謁見
着替えると初めて姿を現しての任務に着いた。
同行者は黒髪の女性アーノルド。彼女が施設内を案内、それから王の謁見への付き添いをしてくれることとなった。
まず案内されたのは、兵の訓練場だった。
部屋から出て、まっすぐ行って突き当りを曲がったところに木製の扉がある。
そこを開けると、薄らとした魔法陣が地面に描かれた部屋があるのだ。俺達はそこにまず入った。
入って早々にアーノルドは手慣れた様子で詠唱を始めた。
「我を導く魔の円陣よ。異界の門を開きて事象を捻じ曲げ、我を契約の大地へと運びたまえ」
詠唱が終わると、俺は次の瞬間に繋がった魔法陣の先へと飛ばされていた。
周囲を見渡してみると、そこは物置だった。
置いてあるものは埃が被っており、とても現在使っているようには見えない。
アーノルドはそんな小汚い部屋を気にする事なく、俺を案内するために歩き始めた。
扉を開けると、そこは先ほどまで居た場所とは大きく異なっていた。
少しボロけていた酒場とは違い、常に清掃がされている所為か、壁までも綺麗だった。
造りも精緻な物だ。
そう。今、俺がいるのは正式な騎士団の詰所だ。
そこからしばらく歩いて訓練場に着くと、魔力の激しい流れが生まれていた。
アーノルド達が所属しているのは、通常の歩兵師団ではなくルーン師団の一角。なので、皆ルーンを交えての訓練を行っている。今は模擬戦のようだ。
「天を穿った直線の突風よ。主の命により敵を撃て」
叫び声と共に一人の男が飛んでいった。
「ぐっ」
「そんな事ではいざという時に動けんぞロッソ!」
飛ばした張本人は高らかに笑いながら激を飛ばしていた。
そんな男に対しアーノルドは柔らかく窘める。
「あまりロッソをイジメるなアレン」
彼女の声にハッとした表情を浮かべ、アレンは敬礼した。
「あ、アーノルド様!おはようございます!今日はお日柄もよく」
「かしこまった物言いは、常日頃からやめてくれと言っているだろう」
「あっ、あはは。そうでしたな」
男は言いながら頬を掻いた。気持ちが高揚していて頬が赤い。その事は誰が見てもわかる。
俺はあえて何も言わずに静観した。というより言う意味がなかった。
軽くあいさつ程度の談笑を済ませた後、アーノルドの視線がこちらに向いた。
「紹介しよう。昨日の夜中に話した人だ。グレイシア家の方だからくれぐれも失礼のないようにな」
男は今更俺に気づいたようで、慌てふためき始めた。
「いやっ、違いますぞ。決してそんな事は」
「フロウ・グレイシアだ。よろしく。ここでは、フレイ・グシアと名乗る事になっている」
「おぉ、かたじけない。フレイさんだな。こちらこそよろしく。私はアレン・ドランといいます」
彼の動揺を無視して話を進めると、アレンはホッと胸を撫で下ろした。
そんなアレンの気持ちなど知りもせず、アーノルドは不思議そうな表情を浮かべて説明を再開する。
「彼にも同行してもらうんだ。仲良くしてくれ」
「了解」
「えぇ、先日の事もありますし、アーノルド様のご紹介とあらば、信頼せずにはいられませんよ」
小話を終えてから向かったのは、国王への挨拶だった。ルーン師団に配属するものは、必ず王に一度謁見する必要があるのだ。
俺はそこで立ち止まった。
「それはまずい」
「何故だ」
反応したのはアーノルドだった。
「私とフォリッツの国王とは面識がある」
俺の言葉に対し、アレンは大げさに振る舞った。
「何と!名のある方なのですか。他国の王に認識があるなど」
「いや、面識はともかく、見かけたくらいなら、それなりにいると思うのだが……」
これに対し、アーノルドは呆れたようにアレンを見た。
「グレイシア卿の末っ子と言えば直ぐにわかるだろう」
