八話
「そんなことがあったんですね……。でもいくらミズキさんのせいでも、追い出すなんて、やり過ぎだと思います」
「はは」
「そんな人達、許したら駄目ですよ! ちゃんと文句を言わなきゃ、職場環境は改善しないんですから!」
やけに熱烈な返事が帰ってきて驚くと、「すみません」とメグが息をつく。
「昔、働いていたところの職場の能力差別が酷くて、言われた方は『それは事実だから……』なんて言って反論しないせいで、全員がそんな風になってたんです。だから差別を受けてる人に声を掛けて『一緒に声を上げよう』って言ったんですけど、断られちゃって……ってすみません、変なこと喋っちゃいました」
「いや、いいんですけど、その後はどうなったんですか?」
「結局、私は職場で起きた差別を全部記録して、警備隊と取引先、職員の家族全員に匿名で送りつけて、その街から逃げました!」
「そうなんですね」
なかなか破天荒なことをするな、と感心していると、ビルが呆れたように口を開いた。
「それで、メグは両親が居る街から逃げて、この街に来たんだ」
「別にパパとママから逃げたわけじゃないもん」
メグはぷくっと頬を膨らませて、子供みたいに口を尖らせる。
「メグさんは、おいくつなんですか?」
「今年で二十歳です! ミズキさんは?」
「二十二歳です」
答えると、メグは驚いた顔を見せる。「もうちょっと年上かと思いました」と言われて、ちょっと複雑な気分だ。
それにしても、さっきメグは「昔いた」職場だと言っていたから、十代でそこまでの行動をしたということなのだろう。行動力に思わず感心する。
「その、よかったら、街の案内をしましょうか? 私今日、休みなんです」
「えっと……」
「迷惑じゃないですから! あ、私が迷惑だったらもちろん断ってもらって良いんですけど……」
ぐい、と近づいてくるメグに思わず距離を取って、ディナの方を見ると、申し訳なさそうに「嫌なら嫌って言っていいからね」と声をかけられる。
「その、メグさんが良ければ、お願いします」
「了解です!」
取り敢えず、服を買う必要がある。メグからいつまでも服を借り続けるわけにはいかないし、どちらにしろ、少しの間はここで過ごすことになるだろうから、いくつか必要だ。
幸い、マウントの街では暇さえあれば日雇いの仕事をやっていたおかげで、お金には余裕がある。
メグになにかお礼もしたいし、街の様子も気になる。
ここは好意に甘えておくのがいいだろう。
「私に任せてください! この辺りのお店なら殆ど網羅していますから!」
メグはニッコリと微笑んで「さあ、早く準備をしてください!」とご飯を食べ終わった瑞希に部屋へ戻るよう促した。
◇
瑞希は鏡の前で映る自分と見つめ合う。
メグから「服を着替えてください」と渡された服は、ズボンと長袖の服だった。別にそのままでも良かったのだが、渡されたら着た方が良いだろう。
ただ、渡された服のトップスが可愛らしい見た目だった。色はベージュでシンプルだが、襟がヒラヒラしていて、今の瑞希には似合わない気がする。
まあ、どんな服を着ていてもこの国ではそこまで目立たない……とは思うが、流石に似合っていない服を着ていたら目立ってしまう。
うまいこと肩のあたりのゴツさが軽減されているようには見えるが、きっとメグなら可愛く着こなせられるのだろうと考えると、何となく服に申し訳ない気分だ。
まあ、そこまで着る服にこだわりはないので別に良いのだが、あんまり目立つのは好きじゃない。大丈夫だろうかと確認していると、外から「まだかかりますか?」とメグの声が聞こえる。
「もうちょっとだけ待ってください」
急いで残りの準備をして外に出ると、可愛らしい水色のトップスと、ミニスカートに着替えたメグがいた。
「着てくれたんですね」
「うん」
メグは瑞希の全身を見ると、フフッと笑う。
「変ですか?」
「いえ、似合ってます。思ったより似合っているので、やっぱり私の見る目は正しかったんだと思って」
