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革命の魔女  作者: 深月美琴
序章
5/8

始まり

 所詮歴史とは、どの視点によるかで左右されるものである。その歴史が作られた際の中心的存在にとって好都合に語られた歴史は全てが真実とは限らない。

 そして、都合よく書かれた歴史によって隠された真実が存在する。

 この国もまさにそうであった。











__________________________________________


 ウェーバーはぱんと手を叩き、3人に告げる。


「さて、話はここまでです。ソレイユ・ガルディアン、リヒト・リッター。あなた方には、今聞いたことを忘れてもらわなければなりません。大人しくついてきてくれますね?」


 その言葉から拒否権など与えてはくれないであろうことを悟る。何せ、この国の機密情報を知ってしまったのだから。強制的にでも記憶を抹消するに違いない。

 抹消といった、記憶の操作。非常に高度な魔法で、綺麗に消したい記憶だけを消すというのはなかなかに難しい。大抵はその魔法をかけられたことで、記憶の大半を失ってしまったり、何らかの障害を抱えてしまったりという弊害が生まれてしまうのだと学んだ。

そもそもその魔法は、詠唱を伴う伝説の魔法___超自然魔法の一種で、使用できる人間がいるとは信じ難いことではあるが、ウェーバーの言い方から考えると、それが可能な人間がいるのだろう。

 二人は汗を滲ませながら身構える。

 すると、リーリエが2人の前に飛び出し庇うようにして言った。


「待ってください!私が……私が、悪いんですっ。私が、」


 遮るようにしてウェーバーは冷たく言い放つ。


「あなたが悪いのは大前提です。」


 リーリエは息を呑んで口を噤んだ。ウェーバーはさらに責め立てるようにしてリーリエに言う。


「あなたが二人を招き入れたことが全ての始まりなのですから、あなたが悪いに決まっているでしょう。しかし、この二人自身が何も悪くないとしても、この国の秘密に触れてしまった以上、その記憶を消さなければならない。これは掟なのですよ、魔女。」


 ウェーバーの圧のある言い方に萎縮しながらも、リーリエは俯きかけていた顔をあげる。今は俯いているわけにはいかないのだと。初めて、こんなにも自分と対等に話してくれた、外の世界を教えてくれた二人は、自分のせいでこれから危険な目にあうことになってしまう。それだけは絶対に嫌だった。必死に二人をかばい、反論しようとする。


「でもっ、この二人は話を聞いてくれる優しい人達で、きっと秘密を言いふらすようなことはしません…!だから、どうかご慈悲をくださいっ……。」


 リーリエはついに地面に膝をついた。そのまま身体を前に倒して額を地面に擦り付けるようにする。そんなリーリエの姿をソレイユとリヒトは思わず凝視した。


「……あなたの土下座など、求めていませんよ。魔女。」

「お願いします……っ。お願いしますっ……。」


 求められてなかろうが、そんなことは関係ない。今、自分に出来る精一杯はこれだけだ。リーリエはひたすら同じ言葉を繰り返し続ける。

 そんなリーリエの想いは報いられることはなく、ウェーバーはリーリエを見下ろしたまま、非情にも杖を手にした。


「本当に面倒くさいですね、魔女。」

「……少し、黙っていてください。」


 そして、風属性の攻撃魔法を展開させる。その出力を見れば、この男の本気ではないことは分かるが、それでも無防備の女一人を気絶させることなど容易な程度であった。魔女と呼ばれるような卓越した魔法使いであるとはいえど、外傷を与える魔法に関しては防御しなければ普通に攻撃を食らうことになる。