「姫の為に反旗を翻し、シャルレイ王子の騎士となった……あの?」
「そうだ。あのグレイシア卿だ。だが、彼は誤解を受けやすい体質のようだ。変な勘違いはしないうようにな」
これに対し、アレンは興奮気味に捲し立てた。
「勘違い?とんでもない。彼は。反逆の騎士は、私にとって憧れ!私もいつかそうなれればと聞いたその日から思い、尊敬していたほどです」
対照的な反応だった。ドレイクとは違い、彼は本当に尊敬しているように見える。
見ればまだ若い。そして、チラチラとアーノルドの方に視線を送ったりしている。
恐らく色恋事なのだろう。これに関しては全く人の事が言えない。俺自身もそうなのだから。
あからさまに憧れの視線を送ってくるアレンに軽く引きながら、俺はアーノルドの方を向いた。
「王との謁見にはあとどれくらいの時間がある?」
「もう直ぐによ」
それを聞くと、俺は擬装用マスクを被り、唱えた。
「我、今より偽りの姿を晒す者なり」
全く違う姿に変わると、近くに居た二人は驚いたように目を見開いた。
そして、アーノルドは控えめに口を開いた。
「……前の方がよかった」
「ん?」
聞き返す俺に対し、今度はアーノルドではなくアレンが口を開いた。
急いでアーノルドと俺の間に体を滑り込ませながら。
「あーっと!急ぎましょうかね。でも確かにそんなに容姿を醜くしなくても」
「いや、平均だと思うが?」
「まぁ、そうですけど」
「もういい。行くぞ」
グダグダしている二人を遮って言った。
しばらくして王の間に到着すると、俺達は膝をついた。
国王。ラドラーク・フォリッツの目の前まで来ているのだ。
ラドラークは、俺を見てこう言った。
「お前が新人か。ドレイクのところに配属になるとは不運な男よ。あそこに配属するものはあれ以上の昇進は不可能というのに。まぁいい。時にアーノルド。私の親衛隊に加わる気はないか。ドレイクに体を売ったように私にも売ってみなさい」
次に大臣が言う。
「それしか取り柄がないのだから」
それから、王を始めとする官僚達がひとしきり笑い終えた後、謁見は終わった。
帰り道の最中、アーノルドとアレンは顔を赤くして憤慨していた。
恐らく耐え難い屈辱を受け、耐えきれないのだろう。
そんな俯き気味の二人に対し、向けられた声があった。
視線を向けてみると、アレンと同い年程度の20代前後の二人組の男がいた。
「これはこれは、アーノルドちゃんと、アレンくんでは、あっりませんか」
おどけた様子だ。恐らく二人を挑発しているのだろう。
そして、その矛先は俺の方にも向けられた。
「何だお前は。そうか。新たにあの師団に配属された新人か。話しには聞いているよ。以後よろしく」
男は手を差し出してきた。
チラリと、男の手を見ると、そこには薄らと魔力が灯っていた。
恐らく仕掛けがしてあるのだろう。
俺は握手の瞬間にその術式をそっくりと返した。
(接触の呪を打ち消し、操者に同様の苦痛を)
ブシュゥゥ!
血だ。目の前で血が舞っていた。
その血は、握手をした男の手の平から上がっていた。
その瞬間に男は、痛みに喘ぐでもなく憤慨するでもなく静かに目を細めて俺を見据えた。
「へぇ、お前名前は?」
「フレイ・グシア」
「覚えておこう。私はハンス・ケリーだ。あぁ、そうそう。アーノルド。身体を売りたくなったら何時でも来るといい」
ハンスはおどけながら手を振ってアーノルドを挑発した。
彼女はそれに答えずにハンス達が立ち去るまで彼の背中を恨めしそうに睨みつけていた。
「行くぞ。落ち着け」
「あぁ、……ありがとう」
俺はそれに答えるでもなく黙って先導するアーノルドの後に着いていった。