【第1話:若返りスパと、絶望する息子の死んだ魚の目】
皆さん、こんにちは。作者です。
いきなりですが、読者の皆様に一つ質問させてください。
本作のタイトル、『俺の母が若返って女子高生になったので、仕方なく一緒に高校生活をやり直すことになりましたが、なぜかクラスの美少女に彼氏扱いされて修羅場です』……これ、息継ぎなしで一気に読めた勇者はいますか?
ちなみに作者は途中で噛みました。長すぎだろ、誰だよこんなタイトル付けたの。(私です)
もはやタイトルだけで第一話のあらすじが9割くらい完結している気もしますが、安心してください。本編では主人公の胃痛がさらにマッハで加速します。
それでは、開幕からアクセル全開で事故っていく第一話、どうぞお楽しみください!
放課後の夕暮れ時。空は赤みを帯びたオレンジ色に染まり、やかましいセミの鳴き声が本格的な夏の訪れを告げていた。
黒瀬明、高校2年生。どこにでもいる平凡な人生を歩む(そして、このまま永遠に平凡であってほしいと願っている)彼は、最後の数学の授業で気力と体力を根こそぎ奪われ、足を引きずりながら帰路についていた。
黒瀬家は、かなり立派な2階建ての一軒家だ。家計の状況は控えめに言っても『お金持ち』の部類に入る。これもすべて、家にいるよりも海外へ出張に行く回数の方が多いやり手のビジネスマンである父、黒瀬竜二のおかげである。そして母の黒瀬美月は、ネットショッピングと美貌の維持を趣味とする、いつも陽気なマダムだ。
「ただいま……」
明は気怠げな声で呟きながら、学生靴を脱いで下駄箱に置いた。しかし、返ってきたのは静寂だけだった。
いつもなら、この時間帯はテレビのバラエティ番組の音が響いているか、母さんがマダム友だちと電話で楽しそうに長話をしている声が聞こえてくるはずだ。しかし今日に限って、家全体が不気味なほどに静まり返っていた。
明は少し眉をひそめ、誰もいないリビングを通り過ぎて2階へ上がった。ふと、母の寝室のドアが少しだけ開いていることに気がつく。静寂の中、部屋の中から何かの影が動き、ゴソゴソと物をあさるような物音が聞こえてきた。
泥棒か!?
明の警戒本能が即座に作動した。彼はゴクリと生唾を飲み込むと、足音を忍ばせて廊下の隅にあった金属バットを手に取り、これ以上ないほど力強く握りしめた。心臓がまるで戦太鼓のように激しく鳴り響く。少年は大きく深呼吸をし、意を決して母の寝室のドアを勢いよく蹴り開けた!
「そこまでだ、この泥棒……って、え?」
明の怒鳴り声は途中で虚しく宙に消えた。振り上げたバットがゆっくりと下ろされ、彼の口はポカンと開いたまま塞がらない。
目の前にいたのは、目出し帽を被った凶悪な泥棒などでは断じてなかった。そこにいたのは……彼と同じ16歳くらいの、とても可愛らしい顔立ちをした少女だった。彼女は開きっぱなしのクローゼットの前に立ち、ベッドの上には母の高級ブランド服が山のように積まれている。
さらに重要なのは、その少女が母のお気に入りのタイトなドレスに、必死になって自分の身体を押し込もうとしている最中だったことだ。しかし問題は……サイズが絶望的なまでに合っていない! 特に胸元だ。そのドレスは美月のような成熟した豊満な女性のために作られているというのに、目の前の少女の胸は……その、いわゆる一般的な女子高生らしい『コンパクト』なサイズだった。そのせいで、ドレスの胸元はしぼんだ風船のようにスカスカで、滑稽なほどにブカブカだったのだ。
「あっ! 明! おかえり!」
少女はこちらに気づくと、目を丸くして、それから満面の笑みを浮かべた。なんだか妙に親近感の湧く、見覚えのある笑顔だった。
「お、おかえり?」
明はパチパチと瞬きをした。彼の脳髄は現在、フル回転で状況を処理しようと頑張っている。
「誰だよお前!? 他人の家に勝手に入り込んで、しかも俺の母さんの服をあさって! その上、俺を息子扱いって……幻覚でも見てんのか、この変態泥棒!」
「変態泥棒って何よ! お母さんよ! あんたのお母さんの、美月よ!」
少女はぶかぶかのドレスから手を離し、母がよくやる『腰に手を当てる説教ポーズ』を完璧に再現して見せた。
「ふざけんな! うちの母さんは36歳だぞ! それに……その……」
明は言葉を詰まらせ、少女の平坦な胸と顔を交互に見た。
「それに、母さんのプロポーションは……その……もっと大人だ! お前、どう見てもただの女子高生じゃねえか! 騙そうったって無駄だぞ!」
「キーッ! このバカ息子! 自分の母親のプロポーションをイジるなんて!」
少女は口を尖らせると、ついに奥の手を出してきた。
