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第二十六話:み:悪者

第二十六話

 世界征服をたくらむ悪の組織『じんじゃうぇーる』。戦闘員たちは食卓にのぼる食塩を砂糖に変えると言った悪逆非道の限りを尽くしていた。

 怪人は戦闘員たちにどんどん指示を送り続ける。

「さぁ、さぁ、世界を混沌の渦に陥れるのだ」

「まてーい」

 この世はもう破滅だ……誰もがそう思っていた時に人類存亡の一筋の光が道を照らす。

「貴様のような変な名前の悪の組織なんぞ不要だ。世界は我ら、『日本籠手臭愛好会』がもらいうける」

 第二の世界征服をたくらむ組織が出てきたのだった。

「まてまてまてーい…」

 そして、その後も我こそは覇道を唱えるものなり~といった感じでたくさんの悪の組織が出てきたのだった。

 結果はいわずもがな…最終的には潰しあって世界は平和になったのだった。

「先生、どうかこのお金で一つお願いします…」

「おうおう、まかせぇまかせぇ」

 まぁ、小悪党の方は破滅したりはしない。



 今ではあまり話さなくなった青木千華から借りた本はどうも俺には合わないようだった。さっぱり面白さが伝わってこないだろう……きっと、この粗筋を見たところで誰も続きを読もうとは思わないし、作者の努力が微塵も感じられないのだ。とりあえず書きました……一度あってぶん殴ってやりたいな。

 そろそろ須黒との待ち合わせの時間だ。しかし、住所通りの場所に来たものの廃工場だ。まぁ、この廃工場の事はとっくに調査済みで吸血鬼が来た痕跡は見当たらなかったし、玉宮先生だってこの場所に来て独自に調べていたそうだから大丈夫だろう。

 ではなぜ須黒はこんな人目につきそうにない場所に俺を呼んだのだろうか。須黒自体が吸血鬼で事件を起こしていたと考えるべきか……いや、それはないか。それが違うと言うのなら何が理由としてあげられるだろう。

「うん、駄目だな」

 これ以上は特に思い浮かばない。本命で俺の正体がばれたってやつかもしれないな。

「…義人君」

「お、やっときたか…」

 そこにいたのは須黒美咲ではなく、僕らのアイドル真白りっこちゃんだった。なんで間違えてしまったんだろうか。須黒の声になんとなーく(須黒は慣れないと聞いていて不安になるような声がするのだ)似ているとは思ったけど違うしなぁ。

「お、おお…生りっこちゃんだ」

 まさか須黒はりっこちゃんと知り合い…いや、それより仲のいい友達や親友、はたまた親戚だったりするのかもしれない。いや、今は須黒のことなんてどうでもいい。

「握手してください、サインください、俺と一緒に写真に写ってくださいっ」

 直角のお辞儀、そしてそれから徐々に頭を下げて行き懇願。もしも往来でりっこちゃんが靴を舐めろと言ってきても俺はそれを断る術を知らないんだ。

 ちょっとやばい目つきをしているであろう俺を見てりっこちゃんは若干引いているようだった。

「え、えーっと、本当に気が付いてないのかな?」

「何が?」

「えーっと、ほら」

 りっこちゃんの代名詞でもあるパイナップル頭を止めている紐が解き放たれた。豊富な髪の毛はそのまま落ちて行き……そこにいたのは学校で『白いワンピが怖いくらい似合う少女ナンバーワン』の須黒美咲だった。

