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終章 風雲到来の幕間劇

1.


 みんなで支部に戻って(隼人はサポートの人が回収して)、美紀たちはシャワーを浴びた。さすがに一仕事終えると汗だくになる季節になって、美紀は夏が好きだが汗だくのまま過ごすこととそれはイコールではなく、頭もガシガシ洗ってる。というか、洗われてる。

「……何やってんだ? 双子」

 仕切りの上からのぞいてきて、怪訝そうな顔をする優菜に真紀がシャワーヘッドを向ける。

「「きゃー! 優菜ちゃんのエッチ!」」

「わぷ! やめろバカ!」

 騒ぎを聞きつけたるいものぞいてきて、同じく放水攻撃の餌食にする。

「ていうか、なんで2人で同じシャワー使ってんのよ。あなたたち」

 理佐が困惑顔で仁王立ち。さすがに身体にバスタオルは巻いているが。

「「いつ見てもええスタイルやねぇ、り~さ~ちゃ~ん」」

 ミキマキの口撃は失敗した。こめかみに青筋を浮かべた理佐が、手近なシャワーを手にとって開栓全開で接近してきたのだ。

「「きゃーちべたーい! 凍る凍る雪女に凍らされるぅぅ~」」

「あははは、『シャワー室で凍死した双子の怪! ボランティア仲間は雪女?!』ってか」

 永田が胸も露に、ほかのサポートの人たちと一緒になって豪快に笑ってる。

「んで、なんで2人でシャワー使ってんの? もしかして、そういうイケナイ趣味なの?」

 るいの茶化しにふるふると首を振って、美紀は答えた。

「ちゃうちゃう、子供の頃からの習慣やねん。頭と背中を洗いっこするっていう」

「そうそう、大事なんやで。ユニゾンを保つために」

 真紀が今度は美紀に頭を洗ってもらいながら言うと、一同呆れたご様子。

「そこまでして、何が楽しいの?」と理佐が目頭を押さえて首を振ってる。

「ていうか、裸になっても見分けが付かないってどういうこと?」

 そう呆れた声での永田の凝視に

「「いやーん永田さんに視姦されてる孕んじゃう~」」

 とユニゾンでくねったら、、

「んなわけあるか!」と理佐に怒られた。

 ちなみに優菜はさっさと更衣室に行った模様。このままでは凍らずとも風邪を引いてしまうので、全員で優菜に続いた。

 美紀が身体を拭いて、着替えをロッカーの中から取り出そうとしていたら、るいの不思議そうな声が聞こえてきた。

「優菜、そんなショーツ持ってたっけ?」

 その声につと見れば、グレー一色の珍しいというか地味な代物。そしてなぜか硬直してる優菜がいる。

「い、いや、これはほら、たまにはこういうのもいいかな、と」

 優菜は硬直から解けたとたんアセアセし始めた。真紀がブラを着けながら言う。

「それ、コンビニで売ってるやつちゃう? うち、買ったことあるで」

 なんでまたそんな、と言う声が上がり、真紀はなぜか薄い胸を張って説明した。

「昔、男とケンカして、服引っつかんで飛び出したことがあってな、すぐ近くの公園のトイレで着てみたら、ショーツがあらへん。取りに帰るわけにもいかんし、真冬のミニスカやったからすーすーするしでコンビニへGO、やったんよ」

「ああ、聞いた聞いた。高2の時やな」

 美紀は思い出した。結構かっこいい人だったのに、惜しいことしたって姉がへこんでいたのを。

「……まあ、真紀ちゃんの無頼話にも興味があるけどさ」

 どこ行くの優菜、とるいがこっそり更衣室を出た優菜を追いかけ捕まえて、顔をのぞきこむ。

「優菜、一つ聞きたいことがあるんだけど」

 キョドるかと思いきや、とたんに冷静な顔つきになった優菜に、るいは問いかけた。

「彼に振られた晩、どこにいたの?」

 静まり返る控え室。なんで、と聞く優菜にるいは答えた。

「ケーコがね、その日優菜にメールしたり電話しても通じなかったって言ってたからだよ」

 ゆっくりと、優菜は答えた。

「携帯が雨で濡れて壊れちゃったんだよ」

 ほら、と優菜は身に着けているポシェットから真新しい携帯を取り出した。

「うんうん、あの土砂降りの中、ずぶ濡れで歩けばそりゃあ壊れるよね?」

 るいの一人合点するさまをじっと見つめる優菜。その口元が厳しいものに見えるのは、美紀の偏見なのだろうか。

「で、その話、ショーツとどうつながるの?」

 との理佐からの質問に、るいは答えた。

「るいのジム仲間にね、コンビニのバイトやってる子がいるの。その子がね、優菜と男の人が一緒に雨の中歩いていくのを見たって言ってるんだ」

「……どうして男の人だってわかるの?」

 優菜の声が絞り出したような感じがする。そしてそんなことで、るいが空気を読むはずもなく。

「レインコート着てたらしいんだけどね、その人、コンビニの常連さんなんだって。で、その人が――」

「優菜ちゃんはうちでシャワー浴びてもらったよ、その時」

 声の主、隼人が男性用更衣室から顔を出した。家への帰り道、通りかかってびしょぬれだったから、部屋に上がってもらってシャワー浴びさせて、着替えを貸して送っていったと言う。ショーツはその時コンビニで買って渡したとも。

