【短編小説】ねぇ、ちゃんとしようか
久しぶりに帰った実家の最寄駅は怒涛の再開発によって超近未来都市に変貌していた。
かつての中途半端な街の面影が微塵も見えない。
無計画に増改築を繰り返された店は消え去り、子どもが描いたようにいい加減な道は整理されている。
真っ白い駅舎の広い廊下は、遠くの消失点からそのまま伸びたような直線によって構成され、整然としたそれはまるでパースを引いた図面を見ているような気持ちになる。
壁に埋め込まれているらしき照明はまるで壁面そのものが光を放っているように見えた。
どう言う構造なのだろうか?
知っているはずなのに見たことの無い駅舎になっていた。
気押されながら向かった出口の先には、まるでモーターショーで見るコンセプトカーの様な造形物が停まっている。
その横に立っていた姉が手を振った。
姉と認識できたのはおれに手を振った動きを知っているからであり、動かなかったら姉と識別できなかっただろう。
姉が着ている全身を包むゴム素材のようなスーツは異様だった。
「よっ、久しぶり」
そう笑う姉のスーツを近くで見ると、至るところに強化プラスチックのパーツや何らかの配線みたいなものがあり、単なるラバースーツと言う感じでも無さそうだった。
まるでマンガで見た近未来のそれだ。
やたらとボディーラインの強調されるラバースーツの姉から目を逸らしつつ「あぁ、元気そうで何よりだよ」と口にした。
どこから突っ込んだものか分からず、とりあえずで返事をしたが、その瞬間に何か全てのタイミングを逸した気がした。
「好きなところに乗って。まだ夜の配給まで時間あるから、ドライブでも行こうよ」
「配給?」
「あ、乗り方がわかんないか。ちょっと待ってね」
おれの質問を無視したのか聞こえなかったのか、姉はコンセプトカーのようなものを撫でて静かにパネルのようなドアを開けた。
内部は貴族のベッドみたいな設えになっており、座るとか乗ると言うよりは寝る感じであった。
なんとなく内部に身を横たえると、姉は添い寝でもするかのように横に並んだ。
「もうちょい詰められる?」
スーツ越しでもわかる姉の柔らかさから逃れるように詰めると、ドアが音もなく閉まって車は静かに動き出した。
自動運転で移動する車はまさに自ら動く車と言った感じで、今日日のSFマンガにだって登場しないオートメーションっぷりを発揮した。
「この車……車?わかんないけど、すごいね」
なにがどう凄いのかも表現できないが、姉の「まぁね」と言う自慢げな笑顔に何も言えなくなった。
「その、お姉が着てるスーツ?みたいなのも凄いし。駅もなんかいつの間にあんななったの?」
ふと、実家まで駅みたいな感じなのだろうかと思った。
両親や祖父母もこんなスーツを着ていて、配給と聞こえた食事をしているのだろうか。
「まぁ普通だよ、みんな元気だし」
姉の返事に曇りは無く、ほんとうに普通の日常を過ごしている感じが聞いてとれた。
その普通が、これなら……その普通が果たしておれの知る日常なのかどうかは分からない。
母親の拵える塩っぱい味噌汁や、父親の吸う煙草だとか、祖母の齧る煎餅だとか祖父の放つ屁だとか、それらが入り混じった懐かしさと嫌悪そのものみたいな日常が突如として思い出された。
あの日常は、まだあるのだろうか。
その中に、いま隣で寝転がっている姉を挿入してみたが、酷い違和感しか無い。
「あのさ、お姉」
「大丈夫、バレてないよ」
姉はおれを遮るように言うと「誰にもバレてないから安心して。二人だけの秘密だよ」と続けて悪戯っぽく笑うと、おれの頬にキスをした。
あの頃と同じ姉の香りがしておれは安心したんだろう、間近にある姉の方を向いた。
ラバースーツから顔はめパネルのように顔面だけ出した姉は、それでもあの頃と同じで美しく、おれを見つめる瞳は微動だにしないのも同じだった。
このラバースーツの下もきっと変わっていないだろう。均整の取れた肢体と、アップルパイに似た柔らかく温かい体内が脳裏に焼きついている。
「お姉……」
耐え切れず姉に手を伸ばす。
ジリジリとした痛みにも似た熱が脳を焼き切りそうになっている。
薄暗い車内。密室。久しぶりの姉とその匂い。姉の体温と湿度。鼓動、脈拍、律動。
甘美な罪と罰の記憶がギリギリと音を立てて理性を削る。
「お姉、おれ……」
そして姉を抱き寄せたところで記憶は途切れた。
薄ぼんやりとした頭を振るが、まるでワセリンにでも漬けたみたいに脳みそは働かない。
頭上の無影灯が眩しい気もするが、何も分からない。
「おい、目を覚ましたんじゃないのか」
「大丈夫よ、薬は効いてるから。お父さんは心配しないでわたしに任せて」
「お姉ちゃんは上手くやれるから、お父さんは私とあっちに行ってまってましょ」
「うん。じゃあ後で行くね。──それではこれより、手術を開始する」
逆光の中に見る姉は、やはり例のスーツを着ていて遠ざかる両親も同じようなスーツを着ていたので、きっとおれもあれを着る手術を受けるのだろう。
やがて視界の姉が輪郭を失っていき、さっきの記憶も過去も全てが曖昧になって溶けていくのを感じながら、行き先がお姉の中みたいな暖かい場所だといいなと思った。




