第二十三話:ち:二人の仲を裂くもの
第二十三話
吸血鬼って一体何だろうかと思った事がある。人間の進化した姿なのか、それとも人間とは別に進化してきたものなのか考えた事があるのだ。それらの質問はNKKの研究者にぶつけてみた……まぁ、新たな問題提唱したおかげで会議は俺の質問のせいでつぶれ、色々と問題になった。結局、亜人間的立ち位置で一旦落ち着いたそうだ。
それならこの世界に狼人間とかいてもいいんじゃないかと思うんだけどまだ見かけたことはない。
「狼女の彼女が欲しいな」
なんて事を親父がいっていたのを思い出したぜ。
千華に『狼男の知り合いはいないのか』なんて言われたからちょっとだけ笑ってしまった。
「居るわけないだろ」
「えー、それって不公平だよ。だって、吸血鬼はいるんだよ?」
「いや、うーん、なんて言うんだろう。でもさ、冷静に考えたら満月を見て狼になるなんて絶対におかしい」
校舎裏にわざわざ呼ばれたからこれは告白される素晴らしいシチュエーションじゃないだろうかと考えた自分が浅はかだったな。なんで俺は狼男の話なんてしてるんだ。
「んで、俺を呼び出した理由はなんだよ」
「あ、忘れてた……これだよ、これ」
未だ校舎の傷は癒えていない。凹んでいるところはブルーシートで覆っていたり、一部の階段が使用不可。屋上にいたっては瓦礫が撤去されてから雨漏り防止のために早速工事が行われている為立ち入り禁止となっている。
そして、校舎の裏にもブルーシートがかけられている場所があった。
「ここがどうかしたのか?この前の事件のせいだろ」
「ううん、ここは違うんだよ」
千華はブルーシートを剥がし始める。
「おいおい、いいのかよ」
「大丈夫だよ、壊れているとかそういうのじゃないから。大体、あたしがしたんだから」
ブルーシートがめくられるとそこには人型の不気味な赤いしみがあった。
「……なんだ、学校の七不思議みたいなものか……高校にもあるんだな。で、これがどうしたんだよ。吸血鬼がいるなら七不思議も現実に起こりうるとかそういうのじゃ…」
「そうじゃないよ。義人君なら冷静にこの血が何の血なのかわかるかなって思ったんだよ」
吸血鬼と言えど風雨にさらされている血を舐めたいとは思わないなぁ……。
「もうちょいで夏休みだな」
「うん、そうだね、さ、はやく。じめじめしてるから早くなめないと味がなくなっちゃうよ」
味とか残ってるのかよ。
はぁ…最近、千華は俺の事を警察犬か何かと勘違いしているんじゃないかって思うんだよなぁ…。女子のブルマ盗んだ犯人を探しだすのに俺の嗅覚を使ったり、ひったくりを捕まえるように俺に指示したりして……。
「さ、早く」
「…わかったよ」
ちょっとだけ壁を抉る。そこで違和感を感じた。抉った壁の中も真っ赤なのだ……血が壁に浸透するなんてありえるんだろうか。
ともかく、血を舐めてみる事にした。
「で、どうかな」
一言目にまずいといいたい。一度舐めたら絶対に忘れないあの味がした。
「……こりゃ吸血鬼の血の味がするなぁ…基本的に日に当たれば血が無くなっちまうんだが…日当たりが悪いから残っていたって言うのにもちょっとおかしな点はあるし…血液量からするとどうもこの血の持ち主は死んでるようだな…千華はこのシミいつ見つけたんだ」
「うーん、一週間ぐらい前かなぁ」
「一週間か…なんですぐに俺に教えてくれなかったんだよ」
「だって、義人君『テストがやばくて遊んでなんかいられない』って言ってたじゃんっ」
「あ、あー、そうだったか」
吸血鬼と言えど、テストは重要である。だって、赤点とかとったら夏休みにたくさん補習とか入っちゃうんだぜ。
「ともかく、俺が追っていた吸血鬼のものって考えてもおかしくない……ってわけにはいかないな」
何より日が当って消えない血なら何かしら意味があるはずだ。
「この血の事は専門業者に頼んで調べておいてもらうよ」
「じゃあ今日の調査は終わりだね」
「そうだな。そろそろ帰るか」
明日の朝『昨日青木さんに告白されてたね』とか言われたら目も当てられない。二人で壁の血を眺め、あまつさえ片方はそれを舐めるとかどうかしていると思われるだろう。
「ねぇ、義人君」
「なんだ」
「この後あたしの家に来ない?」
「ん、ああ…別にかまわないぞ」
「そっか、じゃあ決まりだね」
以前行ったときは何やら妙な事が起こっていたからな。家族全員がかちゃかちゃやっていて少し怖かった。
こうして俺は再び青木家に向かう事にしたのだった。
