封印師の旅
疫病「疫霧」に襲われたハーベル村。
封印師リシェルは村人へ静かに告げる。
「疫霧は消えません。」
「十年間、眠らせるだけです。」
「十年後には必ず戻ってきます。」
「それでも封印を望みますか。」
村人たちは頷く。
「十年あれば必ず克服します。」
リシェルは躊躇しながらも封印を施す。
⸻
十年後。
疫霧は約束どおり戻ってきた。
しかし村は何も変わっていなかった。
研究も途中。
対策もなし。
「また封印してください。」
そう頭を下げる村人たち。
だがリシェルは首を振る。
「同じ災厄は二度と封印できません。」
絶望が村を包む。
村長は叫ぶ。
「なら、何を封印できる!」
リシェルは少し考え、答える。
「感情です。」
恐怖。
悲しみ。
怒り。
絶望。
人を苦しめるあらゆる感情なら封印できる。
村人たちは迷わず了承した。
⸻
感情が封印される。
疫霧は消えない。
人は死ぬ。
父が倒れる。
母が倒れる。
子が倒れる。
それでも誰も泣かない。
誰も怒らない。
誰も取り乱さない。
亡くなった家族を荷物のように運び、黙々と次の仕事へ向かう。
リシェルは震える。
「私は……人間まで封印してしまったのか。」
感情を失った彼らは、生きてはいる。
だが、それは本当に「人間」と呼べる存在なのだろうか。
⸻
村を去ろうとしたリシェルは、一人の少女を見つける。
少女は亡くなった母の髪を、静かに櫛でとかしていた。
「何をしているのですか。」
「お母さんの髪をきれいにしてる。」
「悲しいのですか。」
少女は首を横に振る。
「わからない。」
「寂しいのですか。」
「わからない。」
「では、どうして。」
少女は少し考え、不思議そうに答えた。
「……わからない。」
「でも。」
「しなきゃいけない気がする。」
リシェルは言葉を失う。
感情は封印した。
悲しみも。
愛も。
慈しみも。
人を人たらしめるものは、すべて封じたはずだった。
なのに、この少女を動かしているものがある。
それは感情ではない。
理屈でもない。
リシェルの知るどんな魔法でも説明できない何か。
少女は最後まで丁寧に母の髪をとかし続ける。
その姿を見つめながら、リシェルは初めて思う。
「私の知らない人間が、まだいる。」
その答えは、生涯わからないのかもしれない。
けれど、その”わからなさ”こそが、人間という存在なのだと。
リシェルは静かに村をあとにした。




