十話
それから、服屋でいくつかの服を買った二人は帰路につく。辺りは日が暮れ始めていて、飲食店に人が並んでいる人がちらほら見える。
瑞希が適当に服を選んでいると、横から「こっちよりこっちの方が良い」「これとこれは似合わないから駄目!」「ミズキさんにはこっちの方が似合う!」と小言を言われるので、時間がかかってしまった。そのせいで、服屋にしか行けなかったが、まあ、時間はたっぷりあるから問題はないだろう。
お礼に服をメグに買おうかと思ったが、メグに「ここのはいいので、また次、違う店でお願いします」と断られた。断られたのに、メグはこっそり……といっても堂々と自分で何着か買っていたが。
メグはほぼ初対面とは思えないほど距離を縮めてくる。ちょっと戸惑うが、一線を超えてはこないので、かなり接しやすい。
コミュニケーション能力が高い人というのは、メグみたいな人のことを指すのだろう。
夕食を食べてから帰ろうかとも思ったが、両手にある大量の服を一度持ち帰るべきだと二人で話をした。
「ミズキさんは、これからどうするつもりなんですか? マウントの街には帰らないんですか?」
「うーん。悩み中だね。こっちに移り住んでも良いんだけど」
「なんか、酷い目にあったのに、あっさりしてますね」
「……確かに」
言われて自分が、ダジル達に対してそこまでの悪感情を抱いていないことに気がつく。
ヴォルに対しては結構嫌、というか恐怖の感情を持っているが、それだけだ。
それに、ダジルに感じていた違和感を思い出す。
「なんか、僕を追い出した人の様子がおかしかったんだよね」
「どういうことですか?」
「うーん。昔からの友達だったんだけどさ、アイツの口が悪いのは昔からなんだ。でも、人に明確な悪意みたいなのをぶつけたのは見たことがないし、僕も言われたことがなかった」
「つまり、昔からの親友に言われたから、自分にも言われる理由があると思っているんですね」
「……そうかもね」
「こんなこと、ほぼ初対面の人に言われても嫌かもしれませんが、人は変わるものですし、いい人がずっといい人なんで限りませんよ。自分に優しい人が、ずっと先まで優しいなんて、稀なことです」
「それでも、言った言葉がその人の本心そのままだとは限らないじゃん」
「それは……そうですけど。そういう考え方は、身を削ってると思います」
メグからムッとした視線を向けられ、瑞希は苦笑する。
「もしかして、僕のことを心配してくれてるの?」
「そりゃあそうですよ。ミズキさん、流されやすそうだし」
「大丈夫。これでも人によって態度は違う方だよ」
「そういう人ほど、誰にでも優しく接しているものです」
「ほら、良く言うじゃん。誰にでも優しい人は、本質的には誰にも優しくないって」
「……よくわかんないです。それを理解しているなら、誰にでも優しい人は、優しいということじゃないですか」
はぁ、とメグがため息をつく。「難しいことはよくわかんないですけど、困ったことがあったら力になります」と笑みを向けてくるメグは、何となく、取り繕っていない素の表情に見えた。
話しながら歩いていると、宿が見えてくる。
まだ遠くなのでよく見えないが、入口付近でディナが誰かと話しているようだ。
「でも、ミズキさんの言う通りなら、他の可能性もあるかも知れませんね」
「例えば?」
「害力の影響を受けているとか」
その言葉に、瑞希は眉を顰める。
害力は、他人、もしくは他のものに対して悪い影響を与える能力のことだ。それを持っている人は害人なんて蔑称で呼ばれることもある。
ミズキも一応知識としては知っているものの、その数は少ないので、分からない事が多い。
この世界で能力は結構センシティブな話題だ。初対面で「あなたの能力はなんですか?」なんて聞いたら、場合によっては死ぬことだってある。
逆に、自分から能力を晒すことで、一定の信用を得ることも出来る。ダジルなんかは自分の能力を昔から隠さないが、そのおかげでパーティーとしての信用に好影響を与えていた。
