揺らぐバリア
国家サチ宇宙船開発研究室の深夜。
壁一面を覆うホログラムスクリーンが青白い光を放ち、実験船の姿を投影していた。室内の空気は熱を帯び、誰もが息を詰めてコンソールに向かっている。
「推進装置、臨界域に突入します」
若手オペレーターのカオルが、汗をにじませながら報告した。
「よし、そのまま維持しろ」
主任研究員ラザンの低い声が響いた。無精髭に隠れた口元は固く結ばれ、瞳だけが燃えるように光っている。
その瞬間、ホログラム映像に映る船体を覆う青いバリアがぐらりと揺らいだ。
「……おい、見ろ! バリアが波打ってるぞ!」
「数値おかしいぞ! これは……ただのシールド反応じゃない!」
計測値が跳ね上がる。慌ただしくキーボードを叩く音が重なる。
カオルが目を凝らし、震える声で叫んだ。
「空間ひずみ曲率が……急激に上昇してる! これは……時空そのものがたわんでる!」
室内の空気が一気に凍りついた。
「時空……だと?」
別の研究員が息を呑む。
「そんな馬鹿な、バリアはただの防御システムだぞ!」
「いや、見ろ。数式の挙動……これは明らかに局所的な重力井戸が生じてる!」
ホログラムに映し出されるグラフが、激しく乱れていた。
時空が、まるで布を押し込んだようにたわんでいる。
「……まるで異次元に“引きずられている”みたいだ」
誰かがぽつりと呟いた。
しばしの沈黙のあと、ラザンが低く言った。
「よし。実験を一度中断しろ」
スイッチが切られ、バリアの光が消える。研究室に緊張が解け、重苦しい息が吐き出された。
「主任……今の現象は、一体……?」
カオルが不安げに問いかける。
ラザンは腕を組み、しばし考え込んだあと答えた。
「まだ断言はできん。ただ一つ確かなのは――通常の物理法則だけでは説明がつかない、ということだ」
「まさか……これ、、、ワープに繋がるんじゃ……?」
若手の研究員が興奮した声を上げる。
だがすぐに別の科学者が首を振った。
「早まるな! 一度の異常で結論を出すのは危険だ。偶然の可能性もある」
「そうだ。船体が崩壊しなかっただけでも奇跡だぞ。下手をすれば、次は粉々になっていたかもしれない」
研究者たちの意見は割れた。
熱狂と懐疑、期待と恐怖が交錯する。
そのとき、AIが冷静に告げた。
《記録を解析中……。確率計算の結果、今回の現象が単なる偶然である可能性は12.6%。残りは、既存理論では説明困難》
「12%……だと?」
「なら、やはり新しい原理が働いている可能性が高い!」
翌日から連日の追加実験が始まった。
「推進出力を1.8倍まで上げろ!」
「バリア強度を補正、角度を5度ずらせ!」
「今度は……どうだ!?」
数日間で十数回の実験。
結果は――成功も失敗もなく、ただ数値だけが謎めいた変動を続けた。
「またひずみ曲率が跳ねた! でも今回は転移は起きてない……」
「いや、逆だ。転移の“兆候”が出てる。あと一歩で空間を突破できる!」
夜を徹して議論が交わされる。
研究室の壁に貼られたホログラムに、カイト夫妻の写真が光を帯びて浮かび上がっていた。
「……カイト夫妻なら、どう考える?」
ラザンが呟く。
カオルが迷いながらも答えた。
「きっと……“挑め”って言うはずです。未知を恐れるなって」
研究室の空気が静かに震えた。
彼らはまだ「ひずみ」の原理を掴んだわけではない。だが――確かに、手の届く場所に“何か”がある。
「次の実験だ」
ラザンが言い放つ。
「我々は見えない扉を叩いた。なら、開くまで叩き続けるしかない!」
こうして、国家サチの研究者たちは、まだ答えの見えぬ“ひずむ時空”に挑み続けた。
それは偶然か、必然か。
いずれにせよ――この夜から、彼らは「ひずみ」の扉の前に立っていた。