 理佐が隼人のほうへ行った。その表情が硬い。

「隼人君、それだけなの?」

「うん、それだけだよ」

 隼人の平然とした答えに、理佐の表情はますます険しくなりかけた。そこへ、永田の声と手を打ち鳴らす音が響いた。

「さ! もういい時間だから、学生さんは帰った帰った! るいちゃんの復帰祝いはまた今度、ね?」

 そう言われてもしばらく隼人をにらんでいた理佐が踵を返して、着替えの入ったデイパックをひっつかむと出て行った。扉が閉まる時のものすごい音に肩をすくませながら、永田が優菜にウィンクしてる。

 なるほど、永田ねーさんは優菜ちゃん派かいな。美紀がひとりごちると、聞こえたらしい永田が笑いかけてきた。

「あははは、やぁねぇ! ギスギスしたのが嫌いなだけよ、あたしは。2人とも、何もなかったんでしょ? だったらそれで一件落着じゃない! さ、ほかの人もお疲れさん」

 それでも、美紀は帰り道で隼人に問う。ほんとに、何もなかったのかと。

「うん。何があってああなったのかは優菜ちゃんが話してくれたから、概ね知ってるけどね」

「なるほど、それで傷心の優菜ちゃんに優しゅうしてあげたと」

 真紀のカマかけにも隼人の表情は変わらず穏やかなまま。

「ん、まあね。見かけた以上ほうっておけないし」

 そのまま、分かれ道まで無言だった隼人におやすみを言って、美紀は彼の背中を見送った。

「気になる?」

 姉の質問は妹の答えを承知している。

「当たり前やんか。……ねーやんは、どう思うの?」

「分からん」

「人に振っといて、分からんのかいな!」

 くるりと振り返って姉にツッコミを入れて、そのまま美紀は家路についた。姉がすぐ追いかけてくる。

「ま、気になるということは、何かあるということや」

「意味分からんわ」

 美紀が歩みを止めずににらむと、横に並んだ真紀は、にっと笑った。

「優菜ちゃん、変わったと思わへん? ちょっと前ならあんなネタ、真っ赤になってワタワタしてたと思うけど」

 何か、あったんだろうか。美紀は眉根を寄せたが、ふと気が付いた。姉の訝しげな視線に、思わず笑って答える。

「るいちゃんに、結局今日一日隼人君とどうしてたのか聞き忘れた……」


2.


 東京国際空港に降り立つと、アンヌは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。そして独りごちる。

『ふむ、ソイ臭くはないな』

『当たり前でございますよ、お嬢様』

 迎えに来ていたベルゾーイが、恭しく頭を下げたあと言った。アンヌの住居等を手配させるため先発していたこの初老の執事は彼女の同族ではないが、代々伯爵家に仕えている家の者だ。いわば他所人なのだが、それゆえに一族とは違う視点で物を見ているところがあり、アンヌが考えに詰まったときに意見を聞くことがある。

 その執事に手荷物を渡すと、彼はあるじに先立って歩き始めた。その広い背中にアンヌは問う。

『なぜ、当たり前なのだ?』

『この国の食事は、どこぞの国のように単純なものではないからでございます』

 それくらい、アンヌだって知っている。スシ、テンプラ、それから……

『なにがおかしい?!』

 アンヌは、忍び笑いも明らかな執事の震える背中に向かって声を放つ。彼女の言葉は表面こそ厳しいが、声色は柔らかい。伯爵家の嫡女に30年以上仕えている忠義の男は、同時に彼女の躾と勉学の師でもあった。

『お嬢様のおっしゃりようが、典型的なガイジンのそれでございましたので。失礼をいたしました』

『まだ声が笑っているぞ、この不届き者め』

 せっかくですから、ご夕食は私の見繕ったお店でいかがでしょうか。執事の問いに、アンヌは不審げに問い返す。

『まさかカイセキとかいうチマチマした日本料理ではないだろうな』

『いえいえ、お嬢様にもきっとご満足いただけますよ。なにせお嬢様は大食漢であらせられますから』

『貴様、私を労働者風情と一緒に見ているな?』

 とアンヌの眼が細まるのを背中で察知したのか、執事は言い換えた。もっとも声色に慌てるそぶりも見えないのは、アンヌの口元が笑っているのをも察しているからだろうか。

『失礼いたしました。健啖家、でいらっしゃいますから』

 言い方が変わっただけのような気もするが、アンヌはそこで止めておいた。ふと見た周りが気になったのだ。

 ほとんどが日本人なのだが、どの顔もアンヌを見て目を見張ったり、そこまであからさまでなくとも興味深げな眼でちらちらとこちらを見てくる。

『慣れていただかなくては困ります、お嬢様』

 やはりこの執事には後ろに眼が付いているようだ。アンヌが白髪交じりの男の後頭部を見据えると、相変わらず振り向かずに先導を務めながら執事は言った。

『あなた様も私も、ここではガイジンでございます。ましてお嬢様の美貌なら、振り向く男性が多いのは当然のことでございます』

『ふん、いずれすべからく仰ぎ見るようにしてやる。そのために私はここに来たのだからな』

 そうアンヌが言い放った時、執事のため息が聞こえた気がした。そのことを問うもはぐらかされたまま、主従は待たせてあった迎えの車に滑り込んで、取りあえず今夜の宿泊先へと向かった。彼女には明日から、駐日大使との会見などの予定が待っている。夏の日差しは雲ひとつない青空から降り注いでいたが、地上には風雲が訪れようとしていた。


悠刻のエンデュミオール Part.3 END

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想をいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。

 さて、次回の公開は、恋愛に興味のない女の子に恋愛成就の神様が憑りついて起こるドタバタコメディ、『ふたつ文字 うしのつの文字 騒動記』なのですが、ニガ甘仕立てとゆるふわ仕立て(すみません、名前は書きませんがネーミングいただきます。)のどちらを公開するか、ちと迷ってます。とりあえず11月14日(金)公開予定です。お楽しみに。

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