第二話
第二話
自分が空を飛べる事に気が付いたのは何歳の頃だっただろう。物心ついた時には飛んでいたし、小さい頃から空を飛んでいた俺の事を周りは空を飛ぶ事を『ちょっとした特技』としか見ていなかった。小学一年生の頃、何かで見た『面接の受け答え』と言う映像は今でもいい記憶だ。
「大仁さんの特技に『空を飛ぶ事』とありますが、どういうことでしょうか」
「飛ぶんです」
「ほぉ、それはそれは…」
そんなアホらしい妄想……飛ぶ事は気持ちよかった。たまに友人とかを背中に乗せて飛んでいたぐらいだからよほど飛ぶ事が好きだったんだろうな。
それがある日、別に隠れて飛んでいたわけではないが飛んでいた事がばれて相当怒られた。当時の俺は納得いかなかったから親父に何故、飛んではいけないのか尋ねた。
「それは……お前が空を飛んだら飛行機に頭をぶつけて死んでしまうかもしれないからだ」
本当は俺が空を飛ぶ事が希少種であるバンパイアハンターに知れたら大変だと思ってとっさに嘘をついたんだろう。
ただまぁ、俺はバカだった。その言葉を信じ、周りの友達にも急に飛べなくなったと言って色々と嘘をついた。当然、映像なんかに残っていたりする、するのだが……そちらの処分は親父がやってくれたおかげで人々の記憶の中にしか残っていない。
空を飛びながらめっきり電柱の減った下を眺めつつ、俺は人通りのない道へと降り立った。
想像していたよりもちょっと田舎っぽい町の入口に降り立って俺は携帯電話を取り出した。県道沿いからたまに垣間見る事の出来る田んぼが田舎っぽさを引き立ててくれている。
「現代は携帯電話が普及してるけど未来じゃ何になってるんだろうな」
テレパシーだろうか。それだったら人類皆エスパーである。エスパーと吸血鬼って絶対にエスパーの方がすごいと思うなぁ……自分があほな事をまた考えていた事にため息をつき、俺はちゃっちゃと携帯電話を耳にあてた。
何度かのコール音の後、親父の威厳たっぷりな声が聞こえてくる。
『義人、ついたのか』
「ついた、これからどうすりゃいいんだよ」
『リバーサイド満開というアパートに行ってくれ』
嫌な名前である。なんだよ、満開って。
「そこが俺の住居になるのかよ」
『ああ、ちゃんと連絡入れたから管理人さんがまってくれているぞ。若い人だからといって鼻の下を伸ばさないように。幸運を祈る。これからの事はお前の独断で動いて構わない…気をつけろよ』
「……」
電話は切れ、俺の不安が少し膨らんだ。最後の気をつけろ、と言う言葉に不安を覚えたわけじゃない。
親父は年齢不詳だ。これがどういう事か、親父にとって今の人たちは当然、全ての人間が若い。
若いお姉ちゃんを呼んでやった。
そういって俺のところにある日やってきたのは齢八十を超えるおばあさんだった。
すっごく若い女の子を呼んでやった。
そういって俺のところにやってきたのは四十を超えたおばはんだった。人間、長い間生きるもんじゃないなと俺は思い知らされたね、うん。年齢不詳って親父が数えるのを放棄したからそうなっただけだ。
ともかく、俺が今からすることはNKKに所属している吸血鬼の仕事である。仕事は仕事と割り切ってやるのが一番だ、私情は挟むなと俺の親父が言っていた。
「NKK理事の命令だ、義人、今晩のおかずはから揚げにしておけ」
「NKK理事の命令だ。刃向かうんなら首だぞ。お前がこの前買ったアイドルの真白りっこちゃんの本をよこしなさい」
絶対に職権乱用だ。
親父にどうやって仕返ししてやろうかと考えながら歩いていると、意外と早くにリバーサイド満開なる怪しい名前の看板を見つける事が出来た。リバーサイド満開の入り口前のアスファルトの道路に立っていたのは当然ながらおばあさん。
「ああ、お前さんが正弘さんの息子さんかぁ」
「はは、そうです」
誰も正弘なんて名前の吸血鬼がいるとは思うまい。
「何でも、見た目はそんなに若いのに百歳は超えているとか何とか……正弘さんに聞いたよ」
「え」
たまに、いや、結構な頻度で親父は嘘をつく。人を傷つけない嘘ならいいだろう……人を混乱させる嘘は駄目だ。残念ながら俺はこの世に生を受けて今年で十七年目ぐらいだ。見た目が若くて実は年齢すごいことになってますよとかあり得ない。
「えーと、まぁ、そうなんですけど…俺の場合はずっと棺に籠って闇に潜んでいましたから。世間には疎いんです」
親父がNKKの理事になってから一つ決めごとが増えた。
『一つ、吸血鬼のイメージを壊さない事』
風呂上がりに麦茶を飲み干すとか絶対に言っては駄目らしい。バスローブをまとい、クールにワイングラスで血を飲み干すと言わないといけないそうだ。
「なるほど、世間知らずのお坊ちゃんということだね」
「まぁ、そんなところですよ」
納得してもらえたようでよかった。親父が手配してくれた住みかだろうから当然知り合いのようである。親父についての話なんて聞きたくないのでさっさと部屋の方に案内してもらうことにした。
「此処が義人君、いや、義人さんか」
「大仁でいいですよ」
「そうかい、じゃあ大仁さんの部屋だよ」
一階の角部屋。泥棒に狙われないかなとちょっと不安だ。
「部屋はきれいに使っておくれよ。もし使ってくれなかったらニンニクと十字架を持って襲いに行くからね」
「それは怖いですね、きっちり綺麗に使います」
親父はニンニクと十字架を異常に怖がる……ふりをしている。ニンニクなんてちょっとにおうだけだし、十字架は宗教的な話だろうよ。とりあえず、俺には関係ない。苦手なものなんて昆布くらいなものだ。
その後、数十分ほど与太話に付き合わされて解放された頃にはお昼が過ぎていた。