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第二十五話:ち:人と吸血鬼のすれ違い

第二十五話

 吸血鬼は基本的に人間の事を餌としか見ていない……といった考えもある。まぁ、前にもふれたけどそういった考えが大半だろうな。それもいいだろうが、中には感謝している連中もいる。人間がいなければ滅んでしまうからな。何がいいたいかって?いや、別に何でもない。

 千華が俺の事をまるで虫けらでも見るかのような感じで三日が経った。三日目、席替えがあったのだ。くじを引いて番号順に並び変えってやつだ。何とかこれでしのげるかと思ったのだが、まさかの展開になった。

「…ふんっ」

「…」

 まさかの隣、隣ですよ奥様っ。確率的にすっごく低いはずなのに誰かの思惑よろしく隣に来るとは思わなかった。

 まぁ、みんなもそう思うだろう。そして、緑川が何やらニヤニヤしてやがった。

「よかったなぁ、手を出した妹さんのお姉さんが隣に来てさ。色々とやりやすくなったんじゃないの?」

「……お前、もしかしてくじに何か細工したのか?」

「ああ」

「てめぇ…」

「おっと、気付けないやつが悪いんだぜ。なーに、どうせ青木の勘違いでそんな状況に陥ったんだろ?それならおれに任せろよ」

 中途半端に話を知っているようだ……と思ったらそうでもないらしい。俺の肩に手をまわして顔を近づけてくる。

「で、具体的にどんなことが起こったんだよ?」

「えーっとだな」

 吸血鬼の話の事だけは伏せておいてそれ以外はありのままに話した。妹がいきなり俺のひざの上に乗ってきて、上着を脱ぎ、そこを千華に目撃されたのだと。

「うん、なるほどな」

「どうにかなるのかよ」

「ああ、ばっちりだ。成功しなかったらおれのとっておきをお前にやってほしい」

「……ほほぅ、よほど自信があるようだな」

「もちろんだ。その代わり成功したら何かおれにくれよ」

「いいだろう、俺のとっておきをくれてやる」

「で、それはなんだ?」

「……そうだな、どうせ失敗するだろうからりっこちゃんのデビュー当時の写真集でどうだ」

「よし、これは頑張りがいがありそうだな」

 こいつがこれほど頑張ってくれるのは珍しい気がするな。期末とかもいまいち頑張っている感じがしなかったし……まぁ、当然だな。何せ今では手に入れようとしたら相当な額を要求されるからなぁ。

 タイミング、計画等は全部まかせっきりにして次の授業が始まるまでりっこちゃんの話で盛り上がった。そして、チャイムがなって緑川が戻って行き、先生が来るまでのほんのちょっとの間になんと、千華が話しかけてきた。

「ねぇ、義人君」

「ん、な、何だ」

「……アイドルの追っかけとか気持ち悪いよ」

「……………………」

 これはぐさっときた。いや、それ以上だ。プロが小学生に対して野球ならピッチャー返し、剣道なら突き、柔道なら掴まず放り投げるみたいなそんな感じだ。

 次の授業は放心状態で受けた。りっこちゃんのことを全否定されたような、そして俺の事を全否定されたような絶望感。冗談抜きに脳内をぶん殴られたような気持ちでそのまま昼休み、午後の授業へと移行。ご飯も喉に通らなかったりする。

