第七話
部屋に戻って、リンナに座るよう促す。
「それで、……どこから話をしようか」
「……そうね、まずは最初からにしましょう。なんでミズキはここにいるの?」
「ダジルに聞いてないの?」
「聞いたわよ! 『ミズキはもう街の外に出た。役立たずな自分はもうこのパーティーにはいられないって言い残してな』って言われたわ」
「へえ」
「でも違うんでしょ、ミズキは追い出されたの。ダジルとヴォルに仕組まれたのよ」
リンナは瑞希を睨みつけ、「で、本当の所はどうなの?」と低い声で尋ねる。
答えを知っているのに、どうして聞いてくるのか不思議に思いながら、一応、ダジルに合わせるべきかと考える。
「本当の所っていっても、ダジルの言う通りだよ」
「嘘ね、ヴォルが『ミズキを殴り飛ばした』ってきったない顔で喋ってたところを見たわよ。あなた、ヴォルに街から連れ出されたんでしょ。悪いけど、家にも入らせてもらったわ。いつも通りのきれいな部屋で、あのまま街の外に行こうなんて考えるとは思えないわね」
じろりと睨まれてしまい、瑞希は思わず目を横に逸らす。
「あなたも、ダジルも、嘘つきばっかり。知ってる? ミズキがいなくなってから、ダジルは性格が三倍ぐらい悪くなったのよ。おかげで周りからの信用はガタ落ち、隣りにいるヴォルは能力差別主義者だって有名だから、ダジルも同じなんだろうって。でも実際そうなんだから仕方ないわよね」
フンと鼻を鳴らして、リンナは腕を組む。
「ダジルとヴォルによって、ミズキは街の外に追い出されて、その間、ヴォルはミズキに暴力を加えた。違う?」
「……概ねあってるけど、僕を街の外に出せって言ったのはシルヴァで、僕を連れ出したのはヴォル一人だった」
「……へぇ」
「言い訳に聞こえるかも知れないけど、僕は何も知らないまま急に街から出されたから、詳しいことは分からないんだよ」
「つまり、ミズキには何の否もないはずなのに、勝手に追い出されたってことね」
「まあ、僕視点からだとそうなるね」
「ふーん」
正直に答えるが、リンナの顔は険しいままだ。
「それで、あなたは理不尽な暴力を受けて、街の外に放り出された後、どうしたの?」
「僕が倒れていた所にキュア……さっきの女の子と会って……」
「それで、この街でずるずる過ごしてたってこと? どうしてマウントの街にすぐ帰ろうとしなかったの?」
「それは……」
「確かにダジルはあなたに酷いことをしたわ。でも、それでも帰ってくるべきでしょ。連絡もつかないし、私、必死で探したのよ!」
ドン、と机を叩いて、リンナは立ち上がる。
その顔はクシャリと歪んで、目には少し涙が滲んでいる。
「……ごめん。私、ミズキのこと守れなかった。でも、帰ってきてよ。どうして帰ってこなかったの」
「それは、……ごめん。今帰ったらまた殴られるかもって」
「そんなこと私がさせない。ねえ、一緒に帰ろう?」
「……今はちょっと難しい」
「なんで、まさか、あのストーカーになにかされてるの? もしかしてあの女が全部仕組んだんじゃないの!」
「ちょっと短期のバイトをしてるから、それが終わったらどうしようか決めようと思ってただけ。……五日後には帰るよ。あと、その、ストーカーって何? 誰の?」
さっきから言っている「ストーカー」の意味が全くわからない。
キュアのことを言っているのだろうが、キュアが何のストーカだというのだろう。
「ミズキのストーカーよ!」
「僕の?」
思いがけない返答に、素っ頓狂な声が出る。
「あの女、ずっと前からミズキのストーカーをしてたの!」
「僕は知らないんだけど」
「ストーカーなんだからミズキが知らなくて当たり前でしょ!」
「確かに?」
ストーカーというのはその対象に知られないよう、工夫するものだろう。
しかし、キュアがストーカーだと言われても、思い当たる節がまったくない。そもそも、ストーカー被害にあった記憶もないというのに。
「信じられない」
キュアも、ストーカーのような行動をしていたわけじゃない……。そう言われるとちょっと気になる行動がちらほらあったような気もするが。
「……あのね、ミズキは自覚ないだろうけど、この際だから言っておくわ」
「なにを?」
「あなたは、モテるのよ!」
「まさか」
「あー! それよ! それ!」
「……なんのこと?」
「飾り気のない言い方、下心を感じさせない対応。それでもって優しい性格! あなたはモテるのよ!!」
「……はあ」
リンナは瑞希を褒めながら怒るという高等技術を披露する。
だが、瑞希はそんな事を言われても納得できなかった。