「そんな能力があるのかな……」
「人格を書き換えるなんてのは聞いたことありませんけど、自分の感情を伝播させるような能力とかは聞いたことがありますね」
「でも、強い害力を持っている人は、国から監視されてるんじゃないの?」
他人にそこまでの影響を与えられる能力を持っている人は、国からの監視や保護を受けているのが一般的なはず。ミズキの知識でもそうだった。
そう言うと、メグはチラチラと周りをみて、小声で続ける。
「知ってたらあれですけど、害力を持っている人の中には、悪意を持ってその力を使う人もいるんです。それの先には、犯罪者になる人も少なくありません。もちろん、そのような人は能力を国に報告することもありません」
「でも、だいたいが小さい子供の頃に自分の能力を確かめるよね。国に報告しないのは難しくない?」
小さい頃、物心がついたぐらいに、付近のギルドか、それに準じた施設で自分の能力を確認する。無償でできるし、義務でもあるので、やらない人は殆どいないはずだ。
ミズキも小さい頃に連れて行かれて、わけも分からず能力というものの説明を受けた記憶がある。
「そんなに害がある能力なら、確認せずとも分かってしまいますからね。害力を持った人と一緒にいたくないのは、自分の子供であっても変わらない親も少なくないです。実際、害力を持った人の多くが親に捨てられています。仮に、親に愛されていたとしても、徹底的に隠し続ける為に、検査しない人がいるのも不思議じゃないです」
「なるほど」
なんとなくは知っていたが、実際の話を聞くとダジルの変化にはなにかの力が働いているように感じる。
(じゃあ、ヴォルなのか?)
ヴォルの能力はなんだったか。一応パーティーメンバーのはずだったのに、何も知らないことに気がついて瑞希は下を向く。
(自業自得じゃない?)
他のメンバーのことも、全くわからない。かろうじて名前が分かるぐらいだ。
一緒に頑張ろうといったはずの相手が、こんなに無関心だったから、ついにダジルの堪忍袋の緒が切れたんじゃないのだろうか。
――瑞希ちゃんって、あんまり俺に興味ないよね?
昔、知り合いの男から冗談交じりに言われた言葉を思い出す。
あの時は、そりゃあ友達でもないんだから、興味なんて無いに決まっていると不快になったが、今考えると彼の言いたいことが少し分かる。
(中身に興味がないんだろうな)
無意識のうちに、きっと人の表面しか見ていないのだろう。
ダジルはああ見えて繊細な性格だから、人に対して悪意ある言葉を言うのが苦手なのは何となく分かっている。だけどパーティーリーダーになるからには、時にはメンバーに冷酷に接する必要があった。
ストレスはあったはずだ。でもミズキは更に一歩ダジルに近づこうとはしなかった。分かっていたのに、周りの人がダジルにどんな印象を持っているか、ミズキは知っていたのに。
「はぁ……」
「なにか心当たりでもあるんですか?」
「心当たりか……うーん、そういえば、僕に明らかな敵意を持っていた女が一人いたな」
「殴ったのは男だって言ってましたよね、別人ってことですか?」
「そうだね」
案外、自分が薄情な人間だということに気がついて、なんとなくもやもやした気分を振り払うように考える。
(シルヴァはなぜミズキにあんな敵意を向けていたんだ?)
街から出ていってほしいといったのはシルヴァだ。だが、ミズキはシルヴァと関わりがない。ヴォルと会話をしたことはないが、認識はしていた。だけどシルヴァとは認識さえ曖昧で、全く関わりがない。いつの間にかパーティーに入っていたからその経緯も分からない。
何かミズキは嫌われるような事をしただろうか……。
「その人の名前はなんていうんですか? ああ、言いふらしたりはしませんよ。有名な人なら聞いたことがあるかなって」
「……シルヴァという女だよ。黒くて少しうねりが入ってる長い髪の若い女」
「うーん、聞いたことが無い名前ですね。でも……」
そんな会話を続けていると、宿がハッキリと見える場所まで近付いた。