「あれ、りっこちゃんが消えたぞ?どこに行っちゃったんだ……須黒、知らないか?」

「………はぁ」

「おーい、りっこちゃーん……は、もしかしてりっこちゃんは瞬間移動の持ち主で須黒と素早く入れ変わったとか……はたまた異次元空間に逃亡……」

 少し錯乱し始めた俺の頬に鋭い張り手が飛んできた。

「いたっ、何するんだよ」

「……落ち着いてよく聞いてよ」

「なんだよ」

「…私はね、真白りっこなの」

 実は世界に滅亡の危機が迫ってます。あ、ちなみにそれは明日の早朝なんでよろしく。そう言われるよりもすごく驚いた気がした。

「はは、何を冗談を……」

「じゃあ黙って座ってて」

「?」

 今から何をするんだろうかと俺はその場に正座してしまった。少し汚れてしまうがしょうがない。

 須黒はおもむろにマイクを取り出すと歌い始めた。

「こ、この曲は…」

 りっこちゃんがデビュー当時に一度だけ歌ったものだった。最近ファンになったようなにわかが知っているようなものではない、何せ路上で偶然歌ったものだからな。

「…これで信用してもらえたかな」

「うーむ…まさか須黒が熱烈なりっこちゃんファンだったとは…」

「……駄目だね、全然信用してくれない……」

 須黒は何やら困っているようだ。何を困っているのか知らない……知らないけど、須黒とりっこちゃんの話で盛り上がれそうだと言う事はわかっている。

 再び須黒は髪の毛をまとめるとりっこちゃんが出てきた。

「あ、りっこちゃん」

「……大仁義人君っ」

「はいっ」

「私は須黒美咲なのっ。わかった?」

「わかりました!」

「本当にわかったのかなぁ……」

 再び須黒に戻る。

「…私がりっこだって認めてくれた?」

「そりゃもう、りっこちゃんに言われたら頷くしかないからな。まさか須黒がりっこちゃんだったとは驚きだ」

 俺の嬉々とした言葉に須黒は悲しそうにため息をついたのだった。

「……逆だよ、真白りっこが須黒美咲だったの。親が無理やりやって、それが大当たりするとは思わなくて……」

「そーなのか」

 一呼吸置いて須黒は口を開いた。

「…幻滅したでしょ?盲信していたアイドルがちょっと根が暗い知り合いの女の子で…」

 ちょっと?あ、いや、その事は今はいいや。

「いや別に幻滅なんてしてねぇよ」

「……嘘、本当は『うわぁ、須黒がりっこちゃんかぁ…』って思ってるでしょ」

 顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうだし、髪の毛の間から怒りと悲しみの光が俺を見ていた。うん、凄むと普通に怖い女の子だな。

「そんな事思ってねぇ、逆によかったと思ってるよ」

「……わからない。なんでそう思うの?」

「そりゃ~…………」

 ここはきっと重要な局面だ。そうに違いない。変なこと言ったり茶化したりしたらきっと須黒の目から呪いビーム的なものが出てきて後日俺は変死体となって見つかる事だろう。そして俺は吸血鬼の幽霊として新たな物語の主人公になるに違いない。絶対に生き残らなくてはいけないのだ。



 しかし、何か気の利く言葉は思いつかなかった。



 じゃあどうすればいいのか…答えは簡単だ。ずばり、話をすりかえるのだ。突拍子もなくいきなり別の話に変えるのではなくゆっくりと変えねばならない。あわよくば途中でいい言葉を思いついてこの難局を乗り切る事が出来るかもしれない。