「ちょっと見苦しいと思うんですが」
「そんなことないですよ。ミズキさんは思ってるより可愛いです」
「……そうですかね」
「あと、ミズキさんは歳上なので敬語はやめてください!」
「……じゃあメグもタメ口で」
「仕事で癖がついていて敬語のほうが楽なんで!」
メグはかなり自分に正直な性格のようだ。屈託のない笑顔からは、オレンジ色の髪とぴったりな明るさを感じる。
「じゃ、行きましょうか。どこか行きたい場所はありますか?」
「服を買いたい」
「それなら私に任せてください! 色んな場所を知ってます!」
「……一応、地味めな服が置いてある店がいいんだけど」
「むぅ、ミズキさん、可愛い服が似合うのに……」
「目立つのは好きじゃないんだ」
メグは少し口を尖らせて不満げだ。
全てを任せてしまうと、可愛い服で全身をコーディネートされそうだ。
メグはあっさり「それなら、いい場所があります!」と宣言する。一瞬、信じて良いのか疑うが、メグは「ミズキさんの好みだと思います!」と自信満々に言うので、ひとまずは信じることにしよう。
◇
「ミズキさん、通信時計は持っていないんですか?」
「持ってたけど、いつの間にか無くなっちゃてたね」
「やっぱり、酷い職場じゃないですか! 私物を壊すのは犯罪ですよ!」
「はは……」
街は人通りが多く、メグの言っていた通り観光客らしき団体もいくつか見える。
この世界にも会社という存在はあるが、冒険者パーティーとは少し違っていて、制度としては冒険者パーティーの方がかなり緩い……というより、そもそもの制度が根本的に異なっている。
冒険者パーティーは、つまるところ、大学のサークル活動に近い。サークル活動よりは制度がしっかりしているが、会社が人を集めるものだとしたら、冒険者パーティーは集まった人の集団だ。
多分、ヴォルがミズキにやったことは犯罪にならない。……いや、流石にヴォルがやったことは犯罪になるかもしれないが、証拠がないのでどうしようもない。
だけど、メグに説明をした時に冒険者パーティーではなく、会社と言ってしまったので曖昧に返事をする。
「でも、通信時計は持っていたほうが良いんじゃないですか? 買わなくて良いんですか?」
「取り敢えず、服が先かな。いつまでもメグの服を借りるわけにはいかないし」
「分かりました」
通信時計とは、他人と簡単に連絡が取れる時計型の機械だ。腕時計のような形をしていて、手をかざすと空にメッセージが出て他人と簡単にやり取りが出来る。メールと時計機能だけが使えるスマートウォッチ、に近いだろうか。そう聞くとなんだか微妙なものだが、電波という概念が無く、魔力で動くので、魔力さえあればいつどこでもメッセージのやり取りが可能だ。
魔力はこの世界の殆どの人が持っているもので、瑞希の感覚で言うと電気に近いだろう。タッチパネルに反応する仕組みと似ている。
他にも手紙を使ったやり取りは出来るが、若い人は殆どその通信時計を持っている。
ミズキも持っていたはずだが、ここに来る途中でいつの間にかなくしてしまっていた。
早急に買うべきなのかも知れないが、連絡先の引き継ぎが出来ないので、急ぐ必要がない。
(どっちにしろキュアと連絡先は交換できなかったってことか)
連絡先は通信時計がないと交換できない。昨日はそんなことにも気が付かなかったなんて、やっぱり疲れていたみたいだ。
「あ、あそこです!」
ぼうっと辺りを見回していると、メグに腕を引っ張られる。
メグの視線の先には、蔓が全体をぐるりと覆っている怪しい雰囲気の建物。もしかしてあそこに行くのだろうか。思わず眉を顰めると、メグが「安心してください! ミズキさん好みの服が置いてありますよ!」と続ける。
(どんな服が好きかなんて言ってないんだけどな)
昔はよくダジルとリンナと一緒に買い物をしたり、遊んだりしていたが、ここ数年はそんな事をした記憶がない。
少々強引なメグに少し苦笑するが、取り敢えずはメグの言う通りにしようと、大人しくその後に続く。




