準備
足並みを揃え歩み出した3人だが、リヒトの提案で森の近くにあった街に立ち寄っていた。
目的は、服などを取り替えて魔道具を確保するためだ。もちろん、検問を通るつもりは毛頭ない。
しかし、いくら軽装であるとはいえ、軍で支給されている服を着ていれば、それを知っている人間に目をつけられてしまうかもしれないのだ。何より他国では目立つに違いない。
そして、魔道具はベーゼ王国内では一般的に流通しているが、他国では貴重であるため極めて高価だ。
特に杖は、魔法を使う上で必須の魔道具である。
杖を介すことで、人は魔法を使用できる。
魔力を一気に放出することで、杖がなくても衝撃波のようなものを放つことは可能だが、放出する魔力量など、非常に制御が難しい。
単純に魔力を放出して攻撃するにしても、杖を介すことで魔力量の調整が容易になるのだ。
そういった面からもやはり魔法を使う人間にとって杖は必需品だった。
魔法を使う上で必須なため、ベーゼ国外でも多少は出回っているが、ベーゼ国外にいる魔法使いは非常に少ない。
目立つことは避けられないだろう。
ベーゼから無事に逃れられたとしても、それが命取りになる可能性もある。
用心に越したことはない。
それに、ベーゼ国内で買うことの利点といえば、やはり安い事だ。魔法が一般的だからこそ、魔法に関わるものは比較的安価だ。
別に金に困っているわけではないが、今後のことを考えると節約はしなくてはならない。無計画故に今考えられることは実行しておくべきだ、とリヒトは考えていた。
猶予のないことは承知の上だが、リーリエによる空間転移で、ウェーバーもどの街にいるのかは断定できていないはずだ。
そして、実際街に入ろうとしている今、幸いにも自分たちが指名手配されているような様子は見受けられないし、街の中からウェーバーの魔力も感じ取れない。
軍での作戦のために、どれだけ魔力を押し殺そうと、味方同士で探知ができるように訓練したのが、まさかこんな形で発揮されるとは。
そんなことを思いながら、街へと入ろうとする。
「わぁ……!」
その隣で、リーリエは憧れの外の世界に目を奪われていた。
見たことのない建物に、様々な店。そして、何よりこんなにも人で溢れている。目を輝かせ、危機感など遥か彼方に行ってしまったであろうリーリエにリヒトがピシャリと言う。
「おい、後にしろ」
リヒトの声は耳に入らなかったのか、引き寄せられるかのようにリーリエはフラフラと歩き出す。
その腕を引っ掴んでリーリエを自分たちの方へと引き戻したリヒトは鋭い目つきで諌めた。
「……いい加減にしろ」
その言葉とリヒトの睨みを見たリーリエは、うっ……と声を漏らしながら気まずそうに目線をそらす。
すると、少し呆れたような声でソレイユが割って入った。
「まぁまぁ。そんなキレることじゃねぇだろ」
今度はソレイユをわずかに睨み、リヒトは淡々と言う。
「…お前も危機感を持て、ソレイユ」
「わーってるよ。別にお前が間違ってるって言いたいわけじゃねぇ。言い方ってもんがあるだろ」
リーリエの腕を掴んでいたリヒトの手を離させると、ソレイユはリーリエに向き直り諭すように言った。
「悪ぃな、こいつ言い方が下手くそでよ。でも、こいつが言ってることは正しい。今は警戒を怠れねぇし、早くここから離れなきゃなんねぇ。お前の気持ちはよく分かるけど、今は我慢してくれねぇか?」
リーリエは頷いて答えた。
「もちろんです。ちょっと気が抜けちゃいました。
まだ、安心できる状況じゃないですもんね。私が間違ってました。ごめんなさいっ。」
そう素直に頭を下げるリーリエに、リヒトはついぽかんとしてしまう。
夢にまで見た憧れの世界だ、喜ぶのも無理はない。
その喜びを今は噛み締めさせてやれないことが、酷くもどかしいとは思っている。
遺憾に思ってもいいはずなのに、叱責を受け入れ謝罪までする。この魔女はどこまでも無垢だ。
そんなことを思いながら、少し腑抜けた表情をいつもの澄ました顔へと戻しつつ、リーリエを見つめていると、彼女はまた口を開く。
「……心構えが出来てないですね、私」
リーリエはそのまま続けた。
「私を助けてくれたから、貴方たちが追われることになってしまった。申し訳ないことをしたと思ってます。だからこそ、私が必ず守ってみせます。お二人を危険にさらすようなこともないように心がけます!」
