文化祭
「咲夜って、西高の文化祭来る?」
「もちろん行くよ」
咲夜は私の淹れたコーヒーをおいしそうに飲んでくれながら笑顔で答えた。
「ところで蓮のクラスは何をするの」
「んー、メイドカフェだよ」
カチャっとコーヒーカップが乱暴におかれる音がした。
「………それって、蓮がメイド服を着るってこと?」
「そんなまさか!私は調理場担当だから」
「そっかあ。それは良かった」
「それってどういう意味?」
──確かに私は地味でメイド服なんてかわいいものは似合わないけどさあ。
「いや違うんだよ。これは蓮が思っている意味じゃないんだ」
少し不機嫌そうな私に対して咲夜は慌てて弁解してきた。
「ただ蓮のかわいい姿が僕以外に見られるのが嫌なんだ」
「またまたー。無理に私をかばってくれなくていいから」
そんなことないもん!ほんとだもん!とへそを曲げる咲夜。
──明日はついに学園祭か。
長い長い準備の集大成がついに披露される時が来たのであった。
◇
さて、メイドカフェの方はなかなかに盛況だった。
なにぶん学園祭クオリティなので一から全部は調理できない。レトルトや冷凍のものを出しながらも紅茶やコーヒーは自分たちで淹れていく。
「萌えケー一つ注文入りましたー!」
「はーい」
萌え萌えキュンキュンケーキ、略して萌えケー。とはいっても業務用の冷凍ケーキだ。解凍しておいたものを紙皿に乗せて出すだけ。
ただしこの時給仕のメイドさんたちによって「萌え萌えキュン」とハートマークとともに萌えをサービスしてもらえる。女の子ならよいが、男子メイドの時は…それはそれは見ものだろう。
「アールグレイ」
「ミルクティー二つ!」
「カレー2皿」
ああ、厨房が回らない。大混乱の中私は何とか一度目の仕事を終えた。
「めっちゃ忙しかったよねー」
「うん、休む暇もなくてさあ」
数少ない友人たちと他クラスの模擬店を回ることとなった。
鈴木さんと田中さんの二人であるが、どちらもアニメや漫画などちょいオタである私と共通の趣味を持っていて親しくなった。あまり騒がしい方ではなくなんとなく波長が合うと感じている。
「あっ、あそこにいる人物凄いイケメンじゃない?!」
鈴木さんの歓喜の声に視線をやるとそこにいたのは咲夜であった。某有名私立の制服を着ており、そばには同じ制服の人が何人かいる。
「やばい、二次元から出てきたみたい!」
「そ、そうだね!」
もし知り合いだってばれたらどう思われるのだろう?
私は若干二人の興奮に乗り切れないまま同意しておく。
思い出されるのは中学までの出来事。彼はそれは物凄いほどモテていた。身長が高く、運動神経も抜群。顔がよくて秀才。考えうるすべてのスペックがカンストしており、皆(主に女子)のあこがれの的であった。
そしてそんな彼と一緒にいるとき、私はというと、どこか場違いな位置にいるような感覚に襲われていた。
どこをとっても平凡でしかない私はここにいてはダメなんじゃないか。
実際、他者からの視線にも“どうしてあの子が?”というような疑問の入り混じった感情が含まれていたし。
──目が合った。
咲夜は何かを口にしながら手を振ってきた。
だけど手を振り返す勇気もなく…。
──無視しちゃってごめん…。
心の中で謝罪をしながらその場を後にした。
◇
二回目のシフトに入ったとき、トラブルが発生する。
「後藤さんが体調不良で倒れちゃったみたいで」
「まじ?人足りなくないじゃん。今から呼ぶ?」
そんな折に私がエプロンを着て準備していると、あっ!と声が上がった。
「後藤さんと柏木さん身長同じくらいだよね?」
──確かに…いわれてみれば?
