第十話
第十話
吸血鬼は人間の健康の事をよ~く考えている。飲まれる運命にあるのに優しさを半分持っているあの風邪薬みたいにな。
何故かって?そりゃ健康な人間の血はおいしいからである。誰だってまずいものは口にしたくない。メタボ体系で脂汗出まくり、常にふーふー言っているような奴の血は誰も飲みたくない。
「飲め、飲まないとお前を地獄に送るぞ」
そんな事を言われても絶対にのみたくない。よって、吸血鬼は人間の健康を気にする。もちろん、人間の事を餌だと思っているわけじゃない。まぁ、吸血鬼が人間に何かを与えているのかと尋ねられたら返答する自信はないけどな。
そしてもう一つ。人間の血は感情によって変わる。恐怖に慄いていたりする時に飲む血の味は癖のある物で大抵の吸血鬼には向かない。昔は襲って飲んでいたからそんな味ばっかりだったらしいけどな。今じゃ研究が進んで喜んでいる時の血が一番うまいそうだ。サディスト吸血鬼なら徹底的にいじめてから血を飲むらしい……正直、吸血鬼にも幅があるから一概には言えないけどな。
以前、吸血鬼の牙から人間の脳に快楽を与えるような成分が出るとか言っていたと思う。それもうまい血を飲むために本能的にやっているんじゃないかと言う話だ。
ちなみに、以前吸血鬼の血を飲んだ事がある。ありゃすごかった。何せ、飲んでから舌がしびれて大変な目にあったからな。二度と飲もうとは思わない代物である。
「ねぇねぇ、義人君って吸血鬼の組織から派遣されるぐらいなんだから強いんだよね?」
放課後、下駄箱あたりで千華にそう尋ねられた。そういや最近ずっと千華と帰ってるなぁ。まぁ、ちゃんとこれまで襲われた場所を千華に教えてもらうって言う理由があるんだが女の子と変えれてラッキーかもしれん。もしかするとこのまま仲良くなってあんなことやこんなことを……ま、くだらない事を考えるのはやめとこ。
「強い……か」
千華に言われた事を真面目に考えてみる。いや、考えるまでもないな、俺は弱い。しかし、『僕ちゃん弱いんでちゅ』とか言えないだろ。
「千華、『強さ』って何だ?」
「え」
「……何度も敵にやられ、ぼろぼろになりながらも立ち上がって相手を倒そうとする。力及ばず、駄目だとわかっていてもやらなきゃいけないことを達成しようとする……」
「つまり、義人君は精神的に強いけど肉体的には弱いって事だよね」
墓穴を掘ってしまった。千華は誤解しているようだな。肉体的にも弱い、そして『精神的にも弱い』のが俺だ。
「ああ、そうだな。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ弱いぞ」
それでも人間よりははるかに強い。たとえ重武装している人間が束になってかかってきても負ける要素が無い。ただし、素っ裸の吸血鬼が襲ってきた場合は負ける確率の方が高くなるだろうな。
「じゃあどうやって吸血鬼と対峙して相手を倒すの」
「そりゃ……ここを使うんだよ」
自分の頭を軽く叩く。
「なるほど、超能力だね」
「いや、頭脳」
「え、脳みそ取り出してサイボーグにでもなるのかな」
て、って、てってれー『サイボーグ吸血鬼大仁義人君』って何だか間抜けな響きだよな。
「………」
「弱いのならしょうがないよね。腕立て腹筋すればいいと思うよ…それか、血を飲むとかさ」
一朝一夕で強くなれるとも思えないな。血を飲めば一時的に強くなれるからあながち間違いでもないかな。
「そうだな……ん」
「どうかしたの?」
「あ、いや、何でもない。悪いけど今日は先に帰っててくれ」
「えー、襲われた場所にいかなくていいの?」
「ああ、いっつも千華に協力してもらってるし、ちょっと用事を思い出したんだよ。先生にどやされるかもしれないから……悪いな」
「ちぇー」
不平不満を言いつつ、了承してくれた。その後もぶつぶつ言いながら歩いて行くのを見届けたかったんだが大人しく俺は気になったほうへとはしることにする。
俺が向かった場所は中庭。異様に髪の長い女子生徒が曲がり角を曲がって行くのが見えたのだ。あんな髪の毛をしている女子高生なんて滅多にいないだろう。そして、間違えることもないはずだ。
「おーい、須黒―っ」
「?」
俺の呼びかけに相手は振り返ってじっとこっちを見るだけだった。視線が言いたいことは『何か用か』という冷たいものであった。まぁ、初対面って言うか友達じゃないからしょうがないかな。うーむ、こういった関係から他の女子と話して居たらジェラシー全開でつんつんしてくれる関係になれねぇものか。
あほな事を考えていては相手に失礼なので咳払いをしてから微笑みかける。これぞこの前編みだした『転校生さわやかスマイル』だ。
「今日助けてもらった事を改めてお礼を言いに来たんだ」
「………別にいい」
「そんな邪険に扱わないでくれよ。こっち引っ越してきて間もないんだ。本当、助かったんだってば」
転校してきて間もない生徒が女子トイレで発見された。一躍学校新聞の一面を飾るのは当然俺。あらぬ誤解と一人歩きする噂に俺の評判はあっという間にガタ落ち、それこそ支持率は二割を割れ込む下落の一途をたどり、せっかく友人になれた青木千華なんかには後ろ指をさされる。挙句、フラグが立ったかもしれない他の女子からは目の敵にされていた頃だろう。
「………この前、私の演技に引っかかってくれた」
「へ、あー、トイレでの事か。って、あれ演技だったのか」
「………うん」
表情は読めない……髪のせいだな。なんでこんなに髪の毛を長くしているのかわからないし、詳しく知るにはもうちょっと仲良くなる必要があるんだろうなー。吸血鬼事件を終わらせる前に仲良くなれるかどうかなんてわからないけどな。あれだ、今から『一緒に帰らないかい、ハニー?』って提案すれば大丈夫だ。
「………じゃあ俺、帰るわ。今日は本当ありがとな」
結局勇気が無いのでこんな感じで終わるのだ。
「………」
すっと差し出された白く美しい肌の右手。それが一体何を意味しているのかほんの少しだけわからなかった。
「握手」
「ああ……」
握手って……なんでだろう。ともかく、俺は自分の手を制服で拭いてから須黒美咲と握手した。手はひんやりとしていて……なんかこう、よかった。
「………またね」
「じゃあな」
まるで力尽きた兵士が掲げる白旗のごとき右手の振り具合で俺に手を振ってくれた。俺もそれに軽く返してから家に帰る事にしたのだった。これからぼちぼちやっていけば仲良くなれるかも知れん。
奇数→青木千佳で偶数→須黒美咲ってな感じで取り扱っていこうかなと思っています。というわけで次回は奇数一回目ですね。前書きでも注意を促すよう努力しておきます。