第十六話:み:SF
ボタン連打すると壊れるもんなんですよ。
第十六話
「マ、マスター、そんなに…それ以上はこ、壊れてしまいますぅ」
「あん?壊れたって大丈夫だよ。直してもらえばいいんだからよぉ…それか、新しく買い変えるか、どっちかだな」
「そんな…」
「じょーだんだよ、冗談。お前じゃないと意味がないからな……全く、機械が心を持つなんてすごいもんだ」
「あっ、あっ……くっ…そ、それはマスターが…」
「……大仁君、何読んでるの?」
「うわぁぁぁぁあっ」
俺は読んでいた本を宙に放り投げ、落としてしまった。表紙を読まれない様に急いで裏返しにして腰にはさんだ。
「須黒ぉ、驚かすなよ」
「……」
須黒は何を言うでもなく、俺の後ろに回り込もうとした。俺も身体を動かして背中を見せない様に努力する。見られたら破滅である。
「……大仁君、見せて」
「駄目だ、これは男の浪漫だからな。それに単なるSF小説だよ。いや、正確には未来のSFラブコメディーなんだ」
「……本当?」
嘘はついてない。しかし、たまにあるだろう?後ろめたい事とかやっていて説明が必要なときとか……自信を持たないとばれちゃうからな。
「ああ、本当だ。自慢じゃないが俺はこれまで嘘を年に二十回ぐらいしか付いた事がない」
緑川に借りたもので、俺のものではない。こんなマニアックな小説誰が買って読むんだろうかなぁ…読んでみたら少しだけ面白かったけどさ。
「ともかく、これから部活だろ、さっさと行こうぜ」
これ以上話を続けると何かしらぼろが出るだろう。ばれたら最後、『エッチな小説を熟読している転校生』という肩書きを得た俺は後ろ指を指されて高校生活を送る羽目になるのだ。
「……今日は部活休み。玉宮先生が大仁君にそう伝えておいてほしいって言ったから探しに来た」
「そうなのか」
部活の話でもするつもりだったのに今日が休みとは残念なものだな。
「じゃあ、今日は帰ろうぜ。須黒もやることないだろ?」
須黒が少しだけわき見をした瞬間を俺は見逃さなかった。思案しているうちに急いで鞄の奥底に小説を押しこんで立ち上がる。
「…わかった」
そう言った後に俺の後ろへと移動し、腰辺りを見ている。しかし、当然ながらそこに本はない。
「たまにはどっか寄って帰るか?あ、そうだ。俺、須黒ん家にいってみたいなぁ」
「……私の…家?」
「ああ」
しばらくの間考えているようだった。すごく長い時間が過ぎたようだが、一分程度だろう。
「嫌」
「……嫌、か」
女の子の家に行きたいと言った。拒絶された、一言、『嫌』と…。結構心を抉る言葉だな。
「じゃ、じゃあ俺の住んでるアパートに遊びに来るか?」
これまた嫌だと言われたら『そ、そうか…』といって一人さびしく帰るつもりだった。でも、いないだろうけど神様は俺の事を見放したりしなかった。
「わかった…」
「お、そうか…そりゃよかった」
そして俺の住んでいるアパート(リバーサイド『満開』はさすがに恥ずかしいな)に招待する事になった。
考えてみたら女の子を自分の部屋に招待するなんて何年振りだろうか。うーむ、これは何かいい所を見せたいもんだなぁ…でも特に何もないのが残念だ。
帰りつくまでに何か思いつくかと楽観視していた…まぁ、結果は『なにも思いつきませんでした』なんだけどな。いや、客観的に考えてみれば何かいい事が思いつくかもしれない。
うーむ、こんな感じだろうか…若い吸血鬼のところに麗しき(?)乙女が何も知らずにやってきた。吸血鬼は料理を出すと言って引っ込む。出て来た料理に口を付けた乙女は眠ってしまう。次に乙女が目を覚ました時には首筋に牙を突き立てた吸血鬼が…いや、駄目だな。
じゃあ健全な男子が考えるようなものがいいのかもしれない。男子の部屋に女子がやってくる、色々と話をしていくにつれてコーヒーが進み、男はお代りをついでこようと立ち上がるも部屋に落ちていたバナナの皮に引っかかって女の子を押し倒してそれから……
「……大仁君」
「へ、な、なんだ」
「目が怖い…」
「あ、あ、そうか?」
「…うん」
「悪い…じゃ、入るか」
鍵をひねって中に須黒を入れる。彼女が帰るまで適当な世間話をしてお茶を濁し、帰ってもらう事としよう。
いくつか部屋があるんだが、使用している部屋は三部屋。残りは全て物置である。自室は少し散らかっているし、下手をして吸血鬼についての調査書類なんか見られたら面倒だから台所が間近にある応接間に案内しておいた。
「……真白りっこの……ポスター?」
「あー、それか。一番気にいってるものなんだ。やっぱりこういうのは一つだから映えるんだよなぁ」
コーヒーを入れて須黒の前に置く。
「……真白りっこ…好きなの?」
「最近のアイドルにしちゃ売れた後にばら売りじゃない一人だし、普通にかわいいだろ」
「……」
「一応ライブのDVDもあるけど実家に置きっぱなしだから此処にはねぇんだ」
世の中にはDVDをコピーするとか言う何とも業界にとって悪い事をしている人がいたりする……ちゃんとDVDは買いましょう。
「…見なくていい」
「そうか、残念だな」
真白りっこはどちらかというと男よりも女に人気がある。何でも、りっこちゃんの事を嫌いな男から言わせれば『アイドルっぽくない』のが原因だそうだ。
「そういえば、須黒ってりっこちゃんっぽいんだよなぁ…」
髪からちらりと見える瞳は俺の方を見ていた。いや、なんだか睨んでいるように見えて怖かった。
「ど、どうしたんだよ」
「……別に」
「もしかしてりっこちゃん嫌いなのか?」
「……そうじゃない」
うーむ、何か気に入らないことでもあったのかねぇ…よし、じゃあコンサートに誘ってみるかな。
緑川からもらったチケットを持ってきて須黒の前におく。
「これは…」
「この前緑川から交換条件でもらったんだよ。二枚あるから一緒にいかないか」
「……ごめん、この日は用事がある」
「そうかぁ…残念だな」
女の子を誘って失敗すると地味に心が傷つくな。うう、初めて誘ったのに……。
「じゃあさ、いつか一緒に行こうぜ」
「……」
しばらく俺を見てから須黒は頷いた。とりあえず『いつか一緒に行く』という約束さえとりつけておけば後で強引に誘う事が出来るかもしれない。最近、吸血鬼探す事を疎かにしているようだけど…大丈夫か、俺?