(もし自分が女だったら、自分を好きになるだろうか)
答えは否、だ。流石にリンナの言っていることはおかしい。
ミズキは別に誰に対しても優しいわけじゃなかったし、パーティーメンバーからも割と嫌われていた。
それに、もし本当にモテていたのなら、ミズキは付き合わずとも、告白をされた経験が今頃両手で数え切れないほどになっているだろう。
でも、ミズキの記憶の中で、告白された経験は、子供の頃の一回だけだ。
「ミズキは周りに興味がないからわからないんでしょうけど、ダジルなんかよりよっぽど人気なんだから」
「ダジルなんかって」
「ダジルなんか、ダジルなんかよ!」
リンナはかなり立腹しているようで、歯ぎしりをして、「あのクソ野郎」と睨みながら小さく呟く。
どうやら、瑞希が思っていたより、事態が混乱しているようだ。
「皆僕のこと嫌ってると思ってたんだけど」
「それは……皆、ダジルが怖いのよ」
「怖い?」
「ミズキと私はダジルがあんな性格なのは分かってるし、ちょっとでも疲れたらイライラが態度に出るクソガキなのは昔からのことでしょ。私達は気にならないけど、皆はそうじゃない」
「まあ、そうだね」
「……ダジルの話なんかもう良いわ。問題はあの女よ」
「本当に僕のストーカーなの? 証拠は?」
「……無いわ。でも、あなたも思い当たる節はあるんじゃない?」
「ない……とはいえないな」
都合よく押し付けられた通信時計に、なぜか渡されたハンカチ。
そういえば、最初に会った時、なんでキュアはあそこにいたんだろう。
「でも、キュアはそんな態度、見せなかったけどね。リンナの勘違い……じゃないの?」
ストーカーと言うと、悪いイメージがあるが、キュアにそんないやらしさはない。
「そもそも、ストーカーストーカーって、キュアは具体的に何をしていたの」
「……あなたの事をじっとみてた」
「……はあ」
「信じてないでしょ! 私が先に気がついて、あの女に声を掛けたら逃げていったのよ。あんなピンクピンクしてる女、見間違えるわけない!」
でも、見るだけならべつに犯罪ではない。
瑞希はリンナの言っていることを理解しつつ、「ふうん」と返事をする。
「……本当に信じてないのね」
「だって、キュアは悪い子じゃないし」
「……私の言ってることより、あの女の言ってることを信じるの? ちょっとあの女に優しくされたからってあっさりあの女を信じるの?」
「それは、その……」
「私の言葉より、あの女の言葉を信じるのね」
なんとなく、自分がリンナに悪いことをしている気がして、瑞希は黙る。
別に、リンナのことを信じていないわけじゃない。ただ、自分が見たキュアのことも信じているだけだ。
「キュアは僕を見ていた以外に何かしたの?」
「……してない。一回注意したら二度と現れなくなった」
「リンナのことは信じてるよ。でもそれだけじゃストーカーとは言えないんじゃない?」
リンナは言葉をつまらせる。
「リンナが何の確証もなしにそんな事を言ってるわけじゃないってのはわかる。だからちょっと落ち着いてほしい」
リンナは昔から警戒心が強めだ。そのおかげで小さい頃から何度も助けてもらった事がある。だから少なからず事実の部分もあるのだろう。
「私のこと、嫌い?」
少しの沈黙が流れ、リンナの小さい声が静かな部屋に響いた。
「それは違う」
「嫌われてるんじゃないかって、だからミズキは私の前からいなくなったんだって、だから帰ってこないんだって、ずっと思ってた」
「ごめん」
「なら、私と一緒に帰って」
「……わかったよ。でもさっきも言ったけど、バイトが終わったらね」
「分かったわ」
「それで、リンナはどこかに泊まってるの?」
「今日来たばっかりよ。ミズキはここに泊まってるの?」
「うん」
「じゃあ私もここに泊まる」
「別にいいけど、ディナさんに了承を貰ってからね」
リンナは分かったと言って、部屋から去っていく。
リンナは小さい頃から破天荒だった。ダジルとよく喧嘩をして、その間を取り持つのは、いつもミズキだった。
喧嘩をするほど仲が良いと言う言葉があるように、ダジルとリンナは仲がいい……ように見えていた。
だけど、そう簡単な話ではないようだ。
キュアがストーカーだというのは、ちょっと未だに理解できない。でもそれ以上に「銀の覇者」の現状が気になる。
取り敢えず、リンナの言う通り、バイトが終わったら一度帰ろう。
思考を整理しているとドアが開いて「私もここに泊まるから!」と、リンナが再び瑞希の泊まる部屋に入ってくる。




