどさ、その……」

「何よ」

 似合うって言うだけでいいじゃない。

「立ち上がると、今度はスカートが――」

「「驚異の2段変身!!」」

 理佐の悲鳴は、カンバン間近の居酒屋中に轟いたのであった。


5.


 理佐が自分のマンションにたどり着いた時には、もう深夜を40分ほど回っていた。風呂にお湯を入れつつ、実家から荷物が送られてきたらしい不在票を処理。スマホを耳から話した理佐は、ほっと一息ついた。と同時に、居酒屋での騒動を思い出す。

 まったく、あの双子は。自分がいいカモになっているのが腹立たしくもあり、でも楽しくもあり。

 理佐には友達と呼べる人間がさほど多くない。だから理佐にとって、あのメンバーは何物にも代えがたい存在になりつつある。たとえ自分がいじられキャラ化しているとしても。

 高校時代には考えられなかった心境の変化に、理佐は最近驚いているのだ。それにしたって。

(下着姿を見たら、もうちょっとドギマギしてくれたっていいのに)

 何も、伊藤みたいに流血しろって言ってるわけじゃない。隼人のあの、場慣れしているというか女の子慣れしているというべきか、エッチなハプニングに動じないあの態度がむかつく。シャワー室ではさすがに飛び出していったけど。

 理佐が過日の出来事を思い出して赤面していると、手にしたスマホから着信音が流れてきた。噂をすれば影。隼人からだ。

『ごめんな、もう寝てた?』

 スピーカーから聞こえてくる彼の声に、さっきのむかつきはどこへやら、理佐は声を弾ませて応じた。

「ううん、今からお風呂に入るところよ」

 そう聞いて謝ってくる彼の言葉を素直に受け取って、理佐は尋ねた。

「どうしたの? 真夜中にかけてくるなんて珍しいじゃない」

 彼からの通話が最近、少しずつ増えてきた。理佐のほうからもかけることがたまにある。本当はもっと話がしたいのだが、彼は忙しい。夜遅くまでバイトの日が多いし、この時間はもう帰ってるはずと思ってかけてみると単発バイトを入れていたり。

『ん……さっきはゴメンな。もうちょっとうまくミキマキちゃんを止められたらよかったんだけど』

「別にいいわよ、手下のフォローなんてしなくって」

 と理佐はちょっといじわるを言ってみた。

『手下じゃないってば』

 そう言いながら笑ってる。

「じゃあ、なんなの?」

『ゼミ仲間だよ』

「……ふーん。本当にそれだけ?」

 隼人から重ねての言質を取って良しとする。その後のたわいない雑談の中で、彼の実家の話になった。といってもお父さんのほうだが。お店が繁盛していてなかなか娘の、くるみの見舞いに行けないらしく、彼女が寂しがっているとのこと。

『でさ、もしよかったら、みんなでお見舞いに行かないかな、と』

「いいの? また行って」

 もちろん、という返事は期待したもの。みんなで、という縛りは期待外れ。でも、取りあえずはそれでいい。理佐はうれしさを少しだけ隠しながら了解の旨を隼人に伝えて、おやすみを言った。

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