エピローグ・3
「のぁああアアア誰!?」
「俺です、識織 成志郎です」
「――あッ、シキオリちゃんか! お久しぶりだね!」
比代実先輩は、やっぱり変わらず今日も、図書館に住んでいる。
「これ、ありがとうございました。どの蔵書も、特に『妖精に関する記述』と『誠実の王子様』の絵本は、本当に参考になりました。返却処理済みです」
「そかそか、うん、それは良かった!」
言って、比代実先輩はそれらの蔵書を受け取った。誰かの役に立った本を読むことは、また趣きの深い読書であるらしい。
「あと、蜜凪に頼まれて、先輩に渡してほしいと頼まれたレポートが……アレ?」
比代実先輩の膝上に置かれた、レポート用紙の束を見つける。俺がバッグから取り出そうとしていたものと同一の研究資料だ。
「ああ、少し前、蜜凪ちゃんが来てさ。用事があったから直接って、これをくれたんだ! 私にだけ読んでほしいって、嬉しいな」
「あいつ……コピーになった資料の処分指示くらい、出しとけよ……」
手に持て余すように、管理体制としてガバガバな重複書類となった、門外不出とすべき研究レポートを振る。
すると、比代実先輩は笑った。
「いやあ、それは無理だと思うよ。――それで、妖精の騒動は……、上手く、結末を迎えられたのかな……?」
「ええ、おかげ様で」
そして、隣の床にお邪魔して腰を降ろし、比代実先輩へ今回の騒動における顛末を明かした。秘匿主義の届かない図書館という空間だから、ここだけの話として、こういったこともままある。
【妖精の制約】故に話せない部分が存在するため大体のあらましとなったが、比代実先輩は関心を抱いて、経緯を聞いてくれた。
話を聞くと、比代実先輩は愉快そうに言った。
「記述までには改変が及ばない――面白い、奇妙なこともあるものだね! 疑うことこそ書物を読み解くにおける肝要だというのに、逆に、そこが絶対に信頼できるなんて……! ふうん、それにしても……やはり妖精については新鮮な情報が多いね。シキオリちゃんは、そのことを本にはしないの?」
「まあ、やるとしても……いつか、ですね」
なにせ、今をしてもまだ、知らないこと、理解していないことのほうが、圧倒的に多いのだから。
これから、時間はある。
「それで……比代実先輩、蜜凪は?」
尋ねると、比代実先輩は立ち上がって、とある書架の通路を指で示した。
そこには――書を床に積み上げて、床に腰掛け、書物を漁ることに耽っている蜜凪の姿があった。
見開いた瞳で。
ドライアイ対策のコンタクトが少し遠目にも確認できるくらい瞳を開けて、書物の知を追い収めることに没頭していた。
声をかけても気付かないだろう。身体が、魂が、書物を読み取ることだけに意を注いで、傾向していた。
なるほど、連絡、それは無理だ。
少し前……いったいいつから、ああしているのやら。
手に持つ本の題を窺う。表題に、『妖精』という文字が見えた。
積まれている読書にも。――学びが煮詰まる時節からが、学習の本番。
学術魔法の権化、か。
「こいつは未来で、なにを成すんだろうな」
あるいは、本当に――……。
「それはシキオリちゃんにも言えることだよ」
比代実先輩のそんな言葉を、謙遜して受けるほど日和っちゃいなかった。
他人に触発されるようでアレだけど、熱が湧いてくる。やっぱり学校はこうでなくちゃな。
律織の馬鹿に蜜凪の爪の垢を煎じて飲ませたいが……、けれど、それは逆の傾向でも言えることかもしれない……。世の常識に則ったトラブルをひたすら解決する律織の爪垢を、毎度、常識なんてどこにもないトンデモねえトラブルを呼び寄せる蜜凪に飲ませるのも、あるいは、いいのかも分からない。
まあ。
今回のことは、個人的に感謝してるけどな。
「追いつき追い越せ! 君にしか解き明かせない謎が、絶対にあるはずだよ、シキオリちゃん、君は、君だけの魔法に寄り添われた、魔導士なんだから。それを心得て、――頑張れ!」
比代実先輩の激励は、とても心地よかった。