「代わりにちょっとやってくれない?」
「で、でも調理場は…」
「そっちはたぶん大丈夫。飲食バイトで無双してた美香がいるから。回ると思うし」
──でも…恥ずかしい…。
「大島さん来てー!」
「はーい?」
ギャル系の大島さんが呼ばれてやってきた。今日の彼女は高い位置でポニーテールをしており、メイクなどもかっこいい雰囲気でまとめている。
「急遽出ることになったから、柏木さんを前みたいに何とかしてあげてほしいの」
「ふーん。まあ任せといて!」
大島さんの瞳がキラリと光った。
「いやあ、見違えたねえ」
私もまったく同じ気持ちだ。今回はあまり使っていなかったメイク道具を貸してくれるというご好意があり私の顔はもう、赤の他人とばかりの大変身を遂げた。
「メガネはいいの?」
「はい。実は伊達だから」
これは昔からきつい印象を抱かれる目元だったので度がない眼鏡をかけてごまかしていただけだったのだ。
今日だけは外してしまおう。
初めての接客はとても大変であった。
そもそも「お帰りなさいませ」というのも噛んでしまいそうで慣れなかった。しかし、なんとかコツをつかみ最低限の接客ができるにまでなった。
「これ四番テーブルにお願いね」
そうして渡されたのは萌えケーであった。
「私が、ですか?」
「指名が入っているから」
それはなんとも奇特な人だ。いったいどんな人が私なんかに指名なんぞしたのか。
「お待たせしました。ケーキでございます」
──ああいやだ。このあと恥ずかしいセリフを言わなければならない。
だがこれが仕事だ。やるしかない。
「おいしくなーれ!萌え萌えキュン…」
棒読みにならないように神経を使いながらやり遂げる。
前方ではお客さんが笑いをこらえるようにぶるぶる震えている姿が見えた。
──恥ずかしすぎる。
真っ赤になっているとそのお客さんの服装に見覚えがあることに気が付いた。
咲夜の学校と同じ制服だ。
──もしかして。
顔をこちらに向けたお客さんは、やはり予想通りの人物であった。
「さ、咲夜?」
困惑する私をよそに咲夜は早口で言う。
「ありがとう蓮。君のおかげでこのケーキは何倍にも万倍にもおいしくなったと思う」
「でもさ、蓮、昨日は給仕はしないって言ってたよね?」
「それは、急遽しかたなく出ることになったから」
咲夜は私の手のひらをつかむ。
「駄目だよ、蓮。僕以外にそんなにかわいい姿を見せちゃ!みんな君のことを大好きになってしまうよ」
──そんな大げさな。
私は人前でそのようなことを言われて恥ずかしくなってしまう。
少し困っていた時にすっと割り込んできた人がいた。
「…困ります、お客様」
それは執事服を着た瑠璃川君であった。
「お前は!」
「おさわりは厳禁、でございます。どうかご遠慮ください」
胸元に手をあてて折り目正しい礼をする。海外の血が入っているからだろうか。その姿は誰よりも様になって見えた。
「あれ?瑠璃川君…シフトかぶってたっけ」
「いえ。急遽変わっていただきました」
──へえー。何かあったのかな。
「今後このようなことがございましたら、すぐに私に声をかけてくださいね」
その優しい表情に私は思わず見とれてしまった。
──瑠璃川君って普段は氷の王子のようだと言われてるんだよね?
あまり感情を表に出さず、いつも冷静。そして積極的に他者と関わることはしない。そのため勉学に秀でていて顔がとても良いにもかかわらず、孤高の存在であったのだ。
──だけど、意外とそんなことない気がする。
関わっていくうちに恥ずかしがる顔、怒った顔、そして見とれるほどきれいな優しい笑顔…いろいろな顔を見せてくれるようになった。
「ありがとう。瑠璃川君」
笑顔で返すとふと一瞬瑠璃川君の動きが止まった。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
そういうと彼は反対側を向いてしまった。
きれいな形をしたすらっとした背中が見える。
──瑠璃川君はいまどんな顔をしているのだろう。
ふと、気になった。




