第四話
ガタンと音がして、瑞希は目を開ける。それと同時に入口からジンの姿が見える。
どうやら少し眠っていたみたいで、両手に、いや、両腕に大きな袋をもったジンがそのまま中に入ってきた。
「ちょっと遅くなった」
そしてそのまま瑞希の目の前に腰掛けると、袋からその荷物を出していく。
それは弁当に似た形をしていて、大きさはどれも似ている。
ふわりと香ばしい匂いが漂ってきて、その荷物全てが恐らく食べ物だろうというのが分かった。
「はい、ミズキの分だ。これで足りるか?」
ジンはそのうちの一つを差し出してくる。やはり、これは弁当なのだろう。ということは、残りは全てジンが食べるのだろうか。
驚きつつそれを受け取って中身を見ると、瑞希の好きな焼き魚とご飯が入っていた。
「あの……、他のはジンさんが全部食べるんですか?」
ざっと見た所、瑞希が今手にしているものと同じ大きさのものが十個はありそうだ。
流石にこれを全部食べるとは思えないが、まさか大きい体格の人はこれぐらい食べるのだろうか。
「そのつもりだが、ミズキもいるか?」
「いえ……」
一個で十分だし、ミズキの体も瑞希と同じく胃が繊細なので、食べ過ぎると気持ち悪くなってしまう。
思わず眉を顰めると、ジンが「あ、これから俺の能力を見せてやるよ」とニヤニヤしながら言ってくる。
この食べ物達を使ってなにかするのだろうと、ますます不思議に思っていると、ジンは「いくぞ!」と箸を手に取りご飯を食べ始める。
(え、はや)
普通に食べているように見えるが、その速度があまりにも速すぎる。
ご飯を食べる時は一度口に持っていって、食べ終わるまでその箸は一度戻して動かさないのが普通だろう。でもなぜかジンはその待機時間無しに次から次へと口に運んでいる。
(飲み込んでる? いや、ジンさんは……)
ジンがふう、と動きを止める。その手にある弁当はもう空になっていた。
「どうだ。これが俺の能力『早食い』だ!」
アッハッハッと笑うジン。瑞希はそんなジンをポカンと見つめていた。
早食いなんて能力、聞いたことがない。口元にソースを付けたジンがニッコリとこちらを見てくるので、瑞希は思わずふふっと笑う。
「言ったろ? 俺の能力はたいしたことないって」
「そう、ですか?」
「そりゃあ、早食いってご飯を早く食べられるってだけの能力だからな。見たこと無いだろ?」
「はい。ちょっと……」
「面白いだろ」
「……はい」
その能力が面白いと言うより、それを自慢気に言ってくるジンが面白くて、瑞希はまた笑う。
「食べられる量が増えたわけじゃないんですか?」
「増えてないぞ。ただ、昔から食べまくってたから食べられる量が増えただけだな。小さい頃は横にもデカくて豚みたいだったんだ」
アッハッハとまたしても豪快に笑うジン。やはり、大きい体格の人は小さい頃からたくさん食べるのが基本なのかも知れない。
ミズキの体は元々そこまで強くなく、一般的な男よりちょっと小さめだ。
「ジンさんみたいに大きくなるには、やっぱり食べなくちゃ駄目ですよね」
「そうだな。俺は小さい頃から冒険者になりたかったけど、無理だって笑われたのが悔しくて、いつか見返してやるってとりあえず食べまくったらこんなにでかくなっちまったんだ」
「すごいですね」
「だろ? 俺も自分で凄いって思うよ。冒険者になるには戦闘能力か、他人に何か影響を与えられる力が必要だって親にも言われてたのに、冒険者として生活できてたんだから」
「ならどうして辞めちゃったんですか?」
瑞希は言ってから少し後悔する。ちょっと無神経な発言だろう。
でもジンは嫌な顔一つせず、「うーん、ミズキになら言ってもいいか」と小さくつぶやき、口を開く。
