【第2話:男らしく現実を受け入れろ……】
皆さん、こんにちは。
ついに自分の小説のタイトルを息継ぎなしで言えるようになった作者です。(嘘です、まだ噛みます)
第一話の物理的・精神的崩壊を乗り越え、よくぞ第二話までお越しくださいました。ここで逃げ出さなかった読者の皆様の胃袋は、主人公のアキラ君並みに頑丈ですね。素晴らしいです。
さて今回は、新たなヤバい奴が乱入します。ええ、親父です。
それでは皆様、IQをマイナスにして、タイ料理の匂いが漂う第二話をお楽しみください!
16歳の美少女へと若返った実の母親が学校を崩壊させかけた地獄の新学期初日。おまけに、教室の中心で宣戦布告してきた自称彼女『陽菜』の破壊的な嫉妬パワーの処理までさせられ……黒瀬明は、10トントラックに轢かれたゾンビのごとき抜け殻状態で、なんとか実家へと帰り着いた。
今日の彼の『死んだ魚の目』は、いつも以上に濁りきっている。一人の男子高校生が背負うには、あまりにも精神的疲労が重すぎたのだ。明はリビングのソファに学生鞄を無造作に放り投げた。今の彼が求めているのは、冷たい水一杯と、すべての混沌を洗い流すための洗顔だけだった。
だが……重い足取りで廊下を抜け、洗面所へ向かおうとしたその時。キッチンの前の薄暗い角に、じっと佇む一つの影が視界の端に飛び込んできた。
明はピタリと足を止めた。恐る恐る、その正体を確かめるべく顔を向ける。そして——彼の心臓は危うく止まりかけた。
そこに立っていたのは……ひょろりとした長身に、星凛高校の制服を着た、ボサボサの黒髪の少年。そして何よりも……その顔は、明自身と寸分違わぬ顔だったのだ! 眉毛、鼻、口、そして極めつけは、この世のすべてに絶望したような『死んだ魚の目』まで。どこからどう見ても、明本人である!
「はぁっ!?」
明は素っ頓狂な声を上げ、両目をゴシゴシと力いっぱい擦ってから、もう一度目を開けた。
……無。そこには誰もいなかった。あるのは薄暗闇と、ブーンという冷蔵庫の稼働音だけ。
幻覚だ……。ストレスが限界突破して幻覚まで見えたらしい。重症だぞおい。オカンが若返っただけでもキャパオーバーなのに、自分の『ドッペルゲンガー』まで見間違えるなんて……。
明はブンブンと首を振って雑念を追い払った。睡眠不足が引き起こしたただの錯覚だと、必死に自分に言い聞かせる。逃げるように洗面所へ駆け込み、蛇口を全開にして、氷のように冷たい水を何度も顔にぶっかけた。その冷たさが、いくらか彼の理性を引き戻してくれた。
洗面台の上の大きな鏡を見上げる。水滴が滴る、疲れ切った自分の顔。しかし……鏡に映っていたのは、明一人の顔ではなかった。
彼の背後に、一人の中年男性が重なるように立っていたのだ。その姿はホログラムのようにうっすらと透けている。だが、そのファッションは目が潰れそうなほど自己主張が激しかった。ギラギラ光るスタッズ付きの黒のレザージャケット、エルヴィス風のベルボトムパンツ、ティアドロップ型のサングラス、そして天を突く勢いでそびえ立つ60年代風のリーゼント(ポンパドール)。そんなゴリゴリのベテランロックスターの出で立ちで、狂ったようにエアギターをかき鳴らしているではないか。
「お、親父ィ!?」
明は絶叫し、勢いよく後ろを振り返った。
海外でビジネスの商談をしているはずの彼の実父、60年代ロックスターの霊こと『黒瀬竜二』が、自宅の洗面所でクールにピースサインを決めていた。
「イェァ! 調子はどうだいマイ・サン! ロックンローーール!!」
竜二は、ロックバンドのボーカルさながらのしゃがれ声で挨拶をかました。
「親父、死んだのか!?」
明は顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちそうになった。
「いつ死んだんだよ!? 飛行機事故か!? それとも酒の飲みすぎで肝不全か!? なんで霊になってまでそんなイカれた格好してんだよ!」
「誰が死んだってェー!?」
竜二は息子の頭にエアギターを叩きつける動作をしながら吠えた。
「親父はピンピンしてるぜ! 今はパリにいる! こいつは『ロックンロールの力による大陸間幽体離脱』ってやつさ! 我が家に渦巻くカオスの波動を感じ取って、何が起きてるのか念で魂だけ飛ばしてきたんだよ!」
明は頭を抱えた。黒瀬家にはまともな人間が一人もいないのではないかと思い始めていた。オカンはスパに浸かって女子高生になるし、親父は60年代ロックスターの格好で幽体離脱してくるし、おまけにさっきは家の中をウロつく自分のクローンまで見てしまったのだ。
