五話
魔物や動物が現れることもなく、他の人にも遭遇しないまま、二人は境の森を抜けた。
キュアが先導してくれたおかげで、特に迷うことなく、日が暮れる前に街へ到着することが出来そうだ。
安堵とともに、なぜキュアがあんな場所にいたのだろうと考えるが、深入りし過ぎは良くないだろう。
ここに到着するまでの会話で、キュアが仕立て屋だということを知った。だから、こんな素敵な格好をしているんだと納得すると、「ここでお店を開こうと考えているの」と教えてくれた。
年齢を聞くと、瑞希と同じ二十二歳だという。少女のように見えたから少し驚いた。そういえば、ミズキも二十二歳なのでその辺りの違和感もない。
若いのに凄いなと思いながら、瑞希も「ミズキ」の過去のことを語った。「銀の覇者」のことは伝えていない。言ってしまったらいろいろ分かってしまいそうというのもあるが、「銀の覇者」の悪口を言いたくないというのが大きい。
そこら辺を上手く誤魔化して「街から追い出されちゃった」と笑いながら言ったら、「この人大丈夫?」と言わんばかりの表情で見られてしまった。
歩いていると少し肌寒くて、ミズキの記憶が今は秋だと教えてくれる。この世界の四季がどんな仕組みなのか、詳しいことは分からないが、多分瑞希の知識と同じだ。暦もあって、それも瑞希がよく知っているものとほぼ同じだが、毎月三十日までと決まっている。
ミズキが追い出されたのは九月十五日の夜、キュアに確認したら今日は十六日のようで、あれからまだ一日しか経っていない。
(そういえば、私が死んだのも、九月十五日じゃなかったっけ)
確か、そうだったはず。まるで運命と言わんばかりの合致に、若干の気持ち悪さを覚える。
そんな事を考えながら、キュアと他愛もない会話を続けていると、門番がいるリバーの街入口に到着する。
特に止められることもなく、二人はそのまま街の中に入った。
「僕はギルドに行こうと思うんだけど、キュアはどうする?」
「……私もギルドに行こうと思ってたから、一緒に行っても良い?」
「わかった」
二人はギルドがあるであろう場所に向かう。何処にあるのか通行人に聞こうとしたが、キュアが先導してくれた。キュアはこの辺りに土地勘があるのだろうか。
辺りは日が暮れ始めていて、ギルドにはちらほら人が集まっている。
ギルドは、簡単に言うと仕事を斡旋してくれる案内所……いろいろ仕組みが違うので厳密には違うが、日本でいう役所のような存在でもある。
冒険者ギルド、商業ギルドなどがあって、雰囲気は役所の窓口によく似ている。
ミズキのいたマウントの街には魔物が多いせいか、冒険者ギルドという冒険者専用のギルドがあったが、ここは分けられていないようだ。
中に入ると、冒険者の受付の所がやはり混雑している。
「じゃあ、ここで別れようか」
「う、うん」
「今日はありがとう。いつか必ず、お礼をするね」
「そんな、お礼なんて……。あ」
あそこでキュアに出会ってなかったら、きっと今日は野宿だっただろう。感謝してもしきれない。
キュアは遠慮がちに断るが、「あの……」と続ける。
「お礼は気にしないでほしいんです。ただ、お店ができたら、来てほしいなって」
「もちろん! 僕もちょっと気になってたんだ。絶対行くよ」
きっと素敵な服を作るのだろう。可愛いものを見るのは好きなので、思わず前のめりで答えると、キュアは照れくさそうに笑う。
すると、遠くから「今日の受付もうすぐ終わります」と声が聞こえてくる。
「じゃあ、また今度」
「う、うん!」
別れを告げ、瑞希は日雇いの受付場所へと向かう。
掲示板に貼られている内容は、どれも肉体労働ばかりで、華奢な瑞希にはちょっと荷が重そうだ。
「なにかお探しですか?」
職員と思われるオレンジ髪の小柄な女性に声をかけられ、瑞希は苦笑しながら「ちょっと仕事を探していて」と答える。
「どのような仕事をご希望でしょうか?」
「特にはないんですが、あんまり肉体労働は向いてないかなって」
「なるほど。その、申し訳ないのですが、この街のギルドにくる日雇いの依頼は、肉体労働ばかりでして……」
