第十三話:ち:羽津高校襲撃事件
第十三話
吸血鬼の中にはストーカーを行う奴もいる。これはまぁ、ふーんと思うかもしれない。しかし、考えてみてもらいたいことだ。空を飛ぶ、匂いで相手を追跡する、おまわりさんとこんにちはしても睡眠術でどうにかなるといった超絶スキルを保有しているのだ。
そんな俺も千華を尾行している。もちろん、気が付かれてはいない。
いや、正直に言おう。尾行していた、なんて嘘だ。たまたま偶然、帰るのがちょっと遅くなったから千華に先に帰ってもらっていたんだ。そうしたら先生が『今日は休養が入っちゃったからまた今度ね』なんて言うもんだから急いで後を追ったんだよ。吸血鬼だからにおいを頼りに千華を追いかけ、とある空き地の前までやってきた。
「正義の使者、チカメンさんじょー!」
まさかクラスメートの見てはいけないものを見てしまうとは思いもしなかった。
「きょー」
「きょー」
小学生(低学年)と思われる相手にヒーローショーを行っており、しかも風呂敷マントまでしっかりと着けている。ネーミングセンスの欠片もない『チカメン』はあっというまに戦闘員を蹴散らして怪人役の男の子に人差し指を突き付ける。
「さぁ、世界をへんぺーそくで一杯にしようとしている悪者よ、その子を開放しなさいっ」
「ふはははは」
「もうっ、笑い方は『へんぺっぺっぺ』でしょっ!」
「あ、ごめんなさい……」
見ていて可哀想だな。
「へんぺっぺ、甘いな、チカメン…」
その後は見ていて恥ずかしくなるようなものだったので詳細を省く。何が目的でこんな事をやっていたのか俺は知らないし、知りたくもない。
「一緒に帰ろうぜ」
もちろん、そんなことは言えない。放課後誘って何か青春的な甘酸っぱいイベントを期待していた俺は気付かれない様にその場を後にした。
後日、朝のHRが始まる前に千華から何かを渡された。
「はい、これ」
「なんだこれ」
「夏服に変わったでしょ?だから義人君にもちょうど似合うかなーって思ってさ。とりあえず家に帰ったら開けてみてよ。あ、言っておくけど盗まれたりしたら承知しないからね」
「あ、ああ…」
一体何が入っているんだろうか。食い物じゃないだろうし、似合うかなって言ったのだから服か何かだろうか。
「いつつ……」
「あれ?どうしたの」
「…昨日、血を吸った相手が悪かったみたいでさ。腹の調子が悪くなったんだよ」
手渡されたものを机の中にしまってからため息をついた。この中に胃腸を整える薬があればいいんだけどなぁ……飲んで治るかどうかは知らないけどな。
「じゃあ早くトイレ行ったほうがいいんじゃないかなぁ?」
「いや、何とかなるだろう」
結論から言おう、一時間目の途中でやばくなった。どのぐらいやばくなったかって?そりゃ、手持ちが全部倒されて目の前が真っ暗になったやばさだ。
「…せ、先生、トイレに行ってきます」
「わかった、出してきなさい」
行ってきなさいならわかるけど、出してきなさいっておかしくないかと疑問を持つ余裕なんて一切ない俺は急いで教室を後にした。千華の声がクラスを大爆笑に陥らせたようだが、何と言ったか興味もなかった。
トイレに入る時に大人数の人の気配を感じた。しかし、そんなものを気にしている場合でもなく、三階男子トイレの扉を素早く開けて一番奥に陣取り、きたるべき『対話』のために迎撃態勢を整える。
ふと…小学生の頃、先生にしょうもないことを尋ねた事があったなと思いだした。
「先生、じょーわんにとうきんはさつきちゃんとめいちゃんを振り回すためにあるのはわかりますけど腹筋は何のためにあるんですか?」
先生は確か『踏ん張る為にあるんですよ』と答えた気がする。あれは適当に答えたんだろうなと今思えばわかるんだけども当時の俺は素直すぎたからな。
「なるほど、わが子を迅速かつ、鋭く排出するためにみんなは腹筋を鍛えているのか」
なんて馬鹿な事を考えていたからな。本気でやって便器を貫かせたのはまずかったな。
「んぉ、来た…」
~しばらくお待ちください~
対話を終え、個室から出た俺はいまいちな顔をした男子生徒を眺めつつ手を洗う。何か聞こえてきたので耳を澄ませると以下の内容が流れて来た。
『…我々はこの学校を乗っ取った。要求を飲まなければこの校舎は爆破させる。もちろん、下手に教室から出ようなんてするなら扉に設置しておいた爆弾が爆発し、ただでは済まんぞ。これは冗談ではない、本当の事だ』
「……梅雨に入ったからバカでも湧いたのか」
ぼーっとしていたら先生に怒られるからな。とりあえず教室に帰るか。
トイレの扉に手をかけてそのまま押す。ちゃんと扉の取っ手の部分に『押』ってプレートが付いていたから間違いないだろう。これを引いても何も起こらないはずだ。
くだらない事を考えながら扉を押すとさっきの放送が本当だったと言う事を知った。
羽津高校三階男子トイレの扉が爆発したんだからな、信じないほうがおかしい。