「親父が無事なら別にいいけどさ……」
明は深い溜め息を吐き、今までに見せたことのない真剣な眼差しで父親の霊を見上げた。背筋をピンと伸ばすと、周囲の空気が一気に張り詰めた。
「親父……」
明は低い声で切り出した。「男同士、腹を割って話そうぜ……」
竜二はエアギターの手を止め、サングラス越しに片眉を上げた。
「なんだお前、気味が悪いほどマジな顔して。思春期の悩み相談か?」
明は大きく深呼吸をし、直球すぎる質問をぶち込んだ。
「親父……外に隠し子、作ってないよな?」
洗面所に一瞬の静寂が降り降りた。蛇口から水滴がポツン……ポツン……と落ちる音だけが響く。
「……はぁ?」
竜二はぽかんと口を開け、ティアドロップのサングラスが鼻先までズレ落ちた。
「だから! 親父が愛人作って、俺と瓜二つで同い年の隠し子をこの地球のどこかにコッソリ育ててないかって聞いてんだよ!」
明は声を荒げた。
「正直に吐けよ親父! 俺と寸分違わない顔で、しかもご丁寧に同じ星凛高校の制服を着た男が、さっきキッチンの前を歩いてるのを見たんだよ! 本当は腹違いの双子の弟でも隠し持ってんだろ!」
ゴツンッ!
父親の霊が透けた手を伸ばし、息子の頭に強烈なゲンコツを見舞った。霊体のはずなのに、物理的な痛みがしっかりとある。
「バカ言ってんじゃねェェェこのクソガキが!!」
竜二は洗面所に響き渡る声で怒鳴った。
「親父は母さん一筋だぜ! 母さんが大学のミスコンに出た時から今までずっとだ! 美月への愛はヘヴィメタルよりも重厚なんだよ! そんなクズみたいな真似、断じてするわけねーだろ!」
「隠し子じゃないなら、さっきの俺にクリソツな奴はなんなんだよ!」
明も負けじと言い返す。
「誤魔化すな! 俺とコピー機にかけたみたいにソックリだったんだぞ。愛人の子じゃなきゃ何だってんだ! 宇宙人の擬態か何かか!」
「お前の見間違いだろ! 寝不足で脳味噌がバグってんだよ、このパンダ目の息子が!」
竜二は指をビシッと突きつけた。
「親父が身粉にして働いて学費稼いでやってんのに、濡れ衣着せやがって! この親不孝者が! お前のロックンロール・スピリットはどこに行っちまったんだ!」
「ロックンロール・スピリットなんて最初から持ってねーよ! イカれてるのは親父だろ! なんでそんな格好で幽体離脱してくんだよ! いいか、今オカンが16歳の女子高生になってて、おまけに俺と同じクラスに通ってきてんだぞ! どんだけカオスか分かってんのか!」
「あぁ! 母さんのことくらい親父は百も承知だ! だからこうして幽体離脱して来たんだろうが!」
父と息子は洗面台の前で首すじに青筋を立てて言い争いを続けた。お互いに煽り合い、罵詈雑言をぶつけ合い、一歩も引かない。怒声は洗面所の外まで響き渡っていたが、幸い黒瀬家はそこそこ大きく防音性にも優れていたため、ご近所さんに警察を通報される事態には至らなかった。
息が上がるまで言い争った後、二人は力尽きたように洗面所のタイルの床へへたり込んだ。霊体の竜二はサングラスを外し、乱れ始めたポンパドールヘアを掻き上げる。一方の明は、いつも通りの死んだ魚の目で体育座りをしていた。
「よし……くだらん言い争いはやめて、論理的に考えようぜ」
竜二はコホンと咳払いし、賢明な父親モードへと切り替えた。次の瞬間、彼は虚空から小さなホワイトボードとマジックペンを取り出してみせた(コメディ小説の霊ならではの便利機能である)。
「状況を科学的に分析するんだ……少なくとも親父流の科学でな」
竜二は分厚い黒縁メガネをかけ直し、ビジネスマンというよりマッドサイエンティストのような風貌になった。
「親父の科学が一番恐ろしいんだが……」明はボソッと呟く。
「黙ってろマイ・サン! いいか……第一に、母さんが若返った件だ。スパに浸かったと言ってたな?」
竜二はホワイトボードに歪なバスタブの絵を描き始めた。
「親父の推測では、そのスパの湯に含まれる化学成分が、母さんがよく作って食べている『グリーンカレー』と化学反応を起こしたに違いない!」
「待て……なんでグリーンカレーが関係してくんだよ!?」
「大有りだバカ野郎! グリーンカレーのココナッツミルクを量子レベルの熱で抽出すると、皮膚細胞の逆行反応が起きるってことを知らねーのか! さらにそれがスパのミネラル成分と結びつくことで、生物学的な『オーバーロード』が発生し、母さんの肉体細胞が最も完璧な状態——つまり16歳にリセットされたってわけだ!」
