九話
建物の中は案外シックな雰囲気で、確かにメグの言う通り、瑞希の好きな雰囲気だ。
割と幅広いデザインの服がおいてあって、シンプルかつ可愛らしいデザインのものが見える。
「どうですか? 私の選択はミズキさん好みじゃないですか?」
「うん。確かに僕の好みだね。でもどうして分かったの?」
「ミズキさんが着ていた服を見たんです」
「あれ一枚でわかったんだ」
「はい! 私、服が好きなので、なんとなくわかっちゃうんですよね」
「すごいね」
「えへへ」
瑞希は一枚の服を取る。生地も悪くなくて、値段もそこそこ。
胸元にブランドロゴのような変な生き物らしきものが刺繍されていて、素朴な可愛さがある。
「やっぱり、ミズキさんはかわいいものが好きなんですね」
「まあ、見る分には好きだよ。メグの服も可愛いと思うし」
「なのに、私みたいにかわいい服を着たいとは思わないんですか?」
「見るだけで十分満足しちゃうんだよね。別に自分までそうなる必要を感じないというか」
「もったいないですよ」
瑞希の身体の時は、ファッション雑誌を見るのは嫌いじゃなかったし、可愛い服を見るのも結構好きだった。でも、一着も可愛らしい服を持っていなかった。
昔から自分が着る服にこだわりがなかったのだろう。可愛い服は洗濯にも気をつけなくちゃいけないし、面倒くさい。
瑞希は面倒くさがりだ。だから髪の毛も短くしていたし、服も楽に着られるものばかりだった。靴下だって、相方を探すのが面倒なので全部同じ物にしていたくらいだ。
「……メグは僕に可愛い服を着てほしいの?」
「はい! というか、この世界の全員が可愛い服を着るべきです!」
「……そうなんだ」
メグは真剣な表情で目をキラキラさせている。冗談ではなくて、本気で言っているようだ。
案外過激な思想を持っているメグに驚きつつ、ある疑問が浮かぶ。
「でも、ディナさんが渡してくれたメグの服はあんまりかわいくなかったよね」
「それは部屋着ですから! それに、随分昔に買った気に入らない服なので、あの服のことは忘れてください!」
口を尖らせるメグ。なんとなく、妹がいたらこんな感じだったのだろうかと考えて楽しくなる。
「メグは髭面だったり、ムキムキな人とかも、可愛い服を着るべきだと思うの?」
「……そもそも、髭というのが気に食わないです」
メグはそう言うと、髭、スネ毛、脇毛といった男性に濃く生える毛についての悪口を言い始める。
かなり嫌っているようで、「あんな毛があるから、可愛くなくなるんです! あり得ない!」と目の前に居る瑞希が男だということも忘れているようだ。
(そういえば、この身体にはあんまりそういうのが無いな)
瑞希の身長は百六十四センチで、女性の中ではちょっと大きめだった。ミズキの体は、具体的な身長は分からないが、ダジルより小さくて、リンナよりちょっと大きい……おそらく百七十センチ前後ぐらいだろう。
第二次性徴を迎えて、少し変化はしたものの、ダジルがぐんと身長を伸ばし、顔立ちも変わっていった一方、ミズキはそこまで変わることがなかった。
今でも髭はたまに生えてくるくらいで、生え方はまるで某国民的アニメのおじいちゃんの頭皮みたいだ。
他の毛も、生えてはいるが、そこまで濃くない。
ただ、一度興味本位で脇毛に脱毛クリームを塗ったことがあって、脇に関してはそれきり生えてくる気配がない。やけに高価で、塗ったまま二日間放置して、更に一週間ほどクリームを塗り続けるといった面倒な手順だと思って説明をよく見たら、半永久的に生えてこなくなるクリームだった。
そもそも、女だって脇毛は生えるし、スネ毛も生える。濃くは無いが、髭も生えるので、生えっぱなしでも変だと思われない男の体のほうが楽、かもしれない。
ただ、メグの言っていることはちょっと理解できる。ミズキは瑞希とほとんど顔が同じなので、どちらかと言うと女性的な顔なのだが、その顔にチョロチョロと髭が生えているのは……なんというか、見慣れない。
「まあ確かに、いらない毛ってあるよね」
「そうですよ!」
しかし、服屋の真ん中で体毛の話をするのはやめたほうが良いだろう、ちらりとこちらを見た通りすがりの人が、変な顔をしていた。
「それよりもさ、メグはこういう服、着ないの?」
「うーん。もっとキラキラしてるほうが好きなんですけど……どうです?」
メグが一着の服を体の前に掲げる。少しオーバーサイズで前に謎の生き物が描かれてあって、メグの着ている服とは雰囲気が違うが、可愛いらしい。
「可愛いと思うよ。でもこっちのほうが好きそう」
瑞希はそう言って少し可愛い飾りが付いている服を見せる。
腰のあたりに絞りが入っていて、メグがいま着ているようなあっさりとしたシルエットだ。
「確かに、そっちも可愛いですけど、私男なので肩のあたりが隠れているほうがいいです。ゴツさを軽減させたいので」
「ふーん」
そう言って、瑞希はメグを見つめる。
(男……?)
あっさりと告げられた言葉に、瑞希が静かに驚愕していると、メグがフフフと怪しげな笑みを浮かべる。
「驚きましたか?」
「うん」
メグは瑞希より背が低くて、華奢な体格だ。女にしか見えないけれど、確かによく見たら、喉仏辺りが盛り上がっているように見える。
(だから、この服を着た時、肩のあたりがうまく隠れていたんだ)
さっきの体毛への恨みは、自分のものだったのだろうか。
納得していると、メグが唇を尖らせる。
「本当に驚いてますか?」
「うん」
「むう、ミズキさんはクールですね。もっと驚いてくれるかと思ったのに」
「もっと驚いたほうが良かった?」
「はい!」
そう言うので、瑞希はメグの全身を眺める。
「えっと、メグは綺麗だよ。服もよく似合ってるし、肌も綺麗だし、努力してるのが分かる」
言ってからちょっと気持ち悪い発言だったかと反省していると、「ミズキさん……」とメグが小さく呟く。
「ミズキさんって不思議ですね。あんまり人に興味ないかと思ったら、ちゃんと私のことを見てるんですから」
メグは瑞希から視線を外して、服の方へ体を向ける。
その横顔は、ほんのり頬が赤くなっていて、ちょっと気まずい雰囲気になる。
「……あのさ、メグにお礼をしたいんだけど、何か欲しいものある?」
「……ちょっと雰囲気を考えてくださいよ」
ため息をついたメグに脇腹を突かれる。「痛いよ」と言うと、「ミズキさんのせいですから」と謎に怒られてしまった。