「おい、大仁、大仁…」

「え、はい」

「ここの問題を解いてみろ」

「えーっと…」

「教科書が逆さまだぞ」

「え、あ…」

 授業中にあてられてもこんな反応。クラス中で軽く笑われて授業は普通に進む……でも、俺の心は午前中に千華に言われた言葉のところで止まっていたりする。

 放課後になってある程度は回復したが、既に千華は教室にいなかった。

「……はぁ」

「お困りのようだな」

「ああ」

「よし、じゃあもう少ししたら青木をこの教室に呼び出すからお前は男子トイレで待機しておいてくれ。携帯持ってきてるだろ?」

「ああ」

 吹き飛んだ男子トイレは未だに立ち入り禁止状態ではあるため、同じ階の男性職員用のトイレを使用可能である。

 そこで待機すること三十分。俺の携帯が鳴りだした。

『お膳立ては全てしてやった。後は勢いよく教室の後ろ扉を開けて床にある印一歩手前で綺麗に止まれ……いいか、勢いを付けて行くんだぞ?』

「わかった」

『この計画の一番重要な部分だ。もう一度いうのはそれが大変必要な事だからだぞ……いいか、後ろの扉から勢いよくはいって床に印があるところで止まるんだぞ』

「わかったよ」

『じゃ、がんばれよ』

 何故勢いよく入らなければいけないのかわからない、しかしまぁ、必要なことなのだろう。千華に気がつかれない様に教室前までやってくると勢いよく扉を開け、そのまま突っ込んだ。

「!?」

 千華は驚いたような顔をしている。そりゃ当然か。俺は緑川の言うとおり床にあった印一歩手前で止まろうとして、止まれなかった。

 簡単に言うなら印のところに何か滑るような液体がまかれていたのだ。

「うわっ」

 そのまま千華を押し倒して大変なことになった……いや、そんなことはどうでもいい。それより大変なことになっているのは間違いない。




 千華は俺の事を心の底から汚物でも見るかのような目で見ていたのだ。




「義人君、女の子なら誰でもいいんだね」

「ち、ちが……」

 この状況で『違うんだ』でまかり通る事等不可能だろう。同じようなイベントを体験してきた連中は俺の事を責めることなど出来ないはずである。

「最低っ、大嫌いっ」

 金的にひざ蹴りされて悶える俺。千華は走って教室から出て行ってしまった。

「ありゃ、失敗だったか―」

 そして掃除用具入れから緑川が出てきた。正直、生まれて初めて他人に殺意を覚えたかもしれない。何を期待していたのかビデオカメラが握られている。

「て、てめぇ、よけいこじれちまったじゃねぇかっ」

「これで終わったんなら手っ取り早かったんだけどな。うまくいかないもんだな」

「お前、他人事だからって……」

「おいおい、俺の方はとっておきがかかってるんだよ。他人事じゃねぇ。つーわけで、最後の仕上げだな」

「仕上げって…」

「何、お前は家に帰ってデビュー当時の写真集を俺に渡す準備をしておくんだな」

 緑川の言葉を聞きながら何とか内また気味に立ち上がる。親父はよく女性に金的攻撃されていたそうだ……自慢するように言っているなんて今更ながらバカだと思う。

「じゃあまた明日な…しっかし、いい絵が撮れたもんだ」

 あいつが男じゃなかったのなら間違いなく襲って血を吸っていた事だろう。誰かにイライラをぶつけたいが、そんなことしたら大変なことになるだろうな。

 お股が大変なことになってないか確認する勇気もなく、お茶を入れて一息ついていた。

「はぁ……」

 やっぱり素直に謝って…それこそ、土下座してでも許してもらうべきなんだろうか。でも、俺は別に悪いことしてないんだけどなぁ。うーん、しかし、とりあえずは頭を下げてこの場を丸く収めたほうがいい気がする。うん、そうしよう。明日は朝一で千華の家の前で待機している事にしよう。

