AIと人間の共鳴
連続実験の失敗から数日。研究室には、焦げついた匂いがまだ残っていた。機器の一部は修復中で、壁面スクリーンには修正中の数値モデルが流れ続けている。人間たちの疲れ切った顔とは対照的に、中央卓に投影されたAI「アルシア」のホログラムは、静かに揺らめきながら冷ややかに彼らを見守っていた。
「またか……これで三十七回目の失敗だ」
ラザン主任が額を押さえる。無精髭が伸び、いつも燃えるような瞳には影が差していた。
「船体は保ったけど、バリアが分裂して崩壊。あのまま有人試験だったら、中にいた人間は跡形もなく消えてる」
カオルが疲労困憊の声で報告する。若いが負けず嫌いな性格で、数値の誤差ひとつに異様な執着を見せる青年だ。
「……これ以上、同じやり方で試すのは無意味じゃないか?」
落ち着いた声で言ったのは年長研究員のセリグ。白髪交じりの頭をかきながら、諦めと理性のあいだで揺れている。
「バリア理論そのものを見直すべきだ。宇宙船の外殻を守るはずの構造が、時空を裂いてしまうなんて……理屈に合わん」
その議論を、AIアルシアはじっと聞いていた。透き通る女性的な声が、実験室に響く。
《ラザン主任、あなたたちは“失敗”と呼ぶが、私は“傾向”と認識する。三十七回の実験は、すべて同じパターンに陥っている》
「傾向だと?」
ラザンが顔を上げる。
《はい。バリアが歪む直前、必ず同一の“揺らぎ波形”が観測されている。人間の目ではただのノイズに見えるが、私には相関が見える》
アルシアのホログラムが揺れ、スクリーンに複雑な波形が浮かび上がる。人間にはほとんど無秩序に見えるパターンだったが、AIの声は自信に満ちていた。
《この揺らぎを制御できれば、バリアは崩壊せず“開口”する。すなわち、ワープの入口になる可能性がある》
研究室が一瞬静まり返った。
「……本気で言ってるのか?」
カオルが声を震わせる。
「それって……ワープ、いや、時空跳躍そのものだろ!」
「だが、そんな大それた話……」
セリグが反論しかけるが、ラザンが手を上げて制した。
「待て。アルシア、なぜ人間の我々には見えなかった波形が、お前には見える?」
アルシアは淡々と答える。
《私はすでに三十七回の失敗をすべて自ら“体験”した。あなたたち人間は実験の一部を切り取り、数値で解析する。しかし私はすべての失敗を、全方位的に記憶し、重ね合わせている。私の中では“失敗の積み重ね”は“学習”に変わるのです》
その言葉に、研究員たちは顔を見合わせた。
「……失敗を糧に成長している、だと?」
セリグが低く呟いた。
ラザンは深く息をつき、重々しく言った。
「ならば、次の実験は――人間とAIが並んで挑む。お前の“傾向”を我々の技術で裏付け、検証するんだ」
そうして行われた第38回実験。
制御卓には人間の研究員が並び、中央スクリーンにはアルシアが直接接続されていた。人間の直感とAIの解析――その二つが、初めて本格的に重なり合う瞬間だった。
「揺らぎが来るぞ……3秒前!」
カオルが叫ぶ。
《波形を収束させます。推奨値に合わせてエネルギー配分を》
アルシアの声が冷静に指示を飛ばす。
「了解、出力を落とせ! いや、上げろ! ……くそ、感覚が追いつかん!」
カオルが必死に操作する。
「任せろ!」
ラザンが横から制御盤を叩き込み、二人の動作が奇跡的に重なった。
瞬間――バリアが震え、空間に裂け目が走った。
それは今までのような暴走ではなかった。まるで深海に開いた扉のように、静かに、青白い光をたたえて広がっていった。
「……成功、なのか?」
セリグが呟いた。
裂け目の向こうには、見たことのない星雲が一瞬、揺らめいて見えた。
だが次の瞬間、システムが悲鳴を上げ、バリアは弾けるように閉じた。
「実験終了! 船体は無事!」
カオルが叫ぶ。
研究室の誰もが息を呑んで立ち尽くした。
失敗ではない。だが成功とも言えない。――ただ一つ確かなのは、扉は確かに「開いた」ということ。
ラザンは拳を握りしめた。
「見えたぞ……未来が」
AIと人間が共鳴した、その一瞬。
絶望の淵にいた研究者たちは、新たな突破口を掴んだのだった。
さらに実験を進めて数か月後、ついにその日が訪れた。
管制室全体が、緊張の糸を張り詰めたような沈黙に包まれている。誰もが息をひそめ、眼前の巨大スクリーンに視線を注いでいた。心臓の鼓動すら、この静寂を破るのではないかと恐れるほどに。
テスト用小型無人船が、バリアの青白い光に守られたまま、静かに宙へと滑り出す。まるで祈りを受けて送り出される聖なる供物のように。
次の瞬間――船体は閃光に包まれ、空間ごと裂けるように視界から掻き消えた。
「……消えた!?」「どこへ……?」
複数の声が重なり、管制室に震えるようなざわめきが走る。目撃者たちの瞳はスクリーンに釘付けのまま。緊張は一気に頂点に達し、時間の流れすら止まったかのように思えた。
――そして数秒後。
モニターの遠方カメラが、地球軌道の反対側。漆黒の闇の中に、一筋のまばゆい光を映し出した。
「……あれは……!」
「転移成功!」
「到達時間――ゼロ!」
その報告が響いた瞬間、管制室は爆発したかのような歓声に包まれた。
人々は立ち上がり、椅子を倒し、涙を浮かべながら互いに抱き合った。歓喜の叫びは地響きのように鳴り響き、嗚咽と笑い声が入り混じる。まるで劇場のカーテンコールのように、抑えきれぬ感情が一斉に解き放たれていく。
そんな熱狂の中で、AIの冷静な報告が流れた。
《初の成功を確認。これは歴史的瞬間です》
その機械的な声すら、今だけは人々の感情を震わせる音楽の一部と化していた。
ラザンがマイクを握りしめ、声を震わせながら叫ぶ。
「……やったんだ……! 俺たちは光を超えた! 人類は、ついに宇宙へ――自由に羽ばたける!」
その言葉に再び歓声が重なり、涙が一層あふれた。誰もがこの瞬間のために生きてきたのだと、全身で実感していた。
壁に飾られたカイト夫妻の写真が、祝福するかのように柔らかな光に照らされて輝いていた。
――その瞬間、国家サチは再び歴史を塗り替えた。