「マリが妊娠したんだよ。子供が出来るってなると、やっぱり二人とも冒険者ってのはちょっと不安でな。子供が大きくなるまではせっかくだから店でもやろうかって話になって」
「奥さんも冒険者だったんですね」
「ああ、ちなみにマリの方が俺より何倍も強いぞ」
確かに、冒険者は不安定な職でもある。親に何かあったら、小さい子供一人では生きていけない。
(でも、妻と二人で準備するつもりだって言ってたよね)
ジンは妊婦にこんな重労働をしてもらうつもりだったのだろうか。
「ん? どうかしたか?」
「……いえ」
DVの二文字が頭によぎって、瑞希はつばを飲む。だって、妊婦に重労働をさせるなんて普通の人だったら考えないことだ。
ジンはいい人のように見えるが、中身は意外と黒い人なのか知れない。
「ゆっくり食べていいからな」
「はい」
あんまり刺激しない方が、瑞希は少し心配しながら弁当を食べ始める。
◇
「ふぅ、今日はそろそろ終わりだな」
午後六時、その時間にジンが動きを止めたので、瑞希は少し驚く。
「どうかしたか?」
「日雇いの仕事をした時、時間通りに終わったことがなかったのでちょっと驚きました」
「おいおい、今までどんなところで働いてたんだよ。日雇いの仕事なら俺もやったことあるが、そんな職場に当たったのは数回しか無いぞ」
「そうなんですか? もしかしたら街とかで違うんですかね」
「まあ、俺がやったのは荷物運びとかの体力仕事だからミズキのやってたのとは違うかもしれんが」
「僕がやってたのは飲食とかなんで種類の違いかも知れないですね」
「それはあるかもな。俺が相手してたのは人じゃなくて物だったから文句を言われることもなかったし」
「確かに、そうかも知れないですね」
意外と、そういう仕事のほうがホワイトな職場なのかも知れない。確かにミズキが働いていた時は、「すまんがもうちょっと」と有無を言わせず残業をさせられていた。
ますます、こんな人が妊婦を働かせようと考えていたのが不思議になる。
「よし、じゃあ片付けの準備を始めよう。取り敢えずこの大きいのを外に出したら今日は終わりにしよう」
「はい」
二人で大きい棚を持ち上げる。重いが、その重さの殆どはジンが請け負っている。
それを外に出して、上を見上げると、空は夕暮れ時の穏やかな明るさになっていた。
「疲れたな。怪我とかはしてないか?」
「はい」
「ならよかった」
そう言ってジンは「ちょっと取りに行ってくる」と二階に上がっていく。
この建物は一応二階建てだが、使うのは一階だけらしい。二階は倉庫のような小さい部屋しかなく、瑞希の持ってきた荷物もそこにおいてある。度々ジンはそこから荷物を取りに上がっていた。
瑞希は、ジンが行ったのを見てから、地べたに座り込む。
大きい荷物は殆ど無くなって、残っているのは小さな荷物が殆ど。だけど、その量がかなり多い。
どうやら、この前も武器屋をやっていたそうだ。でもかなり前に閉めたみたいで、残っているものはもう使えなくなったゴミ同然のものが殆どだ。
明日も疲れるだろう。せっかく買った服を汗塗れにしてしまったと思いながら、瑞希はエプロンを外す。
(くさ……)
手袋を外して、服をパタパタと動かすと、体から汗の匂いがして、思わず顔をしかめる。それに男特有の臭さも加わって、なんだか嫌な匂いだ。
ジンは何を取りに行ったのだろう。エプロンを畳んで、瑞希も二階に上がろうと立ち上がって肩を回す。
ガタン、建付けの悪い入口から音が聞こえて、瑞希は振り向く。
「あ? あんた誰だ?」
鮮やかな緑色の髪を一つにまとめた女の人が現れ、瑞希を見て、訝しむような表情を見せる。
声は少し低めだが、女性だ。瑞希よりも背が高く、体つきも大きい。
そしてそのお腹は少し膨らんでいるように見えた。