「信じないなら、明の秘密を全部バラしてやるわよ! 10歳の頃、おねしょをしてお母さんが布団を三日間連続で天日干ししたこととか! 今もベッドの下のスニーカーの空箱の下に、グラビアアイドルの雑誌コレクションを隠してることとか——」
「わかった! ストップ! 信じる! 信じますからぁっ!!」
明は顔を真っ赤にして、少女の口を塞ぐために飛びかかりそうになった。いや、そのまま床に崩れ落ちた。国家機密レベルの秘密を平然と暴露され、彼の魂は半分抜けかけていた。この世でその事実を知っているのは、たった一人しかいない……。
「つまり……本当に母さんなのか……いや、まだ100パーセント信じたわけじゃないけど……なんで母さんが、16歳の女子高生みたいな姿になってるんだよ!?」
明は頭を抱えた。まるで宇宙人と会話しているような気分だ。
女子高生の姿になった美月は、はぁーっと深いため息をついた。彼女は(ブランド服の山の上に)ふかふかのベッドに腰を下ろすと、大げさなトーンで語り始めた。
「今朝のことよ……お化粧をしようと鏡を見たら、見てはいけないものを見てしまったの……そう、『目尻のシワ』よ! 私の左目に刻まれた、最初のシワ!」
美月はまるでこの世の終わりのような顔をした。
「女にとって、それは国家非常事態宣言に等しいのよ! 私は耐えられなくて、すぐに抜本的な対策を探したわ!」
「で、どうなったんだよ……」
明は死んだ魚のような目で先を促した。彼はすでに、これから巻き起こるであろう面倒事の予感に絶望し始めていた。
「マダム友だちのグループで、都心に新しくオープンした『アルティメット・プレミアム・VIPゴールド・若返りスパコース』っていうのを勧められたのよ。そのスパの秘伝のミネラルウォーターにたった10分浸かるだけで、肌が5歳も若返るって触れ込みでね! お父さんのクレジットカードの限度額はたっぷり余ってるから、一番高いコースを予約しちゃった!」
「若返りスパ……絶対詐欺だろ、それ……」
「詐欺なんかじゃないわよ! 結果は予想を遥かに超えてたんだから!」
美月は明るい声で反論した。
「あのパールピンクに輝くお湯に入ったら、あまりにも気持ちよくて、つい寝かしちゃったのよ。10分だけのつもりが……次に目が覚めた時は、なんと2時間も経ってたの!」
「2時間!?」
「そう! それでお湯から上がって鏡を見たら、目尻のシワが綺麗さっぱり消え去ってたのよ! お肌なんてお餅よりもプルンプルン! 最初は、また完璧な美しさを取り戻せたって大喜びしてたんだけど……ロッカールームに戻った途端、大惨事が起きたの……」
美月は悲しそうな、それでいて少し可笑しそうな顔をした。
「着てきた服……おろしたてのシャネルの高級ドレスが……着られなくなってたの! だって、私のプロポーションが16歳の頃に縮んじゃったんだもの! 自慢の胸も綺麗さっぱり消滅しちゃって!」
明は肩を震わせて必死に笑いをこらえた。
「それで、どうやってその姿で家に帰ってきたんだよ」
「スパの店長に猛抗議したわよ! 喉が枯れるくらい大声でね! 結局、スタッフのXXLサイズの防寒ジャケットとダボダボのジャージのズボンを借りて、それを羽織って帰ってきたの! 人生で一番の屈辱だったわよ! 路地を歩いてたら、すれ違う人全員に家出少女だと思われたんだから!」
美月はブツブツと文句を言いながら立ち上がり、再びクローゼットをあさり始めた。
「それで家に帰ってきてから、サイズの合う服を探してたんだけど……全然ないのよ! 私のクローゼットには元の大人サイズの服しかないから、もう1時間も探し回ってるの!」
彼女があちこち引っ掻き回していると、クローゼットの奥底に押し込まれていた古いプラスチックの収納ケースを見つけた。美月がそれを引っ張り出して中を開けると、彼女の目がキラキラと輝いた。
「あっ! これ……私のお古の高校の制服じゃない! まさかまだ取ってあったなんて!」
美月は赤いリボンがついた白いセーラー服と、紺色のプリーツスカートを取り出して自分の身体に当てると、脱兎のごとく洗面所へ駆け込んでいった。
5分も経たないうちに、彼女は太陽のようにまぶしい笑顔を浮かべて戻ってきた。その女子高生の制服は、まるでオーダーメイドしたかのように彼女の身体にぴったりとフィットしていた。華奢な体つきと若々しい顔立ちのおかげで、どこからどう見ても正真正銘の『女子高生』にしか見えない。微塵も違和感がなかった。
明はその姿を見て、思わず口をポカンと開けた。正直に認めよう。若い頃(というか今の)母さんは、めちゃくちゃ可愛い! もし相手が自分の母親でなければ、うっかりドキッとしていただろう。
