女教皇
「悪魔憑き何て馬鹿な方法で得た破魔の力は強大だが、危うい状態になる。ひとたび召喚すれば思考を失いコントロール不可能となる。それをコントロールするには一定のルーン知識が必要だ。その為に私が貴方達の指導に着くことになりました」
そう言ってシャーロットは俺達にお辞儀した。
ここには、彼女と俺、姫に王子がいる。
部屋は設備の整った教室だ。学校ではないから模したものだろうか。
「あぁっと、申し遅れました。私はシャーロット・ファーガソンと言います。ローブの称号を得ていまして色は青です」
ローブの称号。聖人の別称だ。彼らは強大な力を持ち、国を支える柱のようなものだ。
有色のローブ隊。全ての国民から敬愛される双頭の片割れ。
もう片方は教会ではなくルーン騎士団の精鋭部隊。秩序の名を冠するオルドヌング。
目が合った時に凄そうだとは思っていたが、まさか聖人クラスだとは思わなかった。
彼女の話は続いた。
「あぁ、アルカークの事なら気にしないでください。彼は現代の教皇である現教派で私は先代の教皇を崇める先教派なので。そして、彼の部下として動いていたのは先代教皇がなくなった辺りからです。つまりスパイです。しかし、本当によかった。これで秘密裏に行われている現教皇の悪事を暴き粛正し、元のヘリオスの教会に戻す事が出来ます。教会は損得を考えずに人の為に。これを違えてはなりません。というかぶっちゃけ善行を続ければ金などいくらでも入ってきます。その為、商業魂何て欲の塊は本当に不要なのです」
「教皇はどうなったのだ。マドモアゼール」
俺と姫は反目で王子を見た。えぇ、えぇえぇそうですよ。今発言したのはこいつです。
この人は誰に対してもこうなのだろう。
そんな事を考えていると姫がボソッと口を開いた。
「火の粉をかぶらないコツは沈黙なり」
「えぇ……うん」
しかし、俺達とは違い目の前のシャーロットは眉をひそめる事もせずに質問に答えた。
「良い質問です王子。先ほどの件で様々な事が明らかとなり、教皇は強制退役させられました。しかるべき処置が待っているでしょう。そして、彼が行った悪事が表に出れば、我々ヘリオスの教会の失墜も免れないかと思います。現教皇にはまだ若いですが、幻獣グリフォンの加護を得たノンナ・ヘイゼルが女教皇として就任します」
「そのおなごはめんこいのか?」
「そこかよ」
「耐えるのですフロウ。もう少しですから」
「はい」
こんな不届きな発言、王子でなければ許されないだろう。いや、例え王子でも嫌悪されるであろうことだ。
なのに目の前のシャーロット聖人は目を煌めかせていた。
「……こいつも変態か」
「黙って」
「もごっ」
俺は姫に口を手で封じられてズルズルと一時離脱をさせられた。
「ありがとうございます姫」
「なんの。ノープログレム」
視線を戻してみると、白熱している二人がいる。何やら写真まで取り出して。
可愛いのだろうが。そうなのだろうが、フルーレ姫がここにいるのを忘れるなよ馬鹿共。
彼女は可憐な女の子なんだぞ。
ちらりと姫を見ると……あぁ、めっさ侮蔑してます。
それから10分ほど経過した頃だろうか、王子がノンナ女教皇の写真を懐に入れたところで真剣な話が再開した。
「鼻にティッシュを詰めるんじゃない。いい加減にしろよお前ら」
何なんだこいつら。
そんな事を考えていると、キリリとした表情でシャーロットが再び話し出した。
「さて、ルーンには体力が必要不可欠です。なので作りましょう。体力を。一時間後に城内にある広場に集合です。走りやすい格好と補給養水分を20キロほど持ってきてください。厨房に用意してありますので」
あれ、どうしてだろう。嫌な予感がするな。何この冷や汗。
「背負えと?……サムズアップやめろ」
どうやらイエスらしい、こっちにはフルーレ姫もいるというのに。
その事を聞くと例外は無いとの事。はぁ、大丈夫かなとか思うけど、実際俺も人の事を言えないかもしれない。
これから一時間どうしようか。もう解散だろうし、準備なんて何すればいいかわからないし、水分も用意されている。あぁ、昼寝で体力温存か。
そんな事を考えていると横から声が上がった。
「よし!遊ぶぞ!俺虫追いかけてくる!フロウも来るか」
「行かない。体力温存した方がいいんじゃないかな?」
「馬鹿!男ははしゃぐもんだぞ」
「もう何なのお前。さぁ、どこへでも行きなさい。窓から降りれば、そこから先は大自然だ」
「名案だぞダンディ!さすがだ!」
「行くのかよ!」
どんだけワンパク何だと思ったが、それ以上考える事を俺はやめた。
反目で準備体操の屈伸をしている王子を見ていると横から声がかかった。
シャーロットが隣まで来ていたのだ。
「フロウ君。これを」
「これは?」
俺はシャーロットから魔力石をちりばめられた眼帯をもらった。
大体用途はわかるが、一応説明を聞かなくてはならない。
「これは、君の不安定な力を抑えるための物だよ。暴走しない為にね。今、この瞬間にも君の力は漏れてるから」
「ありがとう。シャーロットさん」
俺は素直にお礼を言って眼帯をハメた。
「中々様になっていますよ。フロウ君」
「えっ?どうも」
俺は少し狼狽えてしまった。
もしかしたら、美人に弱いのかもしれない。シャーロットは姫とは違う雰囲気の美人さんだ。
あぁ、姫がこの場にいるのに何て感情を。あれ、でも自意識過剰か?
