第二話
「――で、ちょっとゆっくりできる時間を取ろうってことで、武器屋を開くことになったんだが、買った建物がいかんせんボロくてな。前の店が置いていったゴミが散乱しているんだ」
妻のマリと出会って、冒険者パーティーを組んで、いろいろな事情で辞めたので武器屋を開こうと考えて……という話を聞き終わり、瑞希は辺りを見渡した。
(これは、相当だな)
多少の荷物が隅に追いやられているものの、中はボロボロの家具やらなんやらが乱雑に置かれていて、ほとんど廃墟そのもの。
これを二人だけでどうにかしようとしていたのが不思議なくらいだ。
埃が部屋の中に充満していて、思わずくしゃみをすると、ジンが「これ使ってくれ」とマスクを渡してくる。特殊清掃に使うようなしっかりした作りのマスクだ。
(重労働になるかもしれない)
能力不問と書いてあったので特に考えていなかったが、ジンの体格はかなり大きいし、大変な仕事かもしれない。
マスクを付け終わり、仕事の話を聞こうとジンを見ると、ブハッと笑われる。
「ああ、悪い悪い、マスクがデカすぎたな。顔がほぼ隠れちまってる」
「目には掛かってないので、大丈夫です」
「わかった。ハハ、ミズキは顔がちっちゃいな」
顔の前に手を近づけられ、思わず肩を竦める。
ヴォルとは違うのに、あの時受けた理不尽な暴力を思い出して、息が止まる。
「ほら、俺の手より小さいぞ」
「……はは」
動けないでいると、ジンが笑って手を退かす。
(これは私の問題だ)
瑞希にとって、大きな男は恐ろしいものであり、ヴォルから受けた暴力がそれを助長させた。
ジンは悪い人ではないのだろう。頭では分かっているのに、身体はあの事を覚えていて、頭の中で煩いくらいに警笛が鳴る。
「ん? 大丈夫か?」
「……はい」
目を閉じて忘れようとするが、逆にあの記憶が頭の中に浮かんで、恐ろしい顔を鮮明に思い出してしまう。
「おい、本当に大丈夫か」
ジンが肩に手を乗せようとして、瑞希は思わずその手を振り払う。
(まずい)
すぐにやってしまったと後悔していると、困惑げな表情のジンと目が合う。
「すみません。ぼうっとして……」
「それならいいが……」
小さく息をついて、頭の中をどうにかしようと、別のことを考える。
メグと買い物をしたのは楽しかった。隣でああじゃない、こうじゃないと言ってくるのは少し鬱陶しかったけど、瑞希が学生時代、友達と遊んだ記憶を思い出させる。
可愛い服を着ている友人は、楽しそうで、見るだけで瑞希も嬉しかった。
「なあ、もしかして俺、怖い?」
ジンから視線を逸らして他のことを考えていると、ジンの気まずそうな声が耳に入る。
「いえ、そんなことないですよ」
怖いと思うのは、瑞希の問題であって、ジンが怖い人というわけではない。
そう考えたら、少し落ち着いた……気がする。
ジンはバツの悪い顔で、瑞希を見て頭を掻く。
「俺、昔から身体が大きいから怖がられることがあってさ、俺は相手と同じだと思ってるけど、向こうからしたらそうじゃないってことがあるのは分かるから」
「そうなんですね。僕は平気ですよ。ちょっとびっくりしただけですから。……実は今日、ギルドに行ってこの仕事を受けるって言ったんですけど、受付の人から『じゃあ今日から行ってください』って言われて、ちょっと心の準備ができてなかったんです」
「本当か? そんなにすぐ来て貰う必要はなかったんだが……」
今日のギルドの受付の職員は、メグとは別の人だった。一応メグはいないだろうかと辺りを見回したが、それらしき人はいなかった。
職員は淡々と瑞希の要望を聞き入れて、迅速に処理してくれた。比べるわけではないが、メグだったら、内容について少し聞けたのかも知れない。
受付の彼は「今日ですか?」と聞いた瑞希の質問にこう答えた。
「なんか、受付の人が、すぐ来てほしいって言ってたんですけど」
「……うーん? なんでだろうな」
「ギルドに登録する時、そんな感じで登録したとかじゃないんですか?」
「そう……だったかもしれん。急いで登録したからあんまり覚えてないんだよな」
「そうなんですね」
妻と一緒に準備をするつもりだったと言っていたし、募集内容の書き方からも、急いでいるのだろうことが感じられた。恐らくちょっとした行き違いがあったのだろう。
「それなら、どうする? 俺は明日からでも良いんだけど」
「ジンさんがよければ今日からで構いません」
「そうか。なら始めるぞ」
よし、とジンもマスクを付けて、「まずはここらへんを片付けることからだな」と意気込む。
ふと、どれぐらいの時間がかかるだろうかと見渡すと、薄汚いガラスに映る自分と目があった。
そこには、確かにジンの言った通り、マスクが顔の大部分を覆っているミズキの顔が映っていた。
◇
「ふう」
一息ついて、瑞希は袖で汗を拭う。
手には手袋を付け、身体には汚れるからと渡されたエプロンを身に着けている。
一般的な料理に使うようなエプロンなので結局は少し汚れてしまっているが、ジンの体格をもとに作られているので、かなり大きく、大部分をカバーできている。
「そろそろ、昼食にするか」
「そうですね」
「あ、この五日間の昼飯は、こっちで用意するってのは聞いてるか?」
「初耳ですね」
「それもか。書いたはずなんだがな……。まあ、とにかく、そういうことだ。嫌いなものとかあるか?」
「いえ、特には……。でもあんまり重たいものはしんどいかもです」
「わかった。あっさりめの方がいいってことだな? 肉じゃなくて魚のほうがいいか?」
「はい」
「よし、じゃあ買ってくるからちょっと待ってろ」
ジンはそう言うと、自身が着ていたエプロンを脱いで、白いタオルで顔を豪快に拭う。
(なんか、男! って感じ)
汗も滴るいい男、そんな言葉が似合う人だ。
男臭い雰囲気もありつつ、見せる笑顔は爽やか。髪型もスッキリしているし、髭もきれいにそられている。
とてもイケメンというわけではないが、さわやかな男という感じだ。
「じゃあ、行ってくる。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「はい。行ってらっしゃい」
ジンが行ったのを見て、瑞希もエプロンを脱いで休憩する。