竜二はクソ真面目な顔で熱弁を振るい、『x + ココナッツミルク = 16』というメチャクチャな数式を書き殴った。
「論理が崩壊しすぎだろ……地球上のどの科学者もそんなトンデモ理論認めねーよ……」
明は再び頭を抱えた。
「それこそが宇宙規模の論理の偉大ささ!」
竜二は誇らしげに胸を張る。
「そして第二に……お前にソックリなドッペルゲンガーの件。親父に言わせりゃ、そいつは『ソムタム・プラーラー(青パパイヤの激辛発酵魚サラダ)・カプサイシン・エフェクト理論』による産物に違いない!」
「今度はソムタムかよ! いい加減にしろ親父!」
「最後まで聞け! お前、激辛のソムタムが好きだっただろ! お前の体内に蓄積された唐辛子のカプサイシン成分が、心拍数と細胞分裂を狂ったように活性化させたんだよ! そこに今日、陽菜ちゃんや母さんから受けた極限のストレスが加わったことで、お前の脳内電流が激しく『スパーク』し、肉体の質量が完全にコピーされてもう一つの個体に分離したんだ! これぞ量子レベルの有糸分裂ってやつさ!!」
竜二は自分のぶっ飛んだ理論に絶対の自信を持ち、バンバンとホワイトボードを叩いた。明は硬直していた。彼の脳は、父親の病的なロジックを理解することを完全に拒絶した。タイ料理とデタラメな物理学を融合させた、この上なく頭の痛くなる暴論だった。
「要するに……」
明は長すぎる溜め息を吐き出した。
「俺が家の中を歩くもう一人の自分を見たのは、激辛ソムタムを食いすぎて体が真っ二つに分裂したせいだってことか……。おめでたい頭だな……」
「その通り! どうだ、お前の親父がどれだけ天才か分かったか!」
竜二は高らかに笑い、息子に向かってサムズアップをした。
そんなふうに、馬鹿な親子(人間一人と霊体一人)がソムタムとグリーンカレーの科学理論について議論を交わしていた、その時だった。
カチャッ……カチャッ……。
洗面所のドアノブがゆっくりと動く音がした。まるで、外から誰かがドアを開けようとしているかのように。
明はビクッと体を震わせた。父親の顔を見る。竜二も笑うのをやめ、ドアのほうを凝視していた。二人は同時にゴクリと唾を飲み込んだ。
洗面所のドアの下の隙間に、誰かの影が落ちている。それは明と同じくらいの背丈を持つ人間の影だった。ドアの前にじっと立ち尽くしたまま、一言も言葉を発しようとはしない。
「まさか……お前の有糸分裂の産物が、直々に会いに来たんじゃないだろうな……」
竜二が震える声で囁く。サングラスが再び鼻先へとズレ落ちた。
「もしそうなら……親父の責任だからな……」
明は拳を固く握りしめた。心臓が早鐘を打っている。彼は音を立てないようにゆっくりと立ち上がり、ドアノブへと手を伸ばした。このドアの向こうにいるのが何者であろうと——ソムタムから生まれたクローンだろうが、宇宙人だろうが、何だっていい。男らしく、真正面から立ち向かってやる!
カチャリ……。
小さくロックが外れる音が響いた。洗面所のドアが、ゆっくりと隙間を開けていく。そして、廊下の暗闇の向こう側に立っていたモノの正体が、ついに姿を現した——。
お読みいただきありがとうございます!
……タイ料理って恐ろしいですね。(白目)
まさかグリーンカレーと激辛ソムタム・プラーラーから、量子力学的なクローン理論が飛び出すとは。作者自身も「俺は一体何を書いてるんだ?」と頭を抱えながら執筆しました。深夜テンションって怖いです。
さて、洗面所のドアの向こうにいるのは、本当にソムタムから分裂したクローンなのか!? それともただの不審者なのか!?
「いい所で切りやがって!」「親父のIQどうなってんの!」「てかソムタム食いてぇ!」と思った方は、ぜひページ下部にある【☆☆☆☆☆】をポチッと押して【★★★★★】にしてやってください!
あっ! 今そこで「とりあえずここまででいっか」とブラウザバックしようとしているそこのあなた! ダメですよ、逃がしませんからね!(ガチャガチャとドアノブを回しながら)
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次回、ついにドアが開く!
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