秘密の友達
「今日も、ちょっと行ってきます」
21時、ご飯とお風呂を済ませて、靴を履いて外に出る準備をする。
「あー、お兄また彼女と会いにいくんだ」
「ちがうわ」
妹にからかわれ、軽くあしらう。
「あんま変なことしないでね」
「そういうのじゃないから、行ってきます」
「早く帰ってきなよー」
妹に釘を刺され「はいはい」と言い、家を飛び出した。
行先はすでに決まっていた。向かう先はいつもの公園――
俺たちの秘密の場所だ。
「あ、今日も来たんだ」
「あれ? 一応、呼び出したのは君だと記憶しているんだけどな」
苦笑しながらそう言うと、黒いパーカーと灰色のスウェットという、the部屋着とでもいうのだろうか。
そんな彼女が、肩くらいまでの艶やかな黒髪を耳にかけて言葉を返す。
「そうだっけ?」
彼女はふふっとからかうように笑みを浮かべた。
相変わらずいい加減な奴だ。彼女は高橋優――
俺のたった一人の女友達である。
*
こいつと出会ったのはつい数週間前のことだった。
俺は昔から夜の散歩が好きだった。いつもの道でも昼間と夜では全く見え方、雰囲気が違う。この何とも言えない感覚がたまらなく好きだったのだ。
人通りが少なくなった夜の住宅街。昼間は車の音や人の声で賑やかな場所も、夜になれば静かで落ち着いている。
街灯の光が作る影。風に揺れる木々の音。遠くで聞こえる犬の鳴き声。
そういう小さな変化を感じながら歩くのが、俺の日課だった。
いつもの道にある公園を通りかかったとき――ベンチで誰かが体育座りをしながらうずくまっているのが見えた。
誰だ? こんな時間に。
この時間に人がいるなんて犬の散歩している人か、会社帰りのサラリーマンしか見たことがない。
それに、女子がこの時間に公園で一人なんて危なさすぎる。この辺りは治安がいいとはいえ、スカートで体育座りとか、普通によくない。
俺が注意しようと近づいたその時、遠くではあまりよく見えていなかった服装を視認できた。
――え、この服って……
よーく見ると、うちの高校の制服だった。
これはめんどくさそうだ。夜の公園で泣いている人間に声をかけるだけで変態扱いされかねないのに、同じ高校の人に声をかけるなんて、面倒ごとにわざわざ首を突っ込むようなものだ。
俺は足を止めずに通り過ぎようとした。
だが――その人影が小刻みに震えているのを見て、俺は足を止めてしまった。
肩が揺れている。泣いているんだろうか。
「はぁ……」
やっぱり放っておけない。
「大丈夫ですか?」
「……え」
恐る恐る声をかけると、はっと顔を上げたのは見覚えのある顔だった。
このどこかの女優やアイドルと並んだとしてもダントツで目を奪われるであろう可愛らしい顔つき。
一度見たら忘れるはずない。
高橋優。クラスメイトで、学校じゃ常に人に囲まれている人気者だ。いつも笑顔で可愛らしい立ち振る舞いは、周囲を明るく照らすようで、俺にとってはまるで雲の上の太陽のような存在だった。
だが、一部からは八方美人と陰で悪く言われているらしい。
俺も高橋さんの笑顔は苦手だ。その笑顔はあまりにも明るく、完璧すぎる。
まるでまぶしすぎる太陽のように、俺には直視できない。
そんな彼女が、今は目を真っ赤に腫らして俺を見上げていた。
「え、水原くん?」
俺を知ってるのか。
「あー、いや……」
やばい、どうしよう。
俺は話しかけたことを瞬時に後悔した。見ず知らずの他人ならまだしもクラスメイトだとは思ってなかった。それに――
「……誰にも言わないで」
クラスの人気者の泣き顔を見てしまったのだから。
「わ、わかった。それで大丈夫、なの?」
俺の問いかけにはなにも答えずに、体育座りのまま、また顔を伏せてしまった。
どうしよう。
こんな夜に一人で泣いてるってことはよっぽどのことがあったということだろう。あまりこういうのは苦手なんだけど、一応話し相手くらいにはなってあげたい。
俺はそっと高橋さんの横に腰を掛け、話しかけた。
「えっと、俺でよければなんか話し相手? とかになるけど……」
そう俺が提案すると、ゆっくりと顔をあげ、話してもいいのかと悩んでいる様子だったが、重そうな口を開けて話してくれた。
「実は、友達に告白されちゃってさ、しかもそれが一応クラスメイトの仲いい人なんだよね」
「えっ……」
驚きで思わず目を丸くした。いやいや、クラスメイトってことは俺も知ってる人ってことだよな。
俺が誰? なんて気軽に聞ける間柄じゃないし、名前を隠しているってことは言いたくない人なんだろう。別に知らなくても問題はないしな。
俺はうんうんと相槌を打ち、話を続けさせた。
「その人のことは友達としてしか見れなかったから、断ったんだけど。それから毎日話してたその人が話しかけてくれなくなったり、最近嫌われてる気がしてそれが結構きつくてさ……」
「それは……きついな」
俺は正直にそう答えた。毎日話していた友達が急に距離を置くようになる。しかも、それが自分のせいだと分かっているなら尚更だ。
「でも、高橋さんは悪くないと思うよ。好きじゃない相手に嘘ついて付き合う方が、相手に失礼だろ」
「……そうなのかな」
「そうだよ」
俺は高橋さんの目を見てはっきりと言った。
ありきたりな言葉だと自分でも思う。だってこういう時の励まし方とかわからないし。
「難しいかもだけど、メールとかでいいから正直に話してみたらいいと思う。そんなあいまいな関係を続けてたら、相手も高橋さんも辛いだろうし」
「確かに」
高橋さんは納得したようにゆっくりと頷いた。
しばらく沈黙が続く。夏の夜風が、俺たちの間を静かに通り抜けていった。
「ねえ、水原くん」
「ん?」
「もしまた辛くなったら、ここに来てもいい?」
ふと顔をあげた高橋さんが、恥ずかしそうにそう聞いてきた。
俺は一瞬言葉に詰まった。
まあ、たまに話すくらいなら悪くない。それに泣いてる人を放っておくのも気が引ける。
「もちろん。俺、大体毎日この時間に散歩してるから」
「じゃあ、またお願いするかもね」
高橋さんは少し笑顔を見せた。さっきまでの泣き顔とは違う、少しだけ安心したような表情をした。その顔をみて思わず目をそらす。
やっぱり、ちゃんと見るとかわいい顔してるな。
「でもさ、一つだけ約束して」
「約束?」
「学校ではこの関係は秘密ね」
「ああ、いいけどなんで?」
俺がそう問うと、彼女は恥ずかしそうに答えた。
「なんか、泣き顔見られたのに明日学校で話すのは恥ずかしいから……」
「ああ……わかった」
俺は首を傾げながら頷いた。
まぁ、クラスでいわゆる陰キャの俺と仲良くしてるところ見られたら嫌か。
「ありがと! じゃあ、ここは私たちだけの秘密の場所ね」
「うん」
それが、俺たちの出会いだった。学校では一度もまともに話したことがなかったのに、この夜をきっかけに、俺たちは妙な関係になってしまったのだ。
夜の公園で会うときの彼女は、学校で見せる顔とは全く違う。この公園が俺たちの秘密の場所となっていた。
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