下校中に特にこれと言って面白い事は起きなかった。甘酸っぱい青春ラブコメ的な(突如として俺の事を好きになった美少女がラブレターを渡しにやってくるも、その光景をみた千華が怒ってなだめようとした俺とけんかになってすれ違いイベント的なそんな感じ)展開も起きず、謎の侵略者が沸いて出てくることもない。
「そうそう非日常的な事は起きないんだな」
「うーん、あたしから見たらこうやって吸血鬼と一緒に歩いて帰っていること自体がちょっと自慢できるような事だけど。あ、でも日常的な事だからやっぱり非日常的なことなんて起きないよね」
当たり障りのないような会話でそのまま千華の家までやってきた。
「ただいまー」
「お邪魔します」
居間では青木家の面々が人生ゲームに興じていた。
「あちゃー、借金地獄だ」
「株価が暴落したぁ」
「スタートに戻されたわ」
「ぼ、牧場行きじゃと…」
帰って来た娘の事にも気が付いていないようである。千華はため息をついて俺の方を見た。
「気にしなくていいよ」
「そ、そうか」
真剣そのもの、その目は何かを捕らえるようにルーレットを回し始める。それが止まる前に千華は俺に言うのだった。
「部屋で待ってて」
「わかった」
女の子の部屋に一人で入っていいものかと思いつつ、千華の部屋にある戦隊物のポスターを思い出してそんな事を考えた自分が恥ずかしくなった。
「相変わらずすごいな」
遊園地のヒーローショーで手に入るようなサインが数枚飾られているのは相変わらずだ。ふと、机の上を見ると緑川に撮ってもらった俺とのツーショットが置いてあった。地味に嬉しい。
近くに置いてあったヒーロー年鑑を拾い上げてめくる。そういえば小さい頃は俺も欠かさず見ていたものだな。今じゃ、怪人役の人は大変なんだろうなぁ…といった同情の眼差しで見てるけどな。
数ページめくったところで扉の開く音がした。
「千華……って由香ちゃんか」
「こんにちは」
あまり話した事のない少女だ。初対面で俺のベルトを触ってくるようなところをみるとこの子も姉に感化されている可哀想な少女の一人かもしれない。
しかしまぁ、今日はどうかしたのだろうか。そのあどけない顔に何かしら決意したような色をにじませている。
近くまで歩いてくると何故かあぐらしている俺の上にのったのだ。髪から漂ってくる匂いがいい匂いでグッジョブである。
「ん、どうかしたのかな」
俺が幼子好きだったら今頃この子は大変な目に会っていただろうな。まぁ、アイドルのりっこちゃんが好きとかそういう時点で変な目で見られるしなぁ……そういえばりっこちゃんがアイドルやめちゃうかもしれないとか噂が…
横道にそれ始めた俺の耳に由香ちゃんの鈴の鳴るような声が届く。
「あの、吸血鬼なんですよね。だったら私を吸血鬼にしてくださいっ」
すごくショックを受けた。どのくらいショックを受けたかと言うと百点と信じて疑わなかったテストの問題が一つずつずれている事にラスト二分で気がついたときみたいだな。あれが小テストでなければ今頃俺はどんな目に会っていた事だろうか。
「由香ちゃん、ちょっと落ち着こうか。君は今ほんのちょっと、そう、微々たるものだけど錯乱しているんだ」
「私は普通です、真剣なんです…さ、どうぞ」
そう言うと上着のボタンを外し始めた。首筋の白さが…なんだろうか、吸血鬼としての『噛みたい』とかそんな欲望をかきたててくるのだ。いや、しかし、友人の妹だし…。
「ごめーん、ちょっと遅くな……った」
がちゃっと扉が開いて元気よく千華が入ってきた…のはよかった。ただ、千華から見たら俺が妹の上着を脱がせて、妹は何やら必死に目をつぶっているような状況である。
「………何、してるの」
先ほどの元気はどこへやら、代わりに親の仇でも見つけたような声を出し始めた。俺は生まれて初めて、ただの人間が恐ろしく見えた。
「か、勘違いしてるだけだって。まだ何もしてねぇよっ」
「……へぇ、まだ何もしてないんだぁ…これから、どうするの」
「どうもしないって」
やばい、やばいぞ…下手な事をいったら泥沼に陥りそうだ。
そんな時、由香ちゃんは立ち上がると上着のボタンを止めて部屋を出て行こうとした。
「あ、ちょっと由香」
「……義人さん、続きは今度やりましょう」
ほらまた、そういった変な勘違いを残して行っちゃうとか本当、俺が何か悪いことしたんだろうか。
やはりというか、その言葉が止めの一撃となって俺はすぐさま青木家から叩きだされた。ほっぺに手形と言うお土産までもらえた。
「……こんなすれ違いとか嫌だぜ、本当」
神様なんていないんだな…そういう事を改めて思い知らされた。しかし、どうして由香ちゃんは俺が吸血鬼だって言う事を知ったんだろうか…まぁ、どうせ千華が口を滑らせただけなんだろうけどさ。