「まず、第一に…」

「第一に…何?」

「須黒が俺に何故、自分がりっこちゃんであることを打ち明けたのか…それを教えてくれ」

「それは…」

 よし、これで十秒ぐらい稼げるはずだ。

「…だって、義人君には一度みられちゃってるし」

「みられた?」

「……本当に気が付いてないの?」

「ああ、俺は須黒がりっこちゃんに変身する場面なんて見たことないぞ?それでこの秘密を知られたくなければ~とかも出来なかったし」

「えっと、ほら、コンサートの日に玉宮先生と私が話しているところを見たでしょ?」

「ん、ああ、そういやそうか」

 つまり俺はあの時に須黒がりっこちゃんであることを知っていれば須黒に対して絶対的な力を有していたのである。

「…そのあと義人君に話をしたんだけどなんだか勘違いしてるみたいだったし、気が付いてなかったようだから…なんだか無性にイライラしちゃってばらしたくなったの」

「へぇ、それが理由なのか。でもよ、俺に言ったらその秘密をばらされるとか思わなかったのか?」

 ちなみに、俺が緑川等の秘密を握った場合は脅迫するに決まっている。

「だって、私と友達になった時に『友達が少ない』って言ってたでしょ?」

「あ~どうだったかな」

 記憶にございません。俺の行動をもう一度転校してきたところからやり直したいもんだが、面倒だからパスだ。そんな小さな出来事はどうでもいい。

 しかし、俺にとって小さい事でも須黒にとってはとても重要な事のようだった。

「…そっか、もう覚えてないんだ…」

 見るからに落胆したような表情だった。

「あ、えーっとだな、放課後は大体須黒と一緒だったし友達は今でも少ないし…色々あってすぐに忘れるような性格なんだよ」

「…そうなの?」

「そうそう、須黒だって忘れることあるだろ」

「私は……忘れないもん」

「ないない、それはない。じゃあ俺がりっこちゃんのコンサートに誘った時の言葉は何だよ」

「…軽薄そうな笑みで『この前緑川から交換条件でもらったんだよ。二枚あるから一緒にいかないか』って言ってきた。てっきり他の女子に頼んで駄目だったから私に回ってきたのかなって調べたけど、私が一番最初で最後だったのが印象深くて残ってる」

「そ、そうか…」

「本当は…行きたかったんだよ?」

 何だろう、すごく悪い事をしてしまった気がする。しかし、本当に一字一句間違いなくそう言ったんだろうか?確認しなければいけない俺でもよくわからないな。あの時は確かちょっとエッチな本を読んでいた気もする。

「まぁ~…須黒の記憶力がいいのはよくわかったよ。うん、俺が悪かったから許してくれ」

 えへへと笑ってごまかしてみた。

「駄目」

 これが通じるのはすっごく可愛い女の子が使った時か、子供が使った時ぐらいだろう。これで何とかなるって思っていたから後が無い、一つしかやってないが万策尽きた。

「…私の事、どれくらいわかる?」

「わかるって…どういう事だよ」

「好きな食べ物とか、色とか、そんな簡単な事」

「いや、あんまり一緒に弁当とか食べたことないし、色はどうせ黒だろうし…」

「私は義人君の好き食べ物とか嫌いな物、嘘ついた時の仕草とかわかる」

「ほぇ~そんなことまでわかるのかよ」

「うん、それに……たまに私の事を義人君が怖い顔で見てるってことも知ってるよ」

 怖い顔……つまりは俺の腹が減っている頃だろう。輸血パックみたいなもの(献血するときにみるだろう血を入れる為の奴ね)を定期的に飲んでるからな。あれはまずいがとりあえず飢えをしのぐ事が出来るからいいもんだ。まぁ、同じ部活だから隙をついて噛みつこうとか思ったことも何度かはある、あるけど…やったことはない。

「義人君なんでしょ?」

「え?」

「義人君が……吸血事件の犯人なんでしょ?」

 前みたいに無表情。それが怖かった。

「でも、私は…それでも構わない」

「いや、ちょっと待ってくれよ。俺は犯人じゃねぇよ」

「ううん、いいんだ。言い訳しなくても…義人君が犯人でも、いい。私が義人君にりっこだったって事を打ち明けたのはちょっと期待してたからなんだよ」

「期待だって?」

「うん、とても大切な事を言ったんだから義人君も秘密にしている事を教えてくれるかもしれないって……でも、教えてくれなかったよね」

 そりゃそうだ。言ったところで信じてもらえないだろうからな。

「あのな、須黒…」

「用事があるから、またね」

「あ、須黒っ」

 追いかけなくちゃいけないんだけど……何だか追いかけたら叫び声をあげて大変な目に会いそうだった。話をうまくすりかえられたようだったけど、さらに面倒なことになった気もする。


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