テストなんて楽勝です
俺は、父に優との関係を問いただされることに、新たなストレスを感じながら、洗い終わった弁当箱を置いて、自分の部屋へと逃げるように向かった。
21時。父が帰ってきて賑やかな夕食を終え、風呂に入り、靴を履いて外に出る準備をした。
「父さんに言いつけるよー」
物音を聞きつけた桜がリビングからひょこっと顔を出してこちらをうかがってきた。
「勝手にしろ」
俺は桜の言葉を軽くあしらい、家を飛び出した。
家の玄関を出ると、夜のひんやりとした空気が、昼間の学校の緊張感と、父の陽気な勘違いを洗い流してくれるようだった。
「あ、来た来た」
優はいつものベンチに座っていた。夜闇の中でも、彼女の白いパーカーがぼんやりと浮かび上がっている。今日は白いパーカーにジーンズ。
昼間は制服のスカートに清潔なブラウスという模範的な優等生の姿しか見せないのに、ここにいる優は、まるで別人のようだ。
「よ」
「おそーい」
優は頬を膨らませた。
「五分しか遅れてないだろ」
「五分は大きいの。時間は貴重なんだから」
優は不満そうに言った。だが、その声には苛立ちよりも、むしろ甘えた響きが含まれていた。
俺は優の隣のベンチに座る。座面の冷たさがジーパン越しに伝わってきた。
「ごめんごめん。久しぶりに父さん、帰ってきてたんだ」
「へーそうなんだ。どのくらいいるの?」
「一週間くらいいるらしい」
「へー、珍しいね」
「うん。まあ、賑やかになっていいんだけどね……」
ちょっと賑やかになりすぎてるような気もする。
「大悟くんって、家族仲良いよね」
「そう? まあ、普通だと思うけど」
「いいなー」
優は少しだけ寂しそうに笑った。
「優の家は?」
「んー、まあ普通かな。父さんも母さんも忙しいから、あんまり一緒にいる時間ないけど」
優はそう言って、街灯に照らされた空を見上げた。
「でも、それが普通だと思ってたから」
――優は、家でも『完璧』を演じて、孤独を隠しているのかもしれない。
沈黙が続いた。
だが優との沈黙は心地よく、静かな時間だった。
「で、今日は何の話?」
俺が沈黙を破ると、優はハッと我に返った。
「あ、そうそう!」
優は、真剣さを取り繕うように、手を組んで肘をつき、膝に乗せて謎の強者感を出していた。
「そろそろテストだから勝負しよう」
「え、いいけど……勉強できるの?」
優ができたら、俺は絶望なんですけど…… まあ優等生だしある程度できるのはわかるけど。
「本当に何も知らないんだね。私は学年でもTOP5に入るほどには頭がいいのだけれど?」
「えぇ……」
思わず声が漏れた。ドン引きした。学校では結構雲の上の存在というか高嶺の花のような存在だとは知っていたけど、まさか学業まで完璧だとは思わなかった。
実際、俺といるときの優はなんかアホというか、隙だらけの雰囲気だったから、そこまでできるとは思ってなかった。
「ちょっと、その反応はひどくない⁉」
「いやだって、なんか馬鹿そうだったし……」
俺は、思わず素直に答えた。
「大悟くんが私をどういう風に見ているかがよくわかりました……そんなに言うなら勝負しよう」
優は、ぷっくりと頬を膨らませた後、腕を組んで得意げにそう言ってきた。
その言葉を聞いて、俺はにやりと笑みを浮かべた。
俺は自慢じゃないがもともと勉強はできるほうだ。優の「馬鹿そう」という発言にムッときたのもあるが、授業中の学習のみでいつも学年30位くらいには入っている。TOP5は無理でも、優に一泡吹かせるくらいの勝負はできるはずだ。
「いいよ、なに賭ける?」
「そうだなー、じゃあお願いを三個かなえてくれるっていうのは?」
「いいよ」
俺は二つ返事で承諾した。優の学年TOP5という実績を、まだ本気にしてないのもある。
でも優にお願いすることってなんかあるかな。
俺は少し考えたが、候補として出てきたのはせいぜい奢りくらいしかなかった。俺の好きな作家の新作が出るし、それ買ってもらうとかでいいか。所詮は気まぐれの遊びだ。
「じゃあ決まりで。学年TOP5の私に勝負を吹っ掛けたこと、後悔させてあげるよ」
手をパーにして自信満々で言い切った。
「いやいや、吹っ掛けたのお前だけどな」
俺が食い気味で突っ込むと、「そういうのは気にしないの」と逃げるように顔を背け、逃げるように空を見始めた。
優の宣言を聞き、俺の心に闘志が湧いた。学年トップクラスの優に、隠れた実力を見せつけてやりたい。
「でも、お願いって何頼むんだ?」
俺がふと聞くと、優は少し考えたが軽く答えた。
「んー、秘密」
「は?」
「だって、今言ったらつまんないじゃん」
優は魔女のような不気味な笑みを浮かべた。なに、怖い。
「勝ってからのお楽しみ」
「……なんか不安になってきた」
「大丈夫大丈夫、そんなに変なこと頼まないから」
「……本当かよ」
「うん」
優は頷いた。でも、その笑顔が少しだけ怪しい。
……こういう時の優は結構危ないんだよな。
少し不安だけど悪い気はしない。優と勝負できる。それが、何より楽しみだ。
「じゃあ、頑張ろうね」
「ああ」
二人で空を見上げた。夜空には、星が綺麗に輝いていた。
「ねえ、大悟くん」
「ん?」
「このテスト、私たち二人だけの勝負だから内緒ね」
優は少しだけ真剣な顔で言った。
「まあ、そうだろうな」
いつものことだ。俺は頷いた。学校では他人。ここでは友達、そしてライバル。それが、俺たちの秘密の契約だ。
「でも、なんか楽しみだね」
「そうだな」
俺も笑った。優と競争。考えただけで、ワクワクする。
「じゃあ、負けないからね」
「おう」
二人で笑ったその声が、静かな夜の公園に響いた。
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