「ほら! ピッタリ! 私のスタイル、昔から全然変わってないのね~」
美月はスカートの裾をひらりと揺らして、くるりとその場で一回転して見せた。
「ねえ明、お母さん、とってもいいこと思いついちゃった!」
「な、何を思いついたんだよ……」
明は危険な予感を察知し、思わず一歩後ずさった。
「せっかく16歳に戻ったんだし、制服もバッチリ揃ってるじゃない?……お母さん、もう20年も学校で勉強してないのよ。今の若い子たちがどんな勉強をしてるのか、すごく興味があるわ……」
美月はニカッと満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、息子の背筋を凍らせるには十分だった。
「明日から……お母さんも、明と同じ学校に通うことにするわ!!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!? 母さん、正気かよ!!!」
明の絶叫が家中に響き渡った。
「学校だぞ!? 遊園地じゃねえんだ! 突然ふらっと入って一緒に授業を受けるなんてできるわけないだろ! 法律違反だぞ! 書類とかどうすんだよ!? 周りの連中はどう思うんだ!? 絶対ダメだ! 断固として反対する!」
「もう、書類のことなんて、お父さんが校舎建設の寄付をした理事長に電話一本入れれば済む話じゃない!」
美月はまったく気にする素振りもなく、ヒラヒラと手を振った。
「周りの目なんて……遠い親戚の子とか、留学生とか、適当に言っておけばいいのよ! お母さんの邪魔をしないでよね、明! せっかく青春を取り戻したのに、家の中に引きこもってなんていられないわ!」
「でも、母さん——」
「でもはナシ! これは母親からの絶対命令よ! はい、この会議はこれでおしまい!」
美月はプイッと顔を背け、独裁者のように会話を強制終了させた。
部屋の真ん中には、口をパクパクさせながら立ち尽くす明が一人取り残された。彼の魂はすでに肉体を離れ、安らかなる場所へと旅立っていた。
翌日、星林高校にて。
朝の陽光が2年B組の教室に差し込んでいた。朝の喧噪に包まれていた教室内は、担任の教師が入ってきた途端に静まり返った。その後ろには、明るい茶色の髪とキラキラと輝く大きな瞳を持った、見知らぬ小柄な少女の姿があった。
「よし、席に着け。今日は転校生を紹介する。みんな、仲良くしてやってくれ」
教師がそう言って紹介すると、少女に向かって頷いた。
「みんな、初めまして!」
星林高校の制服(夫の財力に物を言わせ、一晩で用意したもの)に身を包んだ美月は、クラスの男子全員を赤面させるほどの甘くとろけるような笑顔を振りまいた。
「私の名前は黒瀬……あっ、違った、アハハハ! 私はミズキって言います! みんな、よろしくね!」
(今、思いっきり自分の名字言いかけたぞ、このポンコツ母さん!)
明は一番後ろの窓際の席に座っていた。彼の顔はどんよりと暗く、両目は完全に光を失った『死んだ魚の目』と化していた。彼は必死に顔を伏せ、誰にも名字が同じことや、顔立ちが似ていることに気づかれないよう、ただひたすら神に祈っていた。
「うぉぉ! めちゃくちゃ可愛い!」
「どこから転校してきたんだ!?」
「彼氏とかいるのかな!」
クラスメイトたちのどよめきが教室中に響き渡る。だが、明にとってそんなことはどうでもよかった。彼が今、一番恐れている存在は、すぐ隣の席に座っているのだから。
バキッ!
隣の席から、鉛筆が真っ二つにへし折れる音が鳴り響いた。明は恐る恐る、隣へと視線を向けた。
『橘 陽菜』。長く美しい黒髪を持つクラスメイトであり、『学園のアイドル』の称号を欲しいままにする少女が、燃え盛るような目で美月を睨みつけていた。彼女の全身からは、周りの人間が震え上がるほどの、どす黒い紫色の嫉妬のオーラが立ち上っている。
陽菜は容姿端麗で成績優秀、何一つ欠点のない完璧な美少女だ。ただ一つ……こと『明』に関することになると、彼女の思考回路は修復不可能なレベルで暴走してしまうという点を除いては。
実際のところ、明と陽菜はグループワークの時に少し言葉を交わした程度の、ただのクラスメイトに過ぎない。しかし、明がそこそこ整った顔立ちをしており、さらにいつも無表情(実際は疲れているだけ)であることから、陽菜は彼の『死んだ魚の目』を『一匹狼の冷徹な眼差し』だと勝手に脳内変換してしまったのだ。そして彼女は、明が全く気づいていないところで、すでに1学期以上もの間、脳内で彼の『秘密の彼女』の座に君臨し続けているのである!
