第三十話:み:弾丸の贈り物
第三十話
偉人の言葉は選集のような物を読むだけで偉くなったような気がする。誰だったか度忘れしてしまったけど覚えている言葉がある。貴方の人生はあなたの思い通りに変える事が出来る。何故なら貴方自身によってデザインされるのが貴方の人生だ。ゲーテか、うちの親父か、マーフィーの誰かだったと思う。
集合時間は七時ということで準備も終えて学校へと向かう。対吸血鬼用に弾丸を作りだし、須黒に対して『見届ける約束』という言葉を出してきたのだ。時間に遅れるのはまずいだろう。飛んでいくか、徒歩で行くか悩んだ結果として徒歩で行くことにした。下手な動きを悟られてはいけないと思ったからだ。
「今日のフライトもいい感じだったわ」
集合時間は七時との約束だったのに須黒が来たのは七時半、先生にいたっては八時ぎりぎり前だった。しかも飛んで来やがった。
先生の姿は黒いコートの下にライダースーツのような物を着用している。左胸辺りにはナイフまで仕込まれているし、内またにもホルスターが付けられている。今のご時世、警察が見たらどう思うだろうか。
「飛んでくるのはまずいんじゃないんですか?これから吸血鬼と対峙するんでしょ」
俺の質問の回答はデコピンだった。
「まだ未成年には刺激が強すぎるわ。こういうのは大人がやるもんよ。見た目若くて頼りがいのある大人が……ね」
「先生、実年齢いくつですか?」
避けられたのは僥倖だろう。もしも避けられなかったら頭に指がめり込んでいたに違いない。
「吸血鬼の件が終わったって言うのならなんで俺らは呼び出しされたんですか?」
須黒と一緒にいる三十分間が何だかいつもより長く感じられた。隔たりがあると言うか、話しかけても反応してくれないし、いきなり変な歌(吸血鬼なんて滅んじゃえばいいのにな)を歌いだしたりしたし……何だか怖い。
そういえば、俺が吸血鬼だって言うのがばれてから話をしてなかったかな。
「聞いてますか?」
先生は何やら時計を見ていて俺の話は聞いていないようだ。須黒も右手に何か持っているようで(血の匂いがする)そっちの方を気にしている。
「ま、立ち話もなんだから部室に行きましょうか」
「はぁ、わかりました」
先生は須黒を掴んで部室まで飛んでいき、俺も後を追って部室へと入った。
入って、驚いた。
「あのー、玉宮菜穂子先生?」
「あら、改まってどうしたの?恋の相談事かしら?」
「いえ、荒事の……相談です」
どういった仕掛けだろう…入った瞬間に窓は全てシャッターのようなもので封鎖され、テレビでしか見た事のなかったガトリングガンの台座の部分に先生と須黒がいた。俺?俺の立ち位置はちょうど撃ちだされた銃弾が全段ヒットするような場所に呆けたように立っていたって寸法だ。
なんでこうなっているのか?これは何の真似なのかわからない……しかし、お約束のように俺は両手を上げるのだった。
「さ、隣にいっても大丈夫よ。変な動きしたらハチの巣にしてあげるから」
「……わかりました」
先生の指示で俺の隣に須黒がやってくる。どうでもいいけど、この状態で撃ったら須黒もハチの巣にされるんじゃないだろうか……。
「…これ」
「え?」
「飲んで」
俺に何かを手渡して須黒は拳銃を握り、俺のこめかみに押し当てた。引き金引くのは簡単だろうけど反動とか無いのだろうか?
