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封印師の旅

掲載日:2026/07/21


疫病「疫霧」に襲われたハーベル村。


封印師リシェルは村人へ静かに告げる。


「疫霧は消えません。」


「十年間、眠らせるだけです。」


「十年後には必ず戻ってきます。」


「それでも封印を望みますか。」


村人たちは頷く。


「十年あれば必ず克服します。」


リシェルは躊躇しながらも封印を施す。



十年後。


疫霧は約束どおり戻ってきた。


しかし村は何も変わっていなかった。


研究も途中。


対策もなし。


「また封印してください。」


そう頭を下げる村人たち。


だがリシェルは首を振る。


「同じ災厄は二度と封印できません。」


絶望が村を包む。


村長は叫ぶ。


「なら、何を封印できる!」


リシェルは少し考え、答える。


「感情です。」


恐怖。


悲しみ。


怒り。


絶望。


人を苦しめるあらゆる感情なら封印できる。


村人たちは迷わず了承した。



感情が封印される。


疫霧は消えない。


人は死ぬ。


父が倒れる。


母が倒れる。


子が倒れる。


それでも誰も泣かない。


誰も怒らない。


誰も取り乱さない。


亡くなった家族を荷物のように運び、黙々と次の仕事へ向かう。


リシェルは震える。


「私は……人間まで封印してしまったのか。」


感情を失った彼らは、生きてはいる。


だが、それは本当に「人間」と呼べる存在なのだろうか。



村を去ろうとしたリシェルは、一人の少女を見つける。


少女は亡くなった母の髪を、静かに櫛でとかしていた。


「何をしているのですか。」


「お母さんの髪をきれいにしてる。」


「悲しいのですか。」


少女は首を横に振る。


「わからない。」


「寂しいのですか。」


「わからない。」


「では、どうして。」


少女は少し考え、不思議そうに答えた。


「……わからない。」


「でも。」


「しなきゃいけない気がする。」


リシェルは言葉を失う。


感情は封印した。


悲しみも。


愛も。


慈しみも。


人を人たらしめるものは、すべて封じたはずだった。


なのに、この少女を動かしているものがある。


それは感情ではない。


理屈でもない。


リシェルの知るどんな魔法でも説明できない何か。


少女は最後まで丁寧に母の髪をとかし続ける。


その姿を見つめながら、リシェルは初めて思う。


「私の知らない人間が、まだいる。」


その答えは、生涯わからないのかもしれない。


けれど、その”わからなさ”こそが、人間という存在なのだと。


リシェルは静かに村をあとにした。

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