 俺の中で堅い決意が出来上がった時、携帯電話が鳴りだした。

 サブディスプレイを見てげんなりする。

「……緑川か」

 嫌な予感がするものの、無視するわけにもいかないだろう。

「もしもし」

『ふふふ、あははは、あーはっはっ』

 急いで電話を切った。いきなり三段可変式叫びをしてくるようなアホの友達なんていない。きっといたずら電話だったか、俺の幻聴だ。

 そして再びコール音。相手を確認したあとため息をついた。

「もしもし」

『何切ってるんだよ』

「そりゃ誰だって切るだろ」

『ともかく、俺の勝ちだ。明日の朝ちゃんと持ってこいよ。くくく…じゃあな』

 それだけ言って電話は切れる。メールでよかっただろ、別に。

 恨み事の一つでも言ってやろうかとリダイヤルしようかと思った時にチャイムが鳴り響いた。

「あ、はーい」

 そういえば管理人のおばちゃんが来るとか何とか言ってたっけ。ともかく出たほうがよさそうだな。

 いい感じに錆びの音を響かせて扉が開く。そこには肩で息をしている千華の姿があった。

「ち、千華……」

「はぁ…はぁ、ご、ごめんね何だかあたし、すっごく勘違いしてたみたいでさ…」

「そ、そうか…とりあえずあがれよ。お茶ぐらいなら出すからさ」

「ありがと」

 千華を部屋に通してお茶を出す。それを一気に飲み干して一息ついたようだった。肩を露出させた服装の為、汗ばんだ肩、首筋の方へとついつい視線がいってしまう。

「あのさ」

「え」

 慌てて千華の顔を見る。すると千華は本当に恥ずかしそうだった。

「勘違いしちゃって……ごめんね、義人君があんなことするわけないもんね」

「え、ああ」

「由香からちゃんと話聞いたからさ。本当、変な事を頼んだみたいで……それに、学校で義人君にひどいこと言っちゃったし」

「もう気にしてねぇよ」

 本当は滅茶苦茶気にしてるけどな。男の見栄ってもんだよ。

「そっか、よかった…」

「あ、ああ。よかったぜ」

 何だか嫌な空気だ。嫌って言うか、居づらい雰囲気。

「あたしね、なんだか急に義人君が遠い存在だったのを知った気分になっちゃってどうすればいいのか全然わからなくなったんだ」

「は?」

 千華は顔を伏せた。透明な液体が床に堕ちて行くのがちらっと見えて俺の心が不安定になって行くのを感じた。

「言葉じゃ説明しづらいかな。あたし、国語苦手じゃないけど言葉に出来ない。うん、義人君は吸血鬼だけど、すごく近くにいて本当に親友だった。そうだったけど、急に義人君が何考えているのかわからなくなってて…そこにアイドルの話で盛り上がるとか本当に信じられなくて………」

 千華はゆっくりと顔を上げる。悲壮さはなかった、怒っているようでもなくて、笑っていた。

「やっぱり、義人君が悪いっ」

「ええっ?わけわかんねぇよっ」

「女の子を勘違いさせちゃったんだから義人君が悪いっ」

「……なんだよそれ」

 へ理屈だ……と、思いつつも丸く収まったようでほっとする。ため息をついた俺の右手を持って自分の胸の中央へとくっつけた。鋼の心臓と誉れだかき俺の心臓は徐々に鼓動が速くなる。

「あたし、勘違いしちゃったから……たとえ義人君が吸血鬼を見つけて事件を解決していなくなっちゃうとしても全力で協力するよ。うん、何かあったらあたしに相談してね。絶対だよ?」

「お、おう…」

 他人がいなくて本当に良かった。こんなところ見られたら恥ずかしくてどうにかなっちまうよ。さっきから心臓はばくばく鳴り響いているし、何か病気になっちまったんじゃなかろうか?

 いつもよりテンションの高い千華は『このまま居たら義人君をどうにかしちゃいそうだから帰るよ』といって早々に帰って行った。

 改めてやる気が出てきた気がする。どんな事があってもこの町に巣食う吸血鬼がいるのなら絶対に、締め出してやろうと俺は心に誓ったのだった。





「義人、本をよこせ」

「ほらよ」

「珍しいな……お前がこうもお宝をほいほい渡すとはよ。渋るかと思ったぜ」

「ああ、俺にはもう要らないんだよ。りっこちゃんはもう過去の人だ」

「そっか、そりゃあ………よかったな」

「ああ」

「ま、俺の計画は正しかったわけだが……この本を貸してやろう」

「いいのかよ?」

「ああ、お前もわかる奴だからな。いいものはちゃんと知っておいた方がいい」

 緑川から借りた本は俺が読む前に千華がにこにこしながら燃やしてしまった。この貴重な本への多額の出費と、頬に残る強烈な手形が事件のまとめとなった。


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