まさかそんな宣言をされるとは思わず、ソレイユは大きく吹き出した。
「はっはは!頼もしい限りだな!けど、もっと気楽でいいんだぜ、俺たちが望んでしたことなんだからよ」
「ソレイユの言う通りだ。それより、貴様に守られなければならないほど、弱いつもりはない」
「分かってますよ、でも私の意地です。貴方たちだけは何があっても守ります、必ず」
自分たちよりも小さくて、どこにでも居るか弱そうな少女なのに、その言葉を違えることはないだろうという安心感がある。
それは彼女が魔女だからというよりは、どこまでも澄み渡った瞳で2人を見つめているからかもしれない。
少女の真っ直ぐな瞳が、その小さな体に宿した志を現しているかのようだった。
「……ありがとな、リーリエ」
ソレイユは目を細めて、目の前の少女の名を呼んだ。その後、すぐにはっとすると慌てて謝罪する。
「わり、つい呼び捨てしちまった」
ソレイユの心配とは裏腹に、リーリエは目を輝かせて喜んでいた。
「リーリエって呼んでくださいっ!私のこと、名前で呼んでくれるのはお母さんしかいなかったから……。そう、呼んで欲しいんです」
「なら良かったぜ。改めてよろしくな、リーリエ!」
母親。当然のことだが、魔女にだっているだろう。
いたはずなのに、何故彼女は独りだったのか。
そんな疑問が頭をよぎるが深入りすべきでは無いと判断し、そのことには触れずにソレイユは歯を見せて笑った。
よっぽど嬉しかったのか、にこにこしたままリーリエは二人と目を合わせる。
「はい!お二人のことはなんて呼んでいいですか?隊長さんとかじゃない方がいいですよね?」
「俺らのことも名前でいいぜ。なぁ、リヒト?」
「どうでもいい」
リヒトは心底興味無さそうに答えて顔を背けた。
「ソレイユと、リヒトですね!」
リーリエは自身の名を呼ばれることももうずっと無かったが、こうして誰かの名を呼ぶこともほとんど無かった。ましてや、こんな親しげに呼び捨てにするなんて初めてのことだった。
まだ出会ったばかりだが、呼び捨てにすることがどこか絆を感じさせるようで、リーリエはそれが嬉しくて仕方なかった。
相も変わらずにこにことしながら、ついには鼻歌まで歌い出すリーリエに、リヒトは小さなため息をこぼす。すると、何か気づいたのか、リヒトは懐から包帯を取り出した。
「これを巻いておけ。その金の瞳は目立ちすぎる」
「……そうですね」
リーリエは、また素直に頷き包帯で目を覆い隠す。
この瞳は、あまり晒しておくものではない。
そうしてリーリエの身支度が終わると、ようやく街へと足を踏み入れ、警戒しながらもまわり始めた。
まずは、リヒトの杖といくつかの魔道具の購入へと向かう。
普通の魔道具は買うのに手間どることは無いが、杖は少し面倒くさい。
杖は人間を魔法使いたらしめるもの。
それ故に杖を購入する際には、契約を交わすのだ。
そうすることで、杖は契約を交わした人間だけのものになり、魔力を込めると契約者を表す形へと変化する。
契約といってもそこまで大掛かりなものではないが、書類を書いたり、杖に自身の血を使って印をつけたりしなければならず、さっと買えないのが煩わしい。
「あんた、杖なんてもってるんじゃないのかい?」
「先の遠征で破損してしまってな。1つ頼む」
「はいはい。これ、書いてね」
ペンを受け取り、自身の情報を書き込んでいく。
書類を残すことになるのも気がかりではあるが、どの道この国に留まる訳では無いのだから、残っても良いだろう。最後の足取りになるだけだ。
そこから先の行方はこの書類からは分からない。
隠し続けた魔女の存在を公にしたくない王族は強硬手段には出ないはずだ。一旦国外へ出てしまえば問題は無い。
人一倍神経質で慎重なリヒトはそんなことを考えながら、杖の契約の手続きを進めた。
一方で、ソレイユとリーリエは魔道具の調達をしていた。店の中には、多種多様な魔道具が並んでいる。いくつかの魔道具を手に取りながら、リーリエはそれに目線を落とす。
また煌びやかな笑顔を浮かべているのだろうか。自分でも魔道具を選びつつ、ソレイユはリーリエの表情をこっそり盗み見る。
しかし、その表情は予想と反して、どこか暗そうだった。
魔道具はもしかしたら見慣れているのかもしれない。それなら、面白くなかったか?