 顔を上げていたリーリエは驚きからか、硬直していた。

 魔法がなければただのか弱い少女に対して躊躇なく攻撃を放つなど、この男は正気なのだろうか。

 ソレイユは咄嗟に飛び出していた。

 リーリエの首元に手を回し自身の方へと引き寄せると、もう片方の手で握った杖を構え防御魔法を発動する。間一髪のところでウェーバーの攻撃魔法は相殺された。


「何の真似ですか、ソレイユ・ガルディアン。」


 表情を一切変えることなく、ウェーバーはリーリエを抱え込んだまま座り込むソレイユに尋ねる。

 対照的に怒りの表情を顕にしたソレイユは吠えるように怒鳴った。


「それはこっちのセリフだよ……!!何しようとしてんだ、あんたは!!」

「魔女がいると話が進みませんから。一度静かにしてもらおうと思いまして。何をそんなに躍起になっているのですか?」


 至極当然のように答えるウェーバーのことが全く理解できず、ソレイユは鋭い目つきで睨みつける。

 こいつのこんな表情(かお)を見たのは随分久しぶりだ。リヒトは思った。

 ソレイユが本気で怒っているところなど滅多に見たことがない。

 最近見たのだって、軍部訓練校時代のことだ。

 しかし、ソレイユがここまで怒っていることは理解できる。魔女に対してこんな卑劣なことばかりするこの男に対する感情は怒り以外のなにものでもない。

 ソレイユが答えるより前にリヒトは言った。


「……何故それが疑問に感じるのか理解できないな。この女は…人間なんだぞ。痛みも苦しみも感じる普通の人間なんだぞ…!?」


 先程のリーリエの質問が頭の中でぐるぐると回っている感じがする。自身の人生が何なのか疑問を抱くのが今になるほど、ずっと強制され当たり前だと思い込まされて彼女は生きてきた。そして、一言二言で纏められるような人生だと言いきられた彼女の心境は計り知れない。

 ちらりと見えたリーリエの目には涙が浮かんでいるようにリヒトには見えた。

 それも当然のことである。

 自分のことを真っ当に見てくれる初めてのひとたち。

 私の当たり前を否定してくれるひとたち。

 リーリエにとって初めての存在が暗闇の中にあったリーリエの人生を照らそうとしてくれている。

 まるでこの真っ暗な森に差し込む太陽の光のようだった。

 その嬉しさからか、リーリエの涙腺は緩んでいる。

 その涙を見て二人は覚悟を決めたのかもしれない。


「だから……なんですか?」


 ウェーバーのその一言で、このままでは永遠に魔女は囚われたままになると感じ取ったソレイユはリーリエを抱えて走り出す。その背を術式を書きながらリヒトが追った。

 目の前に展開される結界を見ても焦燥に駆られるような様子もなく、ウェーバーは二人の背に向けて警告する。


「それは、この国に対する反逆行為だと見なします。そのまま魔女を連れて逃げればあなた達は犯罪者になりますよ。」


 走り続けながら、頭だけウェーバーの方に向けてソレイユが叫ぶ。


「ペラペラと話しすぎたな、ウェーバー隊長!……そんな話聞かされて見過ごせるかよ!」


 ソレイユも、リヒトも非常に正義感に溢れた青年である。この国を陰ながら守り続けた一人の少女を見捨てることなど出来なかった。あれだけ必死に自分たちを守ろうとしていた姿に胸を打たれたこともあるかもしれない。例え自分たちの今の地位を捨てることになったとしても、何も知らなかった生活に戻って、今まで通り魔女を酷使し続けるなど、2人のプライドが許さなかった。

 そうやって平和は続いたとしても、魔女は永遠に苦しむことになる。そんな犠牲の上に成り立つ平和を守り続ける気など到底なかった。

 一方で、リーリエは焦りながらソレイユに声をかける。


「待ってください…!!このままじゃ隊長さんたちがっ……。」


 急ごしらえだったとはいえ、天才リヒト・リッターの結界をいとも簡単に破り、ウェーバーは光属性の魔法を放ちながら着々と迫ってくる。ウェーバーの攻撃は流石軍のトップといえるもので、正確に3人に襲いかかった。その精度は、リヒトが手に握りしめていた杖を破壊することからも歴然だ。

