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第1話 東京旅行のきっかけ

 姉は美人だ。幼い頃から非常にモテた。中学の頃には、バレンタインデーに誰にもチョコレートを渡していないのに、なぜかホワイトデーに男子から大量のお返しをもらうくらいにはモテた。当時の姉は非常に困惑していたが、サラサラの長い黒髪とはっきりした目鼻立ち、そして誰にでも分け隔てない態度が同級生男子のハートを射止めたのだろう。


 高校生になった姉の美貌にはさらに磨きがかかり、同級生のみならず下級生や男子上級生男子からもたびたび告白を受けるようになった。中学生になったばかりの僕のところに、姉の先輩だという男子学生が来て、姉にラブレターを渡してくれと頼まれたことがある。その他にも風の噂で姉が誰々に告白されたとかいう話は何度も耳にした。姉のモデルのようにスラリとした抜群のスタイルや、女優に勝るとも劣らない美貌、理知的かつ人情味ある振る舞いは、人を惹きつけてやまなかった。


また神は二物を与えたようで、姉は勉学もよくこなした。小学校の朝礼で、姉が表彰されていたのを覚えている。たしか計算のコンクールとかだったと思う。体育館の舞台上で校長先生から賞状を受け取る姉の姿は、今でも脳裏に焼き付いている。

さらに中高生になった姉は、全国模試でもランキングに載るほど優秀な成績を叩きだし続けた。そして行きたい大学があるなどと言って、日本で一番偏差値が高い大学に現役で合格してしまった。


 家での姉もしっかりしたお姉ちゃんという他なく、家事手伝いを進んで行い、両親とも関係は良好で、弟である僕にも優しく接してくれた。ケンカをしたことも一度としてない。


といった感じで、姉ほど完璧な人間も中々いない。そんな完璧な姉は、僕が中学三年生になった年に、大学進学のため上京した。両親は地元の国立大に進学してほしかったらしいが、珍しく姉が意見を曲げなかったという。そしてその後はずっと関東に在住し、そこで就職もした。


毎年の盆と正月に数日だけ実家に帰ってくる姉は、相も変わらず完璧だった。年を経るごとに、大学の授業やサークルが楽しいという話から、研究室での実験が楽しいという話になり、会社の仕事にやりがいを持って取り組んでいるという話になっていった。


両親はご満悦だった。良い大学を卒業して大企業の研究職に就いた姉を親戚中に自慢していたし、そのうち高学歴イケメン彼氏を連れ帰ってきて紹介してくれるに違いないとか言っていた。


 だから、姉が死んだときの両親の狼狽えようは言い表しようがなかった。


● ● ●


 姉の死因は事故だった。何の他意もない偶然の事故。仕事の出張先からバスで帰宅中、乗っていたバスがトラックと衝突したのだという。

 姉の遺体は車体の火災に巻き込まれて原型をとどめてはいなかった。そのため葬式に先立って火葬を行い、葬式当日にはたくさんの白い供花に囲まれた祭壇に遺骨が置かれた。遺影の姉はいつも通り完璧な表情で微笑んでいた。


 僕は実感が持てなかった。黒い礼服の親族たち、生花で彩られた祭壇、お線香の匂い。両親は泣き崩れているし、住職は厳粛にお経を唱えあげている。損傷が激しかったけれど姉の遺体は見たし、すぐそこに遺骨として小さい容れ物に入っている。現実の出来事はどれも姉の死をはっきりと表すものであるはずなのに、僕はまるで知らない誰かの葬式に参列しているような心地で、ぼんやりとパイプ椅子に座っていた。


 そんな僕のことなどお構いなしに、葬式は粛々と進んだ。両親が住職や参列者にお礼の言葉を述べ、皆で会食の会場へ向かった。簡単な会席料理のコースだった。エビの天ぷらが美味しかったのを覚えている。自分は人でなしなのかもしれない。そんなことを思いながら、親族たちと会食して過ごした。


 しかし思い返せば、美人で頭が良いということ以外、姉のことはよく分からなかった。僕から見た姉は、どこか作り物めいていて、心の中で本当は何をどう思っているのか分からなかった。いつでも優等生を演じているように感じていた。学校などでそのように振る舞うのは分からないでもないが、家族に対しても誰に対してもそういう感じなのは不思議だった。


 葬式が終わっても結局、姉がこの世からいなくなったという実感は沸かなかった。涙は一滴もこぼれなかった。

 

● ● ●


 葬式から数日経ったある日、両親が僕に言った。姉の住んでいたところを引き払う必要がある、と。姉は就職後も関東に住んでいたため、賃貸アパートで暮らしていた。そこの家具や荷物を全部うちに持ってくるという。うちで遺品整理をしたいということらしい。

 そこで引っ越し業者の立ち合いをする人が必要だが、僕に頼みたいということだった。毎日忙しく働く両親に比べて、僕は大学の夏休みに入ったところだった。立ち合いの何日か前に姉の部屋に行って、関東エリアの観光もして良いという条件もあったので、二つ返事で引き受けた。

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