リーリエから目線を外したソレイユはそんなことを考える。それも束の間、いつの間に選び終えていたのか、リーリエが魔道具を手に持ち、ソレイユのすぐ側に立っていた。
「ソレイユ?」
「うおっ」
思ったよりも近くにいて、ソレイユはついそんな声を上げてしまう。慌てて謝るリーリエに気にしないよう伝えると、次いでなんでもないように決まったのか尋ねる。
リーリエがこくりと頷いたのを確認し、自身が選んだものと合わせて会計へと向かう。
簡単な魔法が出るもの、効果はそれほど持続しないが結界を張れるもの。逃げる中で使い勝手の良いものを、なるべく購入した。
「はいよ!」
魔道具屋の主人から差し出された袋を受けとり、リーリエは礼を言う。
「ありがとうございます!」
そのまま魔道具屋を後にすると、リヒトを待つべく道端で2人並んで立っていた。その間、浮き立つ気持ちを抑えながらも、ソワソワした様子であちらこちらにリーリエは目をやっている。そんなリーリエにソレイユはふっと笑みをこぼす。
ひとつくらいは彼女の楽しみをさせてあげてもいいだろう。先程つまらない思いをさせてしまったかもしれないこともある。ソレイユはリーリエに問いかけた。
「……なんか食うか?」
「えっ」
「どうせなら1つくらいここで食っても問題ないだろ?」
「で、でもっ」
そんなリーリエの言葉を遮るように、ぐぅと小さな腹の虫が鳴いた。リーリエは顔を真っ赤にして俯くと、体をぷるぷると震わせる。ソレイユはまた笑みをこぼすと、リーリエの手を引き、焼き菓子を売っていた店へと足を進める。
「おねーさん、1人分頼むわ」
「やだわぁ、お姉さんだなんてっ!サービスしてあげちゃう!」
「お、あんがとな!」
そんなソレイユと店主のやり取りを聞きながら、リーリエは袋に詰められていく焼き菓子に釘付けだった。
お菓子の存在は知っていたが、食べたことは無い。
再度差し出された袋を受け取り店を出ると、より一層瞳を輝かせて、リーリエはその袋を凝視していた。
「食っていいんだぞ」
ソレイユが食べるように勧めると、リーリエは恐る恐る袋の中から焼き菓子を取り出す。
そして、1口口に入れると、稲妻が落ちたかのような衝撃に襲われた。
サクサクした食感に、ほのかな甘さ。その甘さが染み渡り、リーリエは一気に顔を綻ばせた。すぐさま食べかけの焼き菓子を口に入れると、次の焼き菓子へと手を伸ばし、また口に放り込む。
そうやってどんどんと口に放り込んでいたからか、やがてリスの頬袋のようにぱんぱんになっていた。
はしたない、そういう人もいるかもしれないが、初めて食べるお菓子の美味しさに夢中で、リーリエにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
ソレイユもまた、咎めることはなく、微笑ましそうにリーリエを見つめていた。