そんなウェーバーを見据えて、リーリエは手元のソレイユの服を握りしめた。

 ソレイユはリーリエを穏やかな目で見つめると、少し困ったように笑いながら言った。


「ははっ、多分これで隊長さんじゃなくなっちまったな。」


 リーリエがすかさず言い返す。


「ダメですよっ。今すぐ戻れば、きっとまだ何とかなりますから!私なんかのせいで……っ」

「お前のせいじゃねぇよ。」


 そう遮ってまた笑顔を浮かべるソレイユにリーリエはそれ以上何も言えない。ソレイユはさらに続けた。


「俺たちがしたくてしてるだけだ。俺たちのために頭を下げてくれた、この国を守るためにずっと働いてくれた優しい魔女様に恩返しがしてぇんだよ。」


 ソレイユの真っ直ぐな瞳がリーリエの泣きそうな顔を映す。それが見えて、思わずリーリエが顔を逸らすと、口を閉ざしたまま隣を走っていたリヒトも同じ思いだと言うかのようにリーリエを真っ直ぐ見つめていた。

 あぁ、2人は本気なのだ。このままでは2人の未来を奪うことになってしまうかもしれない、そう思うのにリーリエは拒否できなかった。

 そして、「だから……」と呟いたソレイユへと再度顔を向ける。


「俺たちが、お前にかけられた(まじな)いを解いて、世界を見せてやる!!」


 リーリエは目を見開く。

 いつか自由になりたい、世界を見てみたい。

 決して叶うことはないからとずっと考えないようにしていた夢。

 それを叶えてくれるのだと、この人は言った。

 リーリエは震える声で、聞き返す。


「……本当に?本当に叶えてくれますか……?」

「あぁ!!」


 そう即答したソレイユにリーリエは涙を流したまま顔を綻ばせた。

 リーリエの笑顔に応えるようにソレイユもまた満面の笑みを浮かべる。

 そんな二人に対しリヒトが淡々とつっこんだ。


「おい、呑気に笑っている場合じゃないぞ。」

「……ドライだな、相変わらず。」


 ソレイユが呆れたようにリヒトを横目で見る。ソレイユを睨み返しながらリヒトはこの先の問題を告げた。


「ここで捕まったら元も子もないだろう。これから魔女をあの結界から出す作業もしなければならないんだぞ。」

「……それなら問題ありません。」

「なに?」


 訝しげな顔でリヒトがリーリエを見つめる。涙を拭うためワンピースの袖で目元を擦ると、リーリエは説明した。


「ずっと、ここから出てみたくて結界の解析は進めていました。いつでも壊せたんです。だから、大丈夫です。」


 二人は驚いた表情のままリーリエを見つめる。だが、しばらくしないうちにソレイユが吹き出し笑いだした。そして笑いながらリーリエを褒め称える。


「壊せる、か。流石だな、魔女様は!」

「私の気苦労はなんだったんだ……」


 ため息を吐きつつ、リヒトはボソリと呟いた。

 結界に関しては自分が何とかしなければ。

 そう考え、先程入った時に見た術式を思い出しながら、どのように結界の術式を書き換えるか頭を捻っていたリヒトは複雑そうな表情をする。

 やがて、結界へとたどり着くと、地面に下ろしてもらったリーリエが集中するために目を閉ざして結界へと手を触れる。

 また現れた術式が侵食されていくかのようにどんどんと消えていき、そのまま結界は割れるように砕け散った。

 リーリエは二人の方を振り返り問いかける。


「……本当に後悔しませんか?」


 ソレイユとリヒトは即座に口を開いた。


「絶対しねぇよ!」

「今更だ。」


 その返事に微笑みを返し、リーリエは二人を手招きする。


「これから空間転移の魔法を使います。なるべくこっちに寄ってください。」


 二人は躊躇いなくリーリエの元へと歩み寄る。

 三人の中央に手を出してリーリエは詠唱した。


「我、空間を繋ぐ者。全ては瞬きの間。遥か彼方の座標を結べ。……ユーベング」


 直後、三人の姿はウェーバーの視界から消え去り、木々の間をそよ風が吹き抜ける。

 その場に立ちつくしたウェーバーは大きく息を吐くだけだった。











__________________________________________


 これが全ての始まり。

 ここからこの国のみならず世界を巻き込んでいく一人の魔女と、二人の青年の旅が始まったのである。

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