「そうなんですね」
「ところで、ギルドカードはお持ちですか?」
瑞希は自分の体をまさぐるが、なにもない。
ヴォルに連れられていた時に無くしてしまったようだ。財布もなくなっているが、小銭しか入っていなかったのでそこまで問題はないだろう。
「お持ちでなければ、お作りしましょうか?」
「いや、えーっと、なくしたみたいです」
「ならば、再発行しますか?」
「お願いします」
受付のテーブルまで向かって、瑞希は不思議な機械の上に手をかざす。
この世界は案外ハイテクだ。能力によっては魔法が使えるのだが、その魔法の技術がかなり発展していて、便利な物が沢山ある。
今も、この機械が個人を認証してカードの再発行をしてくれる。
(連絡先、聞いてない)
今更、キュアと連絡先を交換していないことに気がつく。お礼をするといったのに、これでは口だけの卑怯な人間だ。
(店が出来たら分かるかな)
遅くなるが、店を開くと言っていたから、会いに行けるだろう。
もしや、わざと交換しなかったのだろうかと考えるが、それなら店に来てほしいなんて言わない……と思う。
ピッと音が鳴る。カードが出来上がったようで、瑞希が手を離すと、ギルドカードを渡される。
「ギルドカードの再発行が完了しました。手数料はこちらで引き落としてもよろしいですか?」
「お願いします」
渡されたカードのパーティー所属状況は空欄になっている。
ダジルが手続きをしてくれたのだろうと考えると、ちょっと複雑な気分だ。
ギルドカードは、身分証のようなものだ。マイナンバーカードを更にハイテクにした感じで、キャッシュカードのような役割もあったりと、その用途は多岐にわたる。
他にもいろいろ使う場面があって、これがかなり便利だ。
「ギルドカードがあれば、日雇いではない仕事を案内できます。こちらに登録してもらえればこちらで探しておすすめを教えられますが、いかがなさいますか?」
「じゃあ、お願いします」
マウントの街では日雇いの仕事ばかりをしていたから、少し新鮮だ。職員が渡してくれたタッチパネルのようなものに手をかざすと、『ご登録ありがとうございます』と返事が返ってくる。
「これで終わりですか?」
「はい。もしかして始めて使いましたか?」
「いつも、日雇の仕事ばかり選んでいたので」
「そうなんですね。日雇いだと、雇い主と利用者の皆様が直接やり取りすると思いますが、それ以外だとギルドのほうが仲介しますので、なにかあれば私達にご相談ください」
「はい。ありがとうございます」
なんて便利なんだと感嘆すると同時に、なぜすぐに自分は働こうとしているんだと頭の中でツッコミを入れる。
(ちょっと休憩が必要だ)
そもそも、ギルドに来たのはこの街の雰囲気を確認するためだ。断じて就職先を探すためじゃない。
周りを見回して、瑞希は思わずため息をつく。
冒険者は入口で感じたより多くなくて、意外にも商業ギルドの受付には、冒険者よりも多い人だかりがある。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか」
「はい、なんでしょう」
「ここの近くに、宿ってあります? 急にこの街に来たので、どこかに泊まりたいんですが、ここらへんって混雑してますか?」
「そうですね……少々お待ちください」
少し待つと、地図を広げて、ここと、ここと……と職員が宿のある場所に印をつけていく。
「この印のあるところが、宿になります。数が多めなので、どこかには泊まれると思いますが、リバーの街は観光地ですから、早めに確認したほうがいいかもしれないです」
意外と多いなと思っていると、地図を渡される。
「よかったら、持っていてください。ここに来たばかりならきっと役に立つと思います」
「ありがとうございます」
親切な職員だと感心していると、「あ、私のおすすめはここです」と一つの宿を指さされた。何がおすすめなのか聞こうとしたが、何となく聞くのをためらって「そうなんですね」と瑞希は空返事をした。