「あのー…全く状況つかめないんですけど。なんで俺は知り合いに拳銃突きつけられてるんでしょう」
胸押し付けられているほうがいいんだけど希望って通らない世の中だからしょうがないな。
「そりゃー…あれじゃない?」
「あれ?あれって何ですか?」
「女の子がこれまでずっと秘密にしていた事を言いました~」
「はいはい」
「でも男の子はへぇ~そうなんだ…ふんふん。たったそれだけで終わりました……じゃあ撃ちましょうってなるでしょ?」
「なりませんよっ。意味がわかりませんっ」
ああ、やっぱりそう言った事が原因か。つまりこれは俺が招いた自業自得の結果なのだろうか。
俺が手に握っている物は三角フラスコ。中には真っ赤な血が入っていた。
血である。誰の血なのかこの距離ならわかる。
「これって……やっぱり須黒の血だよな?」
「うん。先生に抜いてもらった」
「ぬ、抜いてもらった?俺も一度でいいから先生から抜いてもらったって言葉をつかいた……いや、なんでもないです」
ガトリングガンのほうから準備運動を始めた音が聞こえたような気がした。
「飲んで。飲まなかったら撃つ」
躊躇ない一言である。脅されては仕方がないので一気に飲み干すことにした。
血を飲み干した直後、胸に強い衝撃が走る。内部からではなく外部から……細い棒で遠慮なく突かれた感じに似ていたその衝撃はどうやら俺の体を貫通したようだ。後ろのシャッターを一部へこませているがわかる。それと同時に先生が一丁拳銃を握り締めてそこからかすかに煙が昇っていた。
力が抜け、俺はその場に倒れ込む。指先、つま先から徐々に麻痺していくのが手に取るようにわかった。
「せ、先生……なんで……撃ったんですか?」
俺の視界は座り込んで泣きそうな顔をしている須黒しか映っていない。
「そういう約束だったでしょう?吸血鬼は丈夫だから死ぬ時も苦労するわよ」
先生も俺の方へと近づいてきた。須黒から銃を取り上げて弾丸を抜くような仕草を見せたが……弾は入っていなかった。
「さ、意識が完全になくなる前にこの子に何か言ってあげたら?」
先生は俺の頭を足で小突く。
「……悪いなぁって思ってる。あの時ちゃんとお前に謝っておけばよかったよ」
「……ごめん、ごめんなさい……友達だって言ったのに……」
須黒は泣いているだけだった。暗いイメージの強い友人だが、泣き顔はあまり似合わない。
「…この事件が終わったら帰る予定だったんだけど須黒とちゃんと話して帰ろうって思ってた……」
もう身体で動く場所なんて胴から上ぐらいだ。
「…私達…友達……だよね?」
そう言えばこんな言葉をいつだったか図書館で言われた気がする。
徐々に瞼が重くなってきた。身体も重くてなにかしたくても出来やしない。回答を待つ須黒に頷いてやることすらできなかった。
「……義人……君?ねぇ、目を…開けてよ…なんで、なんでこんな…」
揺さぶられるけど最早どうしようもない。須黒の悲痛な声を聞くだけしかなかった。
俺にはもう、何もしてやることなんて出来ないのだ。
こうして須黒の住んでいた町での吸血鬼事件は俺が何かをするわけでもなく勝手に終わった。
十三時間後
「あれって即効性の麻酔だったんですか?」
「そうよ。対吸血鬼用の本命撃ってたら今頃消え去ってるわ」
町はずれの分かれ道……とはいっても山を越える道か国道へとつながる細道かの違いしかない。静かではなく人だって普通に歩いているし、結構車の通りも多い。
「先生は俺の意識がなくなったあとわざわざ連れ出してくれたんですよね?」
「あなたは吸血鬼だからね。それにNKKの派遣調査員でもあるからあまり情報が漏れないほうがいいでしょう?」
「確かにそうですけど…」
「あんな別れ方嫌だった?」
「……」
「不服そうね。後は貴方次第よ」
「俺次第?」
「そう、貴方の人生はあなたの思い通りに変える事が出来る。何故なら貴方自身によってデザインされるのが貴方の人生だ…マーフィーって言う偉い人の言葉よ」
「わかりました」
「もう行くわ」
じゃあねと俺に手を振って先生は去って行く。
「あの、先生っ」
「何?」
「また何処かで会えますか?」
しばらく先生は考えて人差し指を上げた。
「父親に『凄い吸血鬼を見つけた。自分の手で仕留めたい』って言っておきなさい……またね」
先生は地を蹴って飛んでいってしまった。
「さて、これから俺はどうすればいいんだろうな」
道は二つある。先生が飛んで行った山を越える道、そしてこの町にやってきたときに通った国道だ。
「まだあるな」
最後に…吸血鬼事件が起こった町へ戻る道だ。
「……ああ、家の前に棺に入った状態でスタンバイしていればきっと驚いてくれるだろうな」
よし、この案で行こう。俺の足取りはすこぶる良い。今にも飛んでいきそうなぐらいだ。
数時間後、俺は警察にお世話になった。須黒も一緒に謝ってくれているが泣いている為あまり説得力に欠けているようで警察から解放されたのは一時間後だった。
そのあと須黒から『ドッキリはこれからもうしないで』と黒魔術っぽい本で叩かれたのだった。
~終~
やーっと須黒編も終わりを投稿することができました。大きな声で言えませんが放置していた事を思い出させてくれた方がいたからですね、感謝感謝。初期段階は暗い話で須黒が義人に銃を撃つという話だったのですが九割変わっています。今の段階でも読みにくいでしょうが変える前も相当読みづらかったのもありますし、暗いのもどうかと思ったのでこれでよしですね。きっとこの作品も改めて読み直したら直すべき部分がそれはもう恐ろしいほど出てきて大変な目にあうのでしょう。でもいつか直さないといけないんでしょうね……さて、最後に此処まで読んでくださった方々ありがとうございます。もう全然読んでくれている方はいないでしょうけど須黒編はこれでよかった……でしょうか?いつか時間ができたらまた吸血鬼の話を書きたいと思います。ではまたどこかでお会いしましょう。