そんな事を考えていると、いきなり手を引かれた。
視線を送ってみると何と姫だった。
どうしたの?そう聞こうとしたが、どうも聞ける雰囲気ではない。
どうしたのだろうか。先ほどの王子の態度に腹が立ったのだろうか。
不思議そうに見ていると、姫はとある一室に俺を連れ込んだ。
どうやら武器庫のようだ。
多分ルーンで鍵を開けたんだろう。入る前にしっかりとカシャリと音がした。
中に入った瞬間に俺は壁に体を押し付けられ、ほっぺを抓られた。
「馬鹿王子と同じはダメ」
「はい」
どういうことかわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
だって後ろから、どす黒いオーラが出てるんだもん。
俺が頷くと、姫は俺から離れてこう言った。
「走るの。一緒に走ろう。それだけ」
そう言うと、姫は走っていった。
返事をする暇もないくらい姫は早かったが、俺は少し喜んでいた。
姫と一緒に行動できるなんて本来ならあり得ないのに不思議な力に目覚めたおかげで、それが叶う。これほどの幸福があるだろうか。
というか、姫が走り切れるか少し心配だったし、本当に都合がいい。
じゃあ、あとは昼寝をして休むだけか。
そう思い自室に戻った。
しかし、何故か寝れない。どうしてか寝れないのだ。
姫と共に行動が出来るから緊張しているのか。
でも寝ないと。一時間なんてあっという間だぞ。
それから目を瞑り続けて30分が経とうとしていた。
努力のかいあってか、あともう少しで眠れる。そんなまどろみの中に居た時、不意に鍵が開いた。
気の所為だろう気の所為。
そう思っているが足音が聞こえる。何だか、ふらついている様だ。
でも、俺はもうねむ……ねる……。
ドスンッ!寸前でそんな音が隣に響いた。
台無しだ。今ので完全に目が覚めた。
勢いよく起き上がり、俺は文句を言おうとしたが、横に寝ていたのは女の子だった。
「えっ?誰?」
「うえぇうぇぇ、、もう勉強嫌です」
これは寝言だろうか。恐らくそうだ。完全に寝ている。
はえぇよ。俺があんなに努力していたのに。
「何なのお前」
溜息が出る。というかどうしよう。この人。
よく見ると金髪美少女で碧眼で豪華なシスター服なんかを着ているんだけど、正直姫の事で頭がいっぱいだからどうでもいい。
そう思っていると、ぎゅっと服を掴まれた。これはどうすればいいんだ。
というか、どんな感じで走るのか姫が打ち合わせに来たらどうする。
ガチャ。そんな事を考えていたからだろうか。急にドアが開いた。
あぁ、こうしよう。
俺は誰かの姿を見る前に口を開いた。
「侵入者です。俺が寝ている時に鍵を無断で開けて侵入した様です!」
こうすれば、不信感を抱かれる事もないだろう。
そう思って扉の方を見ると……。
「あぁ、また抜け出したのか。女教皇になっても相変わらずだな」
「えっ、こんなのが?というか知り合いなのですか。王子のあの様子から知らないものだと」
「王子には王子の私には私の友人がいるという事だ」
俺は反目で女教皇とやらを指さした。いや、こんなのが冗談だろ。それに姫の友人?しかし、姫は首を振り凄い勢いで俺の横まで来た。
その気迫に押された。何故怒っているのだろう。
姫の行動を見守っていると、先ほど服を掴まれた部分に注目している事がわかった。
「てい!」
姫の一刀両断。華麗に決まったそれは、女教皇であるノンナを起こしてしまったようだ。
「んぁ?この強烈な一撃は……まさしくフルーレ。どうしてくれる。手が腫れてしまったぞ」
そう言ってノンナは手を上げて見せびらかした。確かに腫れている。
いや、強く叩いているようには見えなかったが……。
この謎を解いてくれたのは姫だった。
「そんなくだらないルーンばかり考えているから習得が遅れるんだ」
「なにぉう!」
「ギャグかよ」
俺が思わず口を開くと、今気づいたかの如くノンナはこちらを向いた。
「あれ?君は誰?いや、わかるよ。先教派の英雄であるフロウ君だね。私はノンナだ。敬愛してくれたまえ」
