第二十話:み:推理物
第二十話
「…犯人はあなたです、間山寛太さん。あなたは恋人を殺されて憤る若者を演じていたようですが、ストーカーが設置していた監視カメラの前では演じる事が出来ていないようでしたね」
殺人事件が起こってから四日。一度は犯人を間違えて危うく逮捕しそうになった警察は驚いている。
「な、何を根拠にそんな事を……第一、俺にはアリバイがあるじゃないかっ」
「そうだぞ、彼は君と一緒にいたんだろう」
「ええ、確かに一緒にいましたよ……彼は笛を吹くだけでよかった」
「笛?」
「犬笛です。間山さんの飼っている犬は全部で四匹。偶然笛を見つけたあたしがそれを吹いた時に来た犬は三匹……一匹を探したらね、裏庭のところにいたんですよ。何かを探していたんです、それが事件を解決するきっかけでしたよ」
推理小説だけに犯人が存在するとは思えない……いや、冷静に考えてみたら『羽津町吸血鬼事件』だから一応事件っぽい扱いか。
ともかく、だ。俺が先日見たのは紛れもない玉宮菜穂子先生の姿だった。俺が知っている限りでは人間が空を飛ぶことなんて出来ないかもしれない。
「今なら……この屋上から飛べるかもしれない」
なんていう奴がいたら止めておいた方がいい。後に警察と消防、どっちに連絡をいれたらいいかと迷わなくてはいけないはずだ。
率直に『先生がこの吸血鬼事件の犯人なんですね』と問い詰めるのもどうかと思う。何せ日本中に吸血鬼が住んでいるのだ。犯人は眼鏡をかけて小太りだった……なんてそこらじゅうにいるだろうからな。
というわけで、俺は放課後生物室で電話をかけていた。相手はもちろん、親父である。
幾度かのコール音の後、親父の声が聞こえてきた。
『義人か…犯人を見つけたのか?』
「羽津町に玉宮菜穂子って吸血鬼が住んでいるかどうか調べてほしいんだ」
『……わかった』
寝むそうである。多分、この電話で起きたのだろう。昔の吸血鬼たちは昼間に寝ている。親父はちゃんと地下室にそれっぽい雰囲気を作って(クモの巣を作るキットをこの前購入していた)古臭い棺桶の中で眠っている。まぁ、ここ数十年に生まれた吸血鬼たちは昼にも不通に動ける体制を持っている為に一週間に一度、昼寝をする程度で十分である。
『わかったらこっちからかけなおす』
「親父、頼むぜ」
電話を切ってふと背後に人の気配があったので振り返った。
「……誰と電話してたの」
そこにいたのは須黒美咲。いつものように前髪で顔が隠れ、井戸から出てくれば完璧であろう……夏になったらおばけの役でひと稼ぎできるかもしれない。
「俺の親父だよ」
「…そう」
「なんだか元気ないな」
いつも暗い感じのする少女。最近になってようやく雰囲気がわかるようになってきたからなぁ。この違いは違いの分かる男ではないと気がつかないだろうな。
「昨日、ライブに来てなかったね?」
「ん、ああ用事が出来てな……というか、なんでお前が知ってるんだ?」
「え?」
「は?」
お互いに何か勘違いしているようだ。須黒のきょとんとしている顔は新鮮でまだ見たかったけど、そろそろ先生が来る時間帯だろうからな。
「オーケー、お互いにすれ違っている感が否めない。一つ一つ整理していこう、それが心の中に潜むはてなを消す作業だからな」
「……うん」
「よし、じゃあまずはあれだな。なんで俺が昨日行かなかった事を知っているかだ……もしかしてあの場所にいたのか」
須黒が駅にいて俺を見たのなら行ったと勘違いしただろうな。ライブ会場にいるわけもないな、俺の申し出を断っていたし(実は俺に内緒で行っていたというのならショックである)、万が一にいたとしてもわからないだろうし。
「それは…」
「何か言えない理由があるんだな」
「……もしかして、気付いていないの?」
「何をだ」
「私の事…」
「は?もしかして須黒はライブに行っていたのか」
正直、ライブに行っておけばよかったと後悔している。朝なんてクラスメートたちの間ですっごく騒がれて『興奮した―』とか『すっげーよかった』とか俺も興奮したかったぜ。
俺はぼーっと窓の外を眺めてからため息をついた。
「そりゃないぜ須黒。俺と一緒に行こうって言ったら用事があるとか何とかかんとか、いやがったじゃないか」
次の瞬間、俺の頬に鋭い何かが当たった。
「……にぶちん、もういいよ」
何がにぶちんなのか、これはあれだろうか…ヒロインが主人公に恋心を抱いていて勘違いに業を煮やしたってことなんだろうか。
いや、違うな。そんな事は一度もなかったし、何か俺の方が誤解しているようだ。
もうこの話題を須黒の前でしないほうがよさそうだ。俺は話題を変える為に別の話を振る事にした。
「そういえば、昨日先生が真白りっこちゃんと話しているところを見たんだ……うぉっ」
よほど俺の事が気に食わなかったらしい。再び俺の頬を狙った張り手は難なく避けられ空を切る。
「……」
「ど、どうしたんだよ。そんなに怒って…まずは落ち着こうぜ」
「……」
ぷいっとそっぽを向いてそのまま部室から出て行ってしまった。
「……何なんだよ」
女の子ってよくわからないな。
追いかけようかなって思った時にちょうど携帯が鳴り始める。親父からだ。
『義人、調べたぞ』
「あー、どうだった」
俺は気が付いていなかった。自分の背後に一つの影が近づいていた事を。