嫉妬
私は今日も元気に学校に向かう。今日はちょうど文化祭2週間前であった。
「おはよう。瑠璃川君。あの、昨日は迷惑かけちゃって」
「おはようございます。昨日のことは特に迷惑だとは思っていません」
そうは言ってくれているけどそんなことはないと思う。昨日の去り際にはそれはもう冷たい目をしていたし。怒っていても気を遣って態度に出さないでくれているんだ。
感謝と申し訳なさを感じながら席に着く。
出席確認があり、いつも通り授業が始まった。
◇
──やばい。今日体育の授業がある!
私は今更衝撃の事実に気がついた。
体育ではジャージに着替えなければならないが、これは胸元の上が露わになってしまう。そして、それすなわちキスマークが外の人に丸見えになると言うことだ。
まだ昨日の跡が残っている。
仕方なしに私は首元に絆創膏を貼ってやり過ごすことにした。
そして首どうしたのー?と聞かれても虫刺されがかぶれちゃってー!と答えておく。
これでいいはずだ。
万全の状態で着替える。
そして、授業は無事にやり過ごすことができた。
◇
しかし、1人の人物の目は欺けなかったのである。
「最近暑くなってきたよね」
まだ五月なのにもう夏の気配が近づいてきている。最近思うが春なんてものは無くなってきているのではないか?冬から突然夏が来ている感覚がある。
目の前には瑠璃川君が座っていた。
今日も今日とて文化祭の準備だ。メニュー表や校内パンフレットの案内書を書くこととなっている。
「それにしても瑠璃川君って字が上手だよね。私こんなに上手く書けたことがないよ。この“を“とかさ、お手本みたい」
「…一応習字教室に通っていたのでそのせいかもしれません」
「へぇー、凄いなあ。字が綺麗ってそれだけで印象が良くなるもんね」
机をくっつけて作業をしているが、どうしても目の前の瑠璃川君を見てしまう。手際がいいし、字が綺麗。それにイラストもなかなかに上手なのだ。デフォルメされていて、でもリアリティがあって美味しそうだ。
私も集中しなければとクラスの紹介ページをレイアウトする。
“メイドカフェ“
手作りケーキにお菓子、紅茶などが楽しめます。
それだけでは寂しい。やはりメイド部分を強調するべきか?
可愛い子からゴリマッチョまで幅広いメイドさんがあなたを迎えます!
これもふざけてる感じだ。
──うーん行き詰まった感。
再び前の机に目が向く。瑠璃川君の素晴らしい技術に惚れ惚れしたい。しかし、作業があまり進んでいなかった。
──あれ?
瑠璃川君もこっちを見てた…?
一瞬目が合うが逸らされてしまう。
考えることは同じらしい。ほのぼのとしていると彼が珍しく口を開いた。
「首元、大丈夫ですか」
何のことだろうと思って思い出す。そうだ絆創膏で跡を隠していたんだ。
答える準備はしていたのだけれど初めてこのことを聞かれた。さっそく考えておいたセリフを口に出した。
「虫刺されがかぶれちゃったんだー」
「朝はありませんでしたよね」
「…うーんそう。急に痒くなっちゃってー」
意外にも見られていたらしい。挨拶をして謝った時なのか?じゃあ彼は私が隠しているものを既に見ているのでは?
ブラウスのギリギリの位置にあるこれは簡単に見えてしまうものだ。そう、彼には既にこの下にあるものがバレているのだ。
──けど、一般的にキスマークってあの一瞬で分かるのかな?それが分かるってよっぽどのプレイボーイってことじゃない?瑠璃川君は寡黙でそんなイメージないし大丈夫かな!
勝手に都合のいいように考えておく事にした。そっちの方が精神的に楽だからね。
作業に戻り、カリカリとシャーペンを動かしていく。
◇
朝に顔を合わせた時、制服の襟の影に赤い内出血が見えた。
真っ白な肌の中に差した赤はとても目立っていた。
瑠璃川はそれを見た瞬間察した。
──これは百合咲夜がつけたものだと。
おそらく昨日の小競り合いの後のことだろう。瑠璃川に対する牽制のためにわざと見えやすい位置につけたのだ。なんとも歪んだ独占欲と嫉妬心である。
彼らの関係は直接聞いたことはない。ただ、今までの情報を鑑みて、恋人同士であることは確かであろう。
最初に会った日──そう、公園で出会った日に彼女がくれた言葉は心の支えであった。いつか再開して思いが伝えられたらと、密かに彼女を探していた。そして入学式で彼女を見つけた時には自分でも珍しく感情が大きく揺れ動いた。
気づけば彼女の後を追い向いてもいない学級委員などになる羽目にもなったが、それでも共に時を過ごせることは幸せであった。
だが、家を訪ねていった日に瑠璃川は現実を思い知ることとなる。
彼女の隣には既に想い人が居たのだ。
途端に世界が暗くなっていく感覚がした。
もっと早く彼女と再開できていれば、あの位置にいたのは私だったのだろうか。
何度も自問自答するも、たらればの話をしても不毛なだけだ。
そして、彼は決心する。想いを伝えられなくてもいい。なるべく彼女に近く、見守って側にいられればそれでいい。それ以上は望むまいと。
しかし、その決意はしばらくして瓦解した。
彼女の恋人である人物と直接対峙した時、瑠璃川は2人の関係に大きな歪があることを見出した。
あれは男の執着が大きすぎる。彼女との関係を長くは続けることは不可能に近いだろう。どちらかが精神をすり減らして、それで終わりだ。
その時には私は遂に念願を果たすことができるのだろうか。
限りなく無に近い可能性だが、瑠璃川はその時を夢見ていた。