いつ英雄になったんだろう。あぁ、多分アルカークの件だろう。いや、それ以外にはないのだが……。
俺は彼女が差し出して来た手を握ると、親指で彼女の親指を抑えた。
「もう。何なのお前」
「その言葉をそっくり返そう!親指を蹂躙するとは、それで勝ったつもりか!」
また。ため息が出た。
「気にしなくていい。さぁ、ノンナ。部屋に戻りなさい。私たちは、これから走るまで休憩するの」
「えっ?じゃあ私と同じ?」
この言葉に三人は顔を見合わせた。
そして、結局三人で寝る事となった。あぁ、ベットが広くて良かった。
「本当に時間がない。あと15分しかない。早く休まないと」
「そうだよ。辛いの嫌だし休もう!一刻も早く」
「誰の所為だよ」
三人でゴチャゴチャ言いながら寝ているのだが、これは良いのだろうか。
姫と女教皇と貴族程度の俺。もしかして明日には墓の中なんじゃなかろうか。
ちょっと怖いけど、この幸福感を投げ出すわけにはいかなかった。
それに変に意識したら避けられそうだし。
そう思って目を瞑った。あぁ、何だか寝やすいな。
二人も同じなのか、すやすやと眠っている。
俺はまどろみの中で薄目を開けた。
目の前にはルーンの文字がある。催眠だろうか。
「って!お前らここじゃなくても一人で寝れるじゃないか」
「緊張している貴方を憂いている。感謝して」
「ぐー」
俺はとっさに飛び起きたが、反応してくれたのは姫だけだった。
感謝。確かに感謝しなくてはいけない現実に俺は悔しながらに目を閉じた。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか、俺はビンタで起こされていた。
「えっ?何事?突然のビンタが痛いんだけど」
「何じゃない。遅刻に遅刻で来ないと思ったら三人で何してんですか。しかもノンナ様と添い寝だなんて。川の字の真ん中は十年早いぞフロウ少年!」
「いや、まぁ、うん」
「罰として10キロ増加だ」
「俺だけ?」
「うん」
そして、ロングランの訓練は始まった。
ここで俺だけ30キロを背負っているのだが、唯一の救いは姫が並行して元気づけてくれる事だけだった。
本当はノンナも一緒に走るとうるさかったのだが、それはシャーロット聖人が強制的に却下していた。
可哀想にあいつらは孤独の戦いなんだ。
先ほど王子がノンナの元に行っていたが、しばらくしてノンナが駆け出して競争とかしていた。
やっぱり馬鹿だった。王子が何を言ったのかはわからないが、駆けっこを始めるなんて。
良い意味での駆けっこでない以上確実に孤独の疾走だ。間違いない。
それに比べて、こっちは姫が並走プラスなんだか、美味しそうな甘い食べ物をくれる。
もう一時間は走っている。疲れが見えて来た頃だったから、ありがたい。
姫曰く甘い物を食べると体力が回復するそうだ。
試しに食べてみたら本当に回復したのでありがたい。
そして、まだ何か持っている。今度はそれを渡して来た。
「はい。これ」
「これは……肉?」
「うん。明確なルールは無いし、いいと思う」
そんな姫の言葉にいつの間にか並走していたシャーロットが言う。
「明日からは、無しですよ姫」
「うっ」
言葉を詰まらせる姫。俺はそれに苦笑しながらありがたく肉を頂戴した。
口に含んだ瞬間に広がる肉汁がたまらない。何だか、変わった味付けだ。これは食べた事がない。
「母から教えてもらった秘伝のタレで作った骨付き肉。口に会えばいいけど」
「えっ?手作り?」
俺はここで言葉に詰まった。すると、姫は不安そうに眉根を下げた。
「いやだったか?」
「とんでもない。嫌なもんか」
そう言って俺は肉にむしゃぶりついた。
初日からの重り10キロ増のハードワークは多分この肉のおかげで乗り切れたんだと思う。
デザートと肉のタイミングが逆だったかもしれないが、そこは目を瞑った方がいいだろう。
というか、デザートももしかしたら手作りなのだろうか。
俺はここ数年で一番幸せな気分でシャワーを浴びて就寝した。