第七話
第七話
俺が吸血鬼として生きてきた中で一番苦労してきた事。それは人間に吸血鬼と言う存在を説明することだ。説明してきた回数が少ないから苦手なのか、それとも俺自身が説明下手だから苦手なのかは定かではない。
とりあえず、吸血鬼という存在を説明しようとすると先入観を持った人間が多い。その為、その人のイメージを壊さないような説明の仕方をしなくてはいけないのだ。まぁ、面倒だから吸血鬼の組織と言うものがあって、悪い吸血鬼を捕まえたりすると説明するのが大半である。
今回のケースでは何不自由なく、相手に説明する事が出来た。勘違いのおかげだろうな。会議室前に呼び出され、その後は体育館裏へと移動した。
「なるほど、義人君は正義の吸血鬼の組織に所属していて悪さをする吸血鬼を懲らしめる為にこの学校に潜入しに来たってわけなんだねっ」
「いや、そうじゃなくて…」
今回ばかりはしっかりと説明しようとわかりやすいようにまとめてみたり、NKKの会誌を読ませてみたり、一人二役の劇でやってもみせた。
残念ながら俺の努力は無駄に終わり、相手は勝手な解釈の元で吸血鬼と言う存在を認めたらしい。
「うんうん、言わなくたってわかるよ。吸血鬼って言ったら絶対にダークヒーローでクールなイメージがあるもん。義人君が見た目クールじゃなくてあんまりかっこいい顔じゃないとしても、あたしの事を助けてくれるそれなりにいい人って言うのはよくわかったよ」
「それなりって……」
的外れ、ではない為に難しい。俺の事をとりあえず危険人物ではないと思ってくれているようだし、自ら協力してくれると言ってくれたのだ。これでよしとしよう。
「協力って何すればいいのかなぁ。あ、やっぱりあれだね。義人君にあたしの血を飲ませてあげればいいんでしょっ」
「いや、別に血はいらないけど」
「え、そーなの?吸血鬼って言うぐらいだから血が欲しいんでしょ?」
「うーん、そんなにがぶがぶ飲んでたら身体に悪いんだよ。腹八分って言葉があるっしょ」
飲料ってわけじゃなくて食料という種類だと思う。顎とかちゃんと使わないと劣ったりするらしいし、前も言った通り血ばかり飲む吸血鬼は極端に日に弱くなって灰燼に帰すのだ。
「ピンチになった時に頼むぜ」
「ふーん、わかった。それで血はどうやって飲むの?」
「色々と方法はあるけどなぁ…まぁ、注射器で血を吸ってパックに保存するとか…」
「あれ?首元にかぷって噛みついたりしないの?」
「たまにやるよ」
一年に一度、あるかないかである。俺の親父はイメージを保つためにやっておけと言う。しかし、まず吸血中は誰にも見られない様にするのが基本だし、うら若き乙女の血が好きな俺としては後が消えるとはいえ首元の牙痕を残したくないと言うのも理由に挙げられる。
「へー、注射器と首元に噛みつくのってどっちが痛いの?」
「注射器、だろうな。歯から人間の脳に快楽を与える成分が放出されるんだよ。大体、本気で噛みつくわけじゃないから痛くはないと思う」
噛みつかれたことなんてないからわからない。中には吸血鬼の血を好む吸血鬼もいるから注意しとかないといつかはやられるかもしれん。
と、まぁ…こんな風に質問攻めとなって俺の学校一日目昼休みは残り十分程度となった。
「ちょっとトイレ行って来る」
「あ、一階の体育倉庫近くにあるトイレは行かないほうがいいよ」
「ん、なんで?」
「体育館倉庫近くのトイレは暗くてねー、おばけが出るんだって。だから行かないほうがいいよ」
「……わかった」
なるほど、もしかしたら吸血鬼はそのトイレに潜んでその週の獲物を吟味しているかもしれないからな。怪しいと思ったところはしっかりと探してみないといけない。テレビに出てくるあいつの頭が何だかずれているような気がしたり、どう見ても作り話だろとつっ困らざる負えない怖い話だったり色々とあるもんだ。
以前、慌てていて男子トイレと女子トイレを間違えた事がある。うん、あの時は出てくる女性と鉢合わせして本当、やばかった。空を飛べなかったらどうなっていたか……きっと今頃塀の中で首輪をつけられて強制労働をさせられていたに違いない。
俺が哀愁漂うような感じで引き戸をスライドさせると比較的綺麗な男子トイレが見えた。ただ、入った時につんとしたアンモニアの匂いが俺をちょっとだけ不快にさせた。
「おばけねぇ…」
トイレの中にあるもの、見える景色は……水色のタイルに半開きの掃除用具入れ、天井にはクモの巣なんてないし、そして床にはぴくりとも動かない異様に髪の長い女子生徒……。
「え…」
ラッキー、このまま覆いかぶさって血を吸いながら……じゃなくて。
こほん、こういう時こそ冷静になって行動を起こさなくてはいけない。冷静さを失った吸血鬼が慌てて人口呼吸とかやると人間の肺は破裂すること間違いなしだ。
まずは肩を叩いて意識の有無を確認だな。
「大丈夫ですかー、意識ありますかー」
「………」
駄目だ、反応してくれない。どーも意識ないようだ。
驚くほどの白い肌。その首元に近づいて噛みつこうとしてやめた。素直に手を置いてみる。すっごく美味しそうな人だけどな。
「うん、一応血は流れているし……呼吸は…してないな」
救急車を呼んだ方がよさそうだ。でも携帯電話鞄の中に入れちゃってるしなぁ。保健室に連れて行ったほうがいいのか……いや、こういう時こそ思いきって行動しないといけないはずだ。
まずは気道の確保。意識のない人が呼吸をしやすくして、シャツのボタンを外して……うわぁ、本当、白くてすべすべしてる肌……心臓はちゃんと動いてるな、よし。
「人工呼吸だな……うん、俺ならやれるっ」
俺は勢いよく(もちろん手加減はしておくから安心して欲しい)息を吸い、うら若き少女の唇に自身の唇を重ねようとしたところで……眠れるトイレの少女のお目目と僕ちゃんのお目目がばっちしぴったんこした。
「うおっ……よかった。意識ありますかー」
「………」
その女子生徒は立ち上がり、何事もなかったかのようにはだけたシャツを元に戻した後すぐに出て行った。
「………なんだったんだ、あれ」
もしかしてあれが青木千華の言っていたおばけ、なのだろうか。おばけにしては温かったし、肌がすべすべしていたし……どう見ても女子生徒だろ。
イレギュラーな存在だった少女は見なかった事にして俺はトイレの調査を行う事にした。調査と言っても特別な機械で何かをするわけではなく、鼻で匂いを嗅ぐだけだ。
吸血鬼が本気を出せば青森県産のリンゴとそれ以外のリンゴを分けることだって出来るんだぜ。他にもお風呂に入っていない人間のどれだけ風呂に入っていないかと言う日数も言いあてられるからすごいのである。
ともかく、吸血鬼が放つ血なまぐさい感じはなかった。
「ここに吸血鬼はいないな」
さっきの女子生徒の匂いぐらいしかしない。うーん、しかし………さっきの子、きっと血がおいしいに違いない。