二話
「私は……キュアといいます。歩いていたら、倒れているあなたを見つけたんです。あなたの他には誰もいなくて……。何があったか聞いてもいいですか?」
キュアと名乗ったその人は、ピンク色の瞳にピンク色の長い髪の毛をたなびかせ、薄ピンク色のワンピースを着ていて、全身ピンク色だ。
とても人を害するようには見えない。むしろ、華奢でとても可愛らしい少女のようだ。
(この子は、悪人じゃない)
そう思った瑞希は、ひとまず目の前にいるキュアを信用することにして、辺りを見回す。
周りには、一面に広がる草原、そして奥の方には深い森が見える。
自分自身を確認するが、殴られて痛くてたまらなかった全身は、いつの間にか痛みが綺麗サッパリ無くなっている。
「あの、鏡って持ってませんか? 持っていたら貸してほしくて」
「持ってますよ」
どうぞ、と手鏡を渡される。その手鏡が女児向けのアニメのグッズみたいにキラキラしていて、キュアの可愛らしい見た目から想像するものにぴったりだ。
(やっぱり)
瑞希は驚いて目を見開くが、ある意味想像通りでもあったので、困惑の表情を浮かべる。
鏡に映る顔は、瑞希とよく似ていて、少し違う。髪は元々ショートボブぐらいの長さだったが、さらに少し短くなっていて、どこか男性的な雰囲気を醸し出している。
先程自分から出た声は明らかに低くて、だからといって、喉を痛めているわけでもなかった。
(まさか)
瑞希は自分の胸、そして下半身に目をやるが、キュアの前で確認できないし、見たいとも思えない。
それも謎だが、もう一つ大きな謎がある。
(なんで顔がきれいなんだろう)
男は瑞希の顔も殴っていた。殴られる間、視界がぼやけていたから、てっきりひどい状態だと思ったが、鏡に映るのは傷一つない綺麗な顔だった。
しかも、その顔にはどこか既視感がある。自分の顔だから当たり前かもしれないが、そうじゃない、何か別の……。
どういうことだろうと顔の下に視線を移すと、見たことのないデザインの服を着ているのが見えて、その服が赤黒く汚れているのが確認できた。
「キュアさんが私を見つけてくれた時、私の身体に怪我の痕とかってありませんでしたか?」
「えっと、特にそんな風には見えなかったんですが、どこか怪我しているんですか?」
「……男に殴られて、気絶していたはずなので、なんで傷一つないんだろうと思って」
キュアは瑞希の言葉に目を見開いて「え」と声を漏らす。
そして瑞希の顔をじっと見た後、着ている服を見て「あ」と声を出した。
もしかして、顔の傷が自然治癒してしまう程の間、気絶し続けていたのだろうか。
(流石にありえないでしょ)
じゃあ、そもそも殴られたということが夢だったのだろうか。なら、なんで服に血のような汚れがついているのだろう。一つの辻褄を合わせると、もう一つが破綻する。
「もしかして、治癒関連の能力を持っているんじゃないんですか?」
悩んでいると、キュアがそんな事を言う。
「能力? 治癒?」
「はい」
当然のように出てきた言葉に困惑する。どういう意味なのか聞こうとする前に、更にキュアが口を開く。
「あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「……瑞希です」
キュアと名乗られたから、思わず名前のみを答えたが、逆のほうが良かっただろうか。
そう思ってキュアを見るが、彼女も不思議だ。
そもそも、キュアという名前や根本から毛先まで綺麗なピンク色の髪は、日本人には見えない。
じゃあ外国人かと言われると、それも微妙だ。何人と言われてもしっくりこない。言葉で表すなら、写真加工して現れるような美少女みたいな感じというか。
でも、喋っているのは日本語だし、通じている。
(ここはどこで、私は誰?)
そんな言葉が自然に出てくる日が来るなんて、と妙に冷静な頭で考える。
「ミズキ……。素敵な名前ですね」
「はは……」
「殴ってきた男に見覚えはありますか?」
「いえ……」
「嫌なことを思い出させたらすみません。でも、一方的な暴力は犯罪です。街の警備隊に報告するべきです」
「警備隊?」
「はい」
警察じゃないのかと思って思わず聞き返すが、なんとなくここが瑞希の知っている世界ではないと予想し、警察のようなものなのだろうと推測する。
「まあ、証拠もないし、そもそも男に見覚えがないので、言っても無駄だと思います」
「……そんな」
そんなことよりも、キュアの言っていたことが気になる。能力、治癒……。なんというか、ゲームにでてくるような単語だ。
瑞希は手鏡をキュアに返して、小さくため息をつく。
(私はあの男を知らないけど、あの男は私を知っていた)
ミズキくん、と彼は言っていた気がする。
そもそも、この体は瑞希のものではない……はずだから、男が知っているのは「ミズキ」であって「瑞希」じゃないということなのだろうか。
(乗り移ったってこと?)
幽霊が人間に取り憑くように、瑞希の魂がこの身体に取り憑いたとでも言うのだろうか。
じゃあ、この体の持ち主の意識はどこにあるのだろう。
瑞希は殴られる前、この草原で最初に目を覚ました前、車に突っ込まれて死んだ「大塚瑞希」じゃないこの「ミズキ」の記憶を思い出そうとする。
すると、ガンガンと頭が痛んで、知らない記憶が唐突に頭の中に溢れ出てくる。
あまりに痛く、右手を片手に当て小さく唸ると「ミズキさん?」と心配そうなキュアの声が聞こえる。
「大丈夫ですか……? ……ミズキさん!?」
瑞希はキュアの焦るような声を遠くで聞きながら、ゆっくり目を閉じた。




