四話
瑞希は「ミズキ」の記憶を思い出し、今の状況を整理する。
まず、ミズキはこの世界で生まれ、今まで育ってきた。
この世界は瑞希が暮らしていた地球とは大きく異なっていて、瑞希の知識にある言葉で言うなら、ファンタジーゲームのような世界によく似ている。
この世界には魔物という凶暴なモンスターが存在していて、基本的に街以外の至る所に存在している。たまに街に降りては人を襲うので、定期的に魔物狩りをする必要があるのだが、それを請け負うのが冒険者という存在だ。
冒険者は魔物狩りを主に、他にも危険な仕事や、特殊な仕事をすることが多い。
ミズキは冒険者になるつもりなんてなかったが、紆余曲折を経て、幼馴染のダジルとリンナ、三人で一緒に冒険者パーティー「銀の覇者」を組んだ。
順調にそのパーティーは大きくなり、やがて「銀の覇者」は街一番の冒険者パーティーになった。しかし、最終的にミズキはダジルによって追放されたというわけだ。
その理由は何となく分かる。この世界には能力といって、一人一人が持つ、特別な力がある。
その種類は多岐にわたり、未だに新種の能力が発見されることもある。そして、その能力によって人々は様々な選択をすることになる。
戦闘系に有利な能力を持っていたら、冒険者や騎士になるし、料理や裁縫などの家事に関するものであれば、料理人や仕立て屋になる。
必ずというわけではないが、多くの人が能力を活かした職業についている。
その中でミズキは、なんとも微妙な能力を持っていた。
「超再生」という名前だけを聞くと、大層なものに聞こえるが、実際はちょっと自分自身の再生力が人より大きいだけだ。
――再生。そう、驚くべきことに、この世界の怪我は時間経過で治っていく。瑞希の世界でいう自然治癒とは少し違って、自然治癒しないであろうものまでもが時間経過で治っていくのだ。
全てがそうというわけではない。失った腕は生えてこないし、死んだ人間が生き返ることもない。だけど小さな怪我……骨折ぐらいまでなら、大抵が時間経過でもとに戻る。もし、それでも治らないようなひどい怪我をしたり、早く治したかったら、治癒再生などの能力を持ったものに治療してもらうことになる。
ミズキの能力は、かすり傷程度なら一瞬で治り、足をくじいたらちょっと人より治るのが早いぐらいのもの。……それと、殴られてもちょっと経てば元通りになるくらい。
冒険者パーティーというお互いを助け合う集まりにおいて、ミズキの能力は必要とはされなかった。
だから、追い出されたのは仕方がないと言えばそうなのだが、違和感が残る。
ミズキを殴ったのはヴォルという最近パーティーに加入した大男だ。殴られる以前に、ミズキとヴォルが会話した記憶はなく、どんな人だったかはよく分からない。ただ、ダジルと一緒に居るのを見たことがあった。
だからダジルから信用を得ているのだと思っていたのだが、ダジルはあんな暴力を振るう人を側に置くような奴だったろうか。
ミズキはパーティーの皆に嫌われていたかも知れないが、一方的に殴られたのは始めてだ。
急なダジルの追放宣言に、なぜかミズキを殴ったヴォル。
なにかおかしい、と考えているとあることに気がつく。
(似てる)
瑞希が車に突っ込まれる前、古本屋で見ていたあの漫画の冒頭にそっくりだ。
確か、主人公はミズキで、追放してきたのは……ダジルと言う名前の若い男で、同じ髪型、同じようなことを言っていた気がする。
それに、手鏡を通して見た自分も、あの漫画の主人公とそっくりだった。
(あれ?)
ミズキは新たな違和感に気がつく。ミズキの記憶を思い出していると、あることを思い出した。
――ミズキにも、瑞希の記憶がある。
おかしなことに、ミズキは小さな頃から瑞希の記憶を持っていた。しかも、その記憶の最後は、瑞希の最後と同じ、車に突っ込まれて終わる。
(んん?)