「あの女……私の明くんに向かって、あんな甘ったるい視線を送るなんて……」
陽菜はボソボソと独り言を呟いた。その声は氷のように冷たく、ひたすらに恐ろしい。
「しかも先生ったら、明くんのすぐ前の空席に座らせるなんて……許せない……泥棒猫め! 私の彼氏を奪おうだなんて、いい度胸してるじゃない!」
(待て、お前はいつから俺の彼女になったんだよ!?)
明は陽菜の顔に向かって全力でツッコミを入れたかったが、悲しいかな、彼にはもうそんな気力すら残っていなかった。
美月は明の前の席に座るや否や、くるりと後ろを振り返って自分の息子にウィンクをした。そして声に出さずに『お母さん、イケてるでしょ?』と口パクをして見せた。
その行動は、陽菜の心で燃え盛る炎にガソリンを注ぎ込むようなものだった!
「ちょっと、あなた!」
陽菜は勢いよく立ち上がると、バンッ!と音を立てて机を叩き、クラス全員の視線を一身に集めた。彼女は昼ドラで愛する人を守るヒロインのようなポーズで、美月をビシッと指差した。
「明くんに色目を使って、簡単に落とせるだなんて思わないことね! 彼は私の男よ! もし泥棒猫になるつもりなら、この私を倒してからにしなさい!」
陽菜の堂々たる宣戦布告に、教室は水を打ったように静まり返り、次いでざわめきが爆発した。
美月はパチパチと瞬きをして、目の前の少女をきょとんとした顔で見つめた。それから、先ほどよりもさらに目をキラキラさせて息子の方を振り向いた。
「あらま~! 明ったら! こんなに可愛い彼女がいるなんて、お母さ……じゃなくて! このお姉さんに全然教えてくれなかったじゃない~! 隅に置けないわねぇ、もう!」
「違うからぁぁぁぁぁっ!!!」
明は狂ったように自分の頭を掻きむしった。
明が慌てて誤解を解こうと口を開きかけたその時、自分が劣勢に立たされていると勘違いした陽菜が、誰も予想だにしない暴挙に出た。
彼女は自分の所有権をアピールするため、明に抱きつこうと机越しに身を乗り出した。しかし、あまりにも焦っていたため、彼女の足が机の脚に思い切り引っかかってしまったのだ!
「きゃあああっ!」
ドガァァァン!!
宙を舞った陽菜は、そのまま美月の机に激突した。机も椅子も美月も巻き込んで、全員が床に派手に倒れ込んだ。教科書やノートがまるで嵐が過ぎ去ったかのように教室中を舞い散る。クラスメイトたちの悲鳴と、制止しようとする教師のホイッスルの音が鳴り響く。
明は、瓦礫の山と化した教室の中心に座っていた。彼の死んだ魚の目は、究極の虚無の境地へと達していた。
初日……まだたったの初日だぞ……俺の平穏な高校生活は……終わった……。
少年は心の中でただひたすらに嘆くしかなかった。彼の母親は散乱した教科書の下でアハハと楽しそうに笑っており、一方の『脳内彼女』は泣きながら謝罪したかと思えば、彼の母親に向かって発狂したように暴言を吐き散らしている。
これはまだ、第1話に過ぎない。
明は悟っていた。この超絶ドタバタコメディという名のこの世の地獄は、今まさに幕を開けたばかりなのだということを!
お読みいただきありがとうございます!
第一話からいきなり教室が物理的に崩壊しました。
明くんの平穏な高校生活も、開始数ページで一緒に粉砕されましたね。南無。
いやー、タイトルが長いと内容もカオスになるという法則でもあるんでしょうか?(※自業自得です)
作者としては、ヤバい自称彼女とポンコツ若返りオカンに挟まれて絶望する明くんを眺めながら、楽しくてニヤニヤしながら書いております。強く生きてくれ、明。
少しでも「タイトル長すぎ!」「明の胃が心配!」「オカンのメンタル強すぎ!」と思ってくださった方は、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】をポチッと【★★★★★】にしていただき、ブックマークに追加してもらえると、作者が小躍りしながら次話を執筆します!
次回、明くんの胃薬の在庫は持つのか!?
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