ミズキの記憶をあっさりと理解できたのはそのせいかと納得しかけるが、明らかにおかしいだろう。
(ミズキは、瑞希の記憶を持っていて、また、ミズキに瑞希の記憶が入ってきた?)
つまり、この世界はあの漫画の中の世界で、主人公であるミズキに瑞希が乗り移ったと思ったら、ミズキは最初から瑞希だった。
(意味が分からない)
瑞希の記憶は、ちゃんと自分のこととして認識できるのに、ミズキの記憶も自分のこととして認識できるせいで、考えれば考えるほどわからなくなる。
それでも別人だと思うには、一つの理由がある。
(僕は男だ)
身体が違うのだから、ミズキと瑞希は別人のはずなのに、なぜだか頭の中で、その認識が溶けていく。
「ミズキ? まだ頭が痛むの?」
「いや、ちょっと考え事をしていただけだよ。そろそろここから離れよう」
周りの光景から推測すると、今は昼過ぎぐらいだろう。
ここがどこかはわからないが、街に到着するまでに日が暮れてしまうかも知れない。
思い出したミズキの記憶から、自然とそう考える。
「そういえば、ここがどこの街か知ってる?」
「一応、ロックの街だけど、ここは境の森。向こう側がリバーの街に続くの」
「なるほど」
境の森は街と街を隔てる、深い森のことだ。魔物が多く生息する場所になっていて、たいてい街同士は境の森か、境の海で隔てられている。
街はこの世界、というよりミズキの生まれたルミナス王国にある人々社会活動の中心の場所……ざっくり、市町村的なやつだ。
リバーの街は、ミズキがいたマウントの街から遠く離れた場所に位置している。記憶が正しければ、マウント、アース、ロック、リバーの順番に位置しているはずだ。
パーティーを追放されたミズキは、ヴォルに殴られた後、気を失ったまま何処かに連れて行かれたのだが、まさか三つも離れた街へ置き去りにするとは。
「なにか思い出した?」
「僕はマウントの街にいたんだ。まあ、なんかいろいろあって追い出されちゃったんだけど。殴ってきたのは昔の……仲間みたいなものでさ、自業自得ってやつだから気にしないで」
途中で悲しそうな顔見せるキュアを安心させようと付け足したが、余計に悲しそうな表情になってしまった。
「キュアは、なんでここにいるの?」
話題を変えようと、質問を投げかける。
境の森はどこもあまり安全な場所じゃない。魔物や凶暴な野生動物がいる。
なぜ、あんな場所にいたのだろう。こんな場所に何か用事でもあったのだろうか。キュアの方を見ると「ええと……」と濁される。
「えっと、無理に言わなくていいよ。ちょっと気になっただけだから」
「いえ、あの、私もマウントの街にいたんだけど、こっちに旅をしに来ていて……」
「へえ」
そろそろ移動しようか、と瑞希が声を掛け、二人は立ち上がる。
「大丈夫?」
思わずふらついた瑞希の手をキュアが掴む。
「大丈夫。ありがとう」
すぐに姿勢を正して感謝の言葉を口にすると、キュアが頬を赤く染めて、パッと手を離した。
(変な事しちゃった?)
瑞希という一人の女の記憶があるせいで、ミズキは物心つかない小さい頃、自分のことを女だと思っていた。成長して男としての意識が芽生えても、なかなか男として女と接することが上手く出来なかった、というより、自然な接し方が分からなかった。
その上、小さな体に大人の記憶が入っていたので、子どもとしての振る舞いも難しくて、事あるごとに「大人ぶってる」やら「女みたい」「変な子」とからかわれていた。
大人になってからは少なくなったが、一度リンナに、「女の子に対して馴れ馴れしいの、気をつけたほうが良いよ。私は気にしないけど」と言われたことがある。
初対面の男に馴れ馴れしくされると嫌なのは、瑞希にも分かる感覚だ。
「大丈夫?」
少し反省していると、キュアに声を掛けられ、瑞希は「うん」と